夜明けが訪れる。
黒い空を瑠璃色から紫、赤、オレンジと鮮やかに染めて何も無い水平線から太陽が昇ってくる。
それは船乗り達のみに許された自然が作り出す芸術だ。
そして、それは世界を超えても変わらない。
海の上で見られる光景だ。
「艦長、コーヒーです」
「うん、ありがとう」
副長が入れたコーヒーを『むらさめ』級汎用護衛艦『ありあけ』の艦長が受け取り、ズズっとすすった。
「朝焼けはこの世界でも変わりませんね」
「ああ、ちょっと無粋なものも混じっているがね」
そう言って太陽が昇ってくる方角とは逆の方角を見る。
そこにはいかにも即席らしい輸送船の姿が多数あった。
不恰好な鉄の箱を連ねて、それに水の抵抗を減らす最低限の鋼鈑のみが張られている。
一見すれば巨人が作った玩具の船とも見える。
これが船腹不足を埋める為に建造された緊急増産船型であった。
小は500tから大は40000tまで2種類の大きさのモジュールを組み合わされて作られた輸送船たちだ。
そのうち比較的大型で大陸間航行が可能な船が船団を組んで航行している。
そして『ありあけ』は僚艦2隻と共に船団の護衛に着いていた。
しかしながら、この世界に輸送船団の脅威となる敵性潜水艦は存在しない。
にもかかわらず護衛艦がエスコートしているのはある意味では潜水艦よりも厄介な相手がこの世界に存在するからだ。
『ソナー室より艦橋。ソナーが水中音源を捕捉。目標と思われます』
早速潜水艦よりも厄介な相手が現れたようだ。
「副長、ここを頼む」
CICに入った艦長は早速ソナー室と連絡を取る。
「水測長、確認は取れたか?」
『はい。音紋パターンはデータと一致します。ウォーター
ドラゴンに間違いありません』
ウォータードラゴン、それは水中に生息するドラゴンの一種であった。それが何度も襲ってくるのだ。
その理由については偉い海洋学者曰く、『大規模な船団はそれなりの雑音を水中に撒き散らすわけで、それを聞いて自分の縄張りを荒らしていると勘違いして襲ってくるのでしょう』ということらしい。
しかも厄介なことに潜水艦は交戦していなければ何も攻撃してこないし、仮に交戦状態に入っても基地や造船所を潰せばおのずと行動は限られてくるのに対し、ウォータードラゴンはいつ何時でも攻撃してくるし野生なのでどれだけ退治しても全然減ってこないのだ。
『目標、以前接近中。速度16ノット、深度80、本艦との距離20000を切ります』
「よし、ピンガーを打ちまくれ!」
『了解!』
元の世界のイルカやクジラなどの海洋哺乳類は軍艦の発振する超音波を極度に嫌がる性質があった。それならば同じぐらいのスケールであるウォータードラゴンにも効果があると考えるのが普通である。実際何度かはピンガーの音に参ったらしく、引き上げた事例も報告されている。それに何よりピンガーはタダなのだ。
『目標針路そのまま。距離16000』
しかし、どうやら今回も参ってくれないようだ。
「交戦規定クリアー。目標を攻撃する。対潜戦闘用意!」
「前甲板VLS1セル、2セルアスロックデータ入力開始!砲撃警報を鳴らせ!」
「全水密区画閉鎖完了!前甲板退避完了!」
「発射!」
前甲板のVLSのハッチが開き、射程とペイロードを改善した垂直発射型アスロック2基が噴煙を引いて飛翔を開始する。目標地点でロケットモーターを投棄し、97式魚雷をパラシュート投下、着水した97式魚雷は即座に目標を捉え、60ノットの高速で突っ込んでいく。
『目標に大きな爆発音2!アスロック命中しました!』
『艦橋よりCIC、左舷前方15000に水柱を確認!』
2部署からアスロック命中を示す報告がCICに入る。それを受けてほっとした空気が流れたがソナー室からの緊急報告で再び空気が張り詰めた。
『待ってください!音源を再捕捉!敵性目標はまだ沈黙していません!・・・目標遠ざかります!距離18000。離脱する模様』
「なんて奴だ・・・97式魚雷2発もくらってまだ沈黙しないとは・・・」
97式魚雷はソ連の巨大戦略原潜、タイフーン級に対抗する為に作られた魚雷である。弾頭も潜水艦の分厚い耐圧殻を破壊する為に大威力になっている。
そんな魚雷を2発もくらっていながらまだ死なないのだ。
「・・・」
ドラゴンという種の生命力を改めて見せ付けられた。もし多数で組織的な攻撃を行われたら対処は難しいだろう。
CICの全員の胸の中に小さな不安のかけらが落ちていた。
その後、主要航路に対ウォータードラゴン用発振ブイと本土防衛音響捜索システムが稼動するまでに護衛艦3隻の中破を筆頭に、輸送船18隻、漁船34隻に被害が発生した。
この世界では人間だけではなく手強い自然とも戦わなければならないことの証左だった。