世の中にはいろいろな商売があるものである。
ひとの欲する物を売る商売、
ひとの欲するサービスを売る商売、
ひとを騙し、阿漕にひとを食い物にする商売……などなど。
この話は、一風変わった、ある物売りの様子を綴った一幕である。
魔界のとある場所に、ひとり屋台で店を開く娘の姿があった。
「いらっしゃーい、いらっしゃーい。かき氷はいかがですかーっ。」
名はせつこ。その風貌から可憐な印象を受ける娘だ。
大きな瞳に、小さな鼻と口をした幼顔。
腰元まで伸びた、艶やかな銀色の長髪。
身にまとう純白の着物に比べても、負けず劣らぬ透き通るような白い肌をしている。
彼女は始めてから日の浅いかき氷屋で、店の前にひとが通る度、その甘く可愛らしい声を響かせていた。
ただ、一見ただの売り子のように見えるせつこだが、彼女には、ある秘密があった。
「…かき氷はいかがでしょうかーっ。あ、どうですか、おひとつ。」
せつこは、ふと目の合った通行人に声をかけた。
「ん、珍しいなこんな所に屋台なんて。」
足を止めたのは体格のいい魔物だった。
「ええ。私、最近雪山から上京してきて、ここでお店を始めたばかりなんです。」
「そうかい。雪山から…ってことはあんた、もしかして雪女かい?」
「はい。」
「ははっ、どおりで美人なわけだ。それで雪女のかき氷ってわけか。…よし、美人なねえちゃんの作るもんだ、ひとつ貰おうか。」
「あはっ、ありがとうございますっ。」
せつこは一礼し、氷かき器を用意した。
この商いに精を出す娘が、雪女だという事実。
このことが、今後起こる波乱の原因になろうことなど、今はまだ、誰も気づいてはいなかった。
「では作りますので、お待ちくださいね。」
氷かき器の下に皿を置くと、せつこは上半身をはだけさせた。
着物に隠れて、それまでは分からなかったが、彼女のとても豊満な胸が姿を表した。
「お、おい、ねえちゃん何してんだ?」
せつこの様子に驚いた客は、思わず尋ねた。
「うちでお作りするのは、本場の雪女から作るかき氷、即ち、私の身体を削ってお作りするかき氷なのですっ。」
言いながら、せつこは自分の片方の胸を氷かき器へ押し入れる。
「よいしょとっ。…なので、こうして私の一部を材料にするわけです。」
「そいつは…なんとも…」
客の歯切れの悪さに不安をもつせつこ。
「えっと、嫌ですか…?」
「いやいや、そんなことはない。むしろ大歓げ…あ、いや。」
「?」
「そんな無茶して、あんたは大丈夫なのかい?」
せつこは、ふふっと笑った。
「私なら心配要りません。空気中の水分を凍らせて取り込み、体の使った部分を再生できます。」
「なんだ、なら遠慮なくいただけるな。イヒヒ…おっとと。」
客は溢れ出た涎を慌てて拭った。
「お代はちゃんと頂きますよ?」
せつこは苦笑すると、氷かき器のレバーをゆっくり回し始めた。
「ふぬっ。」
シャリ、シャリシャリ…
綺麗な真珠色の粒がさらさらと皿に落ちていく。
せつこの胸部に膨らむそれは、回転する刃にざくざくと奪われていき、在り処を皿の上へと変えていく。
シャリシャリシャリ。
「このへんでいいかな。」
せつこは、乳房の8割くらいを削ったところで、氷かき器のレバーから手を放した。
残った胸を取り出し、先端に尖っていた乳首を千切り取った。
そして今度は、フードプロセッサーを取り出し、残り2割の乳房をその中に移した。
「なあ、それはなんだい?」
せつこの様子に、堪らず声をかける客。
「んふ。まあ、見ていてください。」
そう言い、せつこはフードプロセッサーで裁断を始めた。
「よし。」
1分程経つと、せつこの胸の片方は平らになり、フードプロセッサーの筒中には、トロリとしたジュースが出来上がっていた。
せつこは筒の蓋を開け、中身を先に削りだした雪山にかける。
「なるほど、シロップにしたってわけかい。」
客の鼻を、ふわりとシロップの甘い香りがくすぐった。
かけ終えると、先ほど千切り取っておいた乳首をかき氷のてっぺんに乗せた。
「ふぅ、完成っ。」
白い山の山頂にピンクの小粒がアクセントを効かせた、きらきらしたかき氷は出来上がった。
せつこはかき氷にスプーンを刺し、皿を客に差し出した。
「お待たせしました。どうぞお召し上がりください。」
「おう。これは旨そうだな。」
生唾を飲み込み、客はスプーンを取った。
「いただきます。」
そして、シャクッとひと匙すくい、口へ運ぶ。
「んんおお!」
そのとき、甘美な風味に口の中は蕩けそうになる。
マイルドなミルクの味を持った繊細な氷の粒が、じゅわりと舌に溶け込んでくる。
ただのかき氷とは違う、せつこの甘く柔らかな乳房の食感が伝わってくるようだった。
気がつくと客の魔物は一心不乱に黙々と食していた。
「そんなに慌てなくても、かき氷は逃げたりしませんよ?」
せつこはくすっと笑みをこぼす。
「そうは言ったって姉ちゃん、これホント旨すぎだぜ!この乳首だけは元のままどうぞってのも、ナイスな気遣いだ!」
「えへへ。なんといっても”本場の雪女から作った”かき氷ですからね。」
今度は嬉しそうにせつこは笑った。
「ふぃ~、ごっそさんっ!」
客は皿まで舐めて間食した。
「お粗末さまでした。それではお代を…」
「ちょっとまった!」
着物を羽織り直すせつこを、客の言葉が止めた。
「なんです?」
「もう一つ貰おう!」
客は、せつこの残ったほうの胸を指差し言い放った。
「もう一杯ですか?いいですよ、ではまた少々お待ちを…」
「いや、もうそのまま、生で食わせてくれ!」
「え?」
客の魔物は有無を言わさず、せつこに飛び掛った。
「きゃあ。」
そして、残った乳房へ食らい付いた。
がぶりっ!
「ああんっ!」
さすが魔物と言わんばかりの強力な顎の力で、せつこの胸は簡単にもぎ取られた。
「い、いけませんお客さん。このまま食べるのは止してくださいっ。」
「硬いことを言うな!お前さんは黙って客の言うことだけ聞いてりゃいいんだよっ!!
それに、俺の経験上、娘の肉は生で食うのが一番なのさっ。」
客は制止も聞かず、欲望のまま、せつこのたわわに実る胸を貪り食った。
それは、先ほどかき氷で食べたときより格段に味わい深かった。
頬張ると柔らかく舌に吸い付くすべらかな肌。
齧り付いたときに伝わるマシュマロのような食感。
噛み締めると、じゅっ!と弾け散るとろとろな蜜。
甘美なハーモニーを口いっぱいに巡らせた後、のどごしに至るまで最高の美味を味あわせる。
雪女の胸とは、こうまで食通をうならせるものなのだろうか。
「かぁ~、うっめえ!」
客は、ものの十数秒で乳房を平らげてしまった。
「ううぅ、お客さん、なんてことをぅ。」
せつこは、客の傲慢な振る舞いに半べそをかいてしまっている。
「うへへぇ、まだ足らねえぞ?次はどこを食わせてもらおうかぁ…」
客は、品定めをしようと、せつこの着物に手を掛け、剥ぎ取ろうとする。
「…残念ですが、それは無理だと思います、お客さん。」
せつこは、悲しそうな表情で、しかししっかりとした口調で言った。
「はあ、なんだとぉ?お前、この期に及んでまだ…」
「だって、ほら。」
「んん…?」
ピキンッ!
…次の瞬間、客の体は凍りついた。比喩ではない。言葉通り、体が凍ってしまったのだ。
「な、なぜ…だ?」
「だから、止めましたのに…お客さん、私の言うこと全然聞かずに、食べてしまうんですもの…」
「ぐぎ…?」
「生きた雪女のカラダに、直接触れて、ましてや食べるなんていけませんよ?そうなってしまいますから。」
「ぐ…ぬ……ぐはっ………………」
「あーあ、お代貰い損ねちゃったなぁ。」
客の魔物はどんどん凍りつき、生気を失っていく。
「どお、美味しかったですか?私のおっぱい。」
―完―
最終更新:2010年05月06日 04:31