冗談じゃない!
「死んだほうがましだ」と思ったと言っても「あんなの」に食われて死ぬなんてあんまりだ!

少女は走っていた。
背後から聞こえるのは、悲鳴・悲鳴・悲鳴。
後ろを振り向く余裕すら無く全力疾走しているが、
「そこ」では阿鼻叫喚の地獄絵図が繰り広げられているに違いない。
少女――年のころは17、8と言ったところか――はこの世のものとは思えない恐怖を顔に貼り付けていた。



その国は疲弊していた。
隣接する国と何十年も――もはや発端が何であったのか、それすら定かではない
――戦争を続け、残る三方を山と海に囲まれていたためだ。
国土は荒れ、人々は疲れきっていた。

少女・・・・「達」は、そんな国のある村に住んでいた。
国中で徴兵のため男手が不足し、その村でも農作がままならず、これでは冬が越せない。
そんなときに「その部隊」は激戦を繰り広げる国境を越えて現れた。
村は焼き払われ、老人やまだ幼い子供など、僅かに村に残っていた男は全員殺された。
そして彼女達は捕らえられたのだ。

もっとも恐怖したのは兵士達同士の会話を聞いてしまったときだ。
なにしろ隣国――兵士達の母国――でも遠からず兵力の不足が見込まれ、
そのための人員を今から増やしておこうと言うのだ。
それも徴兵などと言う手段を使わず、隣国から女をさらってきて孕ませ、
遺伝子改造等々施した上で、一から教育するなどと言う手を使って。
(中には「遺伝子を一から作り上げた怪物の母体に使う」なんてプランもあったらしい)
ここまで来れば、少女が「死んだほうがまし」なんて思ったのも至極真っ当と言えよう。


それがなぜこんなことになっているかと言うと、話は数時間前にさかのぼる。

ありがちな話ではあるが、人間例えば戦争に赴き
「あす死ぬかもしれない」などと言う状況に置かれて・・・・・・
いや、そもそもホモ・サピエンスのオスは元々性欲を持て余し気味な傾向があるが。
とにかく女日照りが続いていた兵士共が捕まえた隣国の女に手を出すのは当然の成り行きと言えた。
そんなわけで部隊はある湖のほとりにたどり着いた昼過ぎに
早々と野営の準備を済ませ、最初の犠牲者を数人『選んだ』。

その部隊には、品定めをするためか、研究員風の男も何人か居ることはいたが、
どうでもいいと思ったのか、はたまた止めても無駄だと思ったのか、「その行動」に何もいわなかった。



事件が起こったのはその日のうちだった。
最初に異常に気付いたのは見張りの兵士の一人だった。
『一通り終わり』、溜まっていた男達の欲望でドロドロに汚された数人の少女を湖で水浴びさせてやっていたのだが、
その少女達の姿が突然消えたのだ。

当然部隊は騒然となった。責任云々の前にこの作戦は極秘なのだ。
他国に漏れようものなら世界中が敵に回る。
しかし湖の周りに、消えた少女達の姿を発見することは適わなかった。
湖の周りには草一本生えておらず、周囲数キロほど隠れられる場所などまったく無いのにも関わらずだ。
そのため「入水自殺したのでは?」と言う意見まで出る始末だった。

しかしだ、なぜ彼らは気付かなかったのだろう?
「この湖の周り」には「草一本生えていない」と言うことに。

だから    ソレが起こったとき     当然パニックに陥った。


信じられるだろうか、今まで波一つ無かった湖面が盛り上がり、
透明な――触手としか言いようの無いものが伸びてきたのだ。

その触手は、捕らえられていた少女達のうちの一人を掴んだ。
触手は「ベタリ」と言う擬音語が相応しい仕草でその少女の腕に張り付いた。直後、

「きゃ・・・ぎ!ぎゃぁぁあああああああ!!」

恐怖の悲鳴が激痛の絶叫に変わる。
見れば、粘液そのもののような触手に包ませた彼女の腕が、
まるで酸でもかけられたかのようにゆっくりと溶け出していた。
慌てて腕を振り、触手を剥がそうとする少女だったが、
触手は逆に腕を伝い、とうとう彼女を頭から足の先まですっぽりと包んでしまった。
彼女が粘液の塊の中でもがく様子は、どこか水面で落ちた羽虫を連想させた。


そのままでも水死したのだろうが少女の死因は違った。
まず着ていた、もともとボロボロだった服が、まるで砂糖が水に溶ける様に消える。
そしてゆっくりと全身の皮膚が溶け、あらわになった脂肪と筋肉も溶けてゆき、最後に内臓と骨が溶かされてゆく。
透明な液体の檻の中、よく見ていれば溶け始めた心臓がゆっくりと動きを止めるのが見えただろう。

そんな感じで、少女が最初に掴まれてから数十秒後には、
彼女がこの世に存在していた痕跡は何一つ残っていなかった。
最初に姿を消した数人の少女と同じく。

「・・・・・・・・・・・・。」

誰も彼もが絶句した。それはまるで死にすらも似た静寂が空間を支配した。
誰が、この場に居る者どころか、全世界のどんな人間が、『こんなバケモノ』が存在するなどと想像出来ただろう?

だから。

実際の時間はほんの数瞬だったのだが。

その場に居る全員の思考が真っ白になり。

恐怖が浸透するころには。



ほとんどの人間が間に合わなかった。


絶叫が、悲鳴が、怒号が。

響き渡った。

そして時間は現在へと帰る。


「はぁ、はぁ、はぁ・・・・・」

もうずいぶんと走ったあと、少女は足を止めた。
少し丘になったところに上ってきていて、ここからならさっきの場所が見下ろせる。
逃げ切れたのは、自分を含めてほんの数人だろう。

しかしそれは、大きな間違いだった。

「え・・・・・・・?」

さっきの場所は大きく様変わりしていた。

まず、湖が『無い』。

ほんの少し、地面がくぼんでいるような気もするが、水の一滴も残っておらず、代わりに、

「何あれ・・・・・・・・」

訳の分からないものが存在していた。
生えているといってもいいかもしれない。
例えるならそれは、『木』に一番近いのだから。


透き通った、まるで水晶でできているかのような木だ。
それが、無数に生えた『枝』をグネグネと不気味に揺らめかせている。

そばには『何』も残っていない。
そばには『誰』も残っていない。

そこには最初から何も無かったのかのように。
そこには最初から誰も居なかったかのように!

『足りぬ・・・・・・・・』

ソレは飢えていた。あたりの植物・動物、生きとし生けるすべてを食らい尽くした。
それでもまだ足りず、休んでいた自分の周りにやってきた脆弱な者達を食らった。
最初のいくつかの味は、格別だった。ソレが生まれて初めて味わった、『絶望』と言う名のご馳走の味がした。
しかし後から食ったやつらは希薄な味しかしなかった。
これでは到底足りない。先と後では、何が違ったのだろう。
ソレは考える。そうだ、明確な違いがあったではないか。

『我を・・・・・・・満たせ!!!』

”ゥルオオオオォォォォーーーーー!!!”

ソレの野太い遠吠えは、遠く遠く、どこまでも響いていく。


「な、なに・・・・?」

『木』の遠吠えが聞こえた後、突然地震が起こった。
立つ事すらままならない揺れの中、あたりの様子が変わってゆく。

アレを『木』とするなら、『根』と呼ぶべきだろう。
そんな何かが『木』を中心に大地を割り、這い出してきた。

まるで彼女達を取り逃さないための檻のように。

彼女達には、『根』の間を通って逃げるなんて、怖くてできない。
退路は立たれた。


そのまますぐに取り込まれるのかと思いきや、そんなことは無かった。
『不幸なこと』に。

『根』に掴まれ、逃げ延びていた彼女達は『木』の元に再び集められた。
不思議なことに、触れても服も皮膚もほとんど溶けない。
と、『幹』が不自然に蠢いている。それは瘤として安定すると幹から零れ落ちる。
地面に落ちた十数個のソレは再び蠢き、徐々に別の形を取り始めた。

それは、例えるなら、ガラス細工の動く等身大人形。
食らったモノの形を思い出していくように、ゆっくりと形が整っていく。
股間にあたる部分には、やはり精巧に模された、

「ひっ・・・・・・!?」

まさか、と思う。
しかしそのガラス人形達が持つモノで、これから何をされるかは明白だった。

「い・・や・・・・・・いやーーーーー!!!!」

彼女達の悲鳴が響く中、ガラス人形達は彼女達に覆いかぶさっていった。

「うぐっ・・・・・!?」

ソレを口に咥えこまされた。舌に当たるソレは、冷たく、まるでガラスか飴のように硬かった。
そして行為以外の知識が無い無知な少年のようにただただストロークを繰り返される。
そう、それは最初に取り込まれた数人が受けた陵辱の模倣でしかなかった。
彼女達にそれは分からなかったものの、だからこそ彼女達の抱えた『絶望』は肥大化していった。

「ぅぎ・・・ぎりゅぅぅぅぅ・・・・・」

上の口に咥えさせられたまま、今度はまったく濡れていない下に入れられる。
ただ処女であった証で滑りがよくなっているのが唯一の慰めだった。
でなければ、無知なソレは、彼女達の秘所が裂けようとも行為を続けたであろう。
やがてさらに後ろの穴にも刺されていく・・・・・・・・

「ぁぁ・・・・・・・」

もういっそ殺して。
そんな想いも枯れ果て。思考が虚ろになってどれくらい時間がたったのだろう。
永劫にも似た時間が過ぎ去り、彼女達は陵辱から解放された。
しかし、それはソレが彼女達に用がなくなったことを示している。

いきなりガラス人形が彼女達のうちの一人に口付けをした。
まだ十歳ぐらいと思われる彼女は、

「うぐ・・・・・ぐぅぅぅぅぅ」

口を離された後、呻いてのた打ち回り始めた。

「げふっ!げ・・・ぎぃぃ・・・・・」

血を吐き悶絶する。そしてガクリと脱力すると、もう二度と動かなかった。
しばらくすると倒れた彼女の腹が『内側』から溶かされてきて、そこから空っぽになった腹腔が覗けた。
残った彼女達には口から注ぎ込まれた粘液によって内側から食われたらしいことが分かるが、
逃げる気力も体力も残されていなかった。
また一人、今度は両手両足、乳房、耳など、千切られてはその部分を取り込まれていく。
下腹部まで引き裂かれた時点で彼女も動かなくなった。

そして最後に残った彼女は、

「うぅ・・・・・・」

舌の口をもう一度ガラス人形に突っ込まれた後、
腹を縦に引き裂かれる。
直後、彼女の子宮が爆発した。
いや、それは彼女の感覚で、実際には子宮に直接粘液を流し込まされたのだ。
引き裂かれた腹の亀裂から、彼女の内臓が、子宮を溶かして溢れてきた粘液にどんどん溶かされていくのが見える。
それを見せ付けられながら彼女の意識は闇に落ち、無へと拡散していった。

ソレは、彼女達が収容されるはずだった研究所の試験管の中で生まれた。
ソレが生まれたとき、研究所は歓喜の嵐に包まれた。
「水酸型粘菌性液体生物」などと言う正式名称をつけられたソレは
伝説にある神を滅ぼし自らも消えたという魔王の名を冠され「湧き出す毒水(ウォーターデーモン)」と呼ばれた。
そしてソレは更なる改良を加えられるべく研究が行われた。
培養用の水槽を逃げ出して研究所の人間を襲い始めるまで。
研究所の人間は、自分達がソレを生み出したのだと思っていた。
だから制御できるはずだと。
制御まではできなくとも、敵国のど真ん中に落としてやるだけで敵国を壊滅させられるだろうと。
しかしソレは、

憎しみ、恨み、嫉み、ありとあらゆる「負の感情」につつまれたこの世界で、


生 ま れ る べ く し て 生 ま れ た 。


ソレは核となる「凝り固まった負の感情」を破壊されない限り滅びない。
例え実体を失ったとしても時間されかければソレは復活するだろう。
ソレの栄養となる 恐怖、絶望、憎悪など、この世に溢れているのだから。
そして、どれだけの時間がかかろうともソレはこの世の生きとし生けるものを食らい尽くすだろう。
その時は近いに違いない。



そして世界は闇に包まれた。


ウォーター・デーモン  了

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最終更新:2008年05月18日 15:36