少女は不可思議な空間の中で、周囲に神経を張り巡らせていた。
床も壁も天井も、岩の代わりに肌色の肉で形作られた洞窟。
そこを言い表すならば、そんな表現が適切だろうか。
2匹の魔物を失い逃走した少女だったが、その途中で巨大な芋虫に道を塞がれ、新たな僕を召喚する暇もなく飲み込まれた。
触手に巻きつかれて自由を奪われたまま口内に引き摺り込まれ、死を覚悟した次の瞬間気が付けばここにいたのだ。
普通に考えればあの芋虫の体内ということになるが、いくら巨大だったとはいえ内部がここまで広がっているはずはない。
次に何が起こるのかわからない以上、少女にできるのは何が起きても対応できるよう懐のカードホルダーに指をかけ周囲を警戒することくらいだった。
「……っ!」
突如として背後に生まれた何者かの気配に、少女が弾かれたように振り向いた。
そのまま懐からカードを引き抜こうとして――、
「『動いたらダメにゃ』」
少女の視界に小さな赤い光が灯り、聞き慣れた声が鼓膜を震わせた。
次の瞬間、まるで凍りついたように少女の全身が硬直する。
「なっ……そんな……!?」
背後にいたのは死んだと思っていた猫人だ。
しかもその足元には同じく死んだはずの狼まで控えている。
だが少女が身体を硬直させたのは、それに驚いたからだけではなかった。
薄暗がりの中で爛々と光る猫人の赤い瞳だけが、墓地に現れる鬼火のように印象的に浮かび上がっている。
それは猫人が持つ力の1つ、魔眼が発動していることを示していた。
2重の驚きで思考を放棄しようとする脳を叱咤激励して、少女は必死に状況を分析しようとする。
まず1番問題なのは、すでに全身が自分の意思では動かせなくなっているということだ。
自分の支配下にあったはずの猫人がその力を自分に向けているというのも信じられなかったが、それ以上にその力の強さが少女を驚かせていた。
自分の持ち駒の力を正確に把握することは、魔物使いの基本中の基本である。
そうでなくてはそれらを使って策など立てられるはずもないからだ。
いくら不意を突かれたとはいえ、一般人ならともかく魔力にある程度の耐性がある魔物使いに対して身体の自由を奪うなどということが目の前の猫人にできるはずはなかった。
指先だけでも動けばカードを抜くことができるのだが、それすらもできない。
口は動くが、カードを収めてあるホルダーには暴発を抑えるための力が込められているため、そこから出さないかぎりカードを発動させることは不可能だった。
「ご主人様のお顔、やっぱり綺麗だにゃ」
歩み寄ってきた猫人が少女の顔に手を伸ばす。
陶然とした吐息を零しながら、彼女の頬を撫でさすった。
「『や、やめなさいっ!』」
皮膚が硬くなり多少ゴツゴツしている手の平を頬に感じながら、少女が制止の言葉を放つ。
魔物使いに支配されている魔物にとって、強制力を乗せられた言葉は絶対のはずだった。
にも関わらず、猫人はその行為を止めようとはしない。
そのことは少女にとっても半ば予想できていたことだった。
少女がこの猫人と狼が死んだと思っていたのは、別に芋虫に飲み込まれたのを見たからというわけではない。
狼の方が飲み込まれ、猫人1人では勝ち目がないとわかった時点で少女は逃走に入ったため、猫人が飲み込まれるシーンはそもそも見ていないのだ。
それでも狼に続き猫人も死んだと判断したのは、精神的な
リンクが切れたからだった。
召喚された魔物と召喚主の間には、魔物側が見聞きしたものを主に伝え、一方で主の指示を遠く離れていても受け取るための精神的な繋がりが存在している。
あの芋虫に狼が飲み込まれた瞬間それが失われ、そしてまた逃走中に猫人の方の繋がりも切れたからこそ、少女はこの2匹が死んだと思っていたのだ。
その繋がりは今もまだ復活しているわけではない。
そのことは、既にこの2匹が自分の支配から脱しているということを示していた。
「つっ!」
頬に鋭い痛みが走り、少女は眉を顰めた。
猫人が手を止め、その爪を浅くではあるが皮膚の下に潜り込ませてきたのだ。
そしてその口から濡れ光る赤い舌が覗かせながら、猫人が顔を寄せてくる。
「いただきますにゃ」
その言葉と共にざらついた舌が頬を這う感触が生まれ、少女が身を震わせる。
それでも自由を奪われた腕では猫人を突き飛ばすことはできない。
ただなす術もなくその行為を受け入れ、皮膚がこそぎ取られそうな感覚に苦悶の吐息を漏らすだけだ。
ピチャピチャという湿った音を聞きながら、少女はかつて配下としていた者にいいように扱われる屈辱に耐えつづけた。
「ごちそうさまにゃ……」
やがて顔を離した猫人は、熱烈なキスを交わした後のように頬を紅潮させていた。
その口の端にはわずかに赤い液体が付着しており、その表情は今にも崩れ落ちそうなほど蕩けきっている。
その時、猫人に付き従うようにして少女の足元まで来ていた狼が、不満げに一声鳴いた。
「あ、ごめんにゃ」
その声に我に返った猫人が、いまだ硬直したままの少女と視線を合わせてきた。
新たな暗示をかけられようとしているのがわかっていながら、視線を逸らすことができない。
その歯がゆさに内心爪を噛む少女の目の前で、猫人の瞳が再び赤い光を宿した。
「『――――』」
何かを言われたのに、その内容が理解できなかった。
「な、何をし……」
その問いを最後まで言い切る前に、少女の視界は闇に塗り潰された。
気が付けば目の前には猫人の顔があった。
けれどその背景がさきほどまでとは違っている。
その2匹の顔の後ろには天井があり、自分の背中には柔らかい床の感触があるのだ。
どうやら仰向けに寝かされているらしかった。
当然といえば当然だが、身体はまだ動かない。
「ご主人様の身体、見せてもらうにゃん」
猫人がナイフのように伸ばした爪をちらつかせた後、それを使って少女の衣類を裂き始める。
抵抗もできないまま前面を切り開かれて、なだらかな胸の膨らみも、慎ましやかに咲くへその穴も、そして愛する相手以外には見せてはならない女の部分も露わにされる。
「お顔だけじゃなくて、身体も綺麗だにゃあ……」
それ自体が白い燐光を放っているような艶やかな肌に、猫人が感嘆の溜め息をつく。
一方で言葉を喋ることができない狼の方は、その鼻先を少女の股間に寄せてクンクンと匂いを嗅ぎはじめた。
「や、やめて……」
秘すべき場所を曝け出され、あまつさえ匂いを嗅がれていることへの羞恥に少女の頬が桜色に染まる。
だが弱々しい制止の声は、いつも高圧的に命令を下していた魔物使いのものとは思えないものだ。
「ご主人様、かわいいにゃ」
今まで見たことがなかった少女の様子に、猫人が嗜虐的な光をその目に湛えながら笑う。
そして、羞恥と恐怖に細かく震える少女の胸の先端に指を伸ばした。
「ひっ……」
指の先で挟まれ、押し潰すように刺激されて少女は短い声を漏らす。
そんな猫人の動きをサポートするように、狼が執拗に匂いを嗅いでいた場所に今度は舌を伸ばした。
「いやぁ……」
秘部全体をぞろりと舐め上げられ、そのおぞましさに少女が悲鳴を上げた。
「『怖がらなくてもいいのにゃ』」
猫人の瞳がまたも赤い光を帯びる。
そして狼の舌が2度目の襲撃をかけてきた。
「ひああああああ」
そこから生まれた感覚は、1度目の時とは全く異なるものだった。
目の前で火花が散ったような、そんな快感に少女が吠える。
それに気を良くしたのか、狼が舌の動きを速め、猫人の方も指先の動きを再開させた。
「あひぃ、や、だめ、それやめてぇ!」
瞬く間にしこり立った胸の蕾を転がされると目も眩むほどの甘い痺れが込み上げてくる。
そして下腹部からの刺激も1舐めごとにますます大きくなってくるのだ。
肉の洞窟の中に、少女の鼻にかかった声が響き渡る。
媚びるようなその声音が、言葉そのものが持つ拒絶の意味を否定していた。
舌と指の動きに翻弄され、口の端からだらしなく涎と嬌声を垂れ流す。
魔眼によって増幅された快感に、少女は抗う術を持っていなかった。
「だめ、何か、何かきちゃうぅぅぅう!!」
頭が真っ白になり、動かせない不自由な身体から心だけが飛び出したような解放感。
自分の意思では指1本動かせないはずの少女の背中が反り返り、その全身が大きく痙攣した。
「ご主人様、気持ち良かったかにゃ?」
「あ……は、はい……」
覗き込まれながらの質問に、少女は荒く息をつきながら正直に答えてしまっていた。
今回は魔眼を使われたわけではない。
にも関わらず、もはや少女の心には抵抗しようなどという考えは全く浮かばなくなってしまっていた。
壮絶な絶頂で身体だけでなく脳まで痺れてしまったように、何も考えられなくなっているのだ。
ちょうど少女の頬から血液を舐め取った直後の猫人のように、表情を蕩けさせた少女を眺めながら猫人も満足そうな笑みを浮かべた。
「それなら、今度は私達の番にゃ」
猫人が力なく投げ出された少女の腕を取り、その人差し指を口に含む。
「ふぁ……」
火傷しそうなほど熱い口内でざらついた舌で纏わりついてくる感触に、少女がこちらもまた桃色に色づいていそうなほど熱い吐息を零した。
一方で狼の方も頭を移動させ、今度は少女の腹に鼻先を寄せる。
「は、やぁ……」
秘部の時と同様に、まずは匂いを確かめるようにしきりに鼻を動かし、そして舌を使って全体に唾液を塗していく。
指と腹の2箇所に与えられる刺激に、少女がまた性感を燃え上がらせようとしたその瞬間だった。
「ぎ、ああああああ!」
指の第一関節、そして腹部に尖った物が複数突き刺さったのが、ひどく鮮明に感じられた。
頬の時の何倍、何十倍もの痛みが生まれ、身体を駆け上ってくる。
突き刺さった牙から送り込まれる痛みは、それぞれ1つずつでも気を失いそうなほどの激痛だ。
それらが縒り合い絡まり合うことで、1本の太い糸となって少女の脳を貫いた。
そうこうしている間にも、今度は指の第二関節が食い千切られ、腹部に突き刺さった牙の先端もますます深い場所まで潜ってくる。
とめどなく込み上げてくる激痛に、少女が再び絶叫した。
「あ……かっ……」
大きく開いた腹の傷に鼻先を突っ込まれて臓物を貪られる。
それと同時に指もまた食われ続けていた。
片手の指を食べ尽くした猫人は、今はもう反対の手に目標を移している。
傷口から湧き出す血液はその大半を2匹の魔物に飲み下されているが、それでも仰向けに寝かされた少女の身体の周囲には大きな血だまりができていた。
やがて10本の指を食べ終えた猫人が少女の顔を覗きこむ。
「ご主人様、起きてるかにゃ?」
その問いに答えはない。
少女にはまだ辛うじて息があった。
それでも口をパクパクと動かしながら本能的に酸素を取り入れ、時折声と呼べない程度の掠れた音を鳴らしているだけだ。
「しかたないにゃぁ」
話しかけても反応のない少女に、猫人は血に塗れた口を大きく広げた。
端から見れば滑稽なほど広げられたその口が、少女の頭を丸ごと飲み込み閉じられる。
首が切断される瞬間、指を失った両腕が打ち上げられた魚のようにビクンと跳ね、腹部の大穴から迸った鮮血が既に血塗れの狼の顔を駄目押しとばかりに紅く染めた。
「あは、おいしかったにゃぁ……」
恍惚とした吐息を零す猫人と、その足元で満足げな雰囲気を醸し出している狼の目の前で、棒立ちになっていた少女の身体が大きく震えた。
その身体にある傷と呼べるものは頬のものだけで、垂れ下がった腕の先にはちゃんと指が存在しているし、切り裂かれたはずの衣類も元のままだ。
衣類で覆われた腹部も直接は確認できないが、少なくともそこが赤く染まっているということもなかった。
全ては猫人の魔眼によって作られた幻。
とはいえ、それを理解するだけの余裕は少女にはもうなかった。
いくらそれが幻でも、生きながらに食われるという経験に少女の心は粉々に打ち砕かれていたのだ。
焦点の合わなくなった視線を猫人に向け、口を中途半端に開けたままで立ち尽している。
そんな少女に対し、猫人がまた魔眼を発動させた。
かつての主従関係は逆転し、言われるがままに少女は懐からカードを取り出し、次々に魔物を召喚していく。
あっという間にその場は雑多な魔物に埋め尽された。
「『奥の泉に入りなさい』」
たとえそれが他者に言わされているものだったとしても、強制力を込められた主の言葉に逆らうことはできない。
召喚された魔物達は次々と緑色の粘液を湛えた泉にその身を投げていった。
それはまるである種の動物が行う集団自殺のような光景だ。
やがて全ての魔物が泉の中に姿を消すと、猫人はかつての主人の手を取り、自らも泉の中に足を踏み入れた。
「これからは同じご主人様にお仕えする仲間だにゃ。
いーっぱいかわいがってあげるにゃ」
そう言って、猫人は少女の頬をもう1度舐め、極上の笑みを浮かべながら泉の底に身を沈めた。