七月七日、天に住む一組の恋人が年に一度だけ会うことのできる特別な日。
それにあやかる様に日本中の若者達の異性への想いも天に昇ってゆく。
恋人が出来ますように、この人といつまでも一緒にいられますように、多くの想いがある。

豪奢な着物を身に纏い幼さの残る顔を綻ばせる少女、織姫。
薄桃色をした人魂のようなものと戯れ想い人との再会を待ちわびている。
「この人はすごく寂しいのね、こっちの人はすごく恋人を愛してる」
人魂に触れると中に詰まった想いを視ることができ、不安や寂しさが和らぐように撫でてやる。
彦星が訪れるまでまだ時間が随分ある、しかし日も沈みきるころになると性質の悪い想いも昇ってきはじめる。
(あの子の裸が見てみたい)(誰かヤらせてくれ)
薄桃色というにはドギツいピンク色をした人魂、性欲のみの想いである。
「はぁ~こういうのも仕方ないのよね・・・」
呆れたような寂しいような顔で織姫は同じように接していく、他のものに比べ幾分しつこいが害があるわけでもない。
人の想いは純粋なものだけではない、欲に塗れた想いもある。
しかし、それも叶う可能性のあるありふれた欲の形。
そんな中のほんの一握りには叶うはずもないドス黒い性欲を持ち七夕の空に想いを昇らせる者達がいた。

濃淡様々な人魂を癒し彦星を待つ、毎年の習慣である。
同じことの繰り返しの中で思うのはいつも天気のことばかり、少し雲のかかった空を見渡していた。
薄暗い雲の隙間から人魂が昇ってくる、いつもの変わらぬ風景、しかし何か違和感がある。
「何かしら、黒っぽい・・・?」
人魂の差は大抵濃淡だけであり色の系統は全て桃色、しかし今昇ってくるものは灰色がかったものやほとんど黒のものばかり。
黒い人魂はユルユルと織姫に近づいていく、動きは他の人魂と変わらないように見える。
「変わった想いだけど・・・かなり落ち込んでるのかしら?」
違和感はある、しかし想いを受け止める立場にある彼女はそれらを不気味と思ってはいけない気がした。
人魂たちを癒しながら空いた手で黒い人魂を手招きする。
「ほら、おいで。皆寂しいし不安なの、あなた達も一緒に安らぎましょう」
織姫に癒された人魂が迎えにでるかのように黒い人魂に近づく。
そして辺りに音のない悲鳴のような振動が走った。
近づいた人魂に黒い人魂が気づくと丸い先が歪に割れ深い闇のような中を晒し、食い破った。
崩れるように消える人魂と不味いと言わんばかりに口らしきものに含んだものを吐き出す黒い人魂。
織姫は目の前の出来事が理解出来ず言葉も体の動きも失う。
その間も黒い人魂は彼女との距離を近づけ側による人魂を噛み消していく。

織姫が我に帰り『これらは危険なものなのだ』と気づいたときには周りには黒い人魂だけになっていた。
「何するのっ、皆同じ想いの塊でしょう。なんで噛んだりするの?」
彼女の目は怯え言葉も震えている、それでも叱るように問いただすように黒い人魂に話しかける。
返事などはありはしない、それどころか自身を恐れる彼女の姿が楽しいのか口元が笑うように歪んでいる。
そして、その中でも一際黒い人魂が我慢できないとばかりに織姫の着物に噛み付き引き裂きはじめた。
それを合図代わりに他の人魂も思い思いに動きはじめる。
あるものは着物を引き裂き、あるものは恐怖を煽るように身体中を甘噛みし、あるものは怯える目元に口を寄せ涙を啜る。
「止めて・・・お願いだか、ら・・・助けて彦星・・・」
恐怖に強張る口元から漏れる人魂への懇願と想い人への助けを求める言葉。

美しかった着物は僅かに残るボロ布と化し隠し切れない笑みを湛えていた顔は涙に曇っていた。
それを眺め楽しむかのように一度黒い人魂たちは身体から離れる。
人を象った身体を持つ織姫が裸にされる過程で想像した結末は『強姦』
『異性への想いが形を作って昇ってくる』
何百年も続いたこの行事で今まで起きなかったことの方がおかしかったのだと彼女は諦めるように想いを受け入れる決意をした。
彦星への後ろめたさはあるがこれは神格化された者の運命なのだと自分を説得する。
「さ、あ・・・おいで。寂しいのでしょう?辛いのでしょう?慰めてあげるから・・・こっちへ、いらっしゃい」
涙に濡れる顔をひきつるような笑顔に変え、滲む声で人魂に呼びかける。
想像の結果も行動の決断も間違ったものだとは知らずに。

差し出した手に誘われるように前にでる黒い人魂、その手に抱かれる瞬間・・・腕に噛み付いた。
陶磁器のように白くそれでいて健康的な血の赤さが映える瑞々しい腕が紅く染まる。
「え、え・・・い、やあああぁぁぁぁ」
それまでに漏れていた拒絶の悲鳴とは違う強い痛み故の絶叫。
柔らかな肉を噛み千切るのに時間はかからず血の滴る腕の中ほどは丸く抉れている。
他の人魂や着物を噛み千切ったときとは違い口の中のものをゆっくり咀嚼すると満足そうに飲み込んだ。
織姫は痛み血を流す腕を胸に抱きうずくまる。
そんなことは意に介さず残りの人魂たちも身体に再び群がった。
柔らかな曲線を描きつつ足首付近はしっかりと細いふくらはぎに目をつけたものは
感触を楽しむように幾たびか噛みなおしていると突然食いちぎる、後には甘い脂肪と熱い血が糸を引いた。
その上の太ももは歯を包みこむ柔らかさと限界を超えると自ら外へと引き裂かれる弾力を持っており、
腕を抱えるように密着させた二の腕は僅かに押し出され柔らかさを主張する。

腕や脚は食いちぎられ力を失って投げ出され、涙を溢れさせる目元は痛みと恐怖に強く閉じられている。
人魂たちは細い指や歯ごたえのいい骨を齧り食事をゆっくり楽しんでいる、しかしその数は半分ほどに減っていた。
それらは彼女を食べ進める内にドス黒さが薄まっていくようで初めに灰色がかっていたものは既に消えてしまったらしい。

数の減った人魂は場所を争うことなくメインディッシュに向かっていった。
十分な存在感を持ちながら少しも垂れることのない乳房に歯をたてれば甘いエキスが口元を伝って落ちてゆく。
咀嚼する暇なく口の中で溶け広がる肉の味は濃厚で独特な満足感があった。
「痛、い・・・胸が・・・もう彼も想いも・・・包んであげ、られない」
抱きしめる腕も埋める胸もなくし喪失感で言葉を漏らす。
くびれた真っ白なお腹を噛み千切ると薄いながらも旨みが詰まっており、その奥には熱く蠢くご馳走が見えた。
蕩けるような甘みのものや食感が楽しいもの、様々が美味しさが少しずつ仕舞ってあった。
そして、その中で最も熱く跳ねる中心を口に運ぶ。
「うっ、げ・・・ごほごぼっ・・・・・・雨、降らないと・・・い、いな」
彼女の口から冷め始めた血と小さな呟きがが吐き出された。

夜は深まり地上も少しずつ灯りが消えていく、曇り空で星は隠れ闇を濃くしている。
年に一度しか会えぬ最愛の恋人のもとへと空を駆ける青年の姿だけが雲の上を動いていた。
しかし、辿り着いた先には彼を迎える透き通る声も抱きついてくる腕もなかった。
目の前には人一人分に満たない動かない身体、骨すら失われた部位もあればまだ肌の見える部位もある。
食い散らかされたそれは長く美しい黒髪だけが手付かずで残されていた。
声にならぬ叫びは空に響き渡り、地上には大粒の涙が降り注いだ。

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最終更新:2010年05月06日 03:47