その竹林は村のはずれにひっそりとあった。少女は疎らに林立する竹林の奥をじっとみつめると、淡い期待に胸を膨らませた。
「姉さま……」
ざぁと、生暖かい、湿気を多分に含んだ六月の風が竹林の奥から吹いた。微風は少女の短い黒髪をゆらゆらともて遊び、白い頬をやさしくなぜた。
「コンル、行こう」
少女は一歩、竹林に足を踏み入れた。その先に、姉様との再会を信じて。
少女が村を訪れたのは二三日前の事だった。その日は雨季にも珍しいよく晴れた日の夕方で、少女はふらりと立ち寄ったふうでもなく、また旅人の風情でもなかった。なにか,、特別な、真摯の目的を持っているようだった。
村は、北陸にある小さな漁村だった。潮風の町だった。あらゆるものに――藁葺きの屋根や、道端の石ころまでにも塩分が付着し、白濁色の景観をつくりだしていた。少なくとも活気というものからは無縁だった。
そんなだから、村人はみな一様に不思議がった。旅人が訪れたのはいったい何年ぶりだったかと、眉をひそめていた。
なかには、心ひそかに自信の身を危惧する村人もあった。なぜなら、少女の服装がひどく奇抜だったからだ。すくなくとも、彼らにとっては、はじめて見る類の服飾だった。彼らは心ひそかに、少女を異国人ではないかと邪推していたのだ。
村人の杞憂はまったくの思い過ごに終わった。少女はあまりにも幼く、また無邪気で、その愛らしい瞳にはあらゆる純心が宿っていたからだ。それによくよく見てみると、その容姿は、まぎれもなく日本人のかたちだった。
安堵した村人達は、さっそく、この小さな珍客相手にたくさんの質問を浴びせた。外界からの刺激に敏感な、漁村の常である。すると少女は不快な顔ひとつせず、彼らに自らの身の上を語りはじめた。
少女の話しの始終を聴いた村人達は、ひどく感心した様子だった。この時勢――少女が単身、姉を探して旅を続けているとのことに、誰しも感嘆の声を漏らさずにはいられなかった。閉鎖的な環境に住む村人にとっては、ことさらだった。
親切な老夫婦に宿を提供された少女は、その次の日からさっそく、村人達に姉の消息を尋ねてまわった。少女の可哀想な身の上と、その丁寧な物腰に、誰もがこころよく質問に答えた。「みたことないねぇ。ごめんねぇ。譲ちゃん」
「すまんなぁ」
しかし、少女にとって有益な情報は何一つとして得られなかった。村人の大半に質問し終わったころには、さすがの少女も肩を落とさずにはいられない。少女は淡い桃色の唇をきゅっと引き結ぶと、
「がんばらなくちゃ。きっと、もう少しであえる……」とこぶしを堅く握りしめた。
少女がこの村を訪れたのは、ある確信めいた予感があったからだ。
「あぁ、変な服装ね。みたよ。この街道を海沿いにずっとくだって行ったよ。つい数日前だっからよく覚えてるよ」
街道沿いの団子屋で、農民風の男は少女の問いにそう答えた。
少女はその常、自らの服飾を相手に見せることによって、姉を探す唯一の手がかりとしていた。自身の服飾が、世間にとってどんなに珍しいかをよく知っていたのだ。いわば歩く目印だった。そして男のその発言は、少女の術策が効果をみせた、はじめてのものだった。
少女は海岸沿いの砂浜を、海岸線に沿って歩いていた。顔をすぐ左に向けると、無限にも似たくりかえしで、白い泡を乗せた波頭がはじけては沈んでいた。濃厚な海の香りがそこかしこに漂っていた。
波打ち際に寄せられた数積の木船のうえに、ぼろを着た老人が釣りをしていた。少女は老人に近づくと、何気なく、かたわらに置かれた藁編みの魚籠の中を覗きこんだ。
「あれ……」
すると少女は小首を傾けた。魚籠の中はからっぽだった。見ると、老人の竹竿には糸すらついていない。
「なんじゃい、お前さん」と老人は海の向こうを眺めたまま、大きな声で咎めるように言った。「す、すみません。釣れてるのかなぁ、って、思って……」
少女は頭を下げて必死に謝った。
「なんじゃい。わしゃ、てっきり盗人じゃと思うとったわい。すまんかった。わしゃ、目がようみえんでのぉ」
老人は海を見つめたまま、豪快に笑った。少女は老人の、トウモロコシのような白髭を見ながら、いったい、盗む魚がいないのに、どうして怒られたのだろうと考えていた。
「ところで、おまえさん」老人は少女のほうに顔を向けた。老人は少女の目を見た。少女はその目を見返した。
波の音。
老人にじっと見つめられ、少女はどこか恥ずかしいような、心許ないような気持ちになった。老人の二つの目は灰色に濁っていて、その中でなにか得体の知れないものが渦まいているようにも感じた。
老人は少女の足のつま先から頭のてっぺんまで、つーと流し見た。そして、とつぜん、なにかを思い出したふうに手のひらを合わせた。
「なんじゃい、もう戻ってきたんかい? 大事があったんじゃなかったのか、それとももう、用がすんだのか? ナコ……えーと、なんじゃったけか?」
とそのとき、少女の身体に戦慄が走った。いま、老人はなんて言った?
少女は老人の言ったことをすぐさま思い出し、そして、その何気ない一言に隠された重大な事実を憶測した。(老人は、わたしの衣服――つまりこのアイヌ民族衣装を見て、誰かと勘違いをしたんだ――)
少女の精神と肉体は、いますぐにでも駆け出したいという欲求に満ち溢れた。きっと、姉さまは、すぐ近くにいる!!
「おじいさん!」
少女は老人に向かって叫んだ。声が少しうわずっていた。
「なんじゃい? えーと……ナコ……なんじゃったかいの?」
老人は、耳元に手を寄せて、難しい顔をした。どうやら、目だけでなく耳も悪いらしい。
「その人は、どこに行きました!!」
少女はさらに声を張った。すると老人は、ようやく理解したのか、皺だらけの口を真横に引き伸ばして笑った。
「竹やぶじゃよ。なにかおるゆーて、迷惑のかからないところを教えてくれっちゅーから。教えてやったんじゃよ。この浜辺をずーっと南に行ったすぐそこじゃよ。みてみぃ。この竹竿もそこで……」
「ありがとうございます。おじいさん!」
老人の竿談議が始まる前に、少女は勢いよく駆け出した。老人は残念そうに自慢の竹竿を一振りした。
「いやいや、どういたしまして。きをつけてな、ナコ……あれ、なんじゃったけかなー?」
訊ねるようにして老人は言った。少女は振り返ると、よく映える高い声で答えた。
「ナコルルです!!」
「そんで、あんたはー?」老人の声はもうずいぶん小さくなっていた。老人の耳に聞こえるように、少女は一段とまた声を張り上げた。
「私は、妹の、リムルルです!!」
少女の声は、やがて波の音に溶け込んでいった。
村はずれの竹林は思いのほか深かった。雑木の林に比べれば、見通しこそはるかによかったが、それでも、周囲には何者の姿も、また気配すら認めることができなかった。
たまに物音がしたかと思うと、それは小さな獣の駆ける音だったり、頭のうえからひっきりなしに降ってくる竹の葉音だった。人工的な音は何一つなかった。
普段なら心地好ささえ感じられるそれら自然物の奏でる音も、姉様との再開を前にしては、ただ焦りの感情を煽るものでしかなかった。
やがて、リムルルはふと立ち止まり、あたりをぐるりと見回した。もう半刻は歩いただろうか、けれど、姉さまは見つからない。
リムルルの心の中――期待という感情を上塗って、ある種の不安感がその存在をじょじょに広げていく。そもそも、姉様はなぜ竹林なんかに来たのだろう?
「……」
浜辺にいた老人は、大事があるからだと言っていた。けれども、大事とは、なんだろう? それに、迷惑のかからない場所を選んだ理由も判然としない。一体どうして、姉様には、どのような意志目的があったのだろう。
努めて思案をしていたリムルルだが、その思考がどこにも行き着かないのを感じると、ぱっと面を上げた。
「……でも、考えてたって、姉様は見つからないよね。とにかく探さなきゃ」
大きな瞳に決意の色を浮かべながら、リムルルは、ふたたび歩き出した。
幻視幻想の類の様相を呈してきた竹林にようやく変化が見えたのは、そのさらに判刻ほどあとだった。リムルルは足を止め、思わずはっとした。
とつぜん、竹林の中に小さな広場が現れたのだ。すると(なぜこんな場所に広場が?)という疑念を抱きつつ、リムルルは恐る恐る近づいていった。
広場はちょうど楕円に近い形で、その周囲は、やはり、鬱葱とした竹林によって囲まれていた。そして地面には――伐ったばかりなのだろうか、まだ鮮やかな緑を保っている竹が何本も転がっていた。
広場の端からそれらを観察したリムルルは、そこでふと、自分の足元の小さな違和感に気がついた。赤黒い、小さなぶち模様があるのだ。
「これは……?」
その場にかがみこみ、指でぶち模様に触れると、それはぬめりとまだ乾ききっていなくて、リムルルの白く細い指先は、艶かしい赤に染まった。
血だった。紅い、鮮やかな色をしていた。
でも、なぜ血が?
頭に浮かんだ疑問符に答えるよりも早く、リムルルは辺りの地面を注視してまわった。そして同じように、血が広場中に点々と、まるで飛び散るようにしてそこかしこに付着しているのを発見した。
そこで、頭に浮かんだ疑問符に、リムルルは妥当な解答を与えた。今の今まで広場だと思っていたのは、誰かと誰かが争った跡で、血は、そのどちらか一方が、また双方が流したものに間違いない。
周囲の様子から、きっと、相当の争いがあったに違いない――
導き出された答えは、リムルルの心臓を急激に収縮させた。頭の中に、姉様の顔が想い浮かんだ。姉様に抱きついたときの、いい匂いがありありと思い出された。そして、どうしても考えてしまう、
最悪の結末を思い浮かべてしまうと、唇が振るえ、涙が出そうになった。
ふいに、遠くのほうで、鷹の鳴き声がした。見上げると、竹の葉から零れる僅かばかりの空の隙間の中を一匹の鷹が弧を描いていた。鷹は空気を劈くような声で、そしてまた悲痛ともとれる声で鳴いていた。あるいは、泣いている?
リムルルは駆け出した。
地面に付着した血痕を追って、リムルルは竹林の中を疾走した。
力強く両足で地を蹴りながらも、リムルルの心は絶え間なく締め付けられていた。事の終局の迫っている予感が少女には感じ取れた。
地面のぶち模様は、一歩踏み込むたびに、その鮮やかな朱色が大きくなった。かなりの出血だった。いつしか、鷹の鳴き声は聞こえなくなっていた。
血の匂いが濃くなった。そしてその湿りけを帯びた不快臭は、やがてリムルルの全身を包み込むほど濃厚なものとなった。リムルルの瞳は潤みを帯び始めた。少しでも気を緩めると、挫けてしまいそうだった。
リムルルは我慢した。長い一人旅を経て、少女は以前とは比べ物にならないほど逞しく成長していた。そしてその姿を姉様に早く見てもらいたかった。視界を阻む竹の幹の隙間から、なにか、青い色がちらつき始めた。
唐突に、竹林が途切れた。そして目の前に、青い海と砂浜が現れた。潮の匂いがした。血の匂いが混じっていた。視界の隅で、なにか、赤い物体が動いた。
リムルルは鞘から素早く霊刀ハハクルを引き抜くと、低く、逆手に構えた。不吉な気配が辺りに充満しはじめた。
三日月のようにゆるやかな婉曲をみせる浜辺には、ところどころに、茶黒い肌をした大きな岩石が突出していた。遠目に見てもかなり大きいその岩石の一つに、問題の赤黒い物体は持たれかかるようにして存在している。
リムルルは砂の柔らかさに足をすくわれないように、慎重に、その赤い物体へと接近した。
そしてそれを目の当たりにしたとき、リムルルの身体に緊張の鎖が巻きついた。赤黒い物体の正体とは、なんと醜悪な形の大きな化け物だったのだ。そして化け物の肩には刃物のようなものが突き刺さっていて、その刀身はいまにも鈍い光を放っていた。
化け物は、背中を岩石にあずけた姿勢のまま熟睡していた。その大きな瞼は貝のように閉じられ、黄色い歯がずらりと並ぶ口からは、酷い臭いをした涎がだらだらと垂れ流れていた。 リムルルはその醜悪な塊を目の当たりにして、思わずあとじさった。見るかぎり、
姉様の姿はどこにもない。化け物は何か良いことを思い出しているのか、しきりにその突き出した腹を撫でていた。
太陽光が、化け物に突き刺さった刃物の刀身を鈍く光らせた。美しい柄をした短刀だった。短刀は、姉様のチチウシだった。
あとじさりながら、リムルルは頭を抱えて首を横に振った。少女は、心の中の大部分を占め始めたある残酷な解答に、
全力をもって対抗していたのだ。少女の端正な顔が、みるみるうちに蒼白なものへと変化していく。ハハクルを握った手が、小刻みに震え始める。
リムルルは、笑っている姉様の顔を思い浮かべた。そして次々と浮かんでは消える姉様の顔を思いながら、ある種の奇妙な感情を覚えた。
やがてその感情は全身に行き渡り、熱い血脈となって少女の全身を滾らせた。
リムルルは、左手で、震える右手を押さえた。それからあらん限りの力で叫んだ。泣きそうだった。
「化け物……!! 姉様を、どこへ、やったの……!!」
沈黙があった。ややあって、化け物はその身を震わせたかと思うと、瞼を開いた。
化け物の視線はしばらく中空を彷徨っていたが、目の前の可憐な少女に焦点が合うやいなや、その瞳に嬉々としたものが宿った。
「ぎょうはついでるなぁ」と化け物は言いながら、鈍重な動作で起き上がった。
化け物の醜い顔を見据えながら、リムルルはもう一度叫んだ。少女の瞳は、いまだかつてないほどの怒りを宿していた。「姉様は、どこ!!」
「ねえざま?」と化け物は首を傾げながら言った。「じらねぇ。でも、おなごならざっぎ喰っだよ。うまがっだぁ。肉がずごぐやわらがぐでぇ。ゆっぐりど噛んであじわっだ」
化け物は恍惚とした表情を浮かべると、その大きな口をすぼめて、なにかを吐き出した。赤いリボンだった。
リムルルは呆然とした。吐き出されたものには見覚えがあった。毎日のように見ていた姉様の横顔を思い出した。リボンは姉様の綺麗な黒髪に蝶の様に留まっていた。
化け物の腹が鳴った。大きな腹をなでながら、化け物は目の前の少女を舐るように見た。
「おなかべっだぁ、女の子供の肉はびざじぶりだなぁ」
化け物は立ち尽くすリムルルめがけて跳躍した。リムルルはハハクルをかたく握った。。
化け物は、矢のような跳躍で獲物までの距離を縮めると、その右手――尖った二本の骨で少女の柔らかい腹を穿つための一撃を放った。
紺碧の空に、砂塵が舞った。あまりの一撃に、大気がびりびりと蠢動していた。化け物の凶器の先端、リムルルの姿はなかった。
「あで?」
思いがけず空を切った自らの必殺に、化け物は大きな目をぱちくりさせていた。
リムルルは鋭い骨が突き出されたその瞬間、小さな身体と俊敏性を生かし、化け物の死野へと回避していたのだ。だからいま、リムルルの黒い瞳の中には、
化け物の困惑した背中が映し出されている。リムルルは化け物の、隙だらけの背中めがけて突進した。
「うぼっ、ぁぁぁぁぁ!!」
気配に気づいた化け物がうしろを振り向いたときには、ハハクルは、化け物の肌に冷たい刃を深々と埋め込んでいた。リムルルは、ハハクルを化け物の背肉に差し込んだまま手首を捻り、強引に引き抜いた。
咆哮が浜辺に響き渡る。鮮血が飛び散る。リムルルは後方に跳ね跳び、距離をとった。
化け物は背中を丸めて、その場にうずくまり、全身で苦痛を訴えた。肩に刺さったままの、姉さまのチチウシが、鈍い光を放っていた。
「姉さま……」
リムルルは化け物めがけてふたたび疾風した。一歩、二歩と、化け物との距離を確実に縮めていく。リムルルはこの一撃で化け物の息の根を止めるつもりだった。
気配を感じ取った化け物が振り向いた。化け物の目は、一種異様なほどぎらぎらと輝いていた。残酷な輝きだった。
その刹那、リムルルの全身に痺れが走った。そして化け物まであと一歩のところで、砂に足を捕らわれてしまった。
「あっ……」
と小さな叫び声をあげたときには、すでに、リムルルの腹めがけて、鋭く尖った骨が伸びてきていた。少女は全神経を回避行動に集中させた。足の筋細胞一つ一つに、血液をたぎらせた。リムルルは大きく後方に跳躍した。
景色が後方へとスローモーションに流れていくなか、リムルルは、不思議と、脇腹に温かさを感じていた。
着地すると、水しぶきが舞った。リムルルの膝から下は海水で満たされていた。
「あれ……?」
するとリムルルは、ふと、自分の脇腹から股にかけて違和感を感じた。見ると、右胸元から脇腹にかけて、衣服が千切れていた。脇腹には横四センチ程度の切り傷ができていた。
白い肌の下から、生暖かい血液がいまにも漏れ出し、すぐ真下の海水を朱に濁らせていた。リムルルは化け物を睨んだ。
化け物は、自分の骨に付着しているリムルルの血を夢中になって舐めていた。血を綺麗に舐めとると、化け物は下卑た笑みを浮かべながら、リムルルめがけてその巨躯を爆ぜた。
リムルルはハハクルを構えた。化け物の豪腕が振りかぶられ、水面へと直下した。水しぶき。化け物の凶手を難なく回避したリムルルは、化け物の右腕をハハクルで横に払った。肉の裂ける音。衣服に返り血が飛び散った。
「うヴぁぁぁぁぁ」
化け物が苦痛の声をあげた。大きく苦痛に開かれた口からは、唾液が飛び散った。唾液からは、形状しがたい、まるで薬品のような臭いがした。
リムルルはその隙を逃さなかった。そして化け物に負けない声で叫んだ。
「――――コンル!!」
リムルルを中心に、大気が冷却した。海が、パキパキと音を立てながら、凝固していく。異変に気づいた化け物は身をよじらせ怪異から脱出しようとするも、とうに手遅れだった。
化け物の足元の海水はすでに堅く凝固し、腿から下はすでに厚い氷で覆われていた。まもなく氷は化け物の頭だけを残して、その全身の自由を奪った。
リムルルは勝利を確信し、腰の短刀に手を伸ばした。そして身動きできない化け物の頭めがけて跳躍した。
化け物の醜悪な顔がすぐそばに見えた。そして化け物の首筋、太い血脈の流れる部位めがけて短刀を振るった。
振るう、はずだった。リムルルの表情は硬直した。化け物が、この状況下で、笑っているのだ。
リムルルは、この笑みに奇妙なデジャブを感じた。――そうだ、さっき自分が見せた、勝利の笑みだ。少女がそう認識した刹那、化け物は口をすぼめると、濃厚な唾液をリムルルに吐きかけた。
「きゃぁぁぁぁ……ぁぁぁぁ……」
両手で顔を庇いながら、リムルルは戦慄した。上半身――化け物の唾液の付着した部分の衣服が余すところなく溶解しはじめているのだ。
やがて、焦げる匂いとともに衣服が完全に姿を消すと、少女の、淡い桃色の乳首があらわれた。すらりと伸びた細い腰が見えた。リムルルは無意識のうちにに、あらわになった乳房を手で覆い隠した。
化け物は、少女の柔らかく、匂い立つような肌を見て、唇を舐めた。化け物の表情に、あらゆる負の欲望が写しだされていく。
化け物は厚い氷の下の身体――すっかり収縮してしまった筋肉に、あらん限りの力を込めた。次の瞬間、化け物の身体を覆った氷が残らずはじけとんだ。
細かく砕かれた氷の粒子を呆然と見つめながら、リムルルは咄嗟に短刀を構えなおそうとした。しかし、それよりも早く、化け物の太い指が少女の細い首を締め上げた。
「ああ、ぁぁぁぁぁ……」
化け物は、リムルルの首を締め上げつつ、その身体を自分の目線の位置まで持ち上げた。そして口から長い舌を伸ばし、少女の儚い乳房や桃色を舐りまわした。
「が……あっ……あっ」
リムルルの顔が、じょじょに赤く変色していく。うめきにもならない、苦しげな声が漏れる。すると化け物は、なにを思ったのか、とつぜん、リムルルを浜辺に向かって力いっぱいに放り投げた。
ややあって、骨の折れる鈍い音とともに、少女の小さな身体は岩石に勢いよく衝突した。ごつごつとした岩石に血液を残しながら、リムルルの身体は砂の上にずり落ちた。
「がはっ……けほっ、けほっ」
咳き込むリムルルの口からは、唾液と一緒になって血が吐き出された。立ち上がろうとしても、足が動かなかった。右足が、まるで見当違いな方角へ曲がっていたのだ。
リムルルは必死になって立ち上がろうとした。必死になってハハクルを握ろうとした。やがて、下卑た笑い声とともに、足音が迫ってきた。少女は顔をあげた。巨躯があった。絶望した。「いや……こないで」
「よぉぐ舐めて……」
と化け物は言いながら、動けないリムルルの両手首を吊り上げ無理やり立たせると、岩肌に磔にした。そのあいだリムルルは何度も何度も血反吐を吐いた。白い胸元はもう真っ赤だった。
化け物の臭い舌が、抵抗できないリムルルの上半身をまさぐった。舌にはじかれた乳首が上下に震える。へその穴を奥までほじられる。リムルルは顔を背けた。不快な感触に我慢できなかった。
「ごで、じゃまだなぁ」
化け物は舌を使ってリムルルの履き物を脱がせにかかった。
「もう、やめてよぉ……!?」
ついに、リムルルの瞳から涙がこぼれ落ちた。さっきまでの、鬼気迫る表情は跡形もなかった。けれど哀願むなしく、化け物は器用な舌使いで少女の履き物を完全に脱がせとった。
リムルルの下半身があらわになった。細く柔らかな太ももの付け根には――まだ性毛のない双丘が見え隠れしていた。痛みに耐えながら、リムルルは必死になって足を閉じようとした。「や、やめ。助けて、ねえさま……」
少女の心が崩れはじめる。化け物は空いた左手で少女の右足首を掴むと、股を大きく開かせた。
リムルルの、幼い女性器が露出した。化け物は、少女の太腿から、股にかけて、余すところなく、大陰唇と小陰唇のすみずみまで丹念に舐めた。
「もう、いや……」
嗚咽交じりに、リムルルは激しく抵抗した。涙が頬をいく度も伝った。
「いだだぎまぁず」
リムルルの瞳に、化け物の、大きく開いた口がうつった。はじめのうち、少女はそれがなにを意味しているのかわからなかった。けれど、それが捕食者の行動、獲物の必然だと理解した頃には、
少女の右足――持ち上げられたままの太ももに、化け物の歯が食い込んだ。
「がはぁ!?……あぁーーーーっ!! あっ、あっ」
リムルルの、少女特有の柔らかい肌は、化け物の歯によって難なく食いちぎられた。太腿は、股した十センチのところで喰いちぎられ、化け物の口の中にあっさりとおさまった。少女の股から、黄色い小水が勢いよく流れ出る。
「よぉぐかんで……」
筋繊維の露出したリムルルの太ももからは、大量の血が流れ出ていた。リムルルは、目の前で、自分の右足が咀嚼されているのを見ても、もう何も考える事ができなかった。
やがて、化け物が肉を飲み下した頃、少女の身体は細かく痙攣を始めた。少女はもう虚ろ気で、その瞳には何も映る事は無く、ただ呆然となにかを呟いていた。
「ねぇさま……ねえさま……ねえさま・・・・・・たすけて」
リムルルの胸元に齧り付こうとしていた化け物は、リムルルの様子に気がつくと、
「あで? もううごがない? なぁんだ。づまんない」
と飽いたように言い、リムルルの腹に右手の尖った骨を勢いよく穿った。そして、そのままの状態で、高く持ち上げると、リムルルを頭から呑み込んだ。
「よぉぐがんで……」
化け物は咀嚼した。口の端からは少女の新鮮な体液が飛び散った。ゴリゴリと骨の砕ける音がした。
あらゆる臓器――心肺や消化器、処女の生殖器が鋭い歯によって細かく、消化しやすいようにすり潰されていく。やがて、ばけものはリムルルのすべてを呑み込むと、満足げに腹をたたいた。
「ごぢぞうざまでじたぁ」
owari
最終更新:2008年05月18日 15:30