「うーん、いいお天気。」
青く澄み渡った空の下、草原で一人の少女が体を伸ばしている。
…と言ってもその彼女の体は驚くほど小さい。10cmぐらいだろうか。
彼女は小人族の少女ミーネ、15歳。今日は久しぶりに人間の住む世界へ遊びに来たのだ。
「やっぱり人間の世界は良いわねー、空気は美味しいし、風は気持ちいいし、お日様は暖かいし。」
小人族が住んでいるのは主に森の中。日中もほとんど日差しの届かない場所で生活しているミーネにとって、森の外は最高に心地よい場所だった。
「さーて、折角来たんだし今日は思いっきり遊んじゃおーっと。」
するとミーネは、自分の身の丈程もある雑草の上をゴロゴロしたり、寝そべったりして一日中思いっきり羽を伸ばしたのだった。

「ふう、そろそろ帰った方が良いわね。」
ふと空を見上げると、さっきまで真上にあった太陽は傾き、もうすぐ西の空が茜色に染まろうとしていた。
「あーあ、服汚れちゃった。草の匂いも付いちゃったし。ま、いっか。」
見ると服にはところどころに土が付き、草の上を寝ッ転がったりしたため草の汁が染み付いたりしていたが、いつもの事なのでそれほど気にはしない。
帰路に着こうとしたミーネはふと考えた。
「このまま普通に帰ったら遅くなっちゃうし…、今日は近道して帰ろーっと。」
村へ帰るにはちゃんとした道があるのだが、今の時間からだと村に着くのは夜になってしまう。
そこでミーネは以前来たときに見つけた、秘密の近道を通っていこうと考えたのだ。そこを通れば日没までには帰れるだろう。
そう決めるとミーネは、丈の長い草の中を掻き分けて行った。

しばらく進んだところで、ミーネは予想外の足止めを食らい困り果てていた。
草が足に絡みついて動けなくなったのだ。
「あーん、もう!急いでるのに!」
なんてことはないただの雑草なのだが、ミーネにとっては引き抜く事も容易ではないため、少しずつ外していく事にした。
空を見ると既に西の空は茜色に染まり始めており、日没までそう時間は無いことを表していた。
小人族には不思議な力があり、暗闇でもある程度普通に物を見ることはできる。しかし夜になるといろいろ危険が多いため、ミーネは日没前には帰りたかったのだ。
その焦りが集中力を鈍らせ、普段なら簡単に外せるのになかなか外す事ができない。
「あーもう!イライラする!」
やけになり足を振っても絡みついた草は外れず、ミーネのイライラは募っていった。
……ガサ……ガサッ…
とその時、遠くの方で何か音がした。
「え、何?」
もちろんミーネにもその音はしっかり聞こえた。ミーネは手を止め、音のする方向に耳を傾けた。
…ガサッ……ガサガサ………
確かに聞こえる。しかも今度はさっきよりも音が近づいたように聞こえる。
「どうしよう…もし獣とかだったら…。」
今の状況で獣に襲われたらひとたまりもない。ミーネは焦りを募らせ、がむしゃらに足を解こうと試みる。
…ガサガサッ……ガサッ…ガサッ……………ォォ……
そうこうしている間にも、音は確実にミーネに近づいてくる。
音と共に、今度は唸り声のようなものまで聞こえ、かすかに振動も伝わってくる。
音の主を見つけようにも、草はミーネの背丈より少し高めの位置まであるため、遠くを見渡す事もできない。
「お願い!早く外れて!」
ガサッ…ガサガサ…ガサッガサッ……
ここまで来てミーネはようやく、音が草を踏みつける音だと言う事に気づいた。
振動もかなり強くなってきている。音の主はもうすぐそこだ。
「も、もうダメ…」
いくら頑張っても外れない草に、ミーネは全てを諦めギュッと目を瞑った。
…ガサガサッ…ガサッ…ガサッ
音がピタリと止んだ。
音の主は目の前に居るはず…。
ミーネは恐る恐る目を開き、目の前を見上げた。
白と黒のまだらが見えた。
ただ、あまりに大きすぎてそれが何なのかは分からない。高さだけでもミーネの数十倍はあるだろう。
ミーネがその正体を確かめるため、全体を見渡そうとした…その時、『白と黒のまだら』が突然声を上げた。

ンモオォォーーー

「…………え。」
ミーネはキョトンとした様子でその顔を見た。
牛だ。
声の主は牛だった。
途端にミーネの体から力が抜ける。
「あ……あはははは、な、なんだ牛か…。」
ミーネでも牛のことは知っていた。前に何度か遠くから見たことがあったからだ。
村の大人達からも「牛とは人間が飼っている動物で、体は大きいが草食でとてもおとなしい動物だ。」と教わっていた。
とりあえず獣などではないと分かり一安心のミーネだったが、改めて牛を見てみるとその大きさに圧倒される。
体全体だとミーネの数百倍…いや数千倍はあるかもしれない。
初めて牛を間近でみてボーっとするミーネに、こちらも興味津々の牛はいきなり顔を近づけてきた。
ミーネの目の前に突然二つの巨大な穴が現れた。ミーネならスッポリ納まってしまうほど大きな穴だ。
牛の鼻である。
牛はフンフンと鼻を鳴らしながらミーネの匂いを嗅ぎ始めた。
ミーネに牛の荒く熱い鼻息が浴びせられる。その風圧は強く、鼻息が掛かるたびにミーネの髪はなびき体が飛ばされそうになる。
「うぇ…、くっさ~。」
体に掛かる鼻息や、牛が口から漏らす涎の臭いにうんざりしながらも、身動きの取れないミーネはじっと牛の様子を見ていた。

ベローン
「ひゃっ!?」
一通り匂いを嗅いだ牛は、次にミーネを舐め始めた。
鼻のすぐ下にある口からミーネの体の数倍はあろうかという、ぶ厚く巨大な薄紫色の舌がにゅるりと出て来て彼女の体を舐めまわす。
生暖かい感触と舌の表面のザラザラした刺激。そして何よりも、たっぷりの涎のヌルヌルとした感触にミーネは不快感を覚えた。
いくら避けようと体を動かしても、足の自由が利かない状態ではままならず、あっという間に髪や服から滴り落ちるほど体中涎まみれになってしまった。
「うーベットベト…。臭いも凄いし…最悪。」
それでも牛は舐めるのを辞めようとはしなかった。
いくらなんでも舐めすぎではないか。さすがにミーネもそろそろ何かおかしいのではと思い始めた。
時折見える白い大きな歯、口元から垂れ流れる涎、自分を見つめる大きな瞳。
ここでミーナは初めて牛の巨大さに言い知れぬ恐怖を感じた。
牛はミーネを舐め続けている。
しかも主に上半身を中心に舐めているようだ。とは言っても舌自体が巨大な為、ほぼ全身を舐めているのに近い。
「ちょ、ちょっと!どこ舐めてるのよ!!」
舌はミーネの胸にも達した。
服越しに敏感な胸へ、柔らかく生ぬるい、ぬるぬるとした肉の感触が伝わってくる。
「うう……あ…あ………」
あまりに不気味な感触と刺激にミーネの口から喘ぎ声が漏れる。
既に服は涎でべしょべしょになり、服の内側にまでも涎は浸透していた。

それから暫くして、牛はようやくミーネを開放した。
「はぁ、やっと終わった…」
見上げると空は茜色から藍色へ変わろうとしているところだった。
もうすぐ日が落ちる。
ミーネは急ぎ草を外す作業に取り掛かった。
するとミーネを舐めるのを止めた牛は、何事もなかったように周りの草を食べ始めた。
ミーネのすぐ真横に生えていた草の固まりが、牛の長い舌によって絡め取られ、引き千切られてその口へと運ばれて行く。
ムシャムシャと草を咀嚼する音が間近で聞こえる。
「もしかして…」
それを見ていたミーネの頭に一つの仮説が浮かんだ。
なぜ牛が必要以上に彼女の匂いを嗅ぎ、必要以上に舐めまわしたのか。
その答えが分かった気がした。

今日一日ミーネは草の上で遊びまわり、その結果彼女の服には草の匂いと草の汁が染み付いた。
もしかすると、牛が嗅いでいたのは彼女の匂いではなく草の匂い、舐めていたのは彼女ではなく服に付いた草の味、なのかもしれない。
そうなると牛から見てミーネは草と同じ、単なるエサの一部に過ぎない。
興味を持ったのは他の草と形が違ったから。ただそれだけ。
そこまで考えてミーネの顔がみるみる青ざめていった。
と同時に、彼女の中でその仮説が真実に変わっていく。
そんな事はお構い無しに、牛は黙々と彼女の周りの草を食べ続けている。
「た、大変!!早く逃げないと食べられちゃう!!」
ミーネは急いで草を外そうとする。
だが焦った気持ちと、涎でヌルヌル滑る手元ではうまくいかない。
そして祈りは届かず、無常にも悲劇は訪れた。
突然ミーネを巨大な影が覆った。
恐る恐る頭上を見上げる。
次の瞬間、それはほんの一瞬の出来事であったが、彼女の目にはスローモーションの様にゆっくりと全てが映った。

ミーネの目に映ったのは、大きく開かれた巨大な牛の口。
そこからだらりと垂れる長い舌。飛び散る涎。
舌はあっという間に周りの草ごとミーネを巻き取り、締め付ける。
あれほど外れなかった草も、舌の力で根元から引き千切られ効力を失った。
草と舌の筋肉に強烈に締め付けられた身体は、その束縛から逃れる事もできず、徐々に牛の口が近づく。
熱い吐息とむっとした臭気が漏れるその暗闇が目前に迫る。
「いやぁぁーーーーーーーーーーー!!!」
ミーネの悲痛な叫びが徐々に暗闇に吸い込まれていく。
そして…

バクンッ。

ミーネの身体は暗闇の中へ消えていった。

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最終更新:2008年05月18日 15:33