来るところまで来てしまったと、少女は唇を噛み締め、愛刀を握り締めた。
長い、長い道だった。ただ一つの目的を遂げるためだけに、自分を殺して邁進してきた。
これまでも、これからも、いつまでも。悲願を叶えるまでは、傀儡であり続けようと誓った。
端から見ればその姿は哀れに見えたのだろうが、当の彼女はただの一度として不平や不満を溢すことはなかった。
彼女にとって、自分が苦しいかどうかなど些事でしかなかったのだ。
不当な不名誉を着せられ、今も罪人として暗い独房の中に幽閉されているだろう最愛の父。
彼を救うためならば、少女は自分が地獄に落ちることになろうが構わないと思っていた。
日々、募っていく焦燥。剣を振るうことで心を誤魔化すばかりの毎日。
本当は。
彼女には遠くない内に、救いの手が降りるはずだった。
とある少年と想いを交わし、剣を交わして、光の道に連れ出される未来が待っていた。
叔父の傀儡として使われるばかりの毎日に別れを告げた彼女には、沢山の友人ができた。
自分とコンビを組んでくれる相棒もできて、時に激しく、時に優しく流れる満ち足りた時間。
しかし、彼女がその未来に行き着くことは――――もうないのかもしれない。
彼女は、出会ってしまったのだから。
願いを叶えるという、おとぎ話に。
少女は何としてでも、父を救いたかった。
記憶の中にしかない優しい父の姿をもう一度見るためだけに、人生の全てを捧げてきた。
フィクションの中のご都合主義のような願望器を見る度に、自分もそれを切望してきた。
自分のところにもこういう優しいお話が舞い込んで来てくれたらいいのにと、数えきれないほど夢を見た。
そして今、少女は夢の中にいる。どんな願いでも叶えてくれる万能の願望器を手に入れるための、冒険譚の序章にいる。
しかし夢は夢でも、これは間違いなく悪夢の部類だった。
もしも失敗したなら、命だって落としかねない。
願望器に辿り着けなかった時に、元の世界へ帰れるという保証もない。
――――――それでも。それでも、少女に《乗らない》という選択肢はなかった。
彼女は自分の幸せを殺してまで、父親を助けることを望んだ親想いな娘なのだから。
どれほどの危険がその道に転がっていようとも、それが叶うチャンスが逃げ去っていくのを指を咥えて見ているような真似は、彼女にはできなかった。
そして少女は、聖杯戦争という悪夢に名乗りをあげる。
その聡明な頭脳で自分が何をするのかを一寸違わず理解した上で、非道に手を染めることを決める。
誇り高き剣を、醜い蹴落とし合いのために使う決意を固める。
私は、勝たなければならない。
たとえこの剣で誰かを殺すことになってとしても――――必ず。
絶望の中で希望を求めてあがき続けた天才が、決定的に正しい未来と道を違えた瞬間だった。
◇ ◇ ◇
「見事なもんだな」
そう漏らしたのは、白髪の小柄な少年だ。
一口に少年といっても幼さだとか可愛らしさだとか、そういう雰囲気は微塵も感じられなかったが、見た目は少年と形容されて然るべき年頃に見える。
何より決定的に異様だったのは、彼が平然と着こなしている羽織だろう。時代を百年は履き違えているようにすら見える立派な代物だ。
顔立ちの端正さも相俟って、人前に出ればそれなりの騒ぎになるのは間違いないだろうが、夕暮れ道を歩く彼と彼女の周囲に人影は見られない。
少年の隣を歩く少女は、明らかに気弱そうな表情をした娘だった。歳は中学生くらいか。背丈は小さいが、出る所がきっちりと出た少々早熟な体型をしている。
少女が抱えているのは金のトロフィーで、背中には竹刀袋を背負っていた。全日本剣道連盟、と刻印されたトロフィーは、彼女が自ら勝ち取ったものだ。
――――今日は、中学生剣道の市大会が行われた日である。
その結果は、当事者も観戦者も、その場に居合わせた全ての人間の予想を裏切る結果に終わった。
昨年まではそもそも剣道部の存在しなかった学校から出場した一年生が、個人戦で全ての剣士を圧倒し、市大会優勝を決めてみせたのだ。
人数足らずで団体戦が出場できなかったようだが、もし仮に出られていたとしても、その一年生の学校は優勝することは出来なかったろう。
少女一人だけが、抜きん出ていた。他は凡人、良くて人より少し上手い程度の剣士しかいない中で、彼女の実力は明らかに異彩を放っていた。
少女の名を、
刀藤綺凛。彼女は、此処とは違う世界で修練を積んだ、いわゆる"異世界人"である。
「……セイバーさん、どうでしたか?」
「だから言ったろ、見事なもんだよ。その歳で、物珍しげな力も持たないであのレベルならお前は間違いなく天才だ。
単純な剣技の勝負でなら、俺の仲間だった連中にさえ匹敵するかもしれねえ――――だが」
少年、もといサーヴァント・セイバーの言葉に世辞はない。彼はむしろ、物事に対し正直なコメントをするタイプの男だ。
自分から見て駄目だと思ったなら素直にそう言うし、つまらない世辞をこねくり回されることでこの少女が満足するとは到底思えなかった。
もっとも、結果から言えばお世辞を使う必要すらなかったのだが。綺凛の試合を今日一日観戦したが、彼女の剣術は完全に達人の領域に達している。
あらゆる他の要素とスペック差を排除して純粋な剣技だけでの勝負をしたなら、かく言うセイバーでも綺凛を下すのは相当骨が折れるだろう。
人間としての実力なら、文句のつけようなどどこにもない。だがそれは、あくまで相手が人間であり、特殊な力を全く持っていないというのが前提だ。
「お前の剣には神秘がない。これだけで、まずサーヴァントと戦うのは無理だ。
マスター相手なら大概の奴には勝てるだろうが……俺の見立てが正しければ、サーヴァントの領分に片足突っ込んだような連中も少なからず彷徨いてる筈だ。
そんな状況で、人間のお前が進んで前線に顔出すってのは……賛成できねえな」
「そうですか……」
綺凛は、足手まといにはなりたくなかった。
セイバーは召喚された時、綺凛にこう言ったのだ。
聖杯は好きに使え。自分に聖杯などに願って叶えてもらうような大層な願望はないから、成就させたい願いがあるなら好きに使えばいい――――と。
それはほとんど、無償の協力に等しい。彼は自分にとって一切の見返りがない戦いに、綺凛のためだけに協力してくれるのだ。
そんな優しい彼に、綺凛は迷惑を掛けたくなかった。だからどうにかして一緒に戦えないものかと、彼に自分の実力を見て貰った。
結果はこの通り。やはり、マスターが前線で戦うというのは無謀が過ぎる考えのようだった。
「……気負い過ぎだ、お前」
しゅんとした様子で俯き加減になる綺凛に、セイバーは呆れたようにそう言った。
彼がサーヴァントとして聖杯戦争に参戦するのは、言うまでもなくこれが初めてのことだ。
正直な話、マスターというのはもう少しろくでもない奴だと思っていた。
聖杯なんて代物を、他人を犠牲にしてまで得ようとする連中。好意的には、とても見られなかった。
しかし、自分を喚んだマスター……刀藤綺凛という少女は、その予想に全く反した人物だった。
必要以上の犠牲を望まず、サーヴァントを道具ではなく相棒として尊重し、あろうことか自分が下手に出る始末。
威張り散らされるよりかは心境的には随分マシというものだったが、あまり気を遣われるというのもそれはそれで居心地が悪い。
「俺はサーヴァントだ。そしてお前は、俺を召喚したマスターだ。分かるな」
「は……はいっ」
「サーヴァントなんてのは、所詮刀だの弓だのの延長線だ。戦いを有利に進める道具であって、それ以上でも以下でもねえ。
だからお前はもうちょっと堂々としてろ。戦うのが仕事のサーヴァント相手に、申し訳ないとか思ってどうする。本末転倒だろうがよ」
セイバーは、聖杯戦争にはどちらかというと否定的な考えを抱いているサーヴァントだ。
願いを叶える杯なんて胡散臭い物のために潰し合うのもそうだが、長年の勘がどうにも良からぬものの存在が近くにあることをひしひし感じさせてくる。
少なくともこの戦いは、誉れだの何だのと、耳障りのいい言葉を盲信した連中がこぞって痛い目を見る。そういうものだと、セイバーは認識していた。
されど、此度の自分はサーヴァント。死神でも、護廷十三隊の隊長でもない。
この力はあるのに気弱で頼りない少女の願いを叶えるために呼び出された、ただそれだけの存在なのだ。彼女のための斬魄刀(ぶき)なのだ、自分は。
「じゃ、じゃあ……セイバーさん。改めて、お願い……しても、いいですか?」
何だよ、と無愛想に返す。
堂々としてろと言ったばかりなのに、既におどついているのはもう生まれながらの性分なのだろう。
それでも彼女の両目には……剣を握った瞬間と同じような、強い光が見て取れた。
刀藤綺凛は強い。身体はもちろん、心の奥底に、誰よりも蒼く燃え滾る意志の光がある。
「―――お願いします。私を、もう一度……父に会わせて下さい」
そのためだけに、綺凛は人生を注いできた。
虐げられようが軽んじられようが、ただがむしゃらに剣を振り続けて生きてきた。
聖杯戦争に参加し、命を懸けるというその覚悟に迷いや揺れなどあろう筈もない。
それを理解したからこそ、セイバーのサーヴァント・
日番谷冬獅郎は実体化を解除する。
虚を突かれたように慌て始める綺凛を尻目に、一方的にこう言いつけて会話を打ち切るのだ。
照れ隠しのように、不器用に。
「善処してやる」
【クラス】
セイバー
【真名】
日番谷冬獅郎@BLEACH
【ステータス】
筋力C 耐久C 敏捷B 魔力B 幸運E 宝具B(限定霊印)
筋力C 耐久C 敏捷B 魔力A+ 幸運E 宝具A(限定解除)
【属性】
秩序・善
【クラススキル】
対魔力:C
第二節以下の詠唱による魔術を無効化する。
大魔術、儀礼呪法など大掛かりな魔術は防げない。
騎乗:D
騎乗の才能。大抵の乗り物なら人並み程度に乗りこなせる。
【保有スキル】
死神:A
現世を荒らす悪霊・虚から現世を護り、尸魂界と現世にある魂魄の量を均等に保つことが役目の調整者である。
人間の寿命を遥かに超える時間を生きており、特殊な装備を有している。
魔性への特効性能を持ち、相手が悪霊に近ければ近いほど、特効の倍率が上昇していく。
心眼(真):B
修行・鍛錬によって培った洞察力。
窮地において自身の状況と敵の能力を冷静に把握し、その場で残された活路を導き出す戦闘論理。
逆転の可能性が1%でもあるのなら、その作戦を実行に移せるチャンスを手繰り寄せられる。
限定霊印:A
護廷十三隊の隊長格であるセイバーは、現世の霊なるものに不要な影響を及ばさぬように霊力を抑制されている。
サーヴァントとして召喚された彼は、マスターの指示でこれを解除することが可能。
ただし限定解除を行った場合燃費が悪化するため、乱用は自分の首を絞める。
【宝具】
『始解・氷輪丸』
ランク:B 種別:対人宝具 レンジ:1~20 最大捕捉:100人
セイバーの持つ、氷雪系最強の斬魄刀。
解放と共に柄尻に鎖で繋がれた龍尾のような三日月形の刃物が付き、溢れる霊圧が触れたもの全てを凍らせる水と氷の竜を創り出す。
斬魄刀そのものにも、触れたものを凍らせる能力が付加される。
『卍解・大紅蓮氷輪丸』
ランク:A 種別:対人宝具 レンジ:1~40 最大捕捉:1000人
斬魄刀『氷輪丸』の卍解形。
解放と共にセイバーは刀を持った腕から連なる巨大な翼を持った氷の龍を纏い、背後に三つの巨大な花状の氷の結晶が浮かぶ。
始解時の能力が増大したもので、氷と凍気を自在に発し操れる。
また刀以外の部分は全て氷でできている為、たとえ砕かれても水ないしは空気中の水分さえあれば何度でも再生可能という特性を持つ。
その他にも、敵から受けてできた傷口を氷で塞ぐことで、一時的に出血を止めるなども可能。
だがセイバー自身がまだ幼いために卍解は未完成であり、持続時間が短い。
背後にある花の結晶は彼の残り霊力を示すもので、時間と共に花弁が砕け落ちていき、十二枚全てが散った時、この宝具は使用不能になる。
尚、マスターの魔力量の都合上、彼の真の全力は聖杯戦争では発揮できない。
【weapon】
斬魄刀『氷輪丸』
【人物背景】
護廷十三隊の十番隊隊長を務める、少年の姿をした死神。
物事を冷静に見渡せる高い見識の持ち主で、一見冷めているように見えるが、心には熱い激情を秘めている。
【サーヴァントとしての願い】
なし
【マスター】
刀藤綺凛@学戦都市アスタリスク
【マスターとしての願い】
父を助けたい
【weapon】
日本刀《千羽切》
【能力・技能】
卓越した技量の剣技。
煌式武装を使わずに、実剣の日本刀一本で並み居る強者を返り討ちにする実力の持ち主。
【人物背景】
「疾風迅雷」の二つ名を持つ天才剣士。
刀藤流宗家の娘であり、こと剣術の事となると饒舌になる。
過去の一件で父を収監されており、彼を救うために聖杯戦争に乗る。
【把握媒体】
セイバー(日番谷冬獅郎):原作漫画・破面編までで大体の把握は可能。
刀藤綺凛:原作二巻のみで把握可能。
最終更新:2016年08月05日 22:11