ポールスターⅡ lesson3 Doctors to the World ─世界へ飛ぶ医師─
① 新聞を読めば必ず戦争や地震、飢饉、洪水についての記事が目に入る。これらの記事を読めば、MSFと呼ばれる組織が医師や医療専門家をたびたび被災地に派遣しているのに気付くだろう。
“メディサン・サン・フロンティエール(MSF)”は“国境なき医師団”を表すフランス語である。一団のフランス人医師たちによって1971年に立ち上げられたものである。現在、MSFは大きな国際支援団体へと成長し、70の国々で働く3500人のスタッフがいる。
MSFは政治的に支配されない。資金のほとんどを一般の人々から受けているから、どんな人種、宗教、あるいは政治的背景の人でも助けることができる。2004年、MSFの収入は5億6千8百万ドルで、その8割近く団体の個人の支持者から来ている。
② MSFはいろいろなやり方で人々を助ける。武力紛争が勃発すると、近くに診療所を開くためボランティアを派遣する。MSFはまた戦争や飢饉のせいで家を追われた難民に医療支援を施す。これは重要な活動である。2005年現在、世界には約920万人の難民がいるからである。
MSFは自然災害の間も助ける。災害が起こると人々をすぐさま助けなければならない。そのためMSFはいつでも医療品を送れるようにしてある。MSFのチームがこれらの医療品を割り当てる。彼らはまた、被災地の人々にきれいな水が十分あるかどうか確かめようとする。
MSFには他の役目もある。たとえばメディアが世界のある特定の地域における人的被害をきちんと公表しなければ、MSFのスタッフがそこでの問題について世間に知らせようと最善を尽くす。
③ 〈山本敏晴医師の言葉〉 私が12歳のとき、父が私をアフリカに連れて行った。私と同じくらいの年の子供たちがスイカを食べているのを見た。スイカの赤い所がハエで真っ黒になっていても気にしていないように見えた。微笑みながら、彼らは近づいて話しかけてきた。ショックと恐怖で私は後ずさりし、打ち解けることができなかった。このことは決して忘れない。国際協力の意味するものについて考え続けた。その後、35歳の医師としてMSFに参加した。本当に意味のある国際協力の方法を探していた。
シエラレオネをご存知だろうか?アフリカ西部にあるこの国は北海道と同じくらいの大きさで人口は約455万人である。ここは医療状況が世界最悪である。子供の3人に1人が5歳になる前に死に、平均寿命はわずか25から35年しかない。2001年、私はそこの病院の医師として働くようMSFにより派遣された。ダイヤモンドの採掘権をめぐる10年を越える戦争の末、学校も病院も破壊されていた。手を洗うのさえ十分な水がなく、電気もなかった。
④ 医師が短期間、ボランティアとして一つの国で働いても、そこのすべての問題を解決することはできない。彼らは自分の仕事はうまくやれるかもしれないが、どんなに一生懸命働いてもその国の全般的状況が変わることはない。思うに、重要なのはそこの人々が自力で困難を切り抜けられるようになるまでボランティアが働き続けることである。
期間が終わると立ち去らなければならなかった。私が去った後も病院がうまく運営されるかどうか疑問に思った。毎日、MSFの医師として患者を治療したあと、私は現地のスタッフに医療技術を教えることに決めた。
⑤ 国際的に役立つために個人として何ができるのだろうか?MSFの医師のように誰もが外国で働けるわけではないが、いくつか簡単なことをすることによって力になれる。まず、テレビや新聞のニュースに常に注目し、世界でどんな問題が起きているかを調べる。次に、問題の地域にサポートする人を送っているグループについて調べる。そうすれば自分が何をすべきか何か考えが浮かぶだろう。日本では、12万9千人の人々が国境なき医師団日本のニュースレターを購読し、14万6千人の人々が寄付金を送っている。そのような行動が国際協力の出発になることがある。