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 恋の悩みがあった。

 最初はなんてことのない悩みだった。
 きっかけは、運動場で怪我をした時、おぶって保健室まで運んでくれたことだったと思う。
 その時から人混みの中でも段々と彼を目で追うようになって、いつしかわたしは恋に落ちていた。

 彼が笑うと心がどきりとする。

 彼が楽しそうにしていると自分まで嬉しくなってくる。

 彼と話なんてしようものなら、顔が赤くなっていないかどうか不安で仕方がない。

 もっと一緒にいたい。
 もっと遊びたい。
 もっと話したい。
 もっと彼のことを知りたい。
 そして、あわよくば――そんな淡い願いは、しかし叶うことなく引き裂かれてしまった。

 その時のことは、正直よく覚えていない。
 あまりにも大きなショックだったから。
 それを伝えられた日は一日中茫然としていたような気さえする。
 覚えているのは、朝に突然先生が彼を連れて教室へ入ってきて、転校という言葉を口にしたこと。
 金槌で頭をがつんと殴られたような衝撃で、目眩がした。
 自分の気持ちはいつか、覚悟ができた時にでも伝えればいいとすっかり安心してしまっていた。
 こんな形でお別れになるとは思わなかった。
 運命を本気で呪いもしたし、神様なんてのは本当に人を馬鹿にしているとひどく腹が立った。

 ――それでも、気持ちを伝えることは出来そうになかった。
 心の準備なんて何も出来ちゃいなかった。
 まだ時間はあると高を括っていたから、あれだけ妄想していた告白の台詞もさっぱり思い出せなくなっていて。
 私がただぼうっとしている間にお別れ会が済んで、一日経った今日、彼のお別れ会が終わった。

 ……最後まで、一言も話せなかった。
 最後のドッジボール大会ではろくに動けないまま、何とも思っていない人にボールをぶつけられて外野へ出た。
 彼はめいっぱい楽しんでいて、私は事情を知っている友達からずっと慰められているだけだった。
 そのことがあまりにも惨めで、情けなくて、悲しくて。
 お別れ会が終わり、帰りの会が済むなり友達と話すのさえほっぽり出してトイレに駆け込んだ。

 そこで、自分でも引いてしまうくらい泣いた。
 声を殺しながら、トイレットペーパーで涙を拭って、少し落ち着いてからまた泣く。
 これを何度繰り返したか分からない。
 気付いた時にはトイレを出て、夕暮れの薄暗い校舎の中をとぼとぼと歩いていた。
 ――彼に好きだと言いたい。でも、うまい言葉なんて思いつかない。
 どうすればいいんだろうか。
 私は何をすればいいんだろう。
 この気持ちは――いったい、どこに向ければいいのだろう。

 上の空で歩いていると、誰かにぶつかった。
 担任の先生だった。
 若くて顔立ちもハンサムな方で、何より生徒へ気さくに接してくれる。 
 怒ると怖いけど、怒らせなければとても親身になってくれる人だ。
 そんな人が皆に嫌われるわけもなく、現に私も、この人には好印象を抱いていた。
 今までに担任になった先生の中では、間違いなく一番いい先生だと断言できるくらいには。

「こんな時間まで何してるんだ、友梨?」
「先生……私――!」

 きょとんとした様子の先生へ、私は全てを話した。
 話した、というよりは、吐き出した、という方が正しいかもしれない。
 明日には冬木を去り、遠い東京に行ってしまう彼。好きな人。
 なんだかんだでずっと一緒に小学生をやれて、いつかはそういう関係に慣れると思っていた人。
 でも自分には彼が行ってしまうのを止めることはできない。
 最後に話すことも出来なかった。
 彼はきっと家に帰ってしまっただろう。
 想いは伝えられないまま、彼は行ってしまう。
 会えないけれど会いたい、どうかこの気持ちを彼に伝えたい。
 思いの丈を全部、全部、優しい先生にぶちまけた。
 先生にこんなことを言っても仕方ないとは分かっていても、溢れだしたものは最後まで止まらなかった。

「……そうか。友梨は、泰斗に「好きだ」って言いたいわけか」

 全てを聞いた先生は、そう言って私の目を見ていた。
 先生の赤い目を私もじっと見返して、こくりと頷く。
 すると先生はにこりと笑ってサムズアップをした。

「よし。じゃあ、伝えに行こう」
「えっ、でも」
「先生が車で泰斗の家まで乗せて行ってやる。なに、遠慮するな。生徒の青春を応援するのも先生の役目だ!」

 そう言って、先生は私の手を引く。
 彼の家までは、学校から歩いて一時間以上はかかる。
 子供の足で向かうのは、この時間からだとかなり厳しい。
 でも確かに車なら、十分かそこらも走れば辿り着けてしまう程度の距離だ。

「先生……私、泰斗くんに会いたい――好きって、言いたいよ……!」
「その気持ちがあれば十分だ。先生はそれを応援することしか出来ないから、ちゃんと自分で伝えるんだぞ」
「うん、うん……!!」

 引っ込んだはずの涙をまたぼろぼろ流しながら、先生に心からの感謝をした。
 私がぐずぐずしているせいでなくしてしまったチャンスを、先生がもう一度作ってくれた。
 こんな時間に突然訪ねていったら迷惑かもしれない。
 そうでなくても、きっとびっくりさせてしまうだろう。
 でも最後なんだから、このくらいのわがままは許されると思いたい。

 ――しっかり、伝えるんだ。
 私の口で、私の言葉で。
 遅くなってしまったけれど、取り返しがつかないくらい遅くなってしまったけれど……
 そうしたらきっと私は、笑顔で「またね」って言えると思うから!




「そうか、うまくいったか!」
「うん! 来年の夏にまた帰ってくるから、その時に遊ぼうって約束した!」

 結果は大勝利だった。
 彼はやっぱりびっくりした顔をしていて、私が告白すると口をあんぐり開けて目も大きく見開いて驚いてくれた。
 それからほっぺたを真っ赤にして、「俺も好きだよ」と返事を貰えた時、一瞬本気で時が止まった気さえした。
 勇気を出してよかったと思ったし、それ以上に先生には感謝してもしきれない。
 彼は明日、東京へ行ってしまう。
 しばらくは会えなくなるだろう。
 私は携帯電話を持っていないし、それこそ本当に、来年の夏まではお預けだ。

「はは……先生も嬉しいぞ。教え子の恋が実る瞬間ってのは、流石に経験したことなかったけどな」

 先生はなぜか自分まで照れ臭そうに鼻をこすると手を伸ばし、助手席の引き出しを手前へ引いた。
 その中に手を突っ込むと、ぶどう味だろうか――紫色の棒付き飴を取り出し、一本くれた。

「ささやかだけど先生なりのお祝い……いや、ご褒美だ。よく頑張ったな、友梨」

 自分もちゃっかり飴を咥えながらウインクする先生の顔は、本当に頼もしく見えた。
 先生がここまでしてくれなかったら、私はきっとこんな嬉しい気分にはなれなかったはずだ。
 苦い初恋の思い出をずっと引きずったまま、大人になっていく。
 あの時、あの廊下で先生に会えなかった私は、そういう人生を送っていただろう。
 でも、違う。先生のおかげで私は気持ちを伝えられて、最高の返事ももらえた。
 ――本当に、感謝してもしきれない。

 明日からは彼はいない。 
 けれど悲しくはない。
 むしろどうやって来年まで楽しく過ごすか、楽しみですらある。
 いろんなことにチャレンジして、いろんなところに行ってみたい。
 遠くから帰ってくる彼にたくさんの楽しい話が出来るように、いっぱい楽しいことをしよう。

 すっかり暗くなった町並みをガラス越しに見つめて、私は慌ただしい一日をそう締めくくるのだった。




「お疲れ、セイバー。珈琲は飲めるか?」
「ありがとう。いただくよ、マスター」

 セイバーと呼ばれた筋肉質な青年に、小学校教諭・八代学は柔和な笑みを浮かべて缶珈琲を差し出した。
 この時間まで哨戒をしてもらっていたことへの、ほんの労いだ。
 とはいっても百年以上前の時代を生きていた人間の口に現代の缶珈琲が合うかどうかは定かではなかったのだが。
 微糖と書かれた金色の缶は、彼の筋骨隆々とした巨体の前ではえらく小さなものに見えた。
 ごくごくと喉を鳴らして苦い液体を嚥下していくセイバー。
 彼は缶から口を離すと、一つ頷いてマスターである男に礼を述べた。

「苦いが、美味しいな。こんなものがたった百円とちょっぴりで買えるなんて、すごい世の中だ」
「そうだなあ。百年前に自動販売機はないか、流石に」

 車を走らせながら、八代も自分の分の缶珈琲へ口を付ける。
 微糖の苦味に少しだけ顔を顰めたところを見るに、甘いものの方が彼にとってはお好みらしい。

「この自動車という乗り物も、僕の時代にはなかったな。
 なかなかのパワーとスピードだ。僕の生まれた時代は馬車しか走っていなかったから、なかなか新鮮だよ」
「少し興味はあるが、僕は現代っ子だからなあ。セイバーの時代に行ったらカルチャーショックを受けそうだ」

 苦笑する。
 それにセイバーも少し笑ったが、彼の顔はすぐに真面目なものになった。
 見れば、その服には幾らか破けた痕があり、肌には傷も程度こそ小さいが幾つか見え隠れしている。
 そのことに気付いた八代は唇を噛み、何秒か沈黙した後に、彼の方から切り出した。

「その傷。今日はサーヴァントと戦ったようだな」
「ああ。敵はランサーだった。気持ちのいい男だったよ」
「倒せたか?」
「危ないところだったが、僕が勝った。マスターは逃がしたよ。悪いやつには見えなかったからね」
「……本当、悪いな。お前にばかり大変な役目を押し付けて。僕が魔術師だったら、援護もしてやれるんだが……」

 ばつが悪そうに眉を顰める八代に、セイバーは微笑んで首を振った。

「その気持ちだけで十分さ、マスター。
 あなたはあなたのやるべきことをしてほしい。僕は、僕のやるべきことをする」
「……分かった。じゃあ――明日からもよろしく頼むよ。
 僕は聖杯なんてものに興味はないが、この町で暮らす人達が巻き込まれるようなことは避けたいからな」
「同感だ。こんな戦いの為に失われる命なんて、少ないに越したことはない」

 八代学が召喚したセイバーのサーヴァントは、聖杯戦争を止めたがっていた。
 そして因果なことにこの八代という男も、聖杯へ託す願望のようなものは持ち合わせていなかった。
 他の願いを蹴落としてまで叶えたい願いはない。
 彼はセイバーにかつてそう言い、聖杯戦争を止めるという彼の目的に同意を示したのだ。
 八代は魔術師ではない。ただの人間で、身体能力も超人的なものは何一つ持っちゃいない。
 だから彼は、セイバーと一緒に戦うことは出来ない。
 彼に出来ることは日常を過ごし、教師として教鞭を執り、こうしてセイバーの戦果を聞くことだけだ。

「そういえば、マスター。いつもと着ている服が違うようだが、何かあったのかい?」
「……ああ。ちょっと葬儀に出席してきたんだ」

 八代は珈琲を飲み干すと、空になった缶をドリンクホルダーへ収める。
 彼が今日着ている服は、所謂喪服と呼ばれるものだった。
 帰りが普段より遅かったのもその為だ。
 学校を出てすぐに葬儀に出席し、線香をあげてきた。
 遺族は幼い娘を突然奪われて痛々しい涙を流していたし、故人の学友も皆声を押し殺して死を悼んでいた。
 死んだのは八代のクラスの女子生徒だった。
 皆の中心というほど目立つ子ではなかったが、それでも離別を悼んでくれる友人が大勢いるくらいには楽しい学校生活を送っていた娘であった。
 最近は少し消沈していたものの、最後に学校へ出席した五日前にはすっかり元気になって、授業も意欲的に受けていたのを覚えている。

「いい子だったんだけどな、友梨は」

 呟いて、八代は車のサイドミラーに目を向けた。
 蜘蛛が巣を作っていた。

 そこから地面に向けて、一本の糸が垂れていた。



【クラス】
 セイバー

【真名】
 ジョナサン・ジョースター@ジョジョの奇妙な冒険

【ステータス】
 筋力A 耐久B 敏捷C 魔力C 幸運B 宝具C

【属性】
 秩序・善


【クラス別スキル】
対魔力:D
 一工程(シングルアクション)による魔術行使を無効化する。
 魔力避けのアミュレット程度の対魔力。

騎乗:D
 騎乗の才能。大抵の乗り物なら人並み程度に乗りこなせる。

【固有スキル】
波紋法:A
 特殊な呼吸法によって擬似的に太陽エネルギーと同じものを生み出す秘術。仙道とも。
 体内を走る血液の流れをコントロールして血液中に波紋を引き起こし、それを治癒に使ったり、通常の攻撃では倒すことのできない吸血鬼等の有効打としたり、生命感知や物質への伝導等、多岐に渡って使用する。
 Aランクともなれば、それは一流の波紋戦士の証。

戦闘続行:A
 往生際が悪い。
 瀕死の傷でも戦闘を可能とし、決定的な致命傷を受けない限り生き延びる。

勇猛:A
 威圧・混乱・幻惑といった精神干渉を無効化する能力。
 また、格闘ダメージを向上させる効果もある。

【宝具】
『我が友よ、明日を照せ(LUCK&PLUCK)』
ランク:C 種別:対人宝具 レンジ:1~8 最大補足:1
 ジョナサン・ジョースターという英霊が、セイバーのクラスで召喚された由来とされる宝具。
 セイバーが生前交戦し、熾烈な激闘の果てに討ち倒した友人から贈られた一振り。刀身には「LUCK(幸運を)」の文字が刻まれており、その先頭に血文字の「P」が書き加えられ、「PLUCK(勇気を)」と読める。
 この宝具を握っている間、セイバーは幸運判定にプラス補正を受け、それに加えて精神抵抗判定に自動成功する。
 またセイバーの宿敵である吸血鬼との戦いにて吸血鬼が用いた氷の技を破った逸話から、氷属性の攻撃や物体に対して攻撃を行う場合、そのダメージ判定にプラス補正を獲得できる。

『星屑に繋ぐ物語(ファントム・ブラッド)』
ランク:D 種別:対人宝具 レンジ:1 最大補足:1
 セイバーが人生の最期、死の淵に立たされながらも最愛の女性と赤ん坊を逃がすために戦った逸話。
 彼が致命傷を負っていて、なおかつ誰かを守るために戦っていることを条件に自動発動する。
 宝具発動中セイバーは常時発動を無効化、阻害されないランクA+の戦闘続行スキルを発動し、セイバーと敵対している全ての存在の攻撃対象を自分へと強制的に変更させる。

【weapon】
 基本的には素手。ここぞという時にのみ、宝具の剣を使う。

【人物背景】
 第一部『ファントムブラッド』の主人公で、以降第六部まで続く因縁の始まりを担った英国紳士。
 ふとしたきっかけから青春時代を共にしたディオ・ブランドーの陰謀に気付き彼を告発しようとするが、ディオは石仮面を被ることで不死身の吸血鬼と化してしまう。
 その後波紋の達人であるウィル・A・ツェペリに師事し、波紋を体得。ディオを追って彼の配下たちと激戦を繰り広げ、それを乗り越えて遂にディオを打倒する。
 しかしディオは生き永らえており、首だけになって襲い掛かってきた彼から嫁のエリナとひとりの赤ん坊を逃がすために奮戦し、最期までディオを抱き止めたまま死亡、海の藻屑と消えた。

【サーヴァントとしての願い】
 願いはない。聖杯戦争を止め、マスターたちを一人でも多く元の世界へ返したい。



【マスター】
 八代学@僕だけがいない街

【マスターとしての願い】
 普段通りに暮らす。聖杯に興味はないのでセイバーに任せつつ、元の世界へ戻りたい。

【weapon】
 彼は普通の人間なので、決まった武器のようなものは持たない。

【能力・技能】
 彼は普通の人間なので、特別な力は持たない。
 強いて言うなら彼は要領がよく、頭もよく、人の心を掴むのがうまい。

【人物背景】
 小学校教師。
 明るく親身になって生徒と接する教育方針から、男女を問わず生徒からの人気が高い。
 特に女子児童からは、彼の顔の良さもあって非常に好かれている。
 生徒の相談をどれだけ荒唐無稽であろうとも笑い飛ばさず、生徒のためなら自分の不利益を恐れずに行動でき、確たる自分の主義にもとづいて行動できる好人物。

【方針】
 日常を過ごす。


把握媒体
セイバー(ジョナサン):
 原作第一部「ファントムブラッド」。アニメ版でも可。

八代学:
 原作漫画全巻。

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最終更新:2016年07月27日 17:54