「うあっ!酷い仏さんですね。」
陽が落ちても澱んだ暑さが残る夜、○△県警南丘署の刑事、伊岡康太巡査部長は一通り事件現場の周りを巡ってから戻ると
26才という年齢よりやや幼く見える顔を歪ませてそう漏らした。
彼の視線の先には鑑識の青服が数人、そしてその足元に無惨な女の遺体があった。
彼女はぼろきれと化した真っ赤に血に染まったスーツを纏い、その中の肢体は胸から腹までぐちゃぐちゃに裂かれている。
そして顔に苦悶の表情を張り付かせたまま息絶えていた。
「鑑識がガイシャのバッグの中から持ってきてくれた。」
伊岡にそういって免許証を手渡したのは吉永功治警部補、彼の上司に当たり、捜査に当たってはペアを組む刑事だ。
免許証には清楚な印象を受ける美人の写真が貼られている。
凄惨な死顔と見比べるとだいぶ印象は異なるが、目の前に転がっている女性の生前の容貌だった。
「『村沢 秋絵』ですね、すぐに本部に問い合わせてみます。」
その時、伊岡の首筋にチクッと痛みが走った。
手で叩いてみたが掌には何もついていない。
(虫かな?めっきり暑くなったからな。)
気にも留めずに彼は県警本部に連絡を取るためパトカーに向かった。
翌朝、管内での殺人事件の発生を受けた南丘署では近隣の署からの応援や県警本部から派遣された刑事たちでごった返していた。
その喧騒の間を事件現場周辺での聞き込みを終えた後、捜査会議に出席していた伊岡が割って通る。
通り過ぎた受付ロビーのテレビがちょうど彼らが追っている殺人事件のニュースを流していた。
『事件は本日午前2時30分頃に発生しました。
通りかかった新聞配達員のバイクが道路の真ん中で蹲った人影を目撃し、ブレーキをかけた瞬間にヘッドライトの
焦点がその人影に合わさりました。。
その瞬間、人影は倒れこんだもう一人の人物に覆いかぶさるような体勢をとっていたといいます。
そしてライトに照らし出された人影の身体は真っ赤な返り血で染まっており、新聞配達員が悲鳴を上げるとそのまま走り去りました。
後に残されたのは無惨な女性の遺体だけでした。』
近隣の署も含めて非常警戒を取り、検問を張ったがまだ容疑者の足取りは掴めていない。
被害者の身元がすぐわかったから交友関係を通して容疑者が浮かぶかもしれないが、長丁場の事件になるだろうと伊岡は感じていた。
もちろん昨晩夜勤だった彼もそのまま今日も勤務につくことになる。
それどころか家に帰れるのがいつになるのかもはっきりとしないため、彼はトイレに抜け出したついでに私物の携帯電話で
妻にメールを送ることにした。
『涼香(りょうか)、おはよう。知っていると思うけど僕の署の管内で殺人事件があった。当分家に帰れそうにないや。
家の戸締りとか火の始末に気をつけてね。それじゃあね、可愛い涼香。』
涼香とは康太の妻の名だ。年齢は彼より2才上の28才、隣の市にある西里警察署の地域課に勤めている巡査部長の婦警である。
彼らは同じ警察署に配属されていた際に知り合い、2年前に結婚した。
170cmほどのやや小柄な康太とほぼ同じ身長を持ち、スタイルの良い肢体を鍛え上げて空手、剣道、合気道で段位を取った涼香は
年齢が上であることもあり、すっかり康太を引っ張る姉さん女房となっていた。
少し子供っぽい所がある康太も家では彼女に甘え、まだ子はいないが彼らは幸せな夫婦生活を送っていた。
午前中一杯を被害者の知人に対する聞き込みで費やし、午後2時過ぎに署に戻った伊岡。
彼は少し遅い昼休みをとることにして、ロッカーから私物の携帯を取り出す。
画面には新着メールを告げる表示が点滅していた。
『お疲れさまだねコータ!うん、寂しいけど我慢するよ~。毎日アタシが勤務に出かける時に南丘署に寄って
お弁当と着替えを持っていってあげるね。ガンバレ、コータ!』
凛とした婦警の仮面の影に隠れた夫だけに見せる"女の子"の涼香が送ってきたメールは絵文字が多用された可愛らしいものだった。
その文面を見て笑顔を浮かべる伊岡。
(可愛いな~涼香。ホントに可愛いよー!。――食べちゃいたいくらいに愛してるよ 涼香――)
その心に僅かな邪念が生みだされた。
「えー、というわけであり捜査本部としては被害者『村沢秋絵』の離婚した夫『福田義敏』を重要参考人としたい。
各員は福田義敏の身柄の確保、また逮捕状請求に足る証拠を見つけ出すことに全力を尽くすこと。以上、解散!」
捜査本部長の言葉を受け、会議室に集まった捜査員達が一斉に立ち上がって思い思いに部屋を後にする。
その中に伊岡康太の姿もあった。
事件発生から4日目の朝の捜査会議。
被害者の友人、現場周辺の目撃情報の聞き込みの結果、事件が起きた夜、被害者と前の夫の福田が一緒にいたことは
確定的であると思われている。
事件後、福田は勤め先に出社しておらず一人暮らしをしているアパートにも帰った形跡は無い。
彼を重要参考人にするには充分な理由だった。
伊岡は浮かない顔をしながら廊下を歩いている。
彼が被害者、そして福田の知人へ聞き込みをした限りでは福田はとても村沢を殺すような男には思えなかった。
福田と村沢は合コンで知り合い、大恋愛の末あっという間に結婚した。彼らが共に25才のときだ。
だが結婚生活は1年で終わり、彼らが離婚してから既に4年が経っている。
離婚の原因は些細な性格の不一致だったらしい。
しかし彼らは離婚してからも交友は保ち、むしろ親友のようにこの4年間を過ごしてきたのだという。
知人らの話だと『生涯の伴侶とする事は出来ないが、共に時間を過ごすのには最良の相手』と互いを認め合っていたらしい。
彼には彼らの関係が理解できた。
彼も涼香と結婚をし、同居を始めた当時に恋愛関係だった頃には気づかなかった彼女に対する様々な不満を感じた。
次第に一人で過ごすことに慣れていた自分のアパートの部屋に妻という他の人間がいることにすら鬱屈を感じ始めた。
その不満を解消したのが新居への引越し、そして涼香が持つ深い母性だった。
ある時に自分の全てをさらけ出して鬱屈を爆発させた康太に、彼女は彼の良いところも悪いところも全て認めて
それを受け入れてくれた。
彼女の慈愛に満ちた心に触れ、康太は自分の心の全てを彼女に委ねることにした。
涼香も康太に尽くしてあげたいと思うことで依存し、そうしてよき夫婦関係を成り立たせることに成功した。
ちょっと間違っていれば自分達も福田と村沢、いや、もっと酷い関係になってしまったかもしれない。
そう思う康太は福田と自分を照らし合わせ、彼に思わず親密さのようなものさえ感じてしまっていた。
刑事課の自分のデスクに戻った伊岡。
彼と、一緒にペアを組む吉永刑事は今は署での待機を命じられていた。
電話番、そして応援が必要になった場合の予備要員だ。
伊岡は心ここにあらずという雰囲気で椅子に腰を下ろす。
もう時刻は昼を回っている、彼は愛妻弁当の包みを解いてそれに箸をつけた
彼がそのような状態であるもう一つの理由、それは今彼が妻である涼香に抱いてしまっている感情だった。
この4日間、彼女は毎日3つのお弁当と洗い立ての着替えを持って署を訪れていた。
顔見知りの署員も多い彼女は刑事課まで入ることが出来、食べ終わったお弁当や汚れ物を集めて代わりを置いて行った。
捜査で外出することが多かった彼は一度も会えなかったが、給湯室の冷蔵庫に入れられた弁当箱、そして綺麗に畳まれて
ロッカーの中に置かれた着替えでその愛情を感じられた。
特にワイシャツの胸ポケットに毎回差し込まれているメッセージカード。
その涼香が書いた応援の言葉を読みながら弁当を口にする時、彼は疲れを忘れることが出来た。
嬉しさ、そして彼女に会えない寂しさを感じる彼の心。
康太の好みに合った、そして栄養のバランスの取れたおかずとご飯が詰まった弁当を口にしながら
(おいしいなー!涼香のお弁当。家での手料理もいいけど、お弁当だと愛情がぎっしり詰まっている気がして
おいしさが更に増しちゃうなー。この鳥の手羽先のから揚げジューシーでおいしい!
――これを作った涼香の細い指もおいしいだろうなー。――)
素直な感想、それに混ざる邪な欲望。
「いけない、またなに変なことを考えているんだっ。」
慌てて首を振って心に湧いた邪念を払おうとする康太。
彼はこの4日間、涼香のことを想うたびに胸に湧き出る――愛する彼女を喰いたい――という禁断の食欲に悩まされていた。
自分が欲求不満に陥っているのかと思い、大人としてはあるまじき行為であるがトイレの個室に隠れて
妻の裸体を頭に浮かべながら自慰をしてみた。しかし全く欲望は解消されない。
むしろその裸体を思い浮かべたことでさらに食欲が湧いてしまっていた。
「おいっ!伊岡!聞いてるのか!?」
吉永刑事の怒声で伊岡刑事は我に帰る。
「今、聞き込みに出ている中西たちから連絡があった。大通り沿いのビジネスホテルに福田らしき人物が宿泊しているようだ。
すぐ現場に向かうぞ!」
そう言い放って部屋を出て行く吉永を慌てて追う伊岡。
ホテルの部屋に押しかけた刑事たちに任意同行を求められた福田は抵抗もなく素直に応じた。
署に連れて来られ、取調べが始まると彼はすぐに『村沢秋絵』を殺したことを認めた。
ぽつりぽつりとベテラン刑事の言葉に応じる福田からは動機、そして司法解剖の結果『まるで獣に噛み千切られたような』
被害者の傷跡に合致する未発見の凶器についての自白も今日中にはするように思えた。
「伊岡、お前はもう帰れ!」
夕暮れ時、重要参考人を確保し、順調に取り調べが進んでいることでホッとした空気が流れる刑事課。
伊岡はそこで課長の永瀬警部にそう告げられた。
「い、いや、まだ聞き込みのまとめが――」
「いいんだよ。明日、あらかた自白が取れてから聞き込みと照合すればいいだろう。
それにお前酷い顔をしているぞ。若い者がほんの数日署に泊まってそれじゃあだらしねえなぁ。
いいから家帰って可愛いかみさんに思いっきり甘えて来いよ。」
かつて、他の署で上司を務めていたため涼香のことを知っている永瀬は無精ひげを生やした顔に笑みを浮かべて
そう囃すように言った。
自宅の最寄り駅を出た頃にはあたりはすっかり暗くなっていた。
伊岡は荒い息をつきながら家路を歩いていた。
(涼香……僕、どうしちゃったんだろう?おかしいよ、僕の心。)
涼香に久しぶりに会える喜び、それとともにどす黒い食欲が胸の中一杯に広がり続けていた。
(何でこんな変な欲望を涼香に……そういえば現場であの虫に刺されて時からだ、こんな欲望を抱くようになったのは。)
ふと、この欲望の原因に思い当たった康太。
(び、病気かな?うん、家に帰ったら涼香に話して病院に連れて行ってもらおう。今の僕じゃとても車は運転できそうにないし。
――涼香のハンドルを握る腕、筋肉の歯応えがあっておいしいだろうな。――)
「うああぁぁっ!」
一際強い欲望に恐怖を感じ、頭を腕で覆うようにして蹲る康太。
しばらくして立ち上がった彼はふらふらと家に続く道を歩いていく。
『ええ、刑事さん。私は秋絵の事を愛していました。彼女と離婚したのは私の我慢が足らなかったせいです。彼女は悪くありません。
彼女とは離婚してからも週に1度は会って、食事を共にして色んなことを話していました。
彼女と共に過ごす時間は楽しく、安心出来るものでした。
虫の話はしましたよね。
はい、事件の1週間ぐらい前にチクッと刺されて驚いた虫です。
そんな精神状態で私は秋絵に会ってしまったのです。
この前、彼女を殺してしまった日もいつもと同じように食事を共にし、翌日が2人とも休日だったこともあって幾軒かの
飲み屋やバーをはしごしました。
彼女はだいぶ酔っていて、車道にふらふらと飛び出す度に私が手をとって歩道に戻していました。
何度目かに手を取って引っ張ったときに、勢いが良すぎたのか彼女を思わず抱いてしまう体勢になってしまったのです。
その時、彼女は下からアルコールに浮かされた瞳で私を見上げてこう言ったのです。
「ねぇ、今晩このままあなたの家に行っていい?」
彼女は夫婦から友人に戻った私たちの関係、それを今度は逆方向に越えようという言葉を投げかけてきたのです。
愛らしい彼女の顔立ち、身体に密着したその身体、そしてその声。
耐え切れなくなった私は愛する秋絵の身体に噛み付き、そのまま勢いよく肉を千切りました。 』
風呂から上り、髪を乾かし終えた伊岡涼香はソファに座ってファッション雑誌を読んでいた。
彼女の気分は浮き立つようだった。夕方に夫の康太が今晩は帰宅するとメールを送ってきたのだ。
それを読んだ彼女は腕によりをかけて可愛い夫を迎える晩餐の支度を整えた。
手の込んだ料理はあとは盛り付けるだけの状態で鍋や冷蔵庫に仕舞われている。
(ちょっと作りすぎちゃったかな~?そういえばコータ、ストレスがもろに胃腸にくるタイプだし……食欲あるかなぁ?)
漫画本から視線を上げ、台所を見ながら涼香はふと思った。
(あっ、でもお弁当は毎食きちんと食べてくれていたし大丈夫かな?もし食べ切れなくても、またお弁当のおかずに
しちゃえばいいし。)
涼香は雑誌に目を向けながら、どの料理にどう手を加えたらお弁当にふさわしいおかずに再生できるか考える。
その時、チャイムの音が部屋に響いた。
「はーい!」
白のTシャツに綿のハーフパンツという飾り気の無い格好の涼香は立ち上がると玄関に急ぐ。
覗き穴から外を見ると、ドアの前には顔を俯かせた康太の姿があった。
「今、開けるね!」
夫にそう呼びかけて彼女は鍵を外して扉を開く。
そうして涼香は愛する夫と4日ぶりの再会を果たした。
「お帰りなさい、コータ!」
満面の笑顔で夫を迎える涼香。
だが康太は俯いたまま顔を上げない。
そんな夫に訝しげに涼香は問いかける。
「コータ、大丈夫?具合でも悪いの?」
妻の言葉に応じるように康太はゆっくりと顔を上げた。
その顔は精神が抜き取られたような虚ろなものだった。
夫の変貌に思わず口に手をやって驚く涼香。
「…に…逃げて……りょ…うか……」
そんな彼女に、康太は僅かに光を残した瞳を向けて震える口で言葉を紡ぐ。
そのまま前に崩れ落ちる彼の身体。涼香は慌てて夫を抱きとめる。
「コータっ!?大丈夫?しっかりして!どうしたの!?」
涼香は力を失った夫の身体を抱きながら彼に呼びかける。
「ねぇ、コータ!えっ!?アギギイイイイィィィッ!」
その時、扉が閉まる音と共に康太は顔を押し付けた妻の胸に噛み付いた。
鋭く尖るように変貌した彼の歯、強靭さを持ったその筋肉はいとも簡単にシャツの布地ごと肉を喰い千切る。
涼香は乳房を噛み千切られる痛みに絶叫した。
必死に彼女は夫、今はそれとは違う何かに変貌してしまった康太から離れようともがいて身体を離す。
「アグッ!」
床にそのまま倒れこんだ涼香。その左の胸のふくらみは半ば失われ、流れ出た血でTシャツが赤く染まっていく。
「アギィッ!……こ、こーた、どうし…ちゃったの?……何でこんな酷いことを……?」
凛とした美貌を痛みで歪めて涙を流しながら康太に問いかける。
くちゃくちゃと音を立てて愛する妻の乳房を咀嚼する彼は、虚ろな顔にぞっとするような笑みを浮かべて答えた。
「それはね、涼香の事が大好きだからだよ。その綺麗な身体を食べちゃいたいくらいに愛しているからだよ。」
呆然とする涼香、その左手首を康太は掴んで強引に持ち上げる。
「痛ッ!ギィイイィッ!」
欲望に囚われ、今までの数倍もの腕力をもった康太に持ち上げられて涼香の左肩が妙な音を立てた。
「あれ、脱臼しちゃった?手荒にしちゃってゴメンね涼香。」
そう謝りながら彼は、頬まで裂けた口唇を開いて妻の左手に噛み付いた。
「ヒギイイィィィアアアァァァッッ!」
手首から先を夫の口に飲み込まれて噛み千切られた涼香の左腕。
再び床に転がった彼女は信じられない痛みにのた打ち回る。
手首の断面から吹き出すような血が廊下のフローリングを覆っていく。
「涼香の指、しなやかな歯応えでおいしいよ。」
拳銃の引き金を引き、キーボードを軽やかに打って婦警の仕事をこなしていた妻の指を康太は味わう。
彼女は恐るべき存在と化した夫から逃れようと傷ついた身体で必死に床を這う。
せめて居間の電話機、机の上にある携帯電話までたどり着けば助けを呼べる。
人々の安全を守る婦警、少し子供っぽいところのある夫を支える凛とした妻ではなく、ただの暴虐に晒される
無力な女と化した彼女はそう思いながら血を流し続ける身体を動かす。
カコンッ!
その涼香の目の前の床に何か硬いものが落ちてきた。
「あぁ……」
「涼香にいつも注意されるけど食事のマナーが悪くてゴメンね。でもちょっとそれ硬すぎて噛み難いんだもん。」
断ち切られ醜く変形したその正体は彼女の左の薬指に嵌められていた愛の証、結婚指輪だった。
左手を飲み込み終わり、指輪を吐き出した康太。
その視線はうつ伏せで身体を這わせる涼香、その突き出された尻に向けられた。
彼は妻の下半身に覆いかぶさるように屈みこみ、その引き締まったヒップにかぶり付いた。
「ギィィイイイヤヤアアアアァァァッッッ!」
康太は絶叫をBGMに筋繊維と脂肪の割合で素晴らしい歯応えをもたらす尻肉を口にする。
「うん?」
その赤く染まった顔を血ではない液体が汚す。
痛み、そして尻の肉を半ば失ったことで麻痺してしまった涼香の括約筋。
その結果彼女の膀胱から尿が漏れ出したのだ。
「血もおいしいけど、涼香のおしっこもしょっぱくて味にアクセントがついていておいしいよ。」
床に零れた血と尿を啜りながら康太はそう感想を口にする。
「ギィァッ…ァ…ィ…うぐッ……アガッ!」
身体を失っていく喪失感、そして激痛で意識を朦朧とさせた涼香。
その身体を康太は無造作に仰向けにする。
自らの血で白い肌を赤く染めた涼香の肢体。その彼女が荒い息を付く度に揺れるお腹に彼の目が留まる。
そしてお臍の辺りに口を近づけると、一気にその滑らかな肌のラインに歯を立てた。
「アギャァァァアアアアァァァッッッ!」
悲鳴と共に湧き立つような血が彼の顔を汚す。
その血の向こう、鮮やかな赤色の臓物に彼はかぶり付いた。
「ギギギィィィイイイアアアアアァァァッッッ!」
腹の中をかき乱されるという信じられない事態に涼香は目を見開いて叫ぶ。
痛みが彼女の意思とは関係なく身体をばたつかせるが、強靭な康太の手からは逃れることが出来ない。
「犬食いでみっともなくてゴメンね涼香、でも涼香の内臓がおいしすぎるから我慢できないんだ。」
そんな彼女に顔を上げた康太が語りかける。
「ヒギアアアアァァァッッ!」
そして再び顔をお腹の裂け目に突き込まれた涼香が悲鳴を上げる。
耐え難い悲鳴、そして咀嚼音はその後長い時間に渡って部屋の中に響き続けた。
「……あ……う………ぁ……」
涼香は体内を噛み乱され、内臓の多くを失ったが鍛え上げられたその肉体はまだ命の火を灯している。
だが、血で赤く汚れた顔の地肌は蒼白なものと化し、すでに身動きする力も失われた彼女に死が目前まで迫っていた。
「太腿も喰い応えがあるよな~。それとも一風変わって脳味噌とかもおいしそうだね~。」
そんな妻を見下ろしながら康太は次に口をつける"おかず"に迷っていた。
その瞳が赤く裂けた涼香の左胸に留まったとき、彼はふと思い出した。
「そういえば涼香、内臓は痛みが激しいって、でも鮮度が良ければとってもおいしいって
家でホルモン焼いてくれた時に言ってたよね?」
彼女の身体に覆いかぶさって言葉を続ける康太。
「だから涼香が死んじゃう前に涼香の心臓頂いちゃうね。」
康太は妻の左胸を覗き込むように見つめる。
「…こ……う…た……」
康太はふと視線を外し、自分を呼びかける涼香の顔に瞳を移す。
「た…す……けて……こ…ぅ……た……」
顔を僅かに動かして夫を見つめる涼香と目が合う。
死が近づき意識が朦朧とした彼女の瞳には今の康太が自らの身体を貪る獣ではなく、愛すべき夫として映っていた。
力強くリードしてきた夫に逆に救いを求める涼香。
命の灯火が消えようとする今、普段の気の強さは彼女から完全に失われていた。
「うん、ありがとう涼香。こんなご馳走を用意してくれて、とってもおいしかったよ。」
数時間前、豪勢な夕飯を作っていた涼香がもっとも聞きたかった言葉を吐く康太。
そのまま消え入るような声を漏らす彼女の口唇に自分の口唇をそっと重ねる。
「これがメインディッシュかな?それじゃあ、新鮮な心臓を頂くね。」
「……い……たい……よ…ぉ………こ……ぅ…た……ギィアアアアァァッ!」
眉を寄せて弱々しい声を吐く涼香を無視して、彼は彼女の左胸に顔をうずめた。
そうして拍動を続ける涼香の心臓、それを周囲の太い血管ごと噛み千切る。
「ギヤァッ!」
涼香は一際甲高い悲鳴を上げるとその瞳の光を失った。
彼女は自らを喰う愛すべき康太の姿を見ながら息絶えたのだ。
数時間後、康太は自分の家の廊下で満足そうに眠っていた。
涼香の身体、そして飛び散った血すら彼は舐め尽して辺りには惨劇の痕跡は濃厚な血肉の香りしか残っていない。
そして腹を満たした康太は眠りについたのだ。
彼の首元、身体の中から肌を透き通るように現れた人には見えない小さな蛾のような虫が飛び立つ。
虫の名は「愛喰虫」、この卵を産みつけられた人間はその精神と身体を侵されて愛する者の血肉を
喰わずにはいられない欲望を宿し、獣のような強靭な肉体に身体を作り変えられる。
そうして摂取された血肉によって卵は孵化し、成虫となって宿主の身体を飛び出すのだ。
互いの愛を虫に貪られた康太と涼香の悲劇はこうして幕を閉じた。
最終更新:2010年05月06日 03:32