七不思議(保健室)

美術室は、さっきから物音一つしない。
私を襲った壺も、今は無数の破片になってしまっている。壺の中にいたはずのモノは、あれからは現れない。
ようやく、腕に刺さってた壺の破片を抜き終わった。血がちょっと出ていたけど、もう止まってしまっている。
一刻も早く、家に帰りたいけれど、学校にいるはずの他の6人も気にかかる。
それに、どっちみち、この部屋には長居しない方がいい。とにかく、部屋の外に出よう。
そう決めて、腰を上げた。怪我をした右手が微かに痛む。

割れた壺にも、そのほかの美術室のものにも、なにも変わりがないことを確認する。
この美術室では、他に何が出るかわからない。周囲に目をやりながら、音を立てないよう、廊下へと向かう。
紫ヶ沼高校七不思議には、廊下は入っていない。つまり、廊下へ出てしまいさえすれば、お化けもモンスターも出てこない。廊下は安全だ。

一歩一歩、ゆっくりと部屋の外へ向かう。出口が近づいてくる。
近くまで来て、扉が少しあいているのに気がついた。来るとき、きちんと閉めなかったんだろうか・・・

      • コツ・・・コツ・・・
扉に手をかけて、開こうとする、その寸前に、廊下から音が聞こえた。
たぶん、心臓が一泊分休んだ。そのくらい驚いた。
      • コツ・・・コツ・・・・うふふふ・・・・
足音だ。廊下に誰かいる。
足音に混じって、子供が笑うような音もする。6人の中で、あんな声の持ち主はいない。
隙間から、そっと外を窺う。まだ、暗い廊下しか見えない。でも、音は確実にこちらへ向かっている。
そのうち、何かが視界に入ってきた。
    • 人形・・?
最初はそう思った。でも、それは動いていた。
うちの学校の制服を着た、小さな人間が走っていた。髪が短い女だ。
走っているというよりは、ほとんど歩いている状態だ。ふらふらしてて、あぶなっかしい。

足音は、その人のではない。もっと大きなものが歩く音だ。
そう思っていると、次に、足音の主が視界に入ってきた。
こちらも女の子だ。それも、小学校に上がるかどうか、くらいの。
真っ赤な着物を着ていて、髪は真っ黒で長い。顔は、影になって見えない。
でも、どうやら笑い声も、この子から聞こえているらしい。

先に進んでいた小さな人が、扉の前まで来た。そこで一度、大きくよろけて、転んだ。
転んだ拍子に、顔がこちらを向いた。
      • 一緒に来たうちの一人、那由子だった。
小さくなっているけど、間違いない。あの子は、たしか保健室に行ったはず・・・

保健室の怪談は、眠り姫とか座敷わらしとか言われている。保健室で寝てると、時々、そういう類の女の子が出てきて、遊んでくれってせがむらしい。
遊ばないと、しつこくつきまとってくるとか・・・

      • じゃあ・・・後ろにいるのは・・・
もう、廊下も安全じゃなくなった。那由子は、保健室でそのお姫様に出会ったらしい。そして、そのまま追いかけられているんだ。
しかも、なぜだか小さくされて。
保健室やら美術室やらで出た化け物が、他の場所に行かないとは限らないんだ。
思わず後ろを振り返ったけど、幸い、さっきと変りはない。
視線を戻す。眠り姫が、那由子に追いついていた。そのまま、両手を差し出して、小さな那由子を抱き上げる。
まるで、子供が人形遊びをするみたいに・・・

      • うふふ・・つかまえた・・・あそぼ・・・
      • ぃゃ・・・いや・・離して・・・

二人の声がする。抱きかかえられながら、那由子が手足を振って暴れている。

眠り姫の顔に、振られた手が当たった。乱れる髪を、かき上げる。
初めて、横顔が見えた。眼も鼻も、かわいらしい女の子だった。
ただ・・・口が・・・口が、耳元まで裂けていた。
大きな歯が、そこからのぞいている。

那由子の手が、眠り姫・・いや、口裂け姫の顔にまた当たった。今度は、目の下だ。

口裂け姫の動きが止まった。爪が引っ掛かったんだろうか、手が当たったところに、赤い線が浮かんでくる。
みるみるうちに、姫の顔が変わっていく。
可愛かった眼は見開かれて、肌も、火がついたように紅潮している。

暴れていた那由子が、動きを止めた。自分を抱きかかえている、姫の貌を見上げている。
少しの間、沈黙が続いた。そしてそれは、ゴリッという、嫌な音で破られた。

      • 痛・・痛い!
いつの間にか、那由子の片足が姫につかまれていた。左の膝が、ありえない方向に曲がっている。
左脚が離され、今度は右脚が掴まれた。

ゴリッ!
    • っうああぁぁあ! いやああぁぁぁ!!
さっきの音と、悲鳴が廊下に響きわたる。
姫が、抱き方を変えた。両脇に腕を差し入れて、目の高さまで持ち上げる。
那由子は、もう暴れることもできないでいる。脚は、ぶらぶらと揺れていた。膝は、紫色に変わってきている。

    • はぁ・・はぁ・・いや・・なに?・・いやぁあ・・
姫が、にやりと笑った。耳まで裂けた口が開かれていく。もう、鬼にしか見えない。
那由子がさらに持ち上げられていく。揺れる足の先が、姫の口元まで来ている。
いきなり、身体が下に沈められた。どす黒くなった膝も、短めのスカートも、姫の大きな口の中に消えていく。

    • ひぃっ!?
グチャァッ
悲鳴と同時に、口が閉じられた。ちょうどヘソのあたりから下が、姫の牙の向こう側にある。
歯が立てられているところから、赤い液が滲み出してきた。それは、どんどん溢れてくる。

    • あぐ・・ぅう・・や・やめ・・ゴフッ
那由子の口からも、赤いものが垂れだしてきた。そして

ゴキン・・ブチィッ
嫌な音がして、那由子の上半身が一度大きく跳ね上がった。
姫が、顔を那由子の腹から離した。へそから下から赤いものが何本か出ていて、姫の口へ続いている。

グチャ・・グチャ・・ゴリッ・・グチャ・・

姫があごを動かす度に、異様な音が聞こえる。
何度か咀嚼をやめて、指を口に入れる。やがて、その音も止んだ。那由子は、もうぴくりとも動かない。口や鼻からあふれ出した血で、胸元が真っ赤にそまっている。

    • ズルッ・・ズズッ・・

今度は、饂飩をすするような音がした。
那由子の上半身から垂れている、何本もの赤いものが、音とともに姫の口へと吸い上げられていく。
姫はそれをすすり、時々頭を振って、那由子から引きずり出していく。
それと同時に、那由子の服にも手をかけ始める。人形の服を脱がすように、制服がはぎとられていく。
制服やブラが床に捨てられ、小ぶりで形がいい胸が、あらわになった。血に染まっていない部分は、透けるように白くなっている。

ついに、那由子の中は空っぽになったらしい。姫が、空洞になった胴に舌を差し込んで、内側から舐めとっている。

    • ピチャ・・ピチャ・・

内側を這っていた舌が、外側へ出てきた。
胸や、鎖骨や、細い腕や、血で汚された顔に、姫の舌が這いまわる。
舌が通った後は、少し赤く、そしてぬめぬめと光っている。
    • ピチャ・・ピチャ・・

もう、舌が這っていないところはなくなった。そのくらい、那由子はぬめぬめと光っている。
また、姫の口が開いた。今度は、首までが口の中に納められる。
頭が掴まれ、また、ゴリッと音がした。

    • グチャ・・ゴギッ・・グチャ・・グチャ・・バキッ・・

柔らかいものがつぶれる音と、硬いものが折れる音が繰り替えされる。
何度か、のどが大きく動いて、漸く音が止んだ。
そのたび、靴や、スカートらしき布片が吐き出される。
手には、まだ頭が残されている。
姫の貌は、口以外は元に戻っている。その、無邪気な目で、那由子だったものを見下ろしている。

舌が、またあらわれた。今度は、那由子の口の周りを丹念に舐めあげていく。時折、口の中へと差し込もうとしているが、人形サイズの那由子の口には入らないらしい。
どうやら、あきらめたらしい。最後に、頭を口の中に入れた。上下から、歯で挟み込む。
こちらからも、それが見える。那由子の顔が、こちらを向いている。
舐め回されたせいか、眼は閉じられている。

    • ミシ・・ミシ・・
何かがきしむ音がした。那由子の顔がゆがむ。

    • ミシミシ・・・・グチュッ
那由子の頭が、飛び散った。
姫の口の外にも、赤や灰色の何かが飛びだす。

最後に、口の周りをぬぐって、姫は踵を返した。手には、脱がした小さな制服が握られている。

      • コツ・・・コツ・・・

足音が遠ざかっていく。
私は・・・
私は、また、この部屋から出て行くべきかどうか、考えていた。

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最終更新:2008年08月07日 20:08