やがて、視界を覆っていた噴煙が薄くなり始めた。
「・・・・・・ちっ、やっぱり仕留めそこねたか」
ひび割れ、傾いたコンクリート道路のうえに悠然と直立する白衣を確認した私は、思わず舌を打った。
「もふーっふっふっ、魔法少女ムゥムゥよっ! いかに凶悪な攻撃といえども、当たらなければどうということはないでございますよっ」
手に持った巨大メスを得意げに掲げながら、高らかに哂う白衣――怪人ドクター・プッシィ。裾からのぞく素足が、とてつもなく目に痛い。
「うるさいっ、この、ど変態っ!」
私はドクター・プッシィを睨みつけると、右手に持った魔法ステッキ棍棒をかたく握りしめた。
魔法ステッキ棍棒――その名の示すとおり、魔法ステッキでありながら、相手を確実に殴り殺す乙女の必殺武器棍棒である。とげとげも満載だ。
「一撃さえ、いれられれば・・・・・・」
そう、一撃だ。一撃さえ撃ち込めれば、勝負は必ず決まる。あとには、奴の潰れた肉塊が残るだけだ。
「もふーっふっ。どうしたのです、怖気づきましたか? 魔法少女。所詮は十四歳の小娘だったということですか・・・・・・それではおとなしく殺されなさい。
そして私に解体されなさいっ!」
自身の背丈ほどのメスを軽々と持ち上げた白衣の姿が、爆ぜる。刹那、横薙ぎの一閃が私の胴体に襲いかかった。
「くっ――」
地面にキス出来そうなほど屈み込み、メスの一閃を回避する。顔をあげると、がら空きになった、怪人の腹部が目の前にあった。
「チャ~~ンスッ!」
「し、しししししししまっ――ぐべぇっ」
魔法ステッキ棍棒の一撃が、怪人の股から頭部を一瞬にして駆け抜けた。
嫌な音をたてながら、地面に崩れる肉の塊。断たれた半身からは怪人の内臓がこぼれ落ちていた。
「・・・終わったぁ・・・・・・」
漂い始めた濃厚な血の臭いを避けるように、私は死体に背を向けた。そして変身を解き、伸びなんぞをひとつ。
「さぁ~ってと、帰りますかなぁ・・・・・・それにしても今日の怪人は、なんだか味気なかったなぁ――と、あれ?」
最後に死体を確認しようとした私の眼に、ありえない光景が映りこんだ。
怪人の死体が――真っ二つに両断したはずの死体が、まるで巻き戻し再生を見ているみたいに、次々とくっつき始めたのだ。
「うげぇっ・・・うばじゅるるるっ・・・も、もふっ――・・・・・・も、もふーふっふっふっ。甘いっ、実にAMAIですよっ、魔法少女ムゥムゥ!
言ったでしょう、私は”ドクター”だとっ! これだからあなたは小娘なのですっっ!」
怪人の再生が終わった。私は変身ペンダントに手を伸ばし、咄嗟に詠唱を開始する。
「まじかるらじかるどりーむむぅむ――え?」
詠唱の途中。首筋に鋭い痛みを感じた。手で触れてみると、細い針が皮膚に刺ささっていた。注射針だった。
体内に注入されるなにか。そして瞬く間に、視界がぐらぐらと揺れ始める。
「あっ・・・・・・あぁ、わたしの、からだに、なにを、いれ、てるの・・・」
「もふっふっ・・・・・・心配しなさんな。単なる眠り薬ですよ。生身の人間など怖くはありませんが、用心にこしたことはありませんからね。さぁ、お眠りなさい、ぐっすりと。
そして私の研究室へ行きましょう。楽しみですねぇ。楽しみでしょう? もふっふっ。どうしましょうか、このまま標本にでもしましょうかねぇ・・・・・・」
怪人はわたしの頬を美味そうに舐めがら、興奮した声で何かを囁いていた。わたしの意識はそこで途切れた。
「ん~~~~っ・・・・・・はぁ、やっぱりだめ、はずれないや」
両手両足首に嵌められた鎖は、解ける気配がまるでない。
私は脱出策を懸命に思案しながら、無機質の白い天井と睨めっこをしていた。
私が眼を覚ましたのは、いわゆるオペ室と呼ばれる空間だった。
オペ室。実際を見たことはないのだけれど、ドラマや映画で何度か見たことがある。たぶん間違いないだろう。
そしてそのオペ室とやらで、私は素っ裸だった。しかも大の字だった。
私は長方形の金属製台に、仰向けに寝かされていた。台のぐるりには浅い溝があって、四隅には小さなくぼみがあった。
だから、それは私にビリヤード台を連想させたし、事実それに近しいものがあった。
「やや、もうお目覚めですかな?」
怪人の声。まもなくわたしの視界に姿を現した奴は、下卑た笑みを顔中に張りつけていた。
「最悪のお目覚めだったけどね」
ぷぃ、と怪人から顔を背ける私。あくまで強気に。
「おやおや。かわいくない困ったちゃんですねぇ。でも・・・・・・どれどれ、こちらはぷっくりとして可愛いですよぉ」
怪人は私の乳房に手を伸ばすと、やわやわと揉みはじめる。先端の桃色を引っ張ってみたり、
乳房をぎゅっと握ってみたり。私は痛みを我慢した。
「それにしても、ちっちゃいおっぱいですねぇ」
怪人は乳房の感触を楽しみながら、鎖骨や下乳のラインにぬめった舌を這わせる。
悪寒に、私は思わず目を逸らした。怪人が乳首を口に含む。
「んっ、ちゅぱ、ちゅぱ・・・・・・んじゅるるるる。おや、抵抗しないのですか」
にやりと笑いながら、怪人が尋ねた。私はその顔に、唾を吐きかける。
「死ね、この変態ロリコン野郎っ」
「・・・・・・ちゅぱ、んじゅ」
怪人は顔に付着した私の唾を指で掬うと、美味そうに舐めしゃぶった。そしてその指で、わたしの臍の穴をほじくり始める。
「可愛い穴ですねぇ。ほら、ずっぽ、ずっぽ。・・・・・・どうしました、声をあげないのですか? 臍穴を犯されているのですよ、悔しくないのですか?」
私は黙ったまま怪人を睨みつける。すると怪人は臍の穴に飽いたのか、わたしの下半身に視線を向けた。
そしてその視線の先には、剥きだしのまま外気に晒されている幼いスリット。怪人の注視にたまらなくなった私は、思わず顔を赤くした。
「さすがのあなたも、羞恥を感じずにいられないようですね。どれ、中身を見てみましょうか――」
「い、いやっ!」
怪人が私の性器に顔を近づける。私は股を閉じようと、両足に力を入れた。
「無駄ですよ、この鎖は切れません・・・・・・おや、柔らかい大陰唇です、襞もまだ未発達ですし、色も綺麗ですね」
固い指先の感触が、私の丘を弄っている。無遠慮に動かされる五指は、肉襞を掻き分け、奥の奥まで暴きだそうとする。
「おやっ! おややっ!?」
とそのとき、怪人が声をあげた。そして何か考え事をするときのように、ぶつぶつと独り言を呟き始めた。
「・・・処女膜がありましたねぇ。綺麗ですねぇ。うむ、どうしましょうか・・・・・・予定通り、ここは生殖器標本に・・・・・・
いやいや、やはりやはり、処女の生殖器を一度は味わってみたい・・・」
熱心に独り言を呟いていた怪人だが、すると何かを思いついたのか、慌てた様子でオペ室から出て行った。
「それ、なにに使うの・・・?」
「もふ? 秘密ですよぅ」
怪人はプラスチック製の容器を持って部屋に戻ってきた。そしてその容器には、メスやら、不思議な形状の器具やらがずらりと並べられていた。
妖しげな含み笑いを見せながら、道具類を手入れする怪人、するとその表情を見て取ったわたしの心の中に、
ある種の懸念が宿り始める。というのも、怪人に捕まった魔法少女たちの運命はおおよそ決まっていて――犯されて、捨てられる――大体はこのパターンなのだが、
さも嬉しげな怪人の手にはいま、鈍色を放つ金属製の刃物――形状はメスにとてもよく似ているが、一回りほどもおおきい――が握られているのだ。
どうして? 私の心に疑問符が浮かびあがった。
そもそも、大人のおもちゃだったら、まだわからないでもない。でも、あんなもので、どうやってわたしを犯すつもりだろう? もしかして、怖がらせるため?
・・・・・・いや違う。
なら答えは一つしか残っていない。けれど、私はその解答から顔を背けた。ありえない。絶対に、ありえない。だから、思い違いだ。きっとそうだ。
自身の出した解答に早々と安堵した私は、若干の余裕をもって――処女を失うくらい、どうってことない! 私は、気高い魔法少女なのだからっ――正解を促がそうと試みた。
「ねぇ・・・・・・変態・・・?」
「なんザマすか?」
「私を犯そうとしても、無駄よ。どんな変態プレイにも声をあげないし、だって、そういうふうに訓練されているんだもの。だから、
そんなヤバげな道具を使って、無理やり犯したって、きっと楽しくないわ。それに合理的じゃないわよ。えっと、つまりね、
私が何を言いたいかっていうとね・・・・・・ぐだぐだやってね~で、さっさとヤッて、さっさと解放しやがれ、てことなの。おわかりになって?」
パチリ。可愛げに、ウインクなんぞを飛ばしてみたり。しばしキョトンとしていた怪人だが、すると次の瞬間、涎を撒き散らしながら、豪快に笑いはじめた。
「もももももふーーーーーっっもふふっっ!!」
「あ・・・・・・あは? あははははははは」
つられて笑う私。腹を抱える怪人。薄暗く陰気なオペ室で、それはまさに異様な光景だった。
「もふ、もふふふふふっふーーー。・・・・・・おかしいですよっ!? これは、実に可笑しい!? そうだ、魔法少女ムゥムゥ、ほら、これを見て下さい」
近くの棚からナニかを持ち出した怪人は、そのナニかを得意げに私に見せる。
「あは、あはははははは、なにそれ~、あははははははは、きったな~い・・・・・・あは、あははは、あは、あ、あは・・・?
え、なによそれ・・・・・・なによそれ、あは、嘘っ!? うそっ嘘っウソッッッ!? ナニヨソレッッッッ!!!」
それはガラス製のビーカだった。円柱形で上部には蓋がしてあり、少し琥珀がかった透明色の液体で満たされている。
そしてその液体には、奇妙な物体が浮かんでいた。
内臓だった。
「綺麗でしょう・・・・・・少女の女性器標本です・・・。それというのも、つい先日、幸運にもひとりの魔法少女と闘う機会がありましてね、
・・・・・・いや、あれは実に美しい個体だった・・・。見て下さい、彼女の大切な部位の仔細がよく見えるでしょう。あぁ、綺麗だぁ」
すると怪人は、絶句している私に向き直ると、耳元でやさしく囁く。
「安心してください、ムゥムゥ。あなたには、この娘のように、無惨な姿になる道理はありません。
せっかくの綺麗な体ですからね、ゆっくり解体して、ゆっくり食べてあげます――じゃあ、そろそろ始めましょうか」
私は悲鳴をあげた。
最終更新:2008年05月18日 15:32