闇に染まった心に光が差す。それは時と場合によって吉凶が様々だ。
 ユリは密林の外まで――陽の光が届く場所まで移動すると、上がった息を整えながら空を見上げた。青い空と白い雲
と陽の眩しい光が滲んで見える。瞬きを一つすると、眼球に縋り付いていた液体が瞼によって弾かれ、頬を濡らした。
涙を通さずに届いた陽の光は直視できない程に眩しくて、彼女はそっと目を閉じた。目を閉じると視界は完全に闇色に
染まる事はなく、赤色が混じっている。変わらずに明るい空へと顔を向けている以上、当然だった。
 ユリには闇色に混じる赤色がまるで血の色のように見えた。闇に差す赤い光が記憶を鮮明に掘り起こす。瞼を閉じて
いるのに見える光景、それはまさに数分前、彼女自身が犯してしまった愚行。
 チクチクと心臓が痛み出す。ヒクヒクと表情が歪み出す。シクシクと嗚咽が口から漏れ出す。
 時折強い風が吹き荒れてユリの髪とスカートを揺らす。風が彼女の今の気持ちを何処かへと運び去る事はなく、走
る事によって体温が上がった彼女にとって心地良い筈のものが、煩わしいものでしかなかった。
 膝の力を抜くと、ガクンと膝が折れて両膝が硬い地面に強打した。砂利に擦られたせいで皮膚が破け、出血するも
のの不思議と痛みを感じる事はなかった。そのまま両踵の上にぺたんと形の良いお尻を下ろす。その際に体重を後ろ
に掛けていたせいか、お尻が踵に付いた瞬間に身体のバランスが崩れ、彼女は背中から地面の上にゴロンと転がった。
弾みで折り畳まれていた膝が伸びる。ユリの視界が再び空に染まる頃、彼女は地面の上に大の字になって倒れていた。
 空の中を雲が泳いでいる光景が止め処なく溢れる涙によって滲む。何度瞬きをして涙を流してもそれは変わらない。
ユリは両の掌で顔を覆うようにすると、込み上げてくる衝動を堪え切れずに大声で泣き始めた。
 どうして……っ、どうして私、お姉様にあんな酷い事を――。
 あの時、レイカの胸にスタンガンを押し当てたのは紛れもなく自らの意思。しかしそれは悪意の欠片もない、まるで
子供のように純真無垢な心。そして身勝手で傲慢な自己満足。
 ミナに対する嫉妬心のあまり、晒し出された自らの醜い欲望。ユリはそれを認める事ができなかった。
 レイカに自分を見て欲しかった。ミナにばかり目を向けて欲しくなかった。ミナではなく、ずっと自分の傍にいて
欲しかった。
 ――だが、だからと言ってユリはレイカを傷付けるつもりなどこれっぽっちもなかった。彼女が本当に恐れていた事、
それはミナにレイカを獲られてしまう事ではなく、ユリがレイカに嫌われてしまう事だ。
 どうかしていました、ゴメンナサイ――仮に事実であってもそんな安っぽい言葉で片付けられる問題ではないとユリ
は思う。彼女の心の中で繰り返される葛藤は混沌に塗れ、もがいてももがいても光明が差す事はない。彼女はもうど
うしたらいいのか分からなくなっていた。
 レイカに謝りたい。だがしかし面と向かって謝る勇気がない。今更どんな顔をしてレイカに会えば良いのだろうか。
 全てをなかった事にしてもらいたい。だがしかしそれは時を戻したり相手の記憶を抹消したりなど、夢物語に限り
なく近い特殊能力が彼女に芽生えない限り無理な話だ。次から次へと目から流れる涙はただ流れるだけで、彼女の負
の気持ちを洗い流してはくれなかった。恐らく、塞ぎ込もうとしているその心を外から何者かが開こうとしなけれ
ば、彼女はずっとこのままでいるのだろう。その役目はレイカが一番適していると言えるが、そう都合良く現れる筈がない。
 地面に突っ伏して啜り泣くユリに掛けられた声は、彼女にとって聞き覚えのあるしがれた声だった。

「――やぁ、“鬼ごっこ”は楽しんでいるかね?」

 一体いつの間に現れたのか、ユリの顔を覗き込むようにして立つ人影が一つ。見るからに怪しい格好をした――彼
女へ“地獄からの招待状”を渡した張本人――黒いサンタクロースの男だ。顔を覆い隠すほどの白い付け髭などを付け
ており、顔ははっきりと見る事ができないため、性別を判断できるのは声だけだ。髭から僅かに見える素肌は綺麗で
若々しく、声はしがれているもののとても老人とは思えなかった。三十代、二十代、いやもしかしたらもっと若いか
もしれない。
 ユリは顔を覆っていた両手の指を開き、指と指の間から男を見た。気配もなく真上から顔を見降ろされている事に
気付いた彼女は、驚きのあまり慌てて上半身を跳ね起こすと、即座に立ち上がり、男と向かい合って一歩、二歩と後
退りする。例え覗き込んでいたのがレイカや他の人間であっても驚くというのに、顔面毛むくじゃらの男が覗き込む
様はホラー映画さながらに恐怖を煽る。ユリの心臓がバクバクと激しく鼓動を打つと共に涙は止まっていた。
 目に残った涙を手の甲で磨り潰した後、ユリは右手を胸に当てながら大きく深呼吸した。

「おっと、驚かせてしまったかね? いや、申し訳ない」

 おどけた様子で男は頭を軽く下げる。

「それより、“鬼ごっこ”なんだからこんなところで寝そべってないで、さっさと逃げたらどうだね?」
「わ、私……っ、もう“鬼ごっこ”なんていいです……帰りたい……ここから逃げ出したい……っ!」

 ユリの気が動転してしまっているのは相変わらずだった。自分に招待状を渡した者が何故ここにいるのか、という
疑問に至らずに彼女にとって最悪の思い出を作ってしまったこの場所から逃げ出したいという願望で頭が一杯だった。
男の言葉の中に少しばかりの“ヒント”がある事にも当然、気付きはしない。
 そう、今は“鬼ごっこ”の真っ最中なのだ。本来であればこんな風に悠長に話している余裕などない。どんな者
が“鬼”だと知らされていない以上、自分達以外の存在から逃げなければならないのだ。例えそれが知った顔であ
ってもだ。
 男は溜息に似た吐息を吐いた。

「やれやれ、友達を置いて一人逃げるつもりかね? 彼女、君があんな事をするからもう“鬼”に捕まってしまった
ようだよ……可哀相にな」
「え……っ!?」
 男の言葉にユリの胸が締め付けられる。心臓に矢が刺さったかのような激痛が走ると、彼女は思わず顔を顰めた。
だがそれどころではない。男の言葉が真実だとすれば全ての原因が自分にあるのだ。逃げ出したいという気持ちに霧が
生じると、その気持ちを霧ごと振り払い、ユリは慌てたように男に詰め寄った。

「どういう事ですか……っ!? “鬼”に捕まったって、お姉様の身に何かあったんですか!?」
「……フフッ、心配かね? 元はと言えば君のせいだろうに」

 真っ赤に腫れた両目を見ながら、ニヤニヤと男は続ける。

「逃げ出すのは勝手だが、少しでも責任を感じているのなら償ってみてはどうかね?」

 何度も突き刺さる言葉の矢に悶絶したくなるユリ。その場で胃の中の物を全て嘔吐したくなる衝動を堪えて、彼女は
意を決してレイカの元へと戻ろうと強く地面を蹴った。これ以上男と話をしていても時間の無駄でしかないと思ったの
だ。自分の質問に真っ直ぐに答えてくれないところからそれが分かる。
 どんな罵声を浴びせられても構わない。それでも自分が行かなければならない。気持ちの整理など後回しだ。とにか
く今は自らの目でレイカが無事かどうか確かめたかった。じっとなんてしていられなかった。
 ――だが、走り出そうとしたユリの足は大きく足を前に一歩踏み出したところで止まった。

「おっと、今更行っても何もかも遅い。彼女はもう何処にもいない」

 男が走ろうとしたユリの肩をがっしりと掴んでいた。強い力だ。ユリはすぐにそれを振り払おうとしたのだがビクと
もしない。力を込められれば肩が呆気なく握り潰されてしまいそうだ。そんな嫌な予感に思わず額に冷や汗が吹き出る
ものの、だからと言って動かない訳にはいかない。彼女はそう決めたのだ。

「離して下さい! お姉様に何があったのか教えてくれないんなら、私が行って確かめなきゃ――」
「喰われたのだよ、跡形も無く……な」

 言葉の先を紡いで放たれた言葉に、男の手に抗おうとしていたユリの動きが止まる。耳から入って来た言葉がまる
で聞いた事もない異国の言葉であるかのように、彼女の中で全く理解できなかった。頭の中でぐるぐると思考が巡る。
 喰われた……食べ、られた? お姉様が? 何に? ……あっは、あははっ。でっ、出鱈目に決まってる! そん
な非現実的な事がある筈ないじゃない――と自分に言い聞かせてみたものの、この場所の存在自体が非現実的である事は
明らかだった。加えてレイカと別れたのは密林の奥。それこそどんな猛獣がいても不思議ではない。
 思考を巡らせれば巡らせる程に、現実味を帯びてくる男の言葉。こんな場所にさえいなければ笑い飛ばせる内容だ
が、どんな事が起こってもおかしくない状況が整ってしまっていた。そう頭が理解した時、ユリは男の手に抗う気力
どころか立っている気力さえ失い、再び膝を折ってその場にへたり込んだ。何度も何度も口の中で「嘘だ」と繰り返
しながら。
 男はニタリと妖しげな笑みを口元に浮かべる。尤も、それは口髭に覆われて外から見る事は適わないが。

「さて……話を戻そう。君は償わなければならない。彼女をあんな目に遭わせた報いを……その身体でな」

 男の言葉はユリの耳に届いただろうか。彼女の目は密林の奥に広がる暗闇に向けられたまま、瞬きさえしなかった。
枯れてしまったのか、涙も浮かぶ事はなかった。その視界に映るのは幻――……歩き去ろうとするレイカの後姿だけだ。
 ユリはレイカの後姿に手を伸ばそうとした。「行かないで下さい」と叫ぼうとした。だが、それが幻である事は誰よ
りも彼女自身が分かっていたため、身体は動く事はなかった。
 精神が崩壊したかのように頭の中が真っ白になり、混乱するユリ。男は彼女がそんな状態でも容赦しなかった。
 否、容赦する必要すらなかった。

「――えぐっ!?」

 男はユリの肩を掴んでいた手を移動させ、素早く彼女の細い首を掴んだ。首は圧迫されるどころか、メキッと骨が
軋む音さえした。相変わらずの異常なまでに強い力だ。それこそ本気で力を込められれば首が握り潰されてしまいそ
うだ。男はそれだけでは終わらず、彼女の身体をそのまま背中から地面に押し倒した。土埃が舞い、風と共に流され
ていく。

「か……っ、がふっ、ぁ……が……ぎ……っ!」

 空気を吸い込む事ができない口がまるで魚のように無意味に口を何度も開閉する。かろうじて搾り出せた嗚咽がユ
リの苦しさを物語っている。途端、ユリの人間としての――否、生物としての本能を取り戻した。自責の念など軽々と
吹き飛ばすそれは、『死にたくない』というただ一つのシンプルなもの。どんな人間でもどんな心理状態でも天国へ
の階段、あるいは地獄への奈落を垣間見て、抗わない筈がない。
 男はいつの間にかユリの上に馬乗りになっていた。行動に反して男の目から殺気は感じられなかった。空ろな目で、
何を考えているのか読み取る事ができない。ユリは必死に両足をバタつかせ、首を掴む男の手に両手を伸ばした。結
果としてどちらも徒労でしかなかった。急所を蹴り飛ばそうとも、手に強く爪を立てても、男はまるで痛覚がないかの
ように微動だにしなかった。
 意識が遠くなっていく寸前、ようやくユリの首を掴む男の手が弛んだ。それでも彼女の身体を地面に押し倒し続け
る力は残してある。口と肺をつなぐ道をようやく解放された彼女は濁った堰をしながらも必死の思いで深呼吸を繰り
返した。

「……君はまだ“鬼ごっこ”に参加しているという事実を忘れてはならない。ここにいる以上は何を喚こうが、
“鬼”に捕まった時点でゲームオーバーだ。そして君も彼女達と同様に……ゲームオーバーなのだよ」

 ユリは決して“鬼ごっこ”に参加していたという事実を忘れた訳ではなかったが、レイカの一件のせいであまりにも
無防備だった。危険意識が著しく欠如していたのは、先程まで寝そべっていた事からも明らかだ。
 “鬼”に捕まればどうなるのか――……それを聞いてさえいれば、そんな無防備になる事はなかったのかもしれない。
レイカに対して酷い事をせずに済んだのかもしれない。いや、そもそも“鬼ごっこ”に参加しなかったかもしれない。
 ―-全ては後の祭りだった。男の言葉が何を意味するか理解した時には全てが手遅れだった。
 ユリはもう、“鬼”の魔手から逃れられない。

「――そう、私も“鬼”なのだよ」

 男がユリの耳元に口を近付けてそう呟いた途端、男は目の色を変えた。片目が蒼く輝く様は何処かで見覚えがあった
ユリだったが、その記憶を掘り起こしている暇などない。男の手がユリのブラウスの首元を掴む。男が何をしようと
しているのかと嫌な予感が過ぎったものの、彼女に抗う術はない。せめてもの抵抗で相変わらず両手足を激しく動かす
ものの、やはり徒労でしかなかった。

 ―-ビリリリリッ。

「いっ、いやあああぁぁっ!!?」

 ユリが身に着けていた衣服は紙のように破れやすいものだったのだろうか。そんな筈はなかったが、男が軽々と彼女
のシャツ、スカート、そして下着を引っ張ると、それらは全て破れてただの布切れと化した。瞬く間に露になるユリ
の素肌。レイカ程ではないが豊かに膨らんだ乳房、その反面恥部には陰毛が生えておらず小さな割れ目が丸見えだ。
無論、恥部は濡れていなかった。
 両手を動かす度に豊満な乳房が波打ち、柔らかに動く。両足を動かす度に小さな割れ目と菊座が垣間見える。ど
ちらも非常に官能的な光景だ。犯されまいと足掻くその姿もまた、男を興奮させる仕草に一役買っている。男の局
部が見る見るうちに黒いズボンの外からでも見える程に膨らんでいく。力も強ければ局部も大きい。男の股間はま
るで大人の握り拳を一つ詰め込んだかのように膨れていた。

「やっ、やだぁっ! やめてくださいっ!!」

 叫びながら何度も男の身体を蹴るユリ。片手で首を押さえ込んでいる以上、もう片方の手だけで彼女の両足を広
げさせる事は困難だ。抵抗できないように彼女を痛めつけるのは容易だったが、男が選んだその方法は恐らく、ど
んな強姦魔でもした事がないであろう卑劣かつ残忍なものだった。
 男はユリの右太腿に手を回し、掴んだ。手に吸い付くような柔らかさに思わず撫で回したくなるが、それは彼女
を壊してからでもできる。彼女にとってその行為は気持ちの悪いものでしかなく、嫌悪感しか込み上げて来なかっ
たが、次の瞬間には思いもよらぬ激痛が走った。

「ひぎぃっ!!?」

 ボキンッ、と鈍い音が響く。

「ああああぁぁぁっ!! 痛い痛い痛いぃぃぃっ!!」

 男の力はユリが想像した通りだったが、まさか本当に大腿骨が圧し折られてしまうとは思いもよらなかった。し
かも片手の握力のみでだ。生まれて初めての骨折の痛みに悶絶するのも束の間、男の手は太腿から離れると、即座
にもう片方の太腿へと伸びる。それに気付いたユリは、既に枯れていると思っていた涙を宙に飛び散らしながら、
両足の力を抜き、叫んだ。

「もっ、もう抵抗しませんからぁっ!! 好きにしていいですからぁっ!! 痛いのだけはもうやめ――」

 ユリの両足がだらんと脱力するのが分かったが、当然、男は聞く耳など持たない。

「ぎぇえええっ!! ひはっ、ひぃぃぃぃっ!!」
 二度目の鈍い音はユリの品のない悲鳴によって掻き消された。両足の大腿骨を折られるという想像を絶する程の
激痛は決して言葉で言い表せるものでなく、彼女の口からは人間のものとは思えない獣のような鳴き声が発せられる。
 男は自分を犯したいのだと思った。だから大人しく受け入れれば破瓜の血が流れようともそれ以外で自分を傷付
けられる事はないのだと思った。だが、甘かった。男は慈悲の欠片も持たない。ユリは完全に抵抗する気力を
失い、焦点の合わない目で男の顔、あるいは空を見ながらだらしなく全身を伸ばしてピクピクと痙攣する。

「ぅあ……ああぁ……っ、ぅぅ……ぅ……っ」

 嗚咽を漏らし、半ば放心状態のユリの顔を見下ろしながら、男は履いていたズボンを下ろした。これ以上なく
いきり立った男の逸物が飛び出す。日本人の物とは思えない大きさと太さだ。血管がはっきりと浮き出て見える。
 ユリはズボンを下ろす音を聞いていたものの視線を下へと向ける事はなかったため、そこにある筈の物がない
違和感に気付かない。尤も、それに気付いたところで事態が好転する事はあり得ないのだが。
 男はペニスの先端をユリの恥部に擦り付け、入り口を弄りながら笑う。

「フフッ……痛いかね? だが君の友達が味わった苦痛はまだまだこんなものではないぞ……?」

 ユリの割れ目は当然の如く、全く濡れていない。どんなマゾでさえこの状況で恥部を濡らす者はいないだろう。
ましてや彼女はマゾではない。ある程度の自己防衛として膣内に愛液を分泌するだろうが、両足の激痛に苛まれ
ている今ならどうだろうか。いずれにしろ、濡れてもいない膣にペニスを無理矢理挿入しようとしている男は正気
の沙汰ではない。
 膣口がペニスによって徐々に押し広げられる。互いに潤滑油のない肉棒と肉壷が摩擦によって衝突し合う。
一方的に拒否しているのは膣の方であるのは明らかだ。ユリは処女だ。膣に異物を挿入した事など一度もない
ため、その入り口は非常に狭い。初めての時は人差し指一本挿入されるだけでも痛みが走るというのに、一気に
男のペニスのように大きなものを受け入れられる筈などなかった。
 受け入れられなくとも、受け入れざるを得ないこの状況。ユリに選択肢は与えられていない。

「っ!!?」

 ある程度膣口を押し広げたところで、男は強引にペニスを奥まで突き入れた。ユリの背中が大きく仰け反る。
激痛に激痛が重なると脳が混乱して、悲鳴を上げるという単純な命令さえ出せなかった。激痛に悶絶する事に
夢中で呼吸さえできなくなる。

「がぁ……っ、はふっ……ぐぅ……っ!!?」

 破られた処女膜、抉られた膣壁、裂けた膣口から溢れる血が膣内に充満していく。ペニスによって完全に
塞がれた唯一の出入り口。ペニスが抜かれた時、それは恐らく尿のように膣口から噴出するのではないだろうか。
だが、まだまだその時ではない。これはまだ序の口なのだ。ペニスを突き入れただけで満足する男ではない。
 暖かい血がペニスを包み込み、熱い膣壁が締め付ける。気を許せば追い出されてしまいそうな感覚の中、男は
ゆっくりと腰を引き、そして再び突き入れた。血に塗れたペニスの先端部は子宮口まで届いている。男は二度、
三度それを繰り返す事でペニス全体に血を擦り付けた。粘り気のある愛液の欠片もない今、潤滑油と化すのはユリ
の血でしかないのだ。
 ユリの折れた両足を抱えながら、男は腰を激しく前後に振り始める。そうしている内にペニスと膣口の僅かに
空いた隙間から血が垂れる。暖かい血が彼女の菊座まで垂れると、その感触が不愉快だったのか、あるいは偶然
か、菊座がキュッと引き締まった。彼女の身体に覆い被さっている以上、位置的に男がそれを見る事は不可能
だったのだが、男はまるでそれが見えていたかのように右手を移動させた。移動させた先は彼女の菊座だ。人差し
指を立てて垂れた血を掬い上げ、親指と擦り合わせて塗り付ける。そして人差し指を第二間接まで一気に菊座へと
突き入れた。二つの穴が更に引き締まる。
 何処が痛いのか。何が痛いのか。何が不快なのか――……ユリにはもう分からなかった。せいぜい腹の中で異物が
蠢いている感覚しかない。激痛を耐え切れないと判断した脳がどうやら“現実逃避”を選択したようだ。痛覚を麻
痺させるどころか思考回路をもショートさせている。本当に自分を守るためであれば“気絶”を選択するのが妥当
だろうが、それを選択しなかった理由を解す者は当人も含めて誰一人として存在しない。
 全てが物事が曖昧でしか認識できなくなったユリは、壊れた人形のように放心する。完全に男になされるがまま
だ。時折濁った吐息を漏らすだけの彼女だったが、何を思ったのか徐に右手を天に伸ばした。空高くにある太陽や
雲を掴もうとしているのか、何度もその手を開閉させる。
 オネエサマ……助ケテ……コンナノ嫌ァ……助ケテ、下サイ――とかろうじて頭に浮かんだレイカの顔に縋るユ
リ。そんな心の叫びはいつしか喉まで到達しており、細々とした小さな声が漏れるようになる。

「……すけて……お……さま……たす、け……おねえ……さまぁ……」
 漏れた言葉に男が反応し、ぴたりと動きを止める。相変わらず可笑しな事を言う女だ、とでも思っているのか、
クスクスと笑い始める。その笑い声が徐々に高くなっていく。いや、声色が変わっていくという表現が正しいだ
ろうか。しがれた声から少年のような声に。それは程なくして少年のような声から女性の声に。
 ――そして、女性の声からユリにとって最も聞き覚えのある声に。

「…………呼んだかしら?」
「え……」

 ユリを犯している男から発せられた声。それは聞き間違えられない程に慣れ親しんだレイカの声。
 黒い帽子を外すと、中に詰められていた長い髪が重力に引かれるままに舞い落ちる。顔面を覆っていた付け髭
を外すと、若々しいその素顔が露になる。
 ぼんやりとぼやけたユリの視界。やがて目の焦点が合うと、彼女はようやく男の素顔を見る事ができた。

「はぁい、ユリちゃん。今の気分はどう?」

 ユリを犯していたのは死んだと聞かされていたレイカだった。そもそも男でもなかったのだ。妖しげな笑みを
口元に浮かべ、いつもと変わらない目で彼女を見下ろしている。唯一違うのはやはり片目の色が青くなっている
事だ。ユリはようやく思い出した。その青い目はコンサートホールで出会ったクルミの目と全く同じなのだ。
それが何を意味するか、彼女には到底見当も付かない。
 まるで金魚のように、ユリはパクパクと口を開閉させた。

「お、ねえさま……?」
「あっはは♪ キョトンって目になってるユリちゃん、ちょっとだけ可愛い。さぁって、これだけやってまだ喋れ
る気力があるって事は、頭のネジが一本外れちゃったのかな? あぁっ、ユリちゃんのアソコ、急にキュッて引
き締まって気持ちいい……っ!」

 ますます混乱するユリ。彼女は頭の中で何かが爆ぜるような音を聞いた。既に堕ちるところまで堕ちていた思
考回路が完全に破壊される。そうなった彼女がとった行動は、笑う事だった。

「あはっ、あははは……はははっ」
 やがてユリの目から最後の一粒の涙が毀れた頃、長いようで短いその行為は、レイカが絶頂に達することで一旦
の終焉を迎える事となる。

「ん、くぅ……っ! も、ダメぇっ! 出すわよ、ユリちゃん!」

 レイカが嬌声の合間に漏らした言葉は、結局は何の意味も成さずに泡沫となり消える。ユリは聞く耳を持たな
い。そしてレイカもまた、ユリに対して返答を待つつもりはなかった。
 引き抜かれたレイカのペニス――酷く膨張したクリトリス。彼女は今にもはち切れそうなそれをユリの顔に向け
た。途端、大きく脈打つその先端から白濁液がぶちまけられる。ドクン、ドクンと脈打つ度に放たれるそれは、瞬
く間に彼女の顔の左半面を覆い尽くした。当然レイカがそうなるよう器用に狙った訳ではないので完全ではなく、
右頬にも少々だが付着している。

「はぁあああっ!! っくはぁっ、はぁっ、はぁ……っ!」

 レイカが更に一際大きな嬌声を上げ、満足そうに息を整え出す頃、ユリはゴホゴホと咽ていた。口内に白濁液が
大量に入ったのにも関わらず、笑い声の合間に呼吸をしたのだから当然だった。だが咽ていたのも束の間、彼女は
再び笑い出した。薄っすらと開かれた口の中に白濁液の姿がない事から、どうやら全て呑み込んだようだ。
 周囲に甘い匂いが漂い始める。まるで砂糖を焦がしたかのように甘く、それでいて何処か苦みがある匂い。それ
がレイカの体内で作り出された白濁液の匂いだと言われて、誰が信じるだろうか。
 恍惚とした表情でユリを見下ろすレイカ。いつの間にか股間の怒号が収まり、赤ん坊の小指のように細く小さな
それが彼女の動きに合わせて小刻みに揺れる。
 レイカは最期にユリと目を合わそうと暫くそのままで彼女を見下ろし続けていたが、それは時間の無駄でしかな
かった。彼女はただ真っ直ぐに虚空を見つめながら笑うだけだった。

「……さよなら、ユリちゃん」

 息を整えたレイカはそれだけ言い放つと、踵を返して歩き出す。まるで男が一夜だけと割り切った関係の女を相
手にした時のように、一度も振り返る事なく、そして悪びれる事もなく、ただ悠々と。
 歩きながら、最後にもう一度だけレイカの口が動いた。それは声になる事はなかったが、その唇の動きはこう言
っていた。
 ――さよなら。
 その繰り返された短い言葉に込められた意味は、文字通り“別れ”を意味していた。
 羽音が聞こえる。耳元で鳴り響くと反射的に頭を捩ってしまうような、そんな嫌な音だ。
 “それ”は甘い蜜を求めて飛ぶ。背中に生えた大きな羽を高速で動かし、その目はあちこちをきょろきょろと見
回しながらも、真っ直ぐに目的地に近付いて行く。
 密林を駆け抜けると、“それ”は広い場所に出た。先程の緑に覆われた景色とは一変して、大地は全て土の色と
なり酷く殺風景に感じられる。“それ”が更に羽を羽ばたかせると、やがて目的地に辿り着いた。
 目的地――甘い匂いを発している白濁液がふんだんに掛かった――仰向けに倒れている柊ユリ。レイカが立ち去って
からまだ幾分も経過しておらず、彼女の身体は未だにピクピクと痙攣を続けている。そして何より、未だに傍から
見れば気持ちが悪い笑みを浮かべている。半笑い、と表現するべきだろうか。
 “それ”はユリの身体の真上で浮かび、人間のように首を傾げた。獲物は“それ”の姿を視界に捉えているのに
も関わらず、何の反応も示さなかったからだ。どんな獲物でも“それ”の姿――異形の姿――巨大な蜂の姿を見れば目
を丸くし、腰を抜かし、それで尚後退りするものだ。
 蜂は重い分針がようやく一つ刻まれる頃までそうしていたが、やがてそっと尾を伸ばし、先端部から更に針を伸
ばした。そうした蜂の全長は目測で二メートルはあるだろうか、針に至っては人の腕ほどの太さがある。こんなも
ので突き刺されては毒が回り切る前に外傷で死んでしまうのではないだろうか。
 陽の光が反射して妖しく黒光りする針。ビュンッ、と風を切る音がしたと思えば、グチャッ、と何かが潰れる音
がした。蜂がユリの身体へと針を突き刺したのだ。突き刺した先は顔――白濁液と白濁液の狭間で見え隠れしてい
た、虚ろだった左目。グチャッ、という音は眼球が潰れた音だ。
 ユリはさすがに僅かながらだが、ビクンと身体を震わせて反応を示した。だが、それだけだった。口からは既に
掠れた笑い声が漏れるだけで、悲鳴や嗚咽が漏れる事はなかった。
 ――当然だった。突き刺さった針の先端は脳へと届いており、瞬時にユリを死に追いやったのだ。この衝撃でユリ
が息絶えてしまった事は、彼女にとって幸運と言えた。いや、それを言い出すとキリがない。彼女にとっての幸運
は、このゲームに参加した時点で消え失せていたのだから。
 針に動きがあった。蜂の尾から何かが針を伝ってユリの体内へ流れ込んでいるのが分かる。ドクン、ドクンと針
が脈打つ。それに呼応して彼女の顔が膨れ上がっていく。かろうじて原型を留めるぐらいにまで彼女の顔が膨れ上
がると、途端、ユリの顔が元の大きさに萎んでいった。代わりに膨れ上がらせていた原因である液体が彼女の穴と
いう穴から外へと流れ出していく。
 目から、鼻から、耳から、口から、膣口から、肛門から。それは液体というよりは半液体で、細かく砕いたゼリ
ーのようにドロドロとしていた。色は気持ちの悪い赤黒い色をしている。
 蜂は徐にユリの身体の上に覆い被さった。鋭利な刃物のような突起が付いた黒い足が彼女の腕に触れると、彼女
の腕の皮はあっさりと破れ、破れた箇所からも赤黒い液体が流れ出す。ふと彼女の身体全体を見渡すと、まるで干
乾びていっているようだった。皮ばかりが余り、血肉だけが萎んでいっているようだ。人間がミイラへと変わって
いく過程とはこのような状態なのだろうか。
 蜂はそっと食指をユリの口へと伸ばし、ジュルジュルと品のない音を立てて液体を吸い始める。比例してユリの
身体が萎んでいく。
 赤黒い液体――強力な溶解液によって溶かされたユリの脳と骨と血肉。蜂は久しぶりの食事だとばかりに一気にそ
れらを体内へ吸い込んでいく。だから、ユリの体液が無くなるのはあっという間だった。
 大地に寝そべる一枚の大きく、薄い皮。それは羽音が再び響くと同時に、風に吹かれて宙を舞った。
 それにはもう、柊ユリという一人の少女だった面影は何一つ見受けられなかった。

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最終更新:2012年11月28日 22:40