「ついに完成した、私の血と汗の結晶。これでやっと他の低脳科学者どもを見返してやれる!
ふははははは!」
とある施設の一室に、不気味な笑い声が響いていた。
これから起こる悪夢を暗示するかのような、そんな序曲を奏でるように。
暗くなった街路地に足早に歩く女の姿があった。
「あーあ、すっかり遅くなっちゃった。」
女の名は尾石 伊代。くりりとした瞳を持つ可愛らしい童顔をした、どこかあどけない印象を与える二十歳のOL。
今日は仕事が長引き、いつもより3時間程帰りが遅れていた。
伊代の表情には曇りが差しているが、それには理由があった。
ここ最近、巷で若い女性ばかりに集中した、連続失踪が頻発している。
そしてそれは伊代の帰路の周囲で起こっていることであった。
警察の調べによると暗がりの時間帯に起きているらしく、それを知らせるニュースでは、この付近において女性の夜間の外出は控えるようにと、注意が呼び
かけられていた。
ジッジジ…。
「わわっ。」
そのとき、伊代の通りかかった街灯の明かりが失われた。
「うう…なんでこんなときに。停電?」
突然の暗がりに不安を後押しされ、伊代はそれまで以上に歩みを速めた。
とそのとき、
「きゃあ!」
不意にあしもとの道が途切れ、伊代の身は下方に吸い込まれた。
どん!
「痛あ…何?こんな所に落とし穴ぁ…?」
立ち上がろうとしたとき、足元に違和感を覚えた。
「なに…底が動いた?」
「…ふふふ。具合の良い獲物が掛かった。」
「!?」
ズズズッ!
伊代の体は何かに引っ張られ、さらに穴の奥へ引きずり込まれる。
「い、いやあ!」
伊代はどんどん地中に沈んでゆき、視界は闇一色に染る。引きずられる感覚と恐怖に気持ちを支配されてゆき、やがて意識も闇に埋もれた。
「ん。」
次に伊代が目を覚ますと、筒状の、壁に取り囲まれた狭い場所にいた。
明るさがある為、地中というわけではなさそうだった。
そして視線を落とすと、自分の裸身が目に入った。
「え、なんで?なんで私裸なの?…それに、ここはどこ?」
取り囲まれた壁の一部に50cm四方の窓を見つけ、そこから外をのぞいた。
「なに?ここ…」
窓の外に広がるのは、研究室のような場所だった。
「おや、気がついたかい。」
不意に、景色を人影が遮った。
「え?……きゃああ!!」
その者の顔面、それは人のものではなかった。
「な、なに貴方っ。怪物!?」
真っ黒な肌。縦に割れた口に、とても大きな顎。頭部からは二本の触角を生やしたそれは、紛れも無く人外であった。
「怪物ではない!!私はこの研究室で瞬間移動の研究を行っている者だ。」
「研究者…?」
「田部 益世という。覚えておきたまえ。…君の名も伺おうか?」
「……尾石です。」
「尾石君。君をここに招いたのは、他でもない。私の実験に付き合ってもらうためだ。」
「実験?なんで、私がっ!?」
「この実験には、若くて生きの良い女性が必要だ。君のように美しければなお良い。」
(なんなの、この化け物。)
伊代は田部の放つ不気味な気配に、眉をひそめる。
「君の今入っているポッド、それこそ私の偉大なる発明・瞬間移動装置だ!
簡単に説明すると、そのポッドからパイプで繋がったもう一方のポッドへ瞬間移動が出来るというものだ。」
伊代の抗議の眼差しなどお構い無しに、田部は続ける。
「移動時に物質は粒子状になり、移動先で再構築されるというプロセスになっている。
ただ、移動させる際、対象から不純物は取り除かなければならない…」
「それで、私は…裸ってことですか。」
「ふふふっ、察しがいいな尾石君。」
「いやっ!出して、私を帰してっ!!」
伊代は必死に窓を叩き叫んだ。
「そうはいかない。君には大事な役を担ってもらわねばならないのでね。」
田部はポッドから距離をとり、伊代の覗く窓から自分の全体を見えるようにした。
「…なにその姿……蟻?」
田部の体は、まさしく昆虫のそれを模した、二本足で立ち上がった巨大な蟻であった。
「人体の瞬間移動実験を行った際、私自身が装置に入ったのだがね…。」
化け物はクククと笑いながら伊代に近づく。
「私の入ったポッド内に、どうやら蟻が一匹入り込んでいたようで…気がついたときには、遺伝子レベルでその虫けらと融合してしまっていた、というわけ
だよ。」
「なに、そのどこかの映画の中みたいな話…。」
「しかし、この蟻の体というのは、どうも糖分の摂取が大量に必要なようでね。
毎日毎日、甘い菓子を食していたのだが、どうも満たされない。何か足らない。
そこで私は、ある見解にたどり着いた。…なんだか分かるかね?」
「……。」
「それはね、私が”人間と蟻を融合した生物”なら、食事も”人間と甘味を融合した食料”を食べればいいと気づいたのさ!!」
田部のほくそ笑む表情を見て、伊代に悪寒が走った。
「その私の考えは正しかった。今まで食した女性たちは、見事に私の欲求を満たしてくれた…」
「いやー!いやいやっ、出してぇー!!」
伊代は、ポッドの内装を激しく叩き出した。
「いろいろな甘味で試してきた。チョコレートに始まり、プリン、キャラメル、アイスクリームにマシュマロ…」
「あなたね、あなたなんでしょう!…いままでたくさんの女の人達が、失踪してきた原因はっ!」
田部は、伊代の声など気にとめず続ける。
「しかし、どれも美味し過ぎてすぐ食べ終えてしまう…私はもっと、長い時間楽しみたいのだよ。ディナーを!…君の足元を見たまえ、尾石君。」
「な、なに?」
「そこにあるのが、これから君とその身を共有することになる甘味さ。」
「これって…。」
伊代の足元にあったそれは、チューイングガムだった。
「今回は、そのチューイングガムと君とで実験を行うというわけだ。…ではそろそろ始めようか。瞬間移動、開始だ!」
言うと、田部は装置の悪魔の機能をスタートさせた。
「きゃあああ~!」
装置は、伊代の身体とガムをどんどん細分化していき、パイプに吸い込んでいく。
そして、コンマ数秒の時間差を置いて、もう一方のポッドにディナーが形作られていく。
3秒ほど経ち、瞬間移動は完了した。
プシューーーー。
ポッドが開き、伊代とガム、もといガムの伊代の姿が現れる。
「ふむ。旨そうに出来たな。」
甘い香りを漂わせる伊予の身体は、わずか全長15cmに圧縮されていた。
「きゃあ!」
田部はそんな伊代を掴み取った。
「では尾石君。これから味見を試みる。思う存分、君の味を、私の口の中いっぱいに広げるがよい。あーん…。」
田部は、なんとも上から目線の”いただきます”の挨拶をすると、伊代を口にほおばった。
「きゃ…っ!だめ…めだめっ!食べ…いでー!」
田部は、口内から聞こえるくぐもった声と、もごもごと動く感覚をとても心地よく堪能した。
「もごもご。(それでは咀嚼をしてみよう。)」
がぶ。
「え!…ああああー。」
伊代はその身を噛み砕かれたとき、えもいわれぬ感覚に囚われた。
がぶがぶ。
「ああっ、いやああーん!」
とぷ、じゅぷじゅぷじゅぷ。
身体のすり潰された部分から、伊代の甘いエキスがじゅくじゅくと滲みだした。
「ふえ、ふああ、あふんっ。」
同時に、エキスの放たれた場所から、絶頂を迎えたかの様な快感を得ていた。
「もぐもぐ…どうだ、気持ちが良いだろう。
君に痛覚は無い。咀嚼されるたびにオーガズムを向かえ、噛まれた箇所から血肉を液状で排出する全身性感帯と化している。
排出できる血肉の量は、圧縮される前の君の体積分であるから…まだまだ楽しめるぞ。くくくく。」
噛み潰された伊代の身体はすぐに膨らみ直し、その身に美味を取り戻す。
もとの身体の大きさ分消費されるまで、これは繰り返される。
「きゃふん!あっ、ああああ。ああーん!」
最初のうち、気持ちだけは抵抗していた伊代だったが、雪崩のように押し寄せ続くカラダの絶頂に意識を持っていかれ、
精神はエキスと共に溶け、流れ出てしまう。
「ああ、きもちぃ。きもちいいよぉ、ふあああ。」
快楽に悶えびくんびくんと跳ねるチューイングガムを口の中で楽しみながら、蟻は蔓延の笑みを浮かべていた。
「いやあ、なんと美味なことか。尾石君、君は実にすばらしい。今までの材料の中で、一番の絶品と言えよう。」
巨大蟻の舌の上、伊代は言葉通り、身も心も蕩かせて行った。
「いいよぉ~。もっと、もっと私を味わってえ~!」
その後、この食事は数時間にも渡った。
ぐちゃり。
「んぐ?」
ぺっ。
田部は、手に伊代を吐き出した。
「もう、味がなくなったな。」
田部の手のひらで、中身を失い皮だけになった、しおしおの伊代が横たわる。
その表情はどこか幸せに満ちたものに見えた。
「喜べ、尾石君、今回の実験は大成功だ。君はとても美味しかった、礼を言う。…と、聞こえるはずはないか。」
田部は紙で伊代を包むと、そっとくずかごに落とした。
―THE END―
最終更新:2010年05月06日 04:25