初めて乗ったクルーザー、それは楽しい思い出になるはずだった。
視線の彼方から猛スピードで、あの船が突進してくるまでは。
「きゃぁぁあああ!!」
先程まで傍らを泳ぐイルカを眺めていた少女は、衝撃を受けて吹き飛んだ。
クルーザーは激しい揺れに襲われたが、窓に叩きつけられ這い蹲った少女はどうにか難を逃れた。
しかし。
「巡視艇!? しかしあの文字は、ロシア、の」
突然の異変で外に出てきた父親は、そこまで口にしたところで船から振り落とされ、海に消えた。

少女が目を覚ますと、辺りはすっかり静まり返っていた。
クルーザーは停止し、その右側方にロシアの巡視艇がめり込むように擦り寄っている。
「……パパ? ……ロシア?」
飛び飛びの記憶がフラッシュバックする。
そうだ、パパはたしか船から振り落とされてしまった。
全身の痛みで虚ろな意識のためか、父親が消えた事について悲みや不安は沸いてこなかった。
それより先に立ってロシアという言葉がひっかかる。
ここはハワイの近くで、ロシアの船が浮いているような場所ではないはずだった。
(ズズ……ズズズ……)
「な、何!?」
重い金属の摩擦音、僅かだが振動もある。
少女は気を持ち直して立ち上がり、クルーザーより幾分背の高い巡視艇を見上げる。
どうやらクルーザーを押すように動いているらしい。
「なんで……なんでそんな事するの?」
不安になる。
助けを呼ぼうにも、父親は海に落ちてしまったし、むしろ彼を助けなければならない。
救助を、ハワイの巡視艇に救助を求めれば。
そういえばこの船も巡視艇なら自分を助けてはくれないのか。
「……違う、誰も乗ってないんだ」
(ゴゴゴ……)
少女がそれに気付いた刹那、先程までとは比べものにならない音と振動が襲う。
「きゃぁあ!?」
立っている事もできず、その場に蹲って様子を見守る。
わき腹の傷口を抉られたクルーザーは、そのまま真っ二つに圧し折れていく。
何故か沈没する事もなく、ただ目前のヘリが消え去って、少女は父親が見たであろう船名を目にした。
そのロシア文字が怪物という意味だという事は、少女には知る由も無かったが。
クルーザーの切断面に巡視艇の側面が押し付けられ、メリメリと音を立てて削り取られていく。
少女は這い蹲ったまま、細い手足を必死に動かして船尾へと向かう。
ロシアの巡視艇はそれでもなお、少女の意思をよそに距離をつめて来る。
「い、いやぁぁ……!」
まるで生き物の上顎と下顎のような巡視艇とクルーザーの隙間に、ついに爪先が捕らえられた。
「ひっ……うぎぃっ!!」
靴が裂け、指が擂り潰され、足の甲が砕かれ、足首が千切れる。
両腕でどうにか抜け出そうと床を引っかいても爪が剥がれるばかりだ。
「あぎゃぁぁあああ!!!」
脛が削り取られ、膝の皿が割れ、白かった太ももは無残にも赤黒い挽き肉に変わった。
無機物であるはずの船に咀嚼されていく少女。
そのままスカートの裾が引き込まれ、壮絶な痛みの中で死を覚悟し、意識が飛びかけたその時、
少女は何者かに拾い上げられた。
(パ……パパ……?)
しかしそれは無慈悲にも、スカートごと挟まれたままの少女の両脚を無理矢理に引き抜いた。
「っっぎゃああああああ!!」
肉を削ぎ落とされ、今までとは違う痛みの抑揚で意識が鮮明になる。
そこで少女は自分を抱え上げているものの正体を知った。
吸盤のある、白い巨大な触手。
巨大なイカが被り物のように巡視艇に入り込み、このクルーザーを襲ったのだ。
少女はそのままそれが伸びている巡視艇の船尾まで運ばれる。
その途中、クルーザーに巻き付いた触手と、こびりつく父親の服が目に入った。
(パパ、死んじゃったんだ)
もはや悲観する暇も無く、少女は次の犠牲者を思い知らされた。
後方から見る巡視艇の中央からは十本の触手が飛び出し、その中央で黒い嘴がカチカチと音を立てている。
「はぁっ、はぁっ、はっ、ひぃ、や……」
その口元に運ばれても、ズタズタの両脚では暴れる事もできない。
千切れかけたその両脚が嘴に挟まれ、イカの胃の中へ消えていく。
もう感覚も残っていなかったが、骨を寸断されていく衝撃が少女の恐怖を煽った。
「いやぁぁ……食べないでぇぇ……」
少女の両脚が無くなって、千切れたスカートから血に濡れたショーツだけが覗き見える。
そしてついにその嘴が、少女の最も敏感な秘部を挟み込んだ。
「やめて、助け、ひ、ぎゃあああっ!」
辛うじて届いた両手で抵抗を試みるが、懇願空しく、ぞり、という気持ちの悪い音と共に少女の下腹部が消えた。
続いて小振りの尻が、柔らかい腹が、未発達の乳房が、次々と一寸刻みになって消えていく。
くねらせる胴体も無くなる頃、少女の脳裏に残ったのは、この中にパパも居るのかな、という慰めだけだった。

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最終更新:2008年05月18日 15:33