金曜日の夕方――冬木市の映画館は今日も盛況だった。
 封切りされたばかりの『スターウォーズ・帝国の逆襲』を目当てに大勢の市民が詰めかけていたからだ。
 ロビーから映画館前は出入りする客たちでごった返し、興奮のあまりパンフレットを握りしめている客もいる。
 彼らは足早に歩きながら、熱心な顔で映画の感想を語り合っている。
 その中に冴えない風体の青年と、にこにこと楽しげな少女の二人組がいても、誰も気にもとめなかった。
 かたや安っぽい背広を着たサラリーマン、襟の社章から東和日脂の社員だろう。
 かたや穂群原学園の制服を着た女子高生、彼女はうきうきとした歩調で青年の横に並ぶ。

「やっぱり面白かった。ミニチュアだけで試行錯誤する過程が興味深いわ」
「どうかなあ。僕はルークが負けちゃったのが残念でしかたがないよ」
「でも、続きがあるんでしょう?」
「だけど負けちゃったじゃない。やっぱねえ、主人公は勝つのが良いんだよ、勝つのが」
「兄さんはそういうのが好きだものね」

 笑顔で青年の腕にしがみつく少女の姿は、どう見ても仲睦まじい兄妹のそれだ。
 学校の帰りに兄に迎えに来てもらい、一緒に映画館へ行って、流行の映画を見る。
 帰りに美味しいご飯か何かを奢ってもらって、良い気分で家へと帰る。
 ありふれた幸福――平凡極まりない日常の風景。
 そんな二人がふと足を止めたのは、家電屋の店先だった。
 陳列されたテレビでは、ちょうど夜のニュースが始まっている。
 どの局なのだか一目でわからない、似たような顔の女性キャスターが熱心な顔つきで原稿を読み上げている。

『つづいて原子爆弾製造による脅迫犯『9番』の続報です。
 自らを9番目の核兵器保有者だと自称する男は、プロ野球のナイターを最後まで放送する事に続けて、
 ローリング・ストーンズのマリファナ吸引を不問にして日本公演を許可するようにと、政府へ要求しており……』

 立ち止まってそのニュースを聞く人混みに紛れ、青年はぽつりと呟いた。

「捕まらないといいな」
「そう?」
「だって僕なんか大学は夜間だし、補欠でやっと入社だもの。偉い奴らが振り回されてると、すかっとするじゃない」
「兄さんが補欠なのに頑張っているのは知っているわ?」
「あ、そうだっけ。でも……」

 言いかけた兄を置いて、するりと妹は歩き出してしまう。
 彼はじっとテレビを睨みつけて、小さく一言を呟いた。

「僕だったら、もっと違うことを要求するけどな」

 テレビのニュースは既に道路交通法改正に伴う、魔墓呂死とエルボー連合ら暴走族の抗争に移っていた。
 青年の瞳に野獣のようなぎらつきが宿っていたことには、妹を除いて誰一人気づかなかった。


                      *   *   *

.
「面白かったなぁ」
「うん、面白かった。まさかこの時代の芝居が、あんな風に進歩しているなんて」

 夕闇押し迫り人通りの絶えた夜道を、一組の男女が歩いていた。
 純朴そうな顔立ちの少年と、やはり同じく年若い少女。
 少年は穂群原学園の制服を着ているが、少女はやや古びた、欧州の農村の娘が着るような衣服だ。
 しかしそれが彼女の清楚さとあいまって、不思議と場違いな印象を与えない。

「でも、本当に良かったのかしら。こんな聖杯戦争の最中に、息抜きなんて……」
「だからだろ。俺たちだって何度も戦って勝ってるんだから、たまには気を楽にしたってバチは当たらないさ」

 それに、と少年は照れくさそうに言った。君と一緒に遊びに行きたかったからだと。
 少女は少年の言葉を聞いて頬を赤らめ、恥じ入るようにして俯いた。
 ここだけ見れば微笑ましい、少年少女のデート帰りにしか見えないだろう。
 彼ら二人が、聖杯戦争に参加するマスターとサーヴァントでなければ――…………。

「……っ! マスター!」

 先に襲撃に気づいたのは、英霊である少女の方だった。
 彼女は燐光を纏うように騎士甲冑を装着し、その右手に剣、左手に盾を携えた。
 百年戦争の最中、故郷を焼かれまいと女だてらに傭兵を志した英雄が彼女である。

「どうした、セイバー!」
「敵襲です。前方に魔力を感じます」
「他の陣営が接触してきたとか…………」
「可能性は否定しませんが、だとしたら声をかけてこない理由がありません」
「…………わかった。気をつけろ、セイバー!」
「あなたこそ、気をつけてください。大丈夫――」

 ――今の私は、絶対に負けませんから。

 そう言って、少女は夜の闇に跳んだ。
 少年は素早く左右を見回して、さっと近くの電信柱の影へと隠れる――いや、隠れるともいえない稚拙な陣取りだ。
 偶然聖杯戦争に巻き込まれた少年にとって、これこそが最上の戦術だった。
 自身を囮にして、敵を惹きつけ、そこを最愛のパートナーによって討ち取ってもらう。
 彼女にだけ戦わせることは心苦しく、けれど何の戦闘力も持たない少年にはこれぐらいしかできない。
 人を殺さずに聖杯戦争を生き延びたいというのは、虫の良い考えかもしれないが…………。

「…………来た!」

 やがて、コツコツと気楽な歩調の靴音が近づいてきた。
 黒革のライダースーツを着こみ、サングラスをかけた男。
 片手に無造作にぶらさげた拳銃がなくたって、少年にはひと目でその男がマスターだとわかった。
 纏った雰囲気が異常なのだ。
 びりびりと張り詰めた、強烈なエネルギーを内包したかのような威圧感。
 ともすれば、この男こそが敵サーヴァントなのではないかと錯覚してしまうような……。

「出てきなよぉ、坊や。そこに隠れてるのはわかってるんだ」
「……そうかよ」

 夜道で気軽に声をかけるような、しかし腹の底から冷えるような声に、少年は堂々と応じた。

「なんだ、学生さんかい。やめときなよ、あと何年生きれるか知れないってのに」
「断るっ!!」

 震える膝を叱咤して、少年は叫んだ。そうとも、自分はあの誇り高いセイバーの主なのだ。
 ひと目でわかる――こんな獣のような奴に屈してしまえば、胸を張って二度と彼女の隣に立つことはできない。

「俺は聖杯なんか欲しくない。だけど、あんたみたいな奴に……聖杯を渡してやる気はないんだ!」

 少年は躊躇せずに赤い紋様、令呪の刻まれた右腕を突き上げた。今この時この瞬間を置いて、この敵を倒す時は無い。

「来いっ! セイバー…………この男とサーヴァントを倒すんだっ!!」

.

 しかし――……。

「令呪だっけ? 合図にしたって、もっと気のきいた合図を考えるんだな」

 誰も、何も、現れない。
 そんなはずはない。少年は呆然と、光輝き、そして消失していく令呪の一画を見やる。
 男はにやにやと嫌らしく笑いながら、ひょいと軽く肩を竦めてみせた。

「おたくんとこの英霊ちゃんは、今頃ねんねの真っ最中さ」

 それが何を意味するのか、少年は一瞬思考を停止させた。
 次の瞬間、彼はカッと視界が赤くなるのを感じ、拳を握りしめて飛び出した。

「う、おああぁああぁあぁっ!!」
「残念だったね」

 そして男は無慈悲に拳銃、コルトウッズマンの引き金を引いた。
 プシュッと気の抜けた音と共に、少年がけっつまづいたように体をつんのめらせ、倒れる。
 静かに彼のもとへ歩み寄った男は、遊底を引いて排莢すると、もう一度引き金を引いた。
 倒れ伏した少年の身体がまたビクリと跳ねて、路面へ血を滴らせはじめる。
 さらに遊底を引いて、さらに一発。とうとう少年の身体は動かなくなった。
 男は唇の端を歪めて笑うとホルスターに拳銃を収め、闇の中を振り返った。

「そっちはどうだ?」
「うん、もう終わるわよ。
 あなた、腕が良いのね。眉間に心臓、ちゃあんと撃ち抜いてるんだもの。余計な傷がないから情報回収も楽ちん」

 応じたのは、穂群原学園の制服を着た少女だった。
 彼女はずるずると音を立てて何かを引きずっている――それは少女騎士、セイバーの死体だった。
 身体に幾つも弾痕が穿たれた彼女の死体は、見る間に0と1の粒子状に分解されていく。
 セイバーの死体を眺めながら、少女はにこにこと、夕食のメニューを聞くように首を傾げる。

「それで、どうするの?」
「適当に魂食いでもさせておけ」
「良いの? 私の得にはならないけど……」
「他の奴らがそいつの討伐に躍起になっている間に、俺は好きにやらせてもらうのさ」

 ほどなくして分解された0と1は、先程までの凛とした少女騎士と寸分たがわぬ姿へと再構築される。
 きっと唇を引き結んだセイバーは何も言わず、魔力の煌めきを噴射して夜の街へと跳躍していった。
 ほどなく彼女は無辜の人を手にかけて、魂を喰らい、そして誰かお節介な主従によって討伐されるのだろう。

「そういえばあいつ、聖杯を手に入れたらどうするつもりだったんだ?」
「え、ちょっと待って。情報分解した時に確認したのが…………あ、あった。これだわ」

 ひょいと虚空に手を伸ばし、少女はキラキラ光る結晶のようなものを引き出した。
 それはセイバーと呼ばれた少女の情報マトリクス、心に秘めたソウルガーデン。
 それを彼女はまるでおもちゃを扱うように無造作な手つきで、掌の上で転がした。

「マスターを生還させて、受肉して共にいつまでも幸せに、ですって。あら可愛い」
「くだらないねぇ」

 男は吐き捨てるように呟いた。その瞳に燃える欲望を、隠しもしないで。

「俺だったら、もっと違うことを要求するけどなぁ」

 異常としか言えない――少女はそう考える。
 聖杯戦争に参加したマスターと呼ばれる人物たちの行動パターンを鑑みるに、観測する限りでは極めて希少な結果だった。
 主催者や聖杯によってランダムで選出された参加者の多くは、人を殺すのを厭い、ただ聖杯戦争からの生還を求めている。
 それが正常な――聖杯という願望機を前にしてはある意味異常な――思考回路。
 だけれど、彼は違う。
 平然と少年を殺し、少女を殺し、聖杯に対する欲望をまるで隠しもしない。
 なんら特別な力も、特別な過去も持たないにも関わらず、ただ一人野望のために走り続ける。
 彼はこの聖杯戦争においても変わらず突き進み、己こそが聖杯を手に入れるのだという事を確信している。
 その胸に恐ろしいまでに肥大したエゴイズムを抱えた――朝倉哲也は、羊の皮を被った狼そのものだった。

(だからこそ、彼の行末には興味がある。それこそあの特異点、涼宮ハルヒ以上に)

 そう考えて、アーチャーとして召喚された朝倉涼子は、そっと静かに笑うのだった。

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【クラス】
アーチャー

【真名】
朝倉涼子@涼宮ハルヒの憂鬱

【属性】
秩序・中庸

【身長・体重】160cm・47kg

【外見】
穂群原学園の制服を着た美少女

【ステータス】
筋力:D 敏捷:B 耐久:C 魔力:D 幸運:E 宝具:EX

【クラススキル】
対魔力:B
 魔術発動における詠唱が三節以下のものを無効化する。
 大魔術、儀礼呪法等を以ってしても、傷つけるのは難しい。

単独行動:C
 マスターからの魔力供給を断ってもしばらくは自立できる能力。
 ランクCならば、マスターを失ってから一日間現界可能。

【固有スキル】
千里眼(偽):A
 TFEI端末としての基本性能。擬似的な千里眼。
 収集した情報に基づき、透視、遠視、未来視、過去視を行う。
 精度は極めて高いが、あくまで現在情報から演算を行うため、
 予想外の事態は往々にして発生する。

人間観察:B
 TFEI端末としての基本性能。相手の性格・属性を見抜く眼力。
 言葉による弁明、欺瞞に騙されず、相手の本質を掴む力を表す。
 ただし有機生命体との齟齬から、認識しきれない側面もある。

高速思考:B
 TFEI端末としての基本性能。驚異的な演算能力。
 複数の思考を並列、高速演算させることで驚異的な状況認識力を持つ。
 バックアップ要員であることから他個体よりは劣るが、破格の性能である。

【宝具】
『対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェース(TFEI)』
ランク:EX 種別:対人宝具 レンジ:1 最大補足:1人
 朝倉涼子という存在そのもの、情報生命体によって構築された肉体。
 人類種を対象とした宝具、スキル、バッドステータス等の効果を一切受けない。
 彼女自身の意志で効果対象を選別できるため、彼女が望むのであれば効果が適用される。
 また機械、情報媒体に関しての高い親和性を持ち、強制操作や情報解析に長ける。
 このランクは人類が今だ認識できず、理解しえないという意味での「EX」である。

『情報制御空間』
ランク:A 種別:???? レンジ:??? 最大捕捉:???
 朝倉涼子によって情報を制御、操作された空間。事実上の固有結界。
 朝倉涼子、あるいはマスターを中心に一定範囲の空間を封鎖した上で、
 その内部に存在する人物をすべて「常人」の領域にまで貶める。
 つまり宝具はただの武器になり、スキルは消え失せ、ステータスも無くなる。
 また情報制御空間内で死亡した人物は、朝倉涼子に取り込まれた上で、
 意識のない「NPC」(便宜上こう表記する)として再構成、操作する事が可能になる。
 この空間から脱出ないし空間へ侵入する場合は、朝倉涼子との演算対決に勝利するか、
 朝倉涼子を破壊するか、対軍規模以上の宝具による一撃での障壁突破が必要となる。

【weapon】
  • ニードル光線
 鋭い銀色の針状の光線。命中と同時に物質化し、対象を貫通する。
 朝倉涼子はこれを保有しているためアーチャーとして召喚された。

【人物背景】
 情報生命体と呼ばれる知的存在が、地球人類と接触するために製造した対人用端末。
 特異点である「涼宮ハルヒ」を観察するために送り込まれた端末の一体であり、
 同端末である長門有希のバックアップとして、ハルヒとは直接介入せず活動していた。
 しかし所属派閥である「急進派」の意向により、主人公であるキョンに接触。
 彼を殺害することでハルヒに何らかの反応を引き起こそうとするも、
 長門有希によって阻止され分解、消滅した。
 表向きの顔は素行良好、真面目で清純な美少女であり、クラスの学級委員長を務めていた。

【サーヴァントとしての願い】
 朝倉哲也を最期まで観測する

【行動方針】
 基本的に「朝倉哲也の活動を最期まで観測する」という目的に従い、独自行動は取らない。
 表向きは穂群原学園の生徒、朝倉哲也の妹として活動し、情報収集に務める。
 戦闘時は『情報制御空間』を展開し、常人と常人の対決という場を設けた上で、
 朝倉哲也の戦闘を観測し続ける。

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【マスター】
朝倉哲也@蘇える金狼

【身長・体重】183cm・85kg

【外見】
 冴えない風体のサラリーマン/獰猛な野獣の如き雰囲気の男

【weapon】
  • コルトガバメント
 38口径自動拳銃。
  • コルトウッズマン
 スポーツ競技用自動拳銃。消音器付き。
  • ワルサーPPK
 小型自動拳銃。ブーツ内に隠し持つ。
  • 一億円
 現金輸送車から強奪した、ナンバー記録済みの「ホットマネー」。
  • 二千五百万円
 企業から奪った日本円。
  • ヘロイン45kg
 ヤクザから強奪した大量の麻薬。末端価格で1kg300万円。

【能力・技能】
  • 表の顔/裏の顔
 真面目だけが取り柄の平凡なサラリーマン、野獣の如き凶漢の二面性を完全に使い分けている。
 彼は強奪した一億円を持ったまま出社し、勤務中と同じスーツで人を殺し、平然としていられる人間だ。
 どちらの顔で知り合ったにせよ、もうひとつの顔を見抜くのは困難だろう。
  • ボクシング
 世界チャンピオンも夢ではないというほど徹底的に鍛え抜かれた肉体と技術。
  • 射撃
 実弾5000発を用いて訓練をした、日本人としては破格の腕前。

【人物背景】 
 両親を亡くして苦労しながら夜間大学に通い、東和油脂にかろうじて補欠入社した真面目で実直な男。
 しかし彼には裏の顔があった。
 ボクシングジムで体を徹底的に鍛え上げ、38口径のコルトを片手に現金輸送車を襲撃、一億円を強奪。
 ヤクザから麻薬を奪い、企業幹部らを恐喝し、女を抱き、さらなる大金を得て飛躍すべく牙を剥き出しにする。
 俺は周囲の誰よりも優れているのに、何故こんなにも苦汁を舐め、這いつくばって生きなければならないのだ?
 野心を抱いて突き進む朝倉哲也は、まさに羊の皮を被った狼そのものであった。

【マスターとしての願い】
 聖杯を獲得してこの世全ての栄光を手にする。

【方針】
 表向きは妹と同居している東和油脂冬木市支社のサラリーマンに偽装。
 その一報で金、麻薬、暴力、持てる全てを駆使して相手を利用し、用済みとなれば消していく。
 純粋に自分へ好意を抱く者には僅かに人間味を見せるが、邪魔となるなら容赦なく排除する。
 たとえ惚れた女であったとしても、無慈悲に殴り殺して前へ進む。
 最後に頼むのは自分自身の力のみ。

【把握媒体】
 朝倉涼子:
 『涼宮ハルヒの憂鬱』原作小説 基本的な人格はこれのみで問題ない
 『長門有希ちゃんの消失』原作コミック 「表の顔」の雰囲気

 朝倉哲也:
 『蘇える金狼 野望篇&完結編』原作小説 惚れた女を殺せる「金狼」に成り果てた男
 『蘇える金狼』実写映画版(1979年)松田優作主演 惚れた女を殺せず「金狼」に徹しきれなかった男

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最終更新:2016年07月27日 17:49