「ぃ・・てぇぇ・・」俺は全身血まみれで道路端に倒れていた。
 それは深夜に起こった交通事故、返却時間ギリギリのレンタルビデオを返した帰り道、トラックにひき逃げされたのだ。
(いけねぇ、ケータイ持ってきてねぇや・・体は全く動かねえし、意識も・・・)
 ――死んだと思った。しかし、その時背後から誰かの声がした。
「グッグッ。真新しい死体だ。今度はこいつを使うとしよう。」
 薄れ行く意識の中、その者の言葉を聞き取ることはできなかった。
(・・誰かそこにいるのか?頼む・・助けてくれ!)俺はそのまま気をを失った。
(はっ!)気が付くと自室のベッドの上だった。あわてて自分の身を見回す。
「・・なんともない。」血まみれで動けなかったはずの体は、傷ひとつ付いていなかった。
(あの事故は夢だったのか・・?)
 時計を見ると朝の8時をまわっていた。
「いけない!出かけないとっ!!」俺は急いで学生服を身にまとうと家を出た。
「何とか間に合いそうだな。」HRが始まる前には教室に付けそうだ。
 グ~。(くっ、走ったせいで腹が・・・)校門を潜ろうとした時、背中からふわりと美味そうな匂いがした。
 振り返るとクラスメートの少女の姿があった。
「おはよっ!今朝はやけに早いわね?」
「ああ、なんたって朝飯抜いてきたからな。」
「ええ~。それで持つのぉ?」
 俺と彼女は並んで教室へ向かう。
「お前弁当持ってきてるんなら、少し早弁させてくれないか?」
「何言ってるの?あたしお弁当なんて持ってきてないわよ?」
「え、そうか?なんかお前から良い匂いがしてるからてっきり・・」
「?」クンクン。彼女は自分の匂いをかいでみる。その様子は可愛らしくて、可笑しかった。
「よくわかんないけど・・・ねえ、もしかしてナンパのつもり?」
 そんな多少の誤解を受けつつも、一日は平穏に過ぎていった。ただひとつ、俺の異様なまでの空腹感を除いては・・・。
「ただいまー。」夕方自宅に帰ると、俺は何より先に冷蔵庫に手をかけた。
「ちぇ、ろくなもんないなぁ。」空に近い白い箱を切り目に、俺は買出しに出ることにした。
 とにかく腹が減っていた。昼食は学生食堂を利用したが、いつもより大盛りで食ってもまるで足りない。
 食堂は混雑していたため一食しか取ることはできなかった。
 そして今に至っている。
 家の門を出ようとしたとき、あまりの空腹に足が縺れふらついた。
(まずい、倒れる・・!)
 ぽさっ。「!?」地面ではなく、何か柔らかいものに体を受け止められた。
(何だ?)体制を持ち直すと、俺の通う学校の制服が目に入った。
「ちょっとぉ、大丈夫?そんなふらふらで出かけようとして。」
「ああ、お前か。どうしてここにいるんだ?」
 それは今朝学校の校門でも一緒だった少女だった。
「アンタまた学校にケータイ置いていったでしょう。届けに来てあげたのよ。」
 そう言って彼女は俺の携帯電話を差し出す。その白く艶やかな手を見て、なぜか無性に食欲が涌いた。
「それよりホント大丈夫?今日一日調子悪そうだったしさ・・・きゃっ!」
 俺は彼女の腕を取ると家の中へ引き込んでいた。
「痛い。痛いってばっ!」掴んだ手を振り払われ、俺は我に返った。
「もうっ、何なの急にっ。」
「すまない。・・・もう帰ってくれないか。」
「帰れって・・自分で連れ込んだくせに。」
「このままじゃ俺、お前に何をするか・・・」
(喰うんだよ)
「!!」
(お前は喰いたいんだよ、その娘を。)
(何だこの声は!?俺がコイツを喰いたいだと・・?そんなわけ・・・)
(分かっているはずだ。見てみろよその娘の身体を・・・瑞々しくて美味そうだろう?)
(この声・・前にどこかで聞いたような・・?)
(オレはグールだ。グールってのは人間の死体に取り付き、生き長らえさせるんだよ。)
(死体だと!?じゃあ、あの夢は・・・)
(それともうひとつ教えてやる。この死体動かすには、人間の肉を喰わにゃならん。お前がハラペコなのはそのせいだ。グッグッグッ。)
「ちょっと、顔色悪いわよ?」少女は俺を心配して歩み寄る。風に乗って彼女の・・否、食物の匂いが鼻をかすめた。
 その時俺の中の理性は吹き飛んだ。そして、俺の目にはご馳走の姿が映っていた。
「きゃああ!」
 俺は獲物を仰向けに押し倒した。そして邪魔な布を引き裂いていく。
「こ、こんなやり方ってどうかと思うわよ?・・・そりゃあ、あたしアンタのこと・・ちょっとは好き、だけどさ・・」
 獲物は何か言っている様だが、俺の耳には届かない。
 俺は布を裂いて現れたふたつの瘤の片方に齧り付き、思い切り引き千切った。
「キャアアアアアアア!!!」
 獲物の悲鳴とともに鮮血が俺にかかる。そして、舌には確かな美味を感じた。
(なんだこれ?凄く美味い!・・何故今まで喰うことを躊躇ってなんかいたんだ?何故だっけ・・・まあいいやっ。)
 ガツガツ!ガツガツ!「ヤダッ!やめてよっ!なんで・・何で私を食べるの!?」
 獲物はもがくが、いつもに増した腕力と顎の力で、どんどんそれを食していく。
 胸を喰い終え、次に肢体を貪り、獲物をうつ伏せに反す。
 ヒラヒラと薄い生地の布をまくった。そこから程よく脂の乗った丸い腰が姿を現す。
「イヤ・・お尻も食べるつもり?大事なトコロなんだからぁ・・もう止めてよぅ・・」
 獲物は泣いているようだった。何故か泣き声を聞くとますます興奮し、食欲が進む。
 ブチッ!ぐちゃぐちゃ、ぐちゃぐちゃ。臀部の肉は甘く、今まで食った何よりも美味かった。
 獲物はとうに致死量の血を流しただろう。「・・もう、いいや。・・ねぇ、あたしの身体、全部美味しく食べてね?」
 消え入るような声で言うと、少女は息を引き取った。
 恥部にまで歯を立てた。その味は形容し難く、この世のものとは思えないほど旨かった。旨かったが、何故か俺の頬には涙が伝っていた。
 彼女の全てを喰い尽した時、俺を映した窓には化け物の姿があった。
 ―完―

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最終更新:2008年05月19日 11:41