「あの、あなたが私のマスターですか?」

 神楽が久方ぶりに現世に降り立った時、机に肘を乗せる男性の深い眼窩が目に入った。
そこは骨董品めいた書斎だった。手入れが細部まで行き届いており、ネガティブな印象はない。
神楽の右隣には書棚が、彼女の背丈より高いナラの六段のうち、下の五段にハードカバーから文庫本、なかには資料集や辞典らしき分厚い冊子をシリーズごとに整頓して並べている。

「そのようです」

 厚い表紙を閉じると、マスターの男性は桐敷正志郎、と名乗った。
神楽も軽く一礼して名乗り返す。正志郎は見かけ四十も半ばに差し掛かっているが、おじさん、というより男性と表現するのがふさわしい垢抜けた雰囲気の持ち主だった。
彼は机から立ち上がると適当な椅子に近づいていき、それを神楽の方へ引き寄せる。
ワインレッドのベストに包まれた身体は均整がとれており、そのスタイルは年齢を感じさせない。

「それで、マスターはこれからどうしたいですか」

「死にたくはありませんね。戦うことなく脱出できれば、幸いです」

 書斎机の前に戻ると、正志郎は軽く肩を落とした。
正志郎が乗り気でない事を知ると、神楽の表情が僅かに明るくなる。

 招かれはしたものの、神楽は聖杯に託すほどの願いを持ち合わせてはいない。
もし殺し合いに積極的なマスターだったなら、退魔師として、人間として速やかに対処しなければならない。殺害も念頭に置いていたが、どうやら杞憂で済んだらしい。

 やや気抜けした神楽は、正志郎と自己紹介がてら軽い雑談を始める。
正志郎が会社を経営―招かれる以前も、冬木においても―しており、もともと住んでいたのも似たような洋館であると聞くと神楽は目を輝かせ、正志郎の方も神楽が歩んだ戦いの日々に興味を示した。
ちょっとの間は和やかに進んだが、正志郎の家族に話が及ぶと談笑に影が差し始める。

「病気……?」

「ええ、全身性エリテマトーデスと言いまして、…ご存知ですか?」

「いえ…」

 正志郎の妻子は身体が弱く、難病を患っている。

 全身性エリテマトーデス。通称SLE。全身の臓器に多彩な症状が起こる膠原病の一種。
異常をきたした免疫系が自分の身体を攻撃することで全身が侵されていく病気だが、発症の原因は明らかにされていない。
完治させる手段は正志郎の時代には発見されておらず、患者は免疫の働きを生涯抑え続けることを強いられる。

 発症や病状の悪化を招く誘因が幾つか知られており、正志郎の妻子はいずれも日光が該当する。
紫外線に対して敏感であるため、よほどの重装備をしなければ昼間の外出は叶わない。娘の沙子も発病してから学校には通っておらず、雇った医師に勉強を見てもらっている。
自由に出歩けない二人を抱えた正志郎は相談の末、外場という過疎の村に引っ越したのだ。


「………」

「…そんな顔しないでください。二人も殺人を犯してまで、完治させて欲しいとは思わないでしょうし」

「でも…」

「社長職も既に辞して、静かに暮らしていたんです。私は生きて帰ることさえできれば…」

「……約束します。どこまでできるかは分からないけど、マスターが無事に家族の下へ帰れるようにします」

「ありがとうございます」

 正志郎の安堵の微笑が、二人のやり取りを締め括った。
神楽は視線を上げると話題を変えた。

「とりあえず、陣地の設置場所から考えましょうか」

「陣地……」

 自陣に籠ったうえでの防御戦がキャスターの本領なのだが、神楽にそれは当てはまらない。
前線で霊獣を駆使し、敵を屠っていくのが生前から変わらない彼女の得意戦法だ。
キャスタークラスとしては戦闘力のある彼女だが、そのぶん形成できる陣地も戦闘に耐えうるものではない。敵の目から逃れて潜伏する事に特化した、隠れ家のようなものだ。

 そうなると、敵勢力にあっさりと看破されるような場所は設置するに相応しくない。
そこまで話が進んだ時、掛け時計が正志郎の目に入る。いいかげん床に就かなければ、明日からの行動に支障をきたしかねない時刻だ。

 正志郎は就寝する旨を伝えると共に、不寝の番をキャスターに依頼する。快く引き受けた彼女の姿が消えると、正志郎は読みかけのハードカバーを書棚に戻した。




(ひとまず上手くいったようですね)

 聖杯戦争の知識が頭に流れ込んできた時、正志郎は内心ほくそ笑んだ。
キャスターに語った話は半分事実だ。彼の妻子―戸籍上はそうだったし、それなりの年月を共に暮らしている―は日光を苦手としている。


 屍鬼。日光や呪物を苦手とし、生き血を啜ってのみ生を繋げられる吸血鬼に似た何か。
自分を人でなしの息子と指弾した者達を、正志郎は許さなかった。だが自身も人であり、また人の範疇にある限り、加害者になる事は許されない。誰もが正志郎に被害者であり続けることを強いた。
ゆえに正志郎を家族から救い出してくれた彼らの側に、受け継いだすべてを手土産に加わった。

 屍鬼の首魁――仮の娘である沙子は彼らが安心して暮らせるコロニーを築こうとしていた。
正志郎自身、根付ける場所を望みはしたが、聖杯戦争に招かれる前に企みは瓦解した。妻を演じていた千鶴は死に、覚えている限りでも沙子の現況は危うい。

――助けるべきだ。

 あのまま屍鬼たちが村人に狩られると言う事は、自分が人間の社会に負けることを意味する。
千鶴を殺され、沙子までその手に掛かるなど我慢ならない。聖杯に彼らの救済を願うべき、だが……、


(これは千載一遇のチャンスではないのか…)

 正志郎が屍鬼として起き上がる可能性はほとんどない。
望みの薄い賭けに出るほどの勇気はなく、だからこそ協力者として彼らを助けている。

 聖杯なら叶えられるのではないか?正志郎自身が加害者となり、秩序と敵対し破壊する第二の生を得ることを。
屍鬼よりも強く、人狼よりも自由な、人間とは全く相容れない怪物として生きる道を。

 その誘惑は麻薬の甘美さをもって、正志郎の意識をゆっくりと蚕食していく。
しかし、連れ添った彼らを切り捨てて孤独に戻るのは……。

 正志郎はゆっくりと頭を振って、思考を中断する。ひとまずこれは置いておこう。
まずは聖杯を奪取する。その時までには、託す願いも決まるはずだ。


 キャスターにはああ言ったが、自分を冬木に連行した手段は尋常のものではあるまい。
正志郎は脱出ルートなどという隙を主催者が見逃していない事を期待して、書斎を後にした。

301 :桐敷正志郎&キャスター ◆0080sQ2ZQQ:2016/07/21(木) 18:12:51 ID:OJ2l0mGc0
【クラス】キャスター

【真名】土宮神楽

【出典作品】喰霊シリーズ

【性別】女

【ステータス】筋力D 耐久D 敏捷B 魔力B++ 幸運C 宝具A

【属性】
中立・善

【クラススキル】
道具作成:E
 キャスターにあるまじきことだが、道具作成の逸話を所持していない。
 器物に少量の魔力を込めることが出来る程度。


陣地作成:EX
 キャスターの陣地作成は宝具と不可分である。
 高い隠密性を誇る「セーフハウス」の形成を可能としている。


【保有スキル】
再生:C
 殺生石がもたらす再生能力。肉体修復における魔力消費を抑え、耐久値を向上させる。


使い魔使役:A-
 宝具に昇華された霊獣「白叡」を従えている。用途は戦闘に特化している。


法術:C
 仏教や神道をベースとした魔術体系。キャスターは「不動明王火界呪」など攻撃的な術を得意としている。


【宝具】
『潜めるのは都会の空隙(隠し神)』
ランク:B+ 種別:結界宝具 レンジ:建築物により変動 最大捕捉:2人
 追手から逃亡している最中に遭遇した霊体。
 味方ではないが一時期その恩恵に預かっていた逸話にクラス補正が加わり、キャスターの宝具に数えられた。

 隠し神を配置した「建築物」をキャスターの陣地として扱う。
 セーフハウスは内部で生じる魔力を隠蔽する機能を持ち、さらに陣地内に滞在する間のみキャスターおよびそのマスターにBランクの気配遮断スキルが与えられる。

 さらに隠し神は自身に接触した存在を、外部から視認できなくする。
 接触した人物は肉体が装着物含めて透明化。その存在を隠蔽する事が出来る。

 ただし透明状態は霊体化しているわけではないので、直接触れる事は可能。
 また、気配感知や千里眼といった知覚系スキルをBランク以上で保持する者からは、透明化を見破られてしまう。

 隠し神自身は体内に魔力炉心を備えており、発動された後は自力で現界を維持する。
 また、自分の意思で陣地外に出ることはない。


『喰霊計画・乙式(白叡)』
ランク:A 種別:対人、対軍宝具 レンジ:2~30 最大捕捉:20人
 先祖から受け継いだ霊獣。
 元から九尾の化身として高い妖力を持っていることに加え、幾人もの継承者たちと共に悪霊や妖怪と戦い続けてきたことから、霊的または魔的な存在に対して絶大な攻撃力を発揮する。

 白叡はこれらそのもの、あるいはその要素を持つ相手を喰らった場合、魔力を回復する事が出来る。
 これはキャスターには還元されず、白叡の維持に回される事となる。白叡は長期間霊体を捕食しない場合、飢餓感から封印を破ろうと暴れ始める。

 本来は一つ首だったが、生前に再封印した際に首が二つに増えた。
 これにより本来想定された以上の攻撃能力を発揮できるが、その分繊細な扱いを要求する。


【weapon】
「殺生石」
九尾の魂を封印した妖力の結晶。
キャスターは安全に運用できるよう処理を施したものをピアス、ブレスレットとして身につけている。
魔力炉心としての機能を持ち、マスターから一定以上の供給を受けている場合、高い回復力を発揮する。


【人物背景】
実父から「白叡」を継承した土宮家第28代当主。
超自然災害対策室所属の退魔師として悪霊や妖怪と戦い続ける日々の途中、霊感を持つ高校生「弐村剣輔」と邂逅。
同年代の友人がいなかった彼女は剣輔と友達になるべく、彼の通う学校に転校する。

戦いの中で各地に散らばった殺生石が集合したことで九尾が復活。
剣輔を蘇生させるべく九尾を継承した際に悪霊化するも、剣輔達の活躍によって人間の側に戻った。

全ての戦いが終わった後は新たに設立された心霊庁の職員となり、自身の魂と融合した黄泉を含めた仲間達と穏やかな日々を過ごした。


【聖杯にかける願い】
マスターを生還させる。

302 :桐敷正志郎&キャスター ◆0080sQ2ZQQ:2016/07/21(木) 18:13:11 ID:OJ2l0mGc0
【マスター名】桐敷正志郎

【出典】屍鬼(小説版)

【性別】男

【Weapon】
新築一戸建てを数件、一括で購入できる額の個人資産。


【能力・技能】
「会社社長」
聖杯戦争に招かれる前は、財力や権力で屍鬼をサポートしてきた。
また表向き中学生の娘を持つ中年男性ながら、俗っぽさの無いナイスミドルである。


【ロール】
社長。


【人物背景】
人の生き血を吸う人外「屍鬼」を援助している人間。
幼い頃から家庭にも社会にも居場所が無く、寄る辺ない自分を救い出してくれた沙子達に自分が受け継いだもの全てを差し出した。

正志郎自身、屍鬼になりたがっているが、体質的に起き上がれる見込みは薄い。
その為、人の身で屍鬼の活動をサポートしている。

千鶴の死を知った後から参戦。


【聖杯にかける願い】
自分を虐げた秩序を破壊する。



【把握媒体】
キャスター(土宮神楽):
原作漫画。全巻読破を推奨しますが、白叡を使役するのは7巻までなので、8巻から先は余裕があれば。
アニメ版において前日譚が描かれており、そちらも把握すると理解がより深まる。


桐敷正志郎:
原作小説。出番は少なく、序盤に少し登場する以外は後半の屍鬼狩り前後が中心。
アニメ版、漫画版もありますが小説とは変更が加えられております。

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最終更新:2016年07月27日 17:56