[絵本地獄]


「むかしむかしあるところに、赤いずきんのにあうかわいらしい女の子がいました。」

 ナレーションが流れ、幕が開けられるように物語が始まる。
ここは罪人が逝く、死後の世界のひとつ。その名も『絵本地獄』。ここへ来た者は、個別に絵本の世界に閉じ込められる。そして物語の主人公になり、何度も何度も物語を再現しなければならない。

 私は森への一本道を歩いている。頭には赤い頭巾。右手にはおばあさんへの葡萄酒、左手には摘んだばかりの花。

 17歳の時、頭を打って死んだらしい。そのせいか、何の罪でここへ堕ちたのか判らない。ただ、ここで罪を償えば天国へ行けると言われた。だからこうして、何度も赤ずきんちゃんをえんじている。
 台詞は口から勝手に出てくれる。絵本に書かれていること以外の行動は取ってはいけない。一度逆らってみたけど、絵本通りの行動を取るまで呼吸ができなくなった。
 私の台詞も、ナレーションも、他の登場人物の行動も、いつも変わりが無いけれど、だんだんと少なくなっていっている。
 物語を何度も繰り返しているうちに、どうやら文章が少しずつ消されている事がわかってきた。絵本から消された部分は演じなくてもいいらしく、そこの場面は飛ばされて次の場面へ移る。
 最初は、物語は赤ずきんちゃんの家から始まっていた。そこで、お使いを頼まれて、途中狼と出会って、花を摘んで……
 だけど今は、いきなり花を摘み終わった状態で物語が始まっている。
 たぶん、全ての文章が消された時に、この罰が終わるんだと思う。
 物語序盤は殆ど消えているし、後半も、猟師が狼を見つける場面とか、狼の腹に石を詰める場面なんかがなくなっている。ただ、例の食べられるシーンみたいな、無くなると後に続かないようなのは消えないでいる。それでも全体で見たら、もう半分以上の場面が無くなっている。

 あれこれ考えているうちに、目的の家の前まで来ていた。ナレーションが流れる。
「赤ずきんちゃんは、おばあさんの家にやってきました」
 扉を開けて中へ入る。微かな獣の臭いが鼻をつく。狼がこの奥で待っている。
 奥の部屋に入ると、獣臭が一段と濃くなる。ベッドの毛布が異様に膨らんでいる。毛布の端から、おばあさんの衣服と獣の一部がのぞいている。毛布の中から低い声が響く。
『おお、赤ずきんかい?もっと近くへきておくれ』
 言われたとおりにベッドへ近付く。被ったナイトキャップから、とがった耳が覗いている。台詞が勝手に口から出る。有名なやり取りが始まる。
『おばあさんのお耳は、どうしてそんなに大きいの?』
『それはね、おまえのこえをよーく聞きたいからだよ』
 更に近付いていく。毛布から狼が顔を出す。いやらしい目で私を見ている。
『おばあさんのおめめは、どうしてそんなに大きいの?』
『それはね、おまえのかおをもっとよーくみたいからだよ』
 遂にベッドの傍らにまで近寄る。狼が起き上がる。私の倍以上の大きさがある。獣がその両腕を大きく広げる。
『おばあさんのおてては、どうしてそんなに大きいの?』
『それは、こうやって、おまえをだきしめるためさ』
 そう言い終わらないうちに、その大きな腕が私を抱きしめる。もう逃げられない。
 私はゆっくりと抱き上げられる。狼の顔が目の前にまで来る。毎度の事とはいえ、鼻息が顔にかかり気分が悪くなる。
 この先はあまり気持ちのいい場面ではない。さっさと終わらしてしまいたい。今度は自分から台詞を言う。
『おばあさんのお口、どうしてそんなにおおきいの?』
『それはね、おまえを……』
笑っているのか獣の口が耳まで裂け、牙がむき出しになる。更にいっそう顔を近づけ、こう応える。
『たべるためさ!!!』
 獣の口が私の頭に覆いかぶさる。一口で、首から上は口の中に納まってしまう。鎖骨に牙が食い込み、生暖かい舌が顔に押し付けられる。舌が、撫でる様にゆっくりと蠢く。先端部が、探るように鼻や耳、唇を這い回る。
 身体を抱えていた腕が両脇に差し込まれ、そのまま私をのどの奥へと押し込んでいく。舌が顔から首、胴へとゆっくり移動していく。服の上からでも、胸からへそにかけて這い回っているのが感じられる。
 舌が胴へ移っていくと共に、頭は更に口の奥へと押し込まれる。舌の根を滑り、狭くぬめぬめとした管の中に入っていく。奥に行くにつれ、呼吸がさえぎられていく。
 突然、足首が掴まれ持ち上げられる。頭部が舌になり、いっそう身体が沈んでいく。
 舌が、へその辺りから腰へと上っていき、露出した脚に絡みつく。舌が器用に右の靴を脱がし、湿った感触が足の裏に感じられる。
 既に肩から腕にかけてが食道の中へと押し込まれている。圧迫された骨がみしみしと悲鳴を上げ始める。
 まだ自由になる左足で暴れると、指と指の隙間にまで入り込んでいた舌が、名残惜しそうに脚を開放していく。
 絡ませていた舌が解かれると、食堂全体が大きく動き、私は一気に胃袋へと落としこまれる。
 ごくり、という音に続いて、ナレーションが流れる。
「こうして、赤ずきんちゃんはおおかみにのみこまれてしまいました」

 胃袋の中は、暗く、狭い。私は胎児のような姿勢で納まっている。狼の心音や呼吸が聞こえてくる。
「おなかがいっぱいなったおおかみは、いびきをかいてねむりこんでしまいました」

 狼のいびきが響き渡る。後は、このままじっとしていればいい。猟師が狼の腹を割いて、私と先に呑まれたおばあさんを助け出して、めでたしめでたしになる。そしたらまた初めに戻って……
 ……え?おばあさん……?
 胃袋の中には、先に呑まれたはずのおばあさんがいない。前回まではいたはずなのに…
 これは、ここから先の「おばあさん」の文字が消されたということだろうか……おばあさんが呑まれた場面はもう消えているし、助けられる場面からも消えれば、このお話には、おばあさんは登場しない事になる。

「めでたしめでたし」

!!!
物語が終わった?まだ赤ずきんが助けられていないのに?どういうこと?
『赤ずきんが呑まれた後の場面は、全部消されたんだよ』
突然狼の声が聞こえた。今まで話しかけられたことはない。
『物語が終わってからまた始まるまでの間は、俺も自由に喋れるのさ、今まで何も言わなかったけどな』

急に、胃全体が大きく震え始めたかと思うと、私をこれまで無かった力で圧迫し始めた。
 胃壁が何かの粘液で覆われ始め、続いてすえた臭いがあたりに立ち込める。
 じゅう、と嫌な音が聞こえ、露出された脚や腕に焼けるような痛みが走る。
『…っ痛っ!!』
『呑まれて終わりっていうのは、どういう意味だと思う?このお話は、俺様狼が女の子を呑み込んで満腹になってめでたしめでたし、ってストーリーになるということさ』
 既に胃の内部は胃液で充満している。服には穴が開き、痛みが全身に広がる。
『きゃぁぁぁ…ゴボッ!?』
悲鳴を上げようと口をあけると、そこからも胃液が入り込んでくる。酸が口の中を焼き、のどの奥へと流れ込んでくる。
『そういうわけだ、呑まれる場面が消されるまでは、これを繰り返してもらう』
 狼の胃がぜん動する。そのたびに、身体が大きく歪む。骨が外れる音がした。
『ガハッ!!…嫌……嫌あぁぁ……ぁがああ!!!』
腹にも、穴が開いたらしい。穴から、中身が外へ、広がっていく…目がやられた…世界が黒くなる…
『同じことの繰り返しなんて、楽な罰だとおもったか?忘れていないだろうが、ここも地獄だ』
 もう、痛みすら、感じない…体がはなされていく…うでが…あぁ…あたまに穴が……

…ぅあぁぁ……………ぁ………

……………………………………



「むかしむかし、あるところに……」
急に視界が開けた。身体も服も元に戻っている。
「赤ずきんちゃんは、おばあさんの家にやってきました」
歩く場面すらなく、目の前には、またあの扉があった。
絵本地獄はまだまだ続く…



  • ああああああああああタヒねかあにゃまをや -- (ああ) 2011-12-11 10:15:37
  • ああああああああああタヒねかあにゃまをやなちめちきやわやらやみやちまなはなはなゆなはさかなやはなあか -- (ああなはさかなむなあち) 2011-12-11 10:16:24
  • アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア -- (名無しさん) 2012-01-28 18:17:07
  • 無限ループって怖くね? -- (juuyuu) 2013-12-09 22:14:23
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最終更新:2008年05月18日 15:37