視界が激しく上下にぶれる。控え目だが高校生にしては十分な大きさの乳房が揺れる。リズム良く吐き出される
吐息に混じって嗚咽が漏れる。頬を伝う滴は汗か、涙か、あるいはそのどちらもか。
エミの断末魔と蟲達の大きな鳴き声が聞こえた後、サエは一度も振り返る事なく走っていた。目指す先はこの無駄
に長い廊下に入って来た道――ホールへと繋がる道。視界の奥に広がるのは暗闇だが、照明に照らされて上りの階段が
はっきりと見える。この階段さえ上る事ができれば元の世界へと戻れる。今までずっと過ごしていた、平和だった世界へと。
サエはこの廊下が別の世界だと感じていた。生まれてからずっと過ごして来た世界に、化け物の蟲が存在する筈が
ない。エミがそれに喰い殺される筈がない。地下だと言え、こんなに長い廊下が存在する筈がない。
――それを実感させられたのは、階段に辿り着いた後の事だった。
精一杯の速さで走っていたサエは途中で何度も足が縺れそうになりながらも、階段へと到達した。走って来た勢い
をそのままに、空気をスゥッと吸い込み、その空気を肺一杯に満たした状態を維持しながら一段飛ばしで階段を駆け
上がって行く。暗闇の向こう側に光が見えた。この元の世界まであと一息だと安堵したのも束の間、彼女の中で違和感
が生じた。
階段を上り切ったところに、確かに光は見えた。だが、それは遮られた何かから漏れる光だった。光を遮っている
のは縦長の長方形の何か。それが扉だと気付くのにさほど時間は掛からなかった。
扉の前で立ち止まったサエはノブに手を掛けたものの、ノブを回すのに時間が掛かった。生じた違和感がそうさせ
たのだ。彼女の記憶が正しければホールからここへ降りた時、この場所に扉などなかったのだ。単なる気のせいだろ
うか、それとも――……彼女は躊躇いながらも、やがて勢い良くその扉を開いた。
扉の向こう側は、サエが今まで走っていた廊下そのものの光景が広がっていた。異様に長く、真っ白なだけの殺風景
な廊下。唯一違うのは廊下の奥に見えるのが扉ではなく、暗闇だという事か。その暗闇までの距離は違えど、彼女は
その光景に見覚えがあった。先の廊下で踵を返した時に見た光景そのままだったのだ。
サエは混乱する。ホールから降りてきた階段を上っただけだというのに、辿り着いた先はホールではなく先程まで
彼女がいた廊下だという現実に。
階段を上れば元の世界に戻れる筈だった。サエの中で僅かながら輝いていた希望の光が絶望の闇に包まれて消えて
いく。いずれにしろ絶望と脱力感に身体を支配されている場合ではない。立ち止まると込み上げてくる憤りと哀しみ
を起動力へと無理矢理に昇華させ、ギリリと歯を鳴らしながらサエは再び走り出した。
人をバカにして……っ! こんな場所、もう一秒だって居たくないのに――。
サエとエミが足を踏み入れた場所は現実でありながらも非現実な世界。そこは延々と同じ道が続く無限回廊。
走れば走るだけその事実が身に染みて来る。何処まで行っても同じ景色が広がっているだけで、長時間いると本当に
気がおかしくなりそうだ。いや、彼女は既に精神的に限界が近付いて来ていた。双子の妹を目の前で蟲に喰い殺され
たのだから無理もない。そしてこの無限回廊が更に彼女を追い詰めていく。
――極め付きは、廊下の中腹付近の床に広がっていた血溜りだった。
視界に赤い物が入ってから、サエは走っていた速度を落とし、やがて歩き始める。床一面に広がっていたのは真新
しい血。人の――少女の姿を模った血でできた水溜り。双子の妹であるエミの流した血。
その床にはもう、大量の血しか残っていなかった。この場を離れてから僅か数分しか経過していないのにも関わ
らず、蟲の姿もなければエミの肉も骨も残っていない。
こんな所に戻って来る筈ではなかった。こんな所に二度と戻って来たくはなかった。だが、無限回廊という空間に
足を踏み入れてしまっている以上、避けては通れない道でもある。
サエは血溜りの前でがくんと膝を折ると、その場にへたり込んだ。口の中で何度も最愛の妹の名前を繰り返し呟く。
塞ぎ込んでいた感情が爆発し、それは大粒の涙と化して血溜りへと落ちた。血溜りに生じた小さな波紋はゆっくりと
広がっては消える。それを幾度か繰り返した頃には、サエの身体は無気力感に支配されてしまっていた。腰が抜けて
しまったかのように立ち上がろうにも足に力が入らない。否、そもそも立ち上がろうともしなかった。できるのであ
れば、このまま何事もなくエミがこの場に存在したという唯一の証の前で塞ぎ込んでいたかった。何者にも邪魔さ
れず、ただ一人で蹲っていたかった。
それは、サエが鬼ごっこというゲームに参加し、そしてここが会場である以上無理な話だ。
何かの足音が後ろから聞こえてきた。ドスン、ドスンという少々重量感のある足音であり、人が靴を履いて歩いて
出せるような代物ではない事は明らかだった。エミを喰らった化け物のような蟲が存在していた以上、この廊下にど
んな化け物が現れてもおかしくはない。
サエは振り返るつもりなどこれっぽっちもなかったのだが、無意識の内に首を後ろに向けてしまっていた。そして
足音の主を見てしまう。彼女は絶句するしかなかった。
化け物と呼ぶべき存在か、それとも恐竜と呼ぶべき存在か。
足音の主は蜥蜴のような爬虫類に見えた。だがそれは決して蜥蜴である筈がない。二本の足で立っている上、背丈
は恐らくサエよりも高い。加えて大きな口から覗かせている鋭い牙は、狙った獲物を一撃で仕留める威力がありそうだ。
いつか映画の中で見た事があったその存在は、とても信じられないがサエの記憶が正しければ“ラプトル”という
種類の小型の恐竜だ。ラプトルが鬼ごっこの鬼だというのだろうか。確かに捕まってはいけない存在だと一目で分か
る姿だが、それは同時に捕まる事は死を意味している。
幸いにもラプトルはサエとまだ距離があり、足元を踏み締めるようにゆっくりと歩いて来ている。
サエの身体が強張り、やがて全身が恐怖に震える。この場で蹲ったままいればエミと同じ場所で死を迎える事がで
きるだろう。どうせ死ぬのであればここで死にたいと彼女が思う反面、脳裏に過ぎるエミのサエに対する願いが心を
揺さ振る。
お姉ちゃんだけでも逃げて――エミは最期にそう言った。強くそう願っていた。双子だからこそ伝わるその強い思い
が、サエの心を絶望の淵から掬い上げていく。死にたくないという気持ちが死にたいという気持ちを上回った瞬間、
彼女は立ち上がった。
ここは無限回廊。進んでも戻っても同じ廊下を行き来するのみ。だがそれでも、サエは鬼から逃げるべく動き出した。
クルミの言う通りであれば制限時間である一時間逃げ切る事ができれば良いのだ。イベントの本質を理解してしまった
今、俄かには信じられない事柄であるが、縋れる可能性はそれしか残されていない。
そろり、そろりとサエはできるだけ足音を立てないように前へと歩き出す。エミを模った血溜りを何とか過ぎる
事に成功した後は、何度も後ろのラプトルの動きを見ながら足を前へ前へと踏み出していく。ラプトルは相変わらず
ゆっくりと歩いている。このままこの一定の距離を保ったまま時を過ごす事ができれば助かる道はあるかもしれない。
ラプトルはサエという餌の姿を鋭い両の目に捉えられているのだろうか。普通の肉食動物であれば獲物を捕らえた
瞬間に走り出しそうなものだが、今のラプトルはまるで何かの合図を待っているようにも見える。そうでなければ直
前に何かを捕食したばかりで満腹なのだろうか。後者であればサエにとって好都合だが、では直前に捕食されたのは
誰なのだろうという疑問が浮かぶ。七人の内の誰かだろうか。
答えが前者だった事に気付いたのは、サエの背中から一つの鳴き声がした直後の事だった。
――ギィィ。
エミを喰らった蟲の鳴き声が彼女の背中から廊下に響いた直後、ラプトルは突然サエに向かって走り出す。猛スピ
ードだ。虎やライオンより俊敏に、かつ確実に獲物との距離を縮めていく。サエもラプトルが動いた刹那の後に「ひ
ぃっ」と金切り声を上げて走り出したものの、追い付かれるのは時間の問題だ。
何か武器! 何でもいい、何か――とサエは走りながらスカートや上着のポケットに手を入れて何かを探る。武器に
なりそうな物を女子高生が普段から持ち歩いている筈もなく、見付かったのはせいぜい携帯電話くらいだった。それ
でも何もなく、何もしないよりはマシだ。彼女は意を決して立ち止まり、瞬時に踵を返すと走って来るラプトルに向
かって力一杯携帯電話を投げ付けた。
携帯電話は一直線を描き、ラプトルの顔へと飛んでいく。サエは携帯電話の末路を確認する間も惜しんで再び走り
出す。少しでも時間稼ぎになれば良いと祈ったのが天に届いたのか、ラプトルは犬のように口で飛んできた携帯電話
を咥えると、立ち止まって携帯電話を噛み砕き始めた。盛大にバリボリと音を立てながら高価な精密機械がバラバラ
に壊されていく。携帯電話が食べ物でないと理解するのにさほど時間は掛からなかったが、彼女にとっては思惑以上
の効果があった。ラプトルが口内の残骸を床に吐き出した頃、ラプトルとサエの距離は最初と同じ程に開いていたのだ。
血溜りの前で数分間蹲っていたとはいえ、サエの息は既に上がってしまっていた。疲労に心臓と両足が悲鳴を上げ
始める。短距離を走る勢いで長距離を走っているようなものなのだ。陸上選手のように大して鍛えていない彼女が走
り切れるものではないが、そうしなければ喰い殺されるという恐怖が彼女の身体能力を底上げする。
ラプトルとサエとの距離は再び縮まる。だがサエの視界に光明が差してきた。あと少しで暗闇へ――上りの階段へと
辿り着けるのだ。先程と同じように階段を一つ飛ばして上っていくサエ。それを追うラプトル。鬼ごっこの命運を分
けたのは、サエの素早い動作だった。
階段を上りきったところにある扉。サエは流れるような動作で瞬き一つする間に扉を開いて身体を向こう側へと押
し込むと、バタンと勢い良く扉を閉めた。扉を閉めた後は扉に凭れ掛かるようにしてその場に座り込んだ。扉は重い
鉄拵えだ。いくら恐竜でもそう簡単には破れないだろう。途端、扉にラプトルがぶつかったのであろう衝撃が走る。
扉に伝わった振動がサエの背中にも伝わると、どれ程の強い力が衝突したのか分かった。
二回、三回、四回――……サエが祈るようにしながら数えていた衝撃の回数は五回で一旦の終わりを迎えたようだ。
それ以降の衝撃はいくら待っても訪れなかったのだ。恐らくラプトルが扉を破壊できずに獲物を諦めたのだろう。静
寂が訪れた直後、サエの口から重苦しい溜息が漏れた。彼女の視界にはやはり同じ廊下の光景が映っている。先の床
に赤い物が見える事から、三回目の同じ廊下に辿り着いた事が分かる。そうであれば奥に広がる闇からラプトルが姿
を現すかもしれないが、その時はその時だ。この扉を盾とすれば時間は幾らでも稼げる。
――その時、サエは自分の背中から蟲の鳴き声が聞こえてきた事をすっかり忘れてしまっていた。
バクバクと激しい鼓動を繰り返す心臓を落ち着かせるため、サエはその場で体育座りをして両膝の間に顔を埋めて
いた。荒立った吐息が口から吐き出される度に両肩が上下する。その肩の上にひょこんと背中から顔を出したのは、
エミを喰らった一匹の蟲。ずっと彼女の背中に張り付いて離れず、動く事もしなかった蟲がようやく動き出したのだ。
疲労のせいか、サエは肩に乗っかっている存在に気付かなかった。蟲は好機とばかりに口を開き、尺取虫のように
全身を折り曲げると、勢いを付けて彼女の白い首へと飛び掛かった。
「――あうっ!?」
首筋に楕円形の歯型が付いた瞬間、サエは突然の痛みに反射的に手で蟲を振り払う。蟲は呆気なくその手によって
彼女の身体から叩き落とされた。床に落とされた蟲の姿が視界に映ると、サエはすぐに目の色を変えた。瞬時に込み
上げてくる怒り。目の前にいる蟲は、エミの仇そのものだ。そして同時に彼女の小指を食い千切った張本人でもあった。
サエは咄嗟に履いていた靴を脱いで右手で握ると、まるでゴキブリを叩くような要領で蟲目掛けて靴を振り下ろ
した。パン、と乾いた音が響いたのもの束の間、すぐに同じ音が響く。床を這う蟲が俊敏に跳躍して靴を避けたのだ。
このっ、このぉっ! 死ねぇぇぇ――と心の叫びを強張った表情に表しながら、サエは何度も靴を振り下ろす。だが
結果は変わらない。何度振り下ろそうとも、靴が蟲に当たる事はなかった。回数を重ねる度に振り下ろす腕の動きが
鈍くなっている事に気付いたのは、既に十回は繰り返した後の事だった。
腕に力が入らなくなる。それどころか身体中に力が入らなくなり、サエは靴を持った右手を振り上げたままごろん
と横へと床に倒れた。身体が完全に言う事を聞かなくなる。理由は当人に知る由もないのだが、紛れもない蟲の仕業
だった。蟲が彼女の首に噛み付いた瞬間、歯から彼女の身体に神経毒を注入していたのだ。意識をはっきりと保ちな
がらも、言葉を発する事さえできなくなり、彼女が発する事ができたのはせいぜい獣の唸り声のようなものだけだった。
蟲が嘲笑うかのようにニッと血で濁った歯を見せる。動けなくなった獲物に何をするのも蟲の自由だ。蟲の身体に
対してこんなに大きな獲物を捕らえ、独り占めできる事が嬉しいのだろう。蟲はどうやらサエにとって良からぬ行動
をとりそうだ。
嘘……やだっ、せっかく恐竜から逃げられたって言うのに、よりによってエミを食べた蟲に――とサエの目に涙が浮
かぶ。口からか、膣からか、あるいは肛門からか。エミと同じように身体の中から食べられると、彼女はそう思った。
幸か不幸か、蟲はサエの女性としての身体を弄ぶ事にしたようだ。のそり、のそりと蟲は彼女の想像通りに下半身
へと床を這っていく。すらりと伸びた長く細い足に上り、スカートの中へと潜り込むと、蟲の視界は真っ赤に染まった。
スカートの中に潜り込んだ蟲が見える景色の大半は、彼女の履いている赤いパンツだからだ。遊び心だろうか、
エミは白いカチューシャに白いパンツ、サエは赤いカチューシャに赤いパンツを身に付けていたようだ。少しだけ違
うところは、エミのそれと違ってサエのパンツは大人びた際どい物だという事だが、恐らく深い意味はないのだろう。
蟲はサエの柔らかな太腿を這う。巨大な芋虫が這っているような気持ちの悪い感覚にすぐにそれを払い退けようと
試みるも、やはり手は動かない。金縛りにあったかのように硬直してしまっている。
やだっ、やだやだやだやだぁ――泣き叫びたくなる衝動はせいぜい表情に表す事しかできず、サエは蟲に対して何一
つ抗う事ができない。されるがままの状態だ。せめて足を閉じて蟲が恥部へと近づけないようにしたかったが、それ
が叶う事はない。蟲は更に這い、やがてパンツの上から彼女の恥部へと身体を乗せた。
もぞもぞと薄い布地を挟んだ上で蠢く蟲の動きがはっきりと伝わる。陰唇と陰核を同時に擦られると、恐怖とは別
の感情がサエの中に徐々に込み上げてくる。一分程執拗に擦られた頃、それが何なのかサエは理解する。
――快楽。蟲に恥部を擦られる事が徐々に気持ち良くなってきてしまっていた。感じたくない、という思いとは裏腹
にサエの頬が紅潮し、パンツには薄らと縦筋の染みが生じ始めている。蟲の身体に付着したパンツから染み出た液体
が、蟲が動く度に糸を引く。クチュクチュといういやらしい音を立てていく。
「ぁ……はっ、はぁ……ん、くぅ……」
サエの口から熱く甘い吐息の混じった嗚咽が漏れる。神経毒に侵されているのも相俟って、彼女の穴が制御し切れ
ずに緩くなっていく。その結果、彼女は更なる羞恥に晒される事となった。
膀胱から吐き出される黄金水が管を通り、やがて体外へと飛び出す。開かれた尿道口から溢れる尿は赤かったパン
ツを濡らし変色させ、太腿を伝って床にポタポタと垂れていく。彼女自身に放尿しているという自覚はなかったが、
愛液とは違う別の水音と太腿から伝わってくる生暖かい感覚が彼女にその事実を告げていた。高校生にもなって、そ
れも衣服を身に着けたままお漏らししてしまったという事実に、彼女はこれ以上ない悔しさと恥ずかしさを覚えた。
だが本当の羞恥に晒されるのはここからだ。
ちょろちょろとパンツの上に染み出てくる尿。それは蟲の腹部にも伝わって、尻尾の部分からポタポタと雫が床に
垂れる。薄い布地の向こう側にある泉は永遠でなく、始まってからものの十秒程で放出が終わった。薄いアンモニア
の臭いがサエの鼻腔を擽る。その臭いが蟲を興奮させたか否かは分からないが、蟲は身体を彼女の恥部に擦り付ける
動作を一旦止めると、身体を下腹部の上へと移動させた。もちろん口先は恥部へと向けたままだ。蟲は口を開き、
胴体をその位置に固定したまま首と思しき部分を伸ばし、開いた口を彼女の恥部へ――丁度陰核に当たる箇所へと押し
付けた。
――じゅるっ、じゅるるる。
「はぅ……っ!!?」
何かを吸うような下品な音が聞こえると同時に、サエは身体の中で最も敏感な箇所に刺激が加わった事に僅かながら
身体をビクンと跳ねさせる。蟲が陰核もろともパンツに染み込んだ尿を吸い上げているのだ。極端に強い力でなく
適度な力で吸い上げられると、陰核へ与えられる刺激は絶妙なものとなる。膣口がヒクヒクと痙攣を繰り返し、陰核
が膨張して硬くなっていく。蟲に弄ばれて気持ちが悪いだけだというのに、その刺激はそれを押し退けて快楽へと
昇華していた。
そっ、そんなに吸っちゃダメぇ……気持ち良くなっちゃう――と懇願するのを知ってか知らずか、蟲は暫くの間そう
して陰核を吸い上げ続けていた。
女性の臭いと尿の臭いと蟲の唾液の臭いが混じり合い、その場に淫らな異臭が漂い始める。口を小刻み
に開閉し、甘い吐息を漏らしているサエの表情は恍惚としたものへと変化していた。口の端から涎が垂れ
ている。まだ身体は神経毒に侵されて自由が効かない。仮に自由が効いたところで、果たして今の彼女の
表情から蟲を恥部から引き離しただろうか。快楽に溺れてしまわずに理性が働いただろうか。
蟲はそっと口を離した。サエの陰核は勃起し、パンツの上からでもくっきりとその小さな突起が浮かび
上がっていた。同様に乳首も勃起してしまっているが、さすがにブラジャーを身に着けているため服の上
から浮かび上がる事はない。与えられた快楽はサエを絶頂へ導くにはまだ足りない。彼女は知らず知らず
の内に更なる快楽を蟲に対して求めていた。身体は正直なものだ。
ずるり、と蟲がパンツの中へと潜り込んだ。目指した先は直の陰核ではなく膣口。蟲は下腹部から潜り
込んだため、蟲の腹部が道中にある陰核に直に擦れて激しく刺激する。
「~~ッ!!」
陰核への刺激と同時に、蟲の先端が膣口を押し広げると、サエは言葉にならない声を上げた。恥部に直
に触れられただけだというのに彼女の全身に電流に似た衝撃が走る。それは快楽と化して脳に伝わり、膣
内に異物が侵入した際の自己防衛として大量の愛液を分泌する。ドロドロとしたやや粘り気のある透明の
液体は膣壁を伝ってやがて膣口から外へと溢れ出た。パンツに尿とはまた違った染みができていく。
サエはエミと同様、性交渉の経験がない。まさに男性器そのものの姿形をした蟲に犯されようとしてい
たが、恥部への刺激が続いているせいで恐怖も不安も消え失せていた。膣口を軽く押し広げられただけで
も快楽に繋がったのだ。これから行われる事はそれ以上の快楽が生み出されるものなのだと思うと、期待
に彼女の胸がキュンと熱く高鳴った。
蟲は引き続き身体の位置をそのままに、胴体を伸ばして膣口に侵入を果たしていく。押し広げられる
膣壁、突き破られる処女膜。裂けた処女膜から血が溢れるも、やはりと言うべきか、サエは痛みを感じる
事なくすんなりと蟲を受け入れた。蟲と膣口の間から体外へと溢れる愛液に赤い血が混じるが、比率で言
えば愛液の方が圧倒的に多い。
蟲の目的がサエを犯す事かどうかは定かではないが、蟲は彼女の膣に先端を出し入れしてピストン運動
を繰り返す。突き入れる度に膣壁が蟲を圧迫し、サエの口から嬌声が漏れ、彼女の脳を蕩けさせる。
「んぁっ、はんっ……ふゎっ、んく、ぁあっ……あんっ、あはぁ……っ!」
神経毒が弱まってきたのだろうか、自然とサエの口から漏れる嬌声が大きくなっていく。毒が弱まって
きたのが事実だとしても、いずれにしろ彼女の身体にその場から動くための力が入る事はない。毒では
なく、それ以上に全身を刺激する快楽がそうさせるのだ。
背中が仰け反る。足が爪先までピンと伸びる。拳が固く握られる。
――サエのその仕草は快楽を否定するものか、それとも堪えようとするものか。あるいは初めての感覚の
受け入れ方を模索しているのか。
サエはエミを誘い、興味本位でインターネットを通して高校生が見てはいけない動画を見た事があった。
二人ともゴクリと喉を鳴らして男女の肢体が絡み合う様子を見ていたのだが、「女の人って声が出るくら
いにホントに気持ちいいのかな?」と二人は頬を染めながら照れるように笑い合うだけで、姉妹、それも双子
でそれを確かめようとはしなかった。生まれてから今まで自慰行為すらした事がなかったのだ。
楽しい時、嬉しい時――……人は自然と笑う。それと全く同じ原理のように、快楽という刺激を与えられ
たサエの口からは自然と嬌声が出ている。あの時に二人で笑い合った事を自ら証明していた。そう、いつ
の間にか蟲に膣を貪られる感覚が気持ち良いと認識していたのだ。
言葉には決して表せない快楽もいつかは上り詰めて弾ける。ピストン運動が繰り返される度に走る刺激
が脳を満たしていく。サエの中で込み上げてくる初めての感覚は、彼女に恐怖を植え付ける。
なっ、何か来る……っ、何かが来ちゃうぅっ! 何コレ怖い、怖いよエミぃ――とサエが脳裏にエミを思
い浮かべた瞬間、それは爆発する。
「んっ、く、はぁっ、あはぁ…………っ、ふぁあああああっ!!!」
ビクン、と一際大きくサエの肢体が跳ね、背中が仰け反る。ジェットコースターに乗っている感覚に似
たそれは、彼女の脳を蕩かせて真っ白にする。蟲に犯され、処女を失ってから僅か数分後に初めての絶頂
を迎えたのだ。如何とも言い難い快楽に酔い痴れる少女だが、快楽の絶頂の時間はそう長くない。彼女の
身体は数秒にも満たない内に床に再び突っ伏し、荒立った甘い吐息を吐き出しながらぐったりと横になる。
全身に力が入らずに、腕や足がだらしなく伸びていた。
「…………っ、はぁっ、はぁっ、はっ、はぁぁぁっ、は……っ」
こ、これがイクって事……? 凄い……気持ち良過ぎておかしくなっちゃいそう――と余韻に浸るサエだ
ったが、蟲がどういった存在なのかを忘れてはいない。蟲はエミを身体の中から喰い荒らしたのだ。彼女
を犯すだけで済むとは到底考えられるものではないが、初めて至った絶頂も相俟って、彼女の身体はまだ
暫く動く事を拒みそうだ。
にゅるり、と拡がった膣口から口を抜く蟲。ほぼ全身がサエの愛液に濡れて光沢を放っている。蟲はぐ
ったりとしたままのサエの身体を上り始めた。向かう先はもう一つの口。普通であれば順番は下から上で
なく上から下なのだろうが、どうやら蟲は上の口を犯そうとしているようだ。いや、犯すのではなく、エ
ミと同様に胃の中から内臓を貪るつもりなのかもしれない。
頬まで辿り着いた蟲は徐にサエの様子を窺う。彼女は蟲の存在や体温を間近で感じながらも動けなかった。
絶頂の際に大きく開いた口は相変わらず開いたまま、閉じる気力さえ湧かない。
蟲はサエの開かれた口へと侵入する。押し広げられる歯、舌に伝わるヌルヌルとした感触。自らの愛液
を舐めているのと同じだが、不思議とそれに対する嫌悪感がなかった。特に味はない。あるのはただ、少
々粘り気のある舌触りのみ。
サエは脱力感に誘われるように、そっと瞼だけを閉じた。
もう……いいや、どうなっても……何も考えたくない、何もしたくない……もう、何も――。
――お姉ちゃん!
鼓膜の裏側で直接頭の中に一つの声が響く。エミの声だ。途端、サエは目を見開いた。見えるものは変
わらない白い景色だけで、エミの姿は当然の如く何処にもない。
瞼を閉じた一瞬の間に目の色が変わっていた。何も語らずとも目を見れば分かる。その目が訴えている
もの、それは絶望の闇ではなく、希望の光。絶望と脱力に抗わんとする強い意志が具現化された眼差し。
口の奥へと潜り込んでいく蟲。案の定、喉の奥へと向かっているようだ。まだ蟲の胴体が半分彼女の口
から飛び出している。
彼女は最後の力を振り絞るように、全神経を口の筋肉へと集中させた。
ブチッ、と音がすると同時に、サエの口内に緑色の液体が迸る。口から飛び出ていた部分が力を失って
床へと落ちる。残された口内の蟲が悲鳴を上げる。彼女の歯がギロチンのように蟲の胴体を噛み千切ったのだ。
「うぇっ、ぉぇぇぇっ! げほっ、はぁっ、うぅぇぇぇっ!!」
吐瀉物のように床に降り注ぐ緑色の液体と蟲の上半身。蟲はまだ生きており、床の上でもがき始める。
激痛に悶絶しているようだ。口の中に広がる生暖かい蟲の体液に悶絶したかったのはサエも同じだったが、
その隙を彼女は見逃さない。右手に握りっ放しだった靴を振り上げ、蟲目掛けて振り下ろす。何かが潰れ
る音がした後、何も聞こえなくなった。
サエは振り下ろした靴を床に押しつけたまま、顔を横に向けて口内に残った異物を全て吐き出した。彼
女の口の中は緑一色に染まっている。涎の痕をなぞるように口の端から垂れる緑色の液体。床に勢い良く
弾けたため、頬にもそれは付着している。
生きる気力と意志を再び取り戻す事に成功し、エミの仇である蟲の一匹を退治したサエだったが、やは
り身体は満足に動かない。暫くはこのまま休む必要があるようだ。
サエは仰向けになり、長い息を吐いた。少し霞んだ目に天井が映る。その視界にひょこんと顔を出した
のはエミだった。正確には幻覚に相違ないだろうが、彼女は純粋にエミが会いに来てくれたのだと思った。
彼女を覗き込むようにして微笑むエミに向かって、サエは徐に右手を伸ばす。差し伸べた四本の指をエミ
が優しく抱き締めてくれると思ったからだ。
ありがとう、エミ……エミの声のおかげで、私は――。
もう一度だけでも瞬きをしていれば、サエはそれに気付いていたのかもしれない。
エミの姿は幻覚に過ぎないが、手を伸ばした先には別の存在がいた。
「エ、ミぃ――……」
それが、サエがこの世界に残した最期の言葉だった。
エミだと思って手を伸ばした先にいたのは、エミではなく鬼――ラプトル。
ラプトルは大きく口を開いてサエの手を咥えると、手首から先を呆気なく食い千切った。サエは不思議
と痛みは感じなかった。いや、そもそもサエの視界が映っているだけで、現実に何が自らの身体に起こっ
ているのか最期まで理解する事はなかった。
よほど腹を空かせていたのだろう。ラプトルは豪快にサエの身体を捕食していく。どうやら手は骨ばか
りで肉が少なく物足りなかったのだろう、ラプトルは彼女の腹部に牙を立てた。牙に引っ掛かるように飛
び出す長い小腸。麺を啜っているかのようにラプトルの口の中に入っては消えていく。ラプトルが喰らい
付く度にその腹が膨れていくのと反比例して、サエの腹が萎んでいく。ラプトルによって運び出される内
臓は、瞬く間にその胃の中に収まっていった。
サエの表情は最期の瞬間――ラプトルが彼女の首をもぎ取る瞬間まで、恍惚に似た表情を浮かべていた。
最終更新:2012年11月28日 22:31