「皆さん、聞きましたか。ついに恐竜狩りのアンナと竜殺しのミレイユがついに勝負をしたそうで」
「何、本当か」
激しい嵐の中、大きな荷物を持ち如何にも旅の途中、と言った風情の男がずぶ濡れになりながら酒場の中に入ってき手のた第一声はそれまで悪天候に退屈そうにしていた男たちがざわめき立つ。
「アンナとミレイユといえば、王国騎士の三美姫の中でも犬猿の二人じゃねえか」
「そうか……ついにか」
その話を聞いて男たちは納得顔である。
「もちろんミレイユ様が勝ったんだろ!?」
遠巻きにしていた男が言う。
ミレイユとは王国騎士の中でも清廉で鳴らした姫騎士である。
元々はどこぞの王室に嫁ぐだけしか脳のないの第二王女のお遊び、と揶揄されていたが、その実力は単身若いブルードラゴンを討伐したことで一躍有名となり、今では王国の中でも指折りの騎士とみなされていた。
「馬鹿言え、アンナだぞ?あんなお姫様に負けるはずないだろ」
別の男が叫ぶ。
捕虜になった異国の元姫とも、戦場となった先で拉致された踊り子とも言われるアンナは、この国では珍しい曲刀を二刀で使い舞い踊るように戦う様が美しい女性騎士である。
異国出身であるにも関わらず一代限りとはいえ騎士の身分に取り立てられたのは、その敵を斬ることに特化した刀で護衛の騎士では歯が立たなかった巨大な肉食恐竜を『なます』に切り裂き、自身を囚われの身としていた貴族の命を救ったからだと言われている。
王国に由緒正しいミレイユはその出立ちも王国騎士に相応しい─もっとも女性であるが故に盾を小型にするなどの重量軽減措置はとられていたが─重騎士であり、対照的にアンナは騎士身分にも関わらず重い金属鎧を嫌ってわずかに胸当てのみを身に纏い、二刀であるが故に盾もなくとても騎士と言える出立ではなかった。
そうしたことからもこの二人が度々言い争いをしているのが目撃されており、尚且つ二人とも未曾有の化け物を退治したとあってそれぞれに信奉者も多く、彼ら、彼女ら同士のいざこざも絶えず、いずれは本人同士もその仲の悪さから決闘に発展するのではないかと噂されていた。
ついに、来たるべき時が来た。
男たちの盛り上がりにはそう言う背景がある。
「ミレイユ様がどうなったのかを早く言え!」
苛立った酔っ払いの一人が叫ぶと雨に濡れたままの旅人は酒を奢れ、とのジェスチャーをする。
退屈な嵐の夜に舞い込んだ最高の酒の肴に聴衆はすぐにエールを注文すると男の前に乱暴に置く。
「こいつでいいだろ、さあ早くしろ」
目の前に置かれたただ酒に旅人はホクホク顔で口を開いた。
「ミレイユは死にましたよ。いや、正確には死んだらしい、ですか。私が見たわけじゃあないですからね」
酒場のざわめきはいかに決闘といえども王族殺しが重罪であると知っているからだ。
相手を殺さず勝負をつける方法はいくらでもある。
「しかも、その最期は実に無残なものだったそうで」
旅人がグイ、とエールを煽って一息つくと途端に周りの男たちが怒声をあげる。
「やっぱりアンナのあの曲刀は鎧じゃ防げないってのか」
「嘘を言うな。あんな刀で騎士の鎧が切れるわけねぇ!」
「所詮はお姫様のお暇つぶしよ。大方ドラゴン退治も御付きの者が頑張ったのを姫様の手柄ってことにしたんだろうぜ」
次第にヒートアップする男たちを見ても、陰に日向に彼女たちを慕っていたものが多かったのがわかろうと言うものだ。
「いや、そうじゃないんです」
だが旅人は否定する。
「あの二人は、直接戦ったわけじゃないんですよ」
「じゃあなんだって言うんだ」
「ミレイユは恐竜に単身挑んで食い殺されたんだそうです」
「何言ってんだおまえ。さっき二人が勝負したって言ったのはお前だぞ!」
「確かにそういいました。ですが二人がした勝負というのは、互いに自分の二つ名になっている化け物を交換して狩りあったって話なんです」
「じゃ、じゃあ…」
「なんでもミレイユは『恐竜』と相対するのははじめてだったそうでして、彼女は見誤ったんでしょうね。恐竜ってのがドラゴンよりも遥かに暴力的な化け物だってことを」
「どういうことだ」
「ドラゴンというのは、ブレスを吐いたり知能が高かったり、鋭い爪をもっていたりと厄介な魔物なんですが、案外とその『口』は小さいんですよ」
「嘘言うな。おれが子供の頃に見た絵本じゃ……」
「作り物でしょう?実際若いドラゴンというのは翼もあるし体長はデカイんですが頭のサイズはそれほどでもない。だから重装騎士ともなれば、盾や鎧でその爪やブレスをいなしながら戦えるんですよ」
「恐竜ってのは違うのかよ」
「ええ、恐竜ってのは…そうですね、お前さんの頭から腰まですっぽり口に入るくらい口がでかいんですよ。だから、ミレイユはその小さめの盾が災いして盾ごと左半身の鎧を一噛みで砕かれたそうです」
「騎士様の鎧がたった一噛みだと!?」
「しかも驚くことに、プレートが歪んで、穴が空いてバラバラになった鎧の下から、それはもう見たことがないほど大きくて見事なおっぱいがまろびでたとか」
「なっ…」
「あの清廉なミレイユ様がそんなふしだらなおっぱいの持ち主だなんて聞いてないぞ!」
「だがそう言う話なんだですよ。きっとその大きすぎる乳房を騎士の鎧に固く押し込めていたんでしょうねぇ」
「で、どうなったんだ」
「恐竜は、鎧をすっかり砕いてしまうと無防備に剥き出しになったおっぱいの匂いをかいで、しばらくベロベロと舐め回していたらしく、ミレイユは必死に命乞いをしたそうなんですが、残念ながらドラゴンと違って恐竜には言葉を操るほどの知能はありません。そのうちデカイ口でおっぱいを二つともいっぺんに食いちぎっちまったそうです」
「もったいねぇ!そんなエロいロイヤルおっぱいなら食われる前に俺たちがいくらでも使い方を教えてやったのに!」
「それはもうモチャモチャと柔肉を美味そうに食ってしまったんだとか」
「ははっ幾ら指折りの騎士だドラゴン退治だといってみたところで、恐竜から見たらたんなる柔らかくてデカイお肉でしたってか?勘違い姫様の末路にはちょうどいいぐらいだぜ」
「で、ミレイユ様はどうなったんだ」
「おっぱいを食べられたショックで小便を漏らしちまったそうでしてね、その濃密な牝の匂いに興奮した恐竜のやつが股ぐらにも食いついたもんだから腹の下までざっくり、性器もなにもかも一口で食われて二、三度痙攣したのを最後に死んでしまったそうです」
想像以上に悲惨な最後を遂げた王女ミレイユの最後に一瞬辺りがしん、と静まり返るもアンナを支持していたのであろう男たちが一気に沸き立つ。
「そりゃあいい。アンナに出来た恐竜狩りが出来なかったどころか死んじまったってことはこれで明確に白黒ついたじゃねぇか」
「これで三美姫…いやもう二美姫か。あとはクラレットがアンナに劣ると認めさえすれば格付けも終わるってもんだな」
「いえ…それが…三美姫の格付けはもうクラレット筆頭で済んでおりまして」
男たちがアンナの勝利に沸き立つところに旅人が冷や水をかけるような発言をする。
「どういうことだ。クラレットはこの話には関係ないだろう」
「ええ、ですが……三美姫はもうクラレットしか残っておりませんでね。アンナもまた、ドラゴンに挑んで死んでしまったんだとか」
「なんだと!?」
「嘘をつくな!ミレイユ如きに倒せたものがアンナに倒せないはず無いだろう!」
唐突に告げられたアンナの死に、アンナを信奉する男たちは口々に反論する。
「いえそれが…アンナはほら、防具を殆どおつけにならなかったでしょう?今回討伐にいったドラゴンというのがブラックドラゴンだったらしくてですね」
「ブルードラゴンよりも弱いとされているドラゴンにアンナが負けたとでもいうのか!」
「はい、ドラゴンというのはあれで恐竜なんかとは比較にならないほどえらく知能が高くて狡猾ですからね。見事にフェイントを喰らってブレスをまともに浴びてしまったんだとか」
「おいおい、あの敵の攻撃を一度も受けずに舞い踊るように戦うアンナに限ってそんなこと…」
「じゃあ、アンナは黒焦げになっちまったってことか」
「いえ、そうではありません。ブラックドラゴンのブレスはアシッドブレスですからね。水辺で自慢の敏捷性が鈍ったっていたこともあるのでしょうが頭からまともに酸を浴びたアンナはろくな防具をつけていなかったせいで上半身の皮膚がドロドロにとけてその時点で虫の息だったとか」
「目撃者がいたんならどうにか助けられなかったのかよ!」
「いえ、それがどうもドラゴンは一目見た時からその俊敏な機動力を生む鍛え抜かれた足と尻に狙いを定めていたようで…上半身が溶け落ちてもがくアンナを引きずり倒すと腿から尻にかけての肉をベリベリと剥がして食ってしまったんだとか」
「いや…あの美脚はたしかにその…」
「先ほども申しましたがドラゴンというのは案外口が小さいものでしてね、一息には食べられず、片足ずつ食いついては骨から肉を剥がすようにしてそれは美味そうに食べていたと聞きました」
「じゃあ…アンナは…」
「ええ、そのあとまだ無事に残っていた女性器周辺の肉やはらわたなど残っている部位を貪られている間に溶けた上半身のダメージで絶命したそうです」
騎士団が誇る二人の美姫の壮絶な最後を伝えられ、今度こそ本当に酒場はしんと静まり返る。
話しながら飲んでいたエールを旅人はようやく飲み終え木のジョッキを机に置くと、旅人はやおら荷物の紐を解きなにやらゴワゴワとした金の毛束を机に置いた。
「で、これがその時に拾ったミレイユ血染めのブロンドヘアの残骸、だそうなんですがね。それなりの値はしたんですが、話の種にと仕入れてみましたが確かに裏にはひとかけら、ほら頭蓋骨の破片も貼り付いているしで。誰か買ってくれる方はいませんかね」
机の上に置かれたその見事なブロンドが茶褐色に染まって固まっているのは血がついてのことだろう。
冷え切った酒場の空気はもはや氷点下と言っていい。
「そうですか、じゃあこっちの溶けたアンナの曲刀の柄と絡みついていた手首の白骨というのはどうです?アンナをあんたたちは随分信奉していたんでしょう。俺にはモノの真贋がわからなかったんですがあんたたちならわかるでしょう」
そういって新たに出したのは刃の分や装飾が溶け落ちたようになっている異国情緒の剣の柄とそれを今もなお握りしめるような右手首の骨である。
「じゃ、じゃあ今日のところはこれでな!親父、勘定はここに置くぜ!」
白骨まで出てきて遂に次々に金をおいては男たちは逃げるように酒場を後にする。
「ふうむ……噂の真相、これらの真贋がわかるとおもったんですがねぇ……」
誰もいなくなった酒場で旅人は一人酒を追加で注文した。
最終更新:2024年01月05日 18:38