人里離れた深い森の中、そこは凶暴な魔物が少なく薬などの材料が豊富な貴重な場所。
しかし、如何に安全とはいえそんな場所にはあまりに不似合いな姿があった。
彼女の名前はカリン、肩までの丸いシルエットのボブカットとクリクリとした眼が印象的な
十三歳くらいの少女、容姿だけでなくのほほんとした雰囲気がさらに違和感を覚えさせる。
その森には日帰りでは来れない程度の距離にある小さな村で見習いヒーラーをしている。
薬の調合の練習のための材料集めのため比較的安全なこの森に来ていた。

「わー綺麗な湖!食べられる魚とかいるかなぁ?」
材料集めに夢中になるうちに日も暮れ始め、森での野宿を避けるために外を目指していた彼女だが
湖の発見で『不気味な森で野宿は嫌』よりも『美味しいお魚』を優先してしまった。
素手で魚を捕まえるのはこういったサバイバルなおつかいに慣れてきていた彼女には
それほど難しいものではなく、すぐに十分な数を捕まえられた。
「う~んっ大漁っ!さてさてご飯の準備ぃ~・・・ヒッ・・・なんかお尻に当たった、気持ち悪ぅ」
魚でもぶつかったのかも?程度に考えたが随分ブヨブヨしてたなと不気味に思いつつ、
彼女は軽く体を拭いて服を着ると食事の支度を始めた。

「ふぁ~あ、そろそろ寝よっかなぁ」
食事を終えて荷物の確認をしていたら辺りはすっかり暗くなっており、
獣避けの小さな焚き火をつけたまま彼女は簡易テントの中で横になった。
しかし、程なくして彼女は体の異変に気づいた。
「う・・・うぅお腹が熱いぃ」
お腹の奥の方から焼けるような痛みがじわじわと拡がっていく。
魚は焦げるくらいまでよく焼けていた、食中毒の可能性は低い。
「とりあえず薬・・・痛み止めと下剤・・・」
何か悪かったならだしてしまえばいい彼女はそう考えカバンに手を伸ばす。

痛み止めの効果もほんの少し和らぐ程度にしかならず彼女は苦しそうな声を漏らしている。
「そろそろ下剤効いてこないかな・・・」
今まで味わったことのないような腹痛に耐え、テントから離れた草陰にしゃがみ込む。
しかし、一向に出る気配がなかった。
下剤も使っていて腹痛もある、すぐにでも柔らかい便が噴出してもよさそうなものである。
それなのに全く出ない、彼女は痛みと焦りで渾身の力を込めて息んだ。

「ゲホッ・・・なんで・・・なんでなんで?嘘・・・」
足元が真っ赤に染まった、口とお尻の両方から出てきた鮮血によって。
お腹の焼けるような痛みはどんどん拡がって胃の辺りまできている。
ヒーラーとしてはまだ未熟だが何かわかるかも知れない。
彼女は自分の体を見るために服を脱ぎお腹の辺り触っていく。
「なにこれ・・・やだぁ・・・やだぁぁ」
胃の下辺りでグニグニと動く感触を見つけてしまった。
本来の体の動きとは全く違う、まるで別の生き物が蠢くような感触。

「はぁはぁ・・・ゲホッゲホッ」
なすすべもないまま時間だけが過ぎ、時折むせると口の中が血の味でいっぱいになる。
「ぅ、ゲッ・・・おえっえ゛っ・・・え゛え゛ぇぇぇ」
そして突然の嘔吐、ただ吐き出すという生易しいものでなく意思のあるものが這い出したような。
横向きに寝ていたまま突然吐いたため吐瀉物は少し体にかかりながら目の前の地面に広がった。

彼女が吐き出したのはスライム、一般的に弱い魔物とされる。
ゼリー状で僅かに青みがかった透明の体が赤い血で濡れていた。
少しの間動かなかったスライムだがズルズルと彼女の体にまとわりついてきた。
「ひっ・・・やだやだやだ、こっちこないで」
体力を消耗していて満足に動けない彼女は弱々しく首を振りながら
ゆっくりと動くスライムよりもさらにゆっくり後ずさる。

スライムが触れたところから焼けるような痛みを感じる。
彼女のお腹の中で今も続く痛みとよく似た痛み。
色白で透き通るような彼女の肌が今は痛みで上気し極上の桃のように色づいていた。
それがスライムが触れた場所から熟れ過ぎたかのように爛れ崩れていく。

「あぐ・・・はぁはぁ・・・ううぅ」
声をだす体力もなくなり荒い息と細い呻き声だけが口から漏れる。
これから大きくなるはずだった薄い胸も、力仕事が苦手な細い腕も、
幼児体型が抜け切らないプニプニしたお腹も、草も生えぬワレメ弾力のいい太もも。
全てをスライム溶かし舐め取っていった。

お腹には空洞が広がり、腕や脚の骨が見え始めたころ。
呻き声すらあげられず欠けた肺で不完全な呼吸をする
涙と涎と血でぐちゃぐちゃに汚れた彼女の顔にもスライムは這いずってきた。
通り道を赤く爛れさせ、彼女の右目に覆いかぶさった。
おぼろげになっていた視界が半分になり涙の代わりに血を流した。

後日、いつまでも帰らぬ彼女を心配した先生の手によって遺体は持ち帰られ埋葬された。
しかし、何に襲われ命を落としたのかまでは誰にも知られることはなかった。

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最終更新:2010年05月06日 03:27