始発組を見送り、私と悠子は家路を行く。地元のカラオケボックスで初めてのオール。
ド田舎に住む私達の些細な夜遊び。まだお酒が飲める年齢ではないが、
カルピスサワーというのを沢山飲んだ。一見カルピスだが確かにお酒だった。
アルコールの影響だろうか、私は歌う事よりも食べる事に、沢山口を使っていた様に思う。
さすがに12月だ。吐く息が白い。夜明けはまだだ。
早朝の街灯の明かりというのは、雰囲気が違ってなかなか良いものだ。
プラットホームにいるだろう始発組の騒ぎ声が、ロータリーからも聞こえてきた。
歩きは私と悠子だけ。寒いが酔いを覚ますには丁度いいだろうと思われた。
少しの頭痛と尿意が襲ってきた。公園のトイレに寄った。
アルコールが駄目らしい悠子は、一口飲んだだけでやめてしまった。
今の私の状態に半ば呆れている。そして、なんともない悠子が少し羨ましい。
悠子はブランコで待っている。頭痛い。これが酔い?お酒ってこうなるの?
個室で腰を下ろした。汚い和式便所。足の置き場を工夫して変な体勢で用を足した。お尻寒い。
「きゃあぁぁ」
え、なに?悠子の声だった。トイレから飛び出すと薄闇の中に公園の遊具が見える。
ゾウの滑り台。サルのジャングルジム。キリンの鉄棒。ハマグリの椅子。
ハマグリ?そんなものあったっけ?
この公園は子供の頃から遊んでいたし、今も通学途中に寄る。そんなモノはない。
しかし何故ハマグリだと思ったのだろう。中型のバイク程の大きさ。
悠子は、ハマグリらしきモノの向こう側で微動だにしない。私は急いで駆け寄った。
悠子と対面していたハマグリらしきモノは、二枚貝をパクパクさせながら、
通常なら私達が食すると思われるものを露にしていた。
水管と足がだらしなく飛び出している。見る限り、それは確かにハマグリだった。
普段食しているものと比べると、とてつもなく大きいが。
一つ見慣れない所は、中央に目の様な物が、横一列にびっしりとついている。
視線は、てんでんばらばら規則性がない。しかし、その無数の目が、一気に私達に向いた。
いや、私にだ。標的が代わり、触手のようなモノが私を襲う。
一瞬だった。気付いた時には辺りは真っ暗。悠子の篭ったような叫び声が聞こえる。
温かい。衣類が無くなる感覚になる。体中がねっとりした生暖かい液体に包まれている。
口、鼻、耳、目、肛門、尿道、…膣。穴という穴に液体が浸透する。臍や毛穴からもそれを感じる。
全てがハマグリの体液に満たされる。
しかし、これまでの事は一瞬だった。私は吐き出された。何が起きたのかわからない。
よく見えない。目が慣れてくると自分は裸で、羊膜に包まれた産まれたての子牛の様だった。
この液体はとても粘性があってなかなか取れない。髪がべっとり顔に張りついているので
それを払うと、私の指の間に無数の髪の毛がついている。解けている。
私は混乱し両手で頭を掻き毟った。自慢の黒髪は無惨に抜け落ち、頭皮に朝の冷気が当たる。
私はあまりの事態にどうする事もできない。股の毛はすっかり無くなっている。肌がヒリヒリする。
悠子が駆け寄ってきたが、一定の距離を取って、それ以上近づこうとしない。
手を口元に当てわなわなしている。私は気を失いそうだった。
その時、ハマグリが飛び上がり悠子を襲った。立っていた悠子を目掛け、
その体勢を変え、ハマグリは口を縦に飛びかかる。
悠子は腕で顔を覆うが、それは何の防御にもならなかった。
ドンッ!
そのままハマグリは地面に着いた。直前の私と立場が入れ替わった。
うつぶせの状態で、悠子の頭部と両手両足がハマグリの左右から飛び出している。
つまり胴の部分がすっかりハマグリの中というわけだ。
本能だろうか、同属がやられるのは堪らない。こんな嫌悪、不快はない。
腰が立たないので腕の力だけで悠子に近づき、腕を取る。
私が吐き出された時、悠子は見ていただけだった。近づこうともしない。ちょっとイラっとした。
私は違う。悠子を助ける。悠子の手を取る。私の体に付いた液体で手が滑る。
「助げでぇぇぇ」
悠子はあまりの事に言葉にならない。
「お腹が熱いよぉぉ」
私達は互いの手首を掴む。確かに掴み、力の限り引っ張った。
ずり、ずずずぅ、ずりりりりぃぃ
それはまるで雑草が根っこごと抜けた時の爽快感に似ていた。
悠子の片腕が二の腕からもぎ取れた。溶けた骨の先と肉辺が爛れ、悠子が悲鳴を上げた。
私は嗚咽し嘔吐した。胃液が食道を焼き、喉が熱い。
逆流物は白い泡をたて、沢山食べた焼きうどんは原形を留めたまま、辺りに散乱する。
ハマグリが上下の貝を左右に擦り合わせる。まるで牛が咀嚼している様。
「うぎゃぁぁ」
悠子は叫び、止めどなく涙が溢れ、口からはとくとくと血が流れる。
ハマグリが一際大きく口を開けた。もはや逃げる事のできない悠子を丸ごと飲みこんだ。
その一瞬で見たハマグリの中には、腹部が溶け内蔵と大量の血が飛び出した悠子がいた。
腸だろうか、それは先程戻した焼きうどんの様だった。
悠子を全て飲みこんだと思われたが貝が合わさっていない。
何故なら悠子の頭部が挟まっているのだ。その顔はこちらを向いている。
ハマグリは、やはり左右に咀嚼している。その度に悠子の頭部は有り得ない方向、角度に、
玩具の様に転がる。薄暗いハマグリの中では、私達が身と思っているモノが、
ジュルジュル音を立て悠子を摂取している。貝柱という物は、とても強い力を持っているという。
ハマグリは上下に貝を合わせると、悠子の頭部が音を立てた。
どぐぎぃぃいぃゃややー
悠子は断末魔の叫びを上げた。
「死にたくなっ、いっ…」
最期に、彼女の目から、もう枯れたと思っていた涙が一筋、頬を伝った。
ばぎっ、ばぐぎぎぎぃ
想像を絶する音を立てた後、無情にもハマグリは貝を閉じた。
「びぃゃやややぁぁああ」
私は意味の成さない悲鳴を上げた。
私の目の前には、悠子が最も感情を表す、先程まで優しい笑顔を
振りまいていたと思われる部分の肉辺が散乱してる。
ハマグリの標的は、またもや私になった。口を開け襲いかかってきた。
ハマグリの中には、消化しきれていない悠子だったモノが見える。
ハマグリはそれを吐き出した。悠子の下半身だった。
片足は足首から下がなく、もう片方の太ももは肉が削げ落ち、骨が飛びだしている。
大きく開かれた陰部からは糞尿が溢れていた。初めて、他人の性器を見た。
陰毛は股に張り付き、性器や肛門の方までびっしり茂っていた。
陰唇は、はみ出ていて、自分のそれとは違っていた。
先程始発で帰った中にいる悠子の彼氏と、既に関係は持っているのだろう。
女だけの時もそういう話はしなかった仲だが、二人の秘め事を想像してしまった。
目の前にあるこの性器に○○君のペニスが出し挿れしていたのだ。
○○君は入学以来私達の密かなアイドルだった。○○君に対する回りの印象は知らない。
二年の春に状況が変わった。彼が選んだのは悠子だった。内心嫉妬した。泣きもした。
二人が裸で抱き合っているのを嫌でも想像してしまい、眠れない夜が続いた事もある。
○○君はきっと悲しむだろう。今から起こる事を考えると、どうやら私はその悲しむ顔を見れない。
もしかしたら悠子にざまあみろと思ってるいるのかもしれない。
この状況下で悠子と恋人の性交を想像し、友人の死に少しホッとした自分に嫌悪した。最低だ。
しかも発端は悠子の無惨に引き千切れた下半身の、股にある性器を見てのことだ。最低だ。
ハマグリと相対峙した。両者とも微動だにしない。もはや私は動く事も出来ない。
一人と一匹の間には私の嘔吐物。私はもうどうなってもよかった。先の思いに対する報いだ。
上半身が傾く。受身を取れないので頭を地面に強打した。気を失う意識の中でハマグリが遠ざかっていく。
どういう事?これでおしまい?私、助かるの?
私がして、悠子がしなかったこと。
悠子はブランコ。私はトイレ。
吐き出された悠子の下半身から糞尿が流れ出ていた。臭かった。
私はここに来て一目散にトイレに行った。小便をして、軽い腹痛もあった為、気張ったが
大便はでなかった。かわりにバフンッと威勢の良い放屁をしただけだった。
違う違う、なんか違う。その後は、
私は嘔吐した。焼きうどん。胃液と白い泡。カルピスサワー。
そう言えば、ハマグリは私の嘔吐物を避けている様だった。
お酒…。アルコール?
そうか。そういうことか。
目が覚めた時、辺りは真っ白だった。隣には悠子がいる。
悠子の後ろの方で、白髪の爆発頭でビン底眼鏡をかけた男が、下唇の出た男に
「とんでもねぇ、あたしゃ……だよ」と喚いている。良く聞き取れなかった。
あの時、ハマグリが私の元を離れたのは排泄するためだったんだって。
悠子は自分自身を排泄物と言った事に少し複雑な表情をした。
その後、私も食べられたんだってさー
おわり
最終更新:2008年08月07日 20:10