四方を山に囲われた窪地に青々とした木々が群生し、まるで茶色い器に入れら
れたエメラルドのスープのようだと、彼女はそんなことを考えた。
 綺麗な光景ではあるけれど、ここで遭難でもすれば決して、生きて帰れないだ
ろう。そう考えると、トレジャーハンター歴の短い彼女は、形容し難き悪寒に襲
われるが。そんな彼女の様子を見て取ったのか。一歩離れた位置に立っていた、
彼女より頭三つも背の高い髭面のジョシュアが、人の良い笑みを浮かべて、彼女
の小さな尻を叩いた。
「ミリア。暗い顔をするな、ツキが逃げちまう」
 彼女――ミリアは、叩かれた尻を隠すようにして振り返ると、顔を赤くして。
「く、暗い顔なんてしていません」
「ほう」とジョシュアは目を細めた。
 ミリアは後ろから、羽交い締められ。陸揚げされた魚のようにジタバタするミ
リアを、容易く抑え込んだまま、その腕の主はニヤニヤ笑いながら。
「だよなぁ。ミリィは俺との夫婦生活について、考えてくれてたんだろ?」
「そんなこと、考えていません。離してください」
「なら、俺への愛の言葉か。ミリィ悩む必要なんてない。俺へはただ一言、
『愛してる』とさえ言ってくれれば、それで十分さ」
 ブライアンはウェーブのかかった髪を掻き上げ。天へ向け大きく腕を広げ、惚
れ惚れと自分の言葉に酔いしれる。
 その隙にミリアは逃げ、ミリアに顔つきの似た青年の後ろに隠れてしまった。
青年――エドワードは小さく肩をすくめ。
「うちの従妹を虐めるなよ。ミリィのお母様から釘を刺されているんだ、『キズ
モノにしたら承知しない』ってね」
 ブライアンは信じられないとばかりに。
「お前みたいに手の早い奴に、誰がそんなことを頼むんだ。いい耳医者を紹介し
てやろうか」
「お前がいけ」
「なんだと」
「聞こえなかったのか。なら尚更、今からでいいから、医者へ行け、医者へ」
 子供みたいな喧嘩をする二人。
 ジョシュアは呆れたように、手近な岩にどっかり腰を落ち着けた。
 ミリアが二人の様子を伺っていると。ひた、と。キュロットを履いた尻に、何
かの感触がして。ミリアが驚き、跳ぶように逃げる。
 そこには一人の女が膝をついていた。
 ミリアが怯えながら、見ると。その女は、青みがかった黒髪に隠されたアーモ
ンド状の瞳をにぃとにやつかせ。
「…………安産型」笑った
「え、え……え?」なにがなんだか分からないミリア。
 ステラは眉をハの字に曲げ、言葉を絞り出すようにして。
「…………キュートなヒップ」となんだか意味が違う気がすることをいった。た
だ「舐めたい」それだけは駄目と言おうとした矢先、こちらのやりとりに気づい
たエドワードブライアンが、先ほどまで喧嘩していたのがウソのように。
「誰がお前に触らせるか」と声を揃えて怒鳴った。
「…………うるさい」
「なら、キモイこと言うんじゃネェ。この鉄面皮」とブライアン。
「いいから、俺のミリアから離れろ」とエドワード。
 しかしステラは顔色一つ変えず、ぼそりと。
「…………いうよ」
 ミリアには分からなかったが、この言葉を言うと。エドワードとブライアンの
二人は、ステラに反論ができなくなるのだということは、この三週間の道程で理
解したが。なぜなのかはミリアには分からなかった、大人の世界は複雑だと思う。
 そうして賑やかにしていると、二つの足音が山頂から降りてきて。
「なんだなんだ。俺たちが居ない間に盛り上がって」ギャングスターを絵にした
ような男が、爽やかな笑顔で言った。その後ろから、拭っても拭っても汗が流れ
てくるため、タオルを鉢巻にした青年が追いついて。
「なんで、この人は、こう化け物染みてるのかな。ついてく人間のことも考えて
くれよ」グチグチ言いながら座り込む、ミリアは地面に置いたバックパックから
水筒を取り外し、フォルカへ手渡した。フォルカは受け取ると「ありがとう」礼
を言って、一口くちをつけ、口の中をゆすいでから飲み込み、更に一口飲んで。
ミリアに返した。
「キャプテンが襲いせいですよ、俺たち待たされてたんですよ」とエドワード。
「ステーキなら焦げちまってる」
「悪かったな」フォルカはぼそっと呻いた。
「で、あったんですか」ブライアンはいった「ソレは」
 その言葉にキャプテンと呼ばれたギャングスターは、笑みを深め。
「森の中央部にそれらしき物を見つけた」グッと拳を胸ね前で握り「行くぞ、用
意はいいな」
 それぞれが、それぞれなりのやりかたで了解の意志を示し。ワンテンポ遅れて、

ミリアが「はい」と頷いた。
「休憩、ナシですか」フォルカはがっくりとうなだれた。



 森の中央に誰が建てたのか、巨大な墓標がたっていた。
 壁には蔦がつたい、みっしりと苔が生え壁面は殆ど露出していない。十数メー
トルも行ったところには、膝まで濡れる程度の深さの清流がながれている。もし
かすれば古代人の住処だったのかもしれないが。何もかもが自然に飲み込まれた
そこでは、かつてのことに関する情報は得られそうにない。
 その建造物から、一人の女が走り出てきた。
 ここが町中ならば、まず間違いなく女の格好に驚いたろう。女はデニムスカー
トしか履いていなかった。
 靴も履いておらず。大股で走るせいでめくれたスカートの裾からは、何もはい
てない尻が露わになる。地面を蹴る度たわわに実った乳房が、激しく揺れ、肩口
から流れる血を弾く。見目にも美しい、どことなく人間的でない美しさの顔は歪
められ。肩に突き刺さった棘を、更に痛々しくみせる。
 女は荒く息し走っていたが、地面を這う蔦に足をひっかけて転び。肩から、苔
むした地面へ身体を滑らせる。
 女はうう、と呻きながらも身体を起こした。右半身は土と苔で汚れたが、払う
余裕すらなく走ろうとした――その脚を何かが絡めとり、再び転ばせた。
 遺跡から伸びるその『何か』は女の脚を伝っていき、絡め取る。
 そのひんやりとした感触に、女は顔を皺だらけにして歪め。
「やめて、いやっ、もういやぁっ」
 童女のように泣き叫ぶ。ソレは気にした風もなく、彼女をひきずり、遺跡の中
へと連れこまんとする。
「やぁっ、うう……おうちに帰してよぉ」
 薄くグリーンがかったソレは、女の脚を這い上る。遺跡から、もう一本、それ
と同様の物が伸びる。
 女は苔むした地面に、長く伸びた爪を刺し、ひっかき、もがき。しかし力足り
ず、ひきずられる。もう一本のソレも女の脚にからまり。女の股を割かんと、大
きく広げさせる。
「痛い痛い痛い、いやぁぁー」
 この後の展開は、既に、何度となく見せられてきた。自分もやられるのかと思
うと、背筋がおぞける。
 両足を這いあがるクリアグリーンの触手は、左右から女の薄い陰毛に囲われた
恥丘を開く。触手の冷たさに身体をよじらせる。引き剥がそうと抵抗しようとし
たが、時すでに遅かった。
 引き剥がそうとした手に、触手が絡まり、腕を這い上る。
「いゃあ、ああ…………やぁ」
 うねうねと這い上る感触が、気持ち悪くてしょうがなかった。その冷たさが、
嫌だ。離れろ、離れろ、離れろ。
 秘部にあてられた触手の先端は、鋭く尖り、細められていく。そして
「ひ――」
 女のクレバスを突き破り、一気に押し入り。
「いやっ」
 細らせていた触手を、うねらせ、一気に女の腕ほどまで太らせる。
「やあぁぁぁぁぁっっ!!?」
 膣が壊れてしまいそうなほど、触手でいっぱいになり。それがぐにょぐにょと
膣の中で蠢き、何かを求めて、更に突き進もうと動く。
 女は獣のように泣き叫ぶか、その声も、触手が口を封じると発っせなくなった。
顎が外れそうになるまで、ゼリー状の自在に形を変える触手で満たされる。触手
が喉の中まで侵入しようとしてくる。
 クリアグリーンの触手の中を白濁とした液体が、進む。
 膣に入った触手は膜をあっさりと破り、全身を引き裂くような感触を女に味あ
わせる。更なる激痛が女の下腹部を貫く、押し進められた触手の先端が子宮まで
入り込んでいた。
 白濁とした液体で触手の中が満たされ、仄かに温かくなり。それを子宮の中へ、
直接吐き出した。
 腹部が膨らむ、妊婦のように腹部が大きくなっていく。入ってるのは、胎児か
退治したくなるような白液かの違いはあるが。女が白目を剥き、気を失うまで一
杯になると。秘唇から白濁液が漏れ始め、そこでようやく止まった。
 そこへ、何発もの銃声をBGMに。触手のクリアグリーンが吹き飛び、中からど
ろりと白濁した液が溢れる。
「優先目標は、女の救出だ。いいなっ」ギャングスターが森の中から飛び出す。
 続いてブライアンとエドワードが、触手へ連射しながら、少女へ近づいていく。
 遅れてミリアたちが顔を出す。
「おいおい、なんなんだよ。こりゃあ」ブライアンが苦笑する。
「さあな」エドワードは面倒くさげに「幻覚だろう。きっと」
「ホラー映画の見すぎ、ってか。俺ァ、ポルノしかみねぇってのに、これもそれ
もエド。テメェのせぇだ」
「知ったことか」
 遺跡の中へと撤退していく触手へ、容赦なく追い撃ちながらも、二人は軽口を
叩きあう。
 ギャングスターは少女の横にひざまづくと、意識を失ったゼリー状のそれを手
で払いのける。ジョシュアとフォルカも無言でそれに従う。ミリアはその光景を、
ステラの後ろで見ているしかなかった。
「しっかし臭いなぁ、おい」ブライアンは弾倉を廃し、新たな弾倉を装填する。
「なんか嗅ぎ覚えがあると思わないか、エドワードさんよ」
 エドワードは、触手が完全に撤退したのを確認して。指折り何発撃ったか確認
しながら。
「ないな。あんなモンスターと夜をともにした覚えなんざ」
「ちげぇって、ほら」


 ギャングスターは革手袋をはめたまま、指を女のクレバスに押し入れ、ゼリー
状のそれを掻きだし。押し開いて、下腹部を強く押す。勢い良く白濁した液体が
飛び出し、苔むした地面を汚す。
 一面真っ白に染まるまで吐き出させると、フォルカに
「川があったな、あそこで洗ってこい」淡々と命じた。フォルカは、まるで物で
も扱うように女の首根を掴むと、ひきずって運んだ。
 ミリアは、呆然としたまま、この世とは思えぬ光景に
「……なにこれ?」とつぶやくしかなかった。

 ひきずられて行く少女は、膣から白い線を遺していった。
 ミドルスクールに通うミリアを、従兄のエドワードがトレジャーハンティング
に誘ったのは五週間前。大好きな従兄に誘われ、一も二もなくミリアは了承。こ
の五週間いろんな場所へと連れていってもらった。勉強だと、様々な美術館に行
ったのも、デートのようで楽しかった。
 そして、前人未踏の秘境に行くと聴かされた時には心が躍ったものだった。
 しかし、
 その青みがかった灰色の瞳が見たのは、心躍る冒険などではなく。怪物による
陰惨なレイプ現場でしかなく。
 ゼリー状の怪物が遺していった白液の臭気に、ミリアは吐き気をおぼえ。ステ
ラに手伝ってもらい、二度ほど戻した。もう吐く物は胃袋には残ってないだろう。
 今は、少し離れた位置の岩に腰掛け。
 ステラに、肩にかかる程度の金髪を結ってもらっていた。
 エドワードとブライアンの二人は河から、組立式のバケツで汲んできた水で、
白液を洗い流している。
 気のせいかもしれないが、臭気も少し収まってきているが。まさかここで野宿
するのなら、いやだなぁとミリアは思った。
「なんなんだろ、あれ」小さく呟いた。
 蔦に覆われた墓標、それはどこかで見たおぼえがあった。

「レイッ。あれは一体なんなんだ」川辺にジョシュアの怒号が響いた、近くと言
っても森林で隔てられているせいで、銃声でもなければミリアたちまでへは声は
届きそうにない「答えろ」
 レイ――ギャングスターは億劫そうに首を向け「なんだ」鬱陶しそうに言う。
「さっきのは一体なんなんだ。なんでお前らはそんなに冷静でいられる、なにか
知っているのなら言えっ」
 ギャングスターはズボンのポケットから煙草を取り出し、一本口にくわえ、火
をつけ。まずそうに顔を歪めて灰色の煙を吐く。
「説明義務、とでも言う気か。ASFを辞めさせられたお前が」
「それは」言い淀むジョシュア。
 レイは深く紫煙を吸い込み、眉間に皺を寄せ。救いを求める修道士のような顔
で煙を吐き出す、ここ数年煙草が旨いとは思えなくなっていた。それでも煙草を
吸うのはやめられなくなっていた。
「ASFの名誉のためとはいえ、ブタ箱に叩きこまれずに済んだだけマシと思え」
 半分ほどまで灰にすると、レイは煙草をペッと吐き飛ばし、ジョシュアの足下
へ落とした。ジョシュアは何も言わず、それを踏み消す。
二人はしばらくの間なにも喋らず、ばしゃばしゃと水音をたてながら、先ほど
の女の局部を洗うフォルカへと視線をやった。
 フォルカはジーンズを膝までたくし上げ、シャツを川縁に投げ捨てた格好で。
何が楽しいのか、ニヤニヤと口端を歪めながら、女の膣から白液を洗い流してい
た。
「彼女は」ジョシュアはぼそりと言った。「助かりそうなのか?」
 ギャングスターは肩を竦め「説明義務はない」と言い「が。それはお前の目か
ら見た方が早いだろう。どう思う?」
「外傷はなさそうだが。あのグリーンのゼリーみたいなのが、彼女の体内で、そ
の、悪さをしていなければ大丈夫だろうとは思うが。何とも言えない」
「そういうことだ」
 ジョシュアは顔を強ばらせたまま。「一つだけ、教えてくれ」
「なんだ」
「おまえたちの目的はなんなんだ。従軍経験はあるが実戦経験のない三人に、科
学者崩れのおれ、それにようやくミドルスクールの少女を。こんな所まで連れて
きて。まさか、本当に観光だとは言わないだろうな」
「守秘義務だ」
 ジョシュアは何かを言おうとしたが、グッと堪え「そうか」と言い残して立ち
去った。
 ジョシュアの背中が見えなくなるのを待って、フォルカは女を川に投げ出した
まま上がってくると。
「なにか面白そうな話、してませんでした」
「……いいから作業に戻れ」
 フォルカはニヤニヤしながら。
「あの人もASF――遺跡探査基金の人間なんですか」
「元、だ」
「ねぇねぇ、なんで辞めちゃったんですか。あの人」
「作業を続けろ。それとも終わったのか? なら服を着せてやれ。もし、彼女が
唯一の生存者なら、我々は話を聴かねばならん」


 ジョシュアは川から戻ると。ズブ濡れになったエドワードがバケツを振り回し
て、ブライアンを追いかけ回している姿に。「またか」と苦笑し。
「あ、お帰りなさい」下から声をかけてくるミリアに、ジョシュアはわずかにた
じろいだ「どうしたんですか?」
「あ、いや」ミリアから視線を外すと、にやにや笑うステラが居て、顔を赤くし
そうになったが。どうやらステラは、ミリアの格好ににやにやしているらしい。
心中を覗かれたわけでは無さそうなので、少しホッとする「どうしたんだい、着
替えて」
 ミリアくらいの歳でも、服の話をされると嬉しいらしく。顔をぱっと華やかに
し。
「…………トレジャーハンター風」とステラが答えた。
 短すぎて今一要領を得ないが、概ね理解した。いや、見た段階からそういうこ
となのだろうとは、なんとなく想像はついていたが。ジョシュアはもう一度、ミ
リアの格好をみる。
「えへへー」
 登山には向かなかったためしまっていたのだろう、丈が長く飾りがつけられた
ロングブーツ。キュロットはそのまま。膝と肘にはローラースケートの時に用い
るようなピンク色のプロテクター。上半身はサイズが少し大きい、野球チームの
ロゴがプリントされたタンクトップ。肩に届くくらいの金髪は後ろで束ねられ、
顔を動かす度に子犬のしっぽのようにはねまわる。
 ジョシュアはごくりと喉を鳴らし、褒めて欲しそうなミリアの頭に手を乗せ。
撫でた。
「ああ、かわいい」
 ニッコリ笑ってそう言うと、ミリアは「へへ」とはにかんだ。頬に小さくえく
ぼができていた。その顔のまま、ミリアは何気なく。
「そういえば、あの女の人。その大丈夫でした? ケガしてたみたいですけど」
 ジョシュアは、先ほどのレイとのやり取りを思い出して。顔に陰を落とす。
「もしかして……」
 ミリアが気遣わしげな視線を送ってくる。それを見てジョシュアはブンブンと
首を振り。
「まだ分からないけど。キャプテンたちの様子だと、大丈夫そうだ」うそぶいた。
「よかったぁ」そう顔を綻ばせるミリアに、ジョシュアは心を和ませたものの。
 しかし、現状何一つとして分かっていないのに、安心できない。
「ステラ。あの後さっきの、ゼリーみたいなのは出てこなかったのか?」
 ステラは首肯「…………でてない」
「そうか」
 どうやらそれほど活発な生体ではないようだが、あれがもし夜行性だと仮定す
れば、ここで野宿をするのは危険だろう。
 それをギャングスターも分かっているらしく、川の側でテントを張ることとな
った。


 夜。
 ジョシュアはなかなか寝付けず、ランプの灯りを頼りに何度となく読み返した
文庫本を、パラパラめくっていると。隣のテントから声が聞こえた。
 その声はどうやら、ギャングスターのようだった。
 細かいところは殆ど聞き取ることはできなかったが、最後の
「分かっている。回収に成功すれば、七万ドルは翌日にはお前の口座に振り込ま
せる」
「…………なら、いい」
 ギャングスターと会話していた者がテントから出たようで、なんとなく興味を
そそられ。テントから顔をだしてみると。ギャングスターのテントから出てきた
ステラは、すたすたと歩いて行ってしまった。
 森の中へ、方向からして。あの、巨大な墓標が立つ場所へと。
「なんだ?」
 結果的にジョシュアは気になって眠ることもできずに夜を過ごし、朝まで起き
ていてしまった。

「あ、ジョシュアさん」
 朝食をつくるために釜戸を造ろうとしていると、寝起きらしいミリアが。薄手
の白いTシャツ一枚という無防備な姿で現れ、目をごしごしと擦りながら。
「ステラさん知りませんか? 起きたらいなかったんです」
 ジョシュアは『やはり』という思いと『まさか』という考えに囚われながらも、
慌てることなどせずに、
「さあ、散歩でも行ってるんじゃないか」
「そっかぁ」ミリアがしゅんとして俯いたのが気になり。
「なにか用事でもあったのかい?」訊くと。
 ミリアは言うのも恥ずかしげに、唇をもにょもにょと動かし、辺りを見回して
他に誰もいないのを確認してから。ジョシュアに中腰になるよう頼み、それでも
少し高さが足りず爪先だちして、ジョシュアに耳打ちした。
「その……おトイレに行きたいんですけど。一人じゃ怖くて」横目に見えるミリ
アの顔は、少し気恥ずかしげに見えた。ジョシュアがなんと答えたものか困って
いると
「ステラさんの代わりについてきてくれませんか」
「だ、誰が」答えが分かりながらも、問わずにはいられなかった
「ジョシュアさん」
 ミリアはえへっと笑った。


「う……」
 目覚めると、そこは見知った場所だった。そこは彼女が育った場所、彼女の一
部と呼んでいい空間だ。そうここは彼女だ、そうなのだという認識が彼女の中に
流れ込んできて、確信に変えた。
 ここは彼女自身、いわば、彼女は端末だ。
「…………ぐぁ……ぁ」
 息を吐く度気道が痛んだ、こんな器官は彼女には存在していなかった。端末で
しかない彼女には、親である彼女より複雑なシステムが与えられているようだっ
た。
 個ではなく有でしかなかった彼女にとって、個として動くことは、ひどく判断
を鈍らせた。端末本体意志が彼女の行動を、するべきことを伝えてきた。彼女は
それに従った。
「ワタ…………水を。くだ、さぃ」
 誰かの意志によって動くことのほうが、彼女には楽だった。
 彼女は半覚醒状態ながらも――目覚めた。
 彼女が目覚めて最初に感覚したのは〈熱〉であり〈音〉だった。
「はっ……ひっ、ひひっ……ふ」
 それがなんなのかは分からない、ただ〈音〉ということしか感覚できないでい
ると。端末本体内に眠る情報が、それは声だと教えた。〈音〉を声だと理解する
と、体内器官に変調が起きた、それは些細な変化だった。些細な変化すぎて端末
に宿る、彼女意志はそれを見逃してしまった。
 同時に彼女は感覚した〈熱〉を理解したいと思考すると、端末本体内情報が、
それは〈体温〉であり〈ぬくもり〉であると囁きかけてきた。彼女は問う。
〈体温〉とはなんだ〈ぬくもり〉とはなんだ?
 体温というのは動物が発生する熱のことであり、体温を感覚しているというこ
とは、肌と肌が触れ合っているということだと言われた。肌とは端末の外側のこ
とであり、どうやら繊細な感覚器官であると理解した。つまり彼女はほかの端末
と触れ合っているということである。
 ならば〈ぬくもり〉とは? 端末本体内情報が提示した答えは、彼女には理解
しえない内容だった。このことについては後々理解していこうと決めた。否、そ
うしなければならなくなった。
 身体が覚醒したのだ。
 無論、端末肉体であるが。現在は端末でしかない彼女にとって、その覚醒は圧
倒的すぎた。
 感覚したこともなかった情報を、一気に、それも膨大な量感覚させられたこと
により。彼女の感覚器官は容易に限界まで追い込まれ、彼女は意識を消した。
 それは、感覚できる情報が増えるまでの仮眠にすぎなかった。


「こんなに森の奥まで入らなくても」
 ジョシュアは苦笑したが、ミリアはふるふると首を振り。
「だって」もにょもにょと口を小さく動かし「恥ずかしいから」と言った。
 ミリアは茂みの中に入り、ジョシュアに掘ってもらった穴を跨ぐ。
 水玉模様の小さなショーツを脱ぎ、Tシャツの裾とともに握りしめる。
 少しひんやりとした森の外気に、ふるるっと身体を震わせる。
 もう一度辺りを確認。
 背中を向けたジョシュアが茂み一つ離れた先にいる以外は、他に誰もいない。
ミリアは小さく頷き、ゆっくりと腰を降ろす。
 太股が大きく開かれたためか。そこだけ少し色濃く、毛の一本も満足に生えて
いない土手がひんやりとして、ミリアは肩を揺らした。
 片腕で膝を抱え込み、片手で腰をおさえる。準備は万端。
 ミリアが「んっ」と僅かな力を下腹部にこめると。つるんとしていて、盛り上
がった秘裂から、黄みがかったおしっこが勢いよく飛び出。隠しようもない音を
たて、ジョシュアが掘った穴を満たしていく。
 出したいと思ってから少し時間が経っていたとはいえ、ここまで勢いよくでる
とはミリアも考えていなかったのか、止まらぬ尿音に顔を赤らめた。
 この音が他人に聴かれていると思うと、恥ずかしさで死にたくなったが。でも、
まだ、従兄のエドワードでなくてよかったと思った。

 じょぼぼぼぼぼぼ
 ミリアの小さな尿道から、こんなにも激しい音と共におしっこが出ているかと
思うと。ジョシュアは奥歯を噛み、堪えた。
 様々でいて、単純な衝動を。


 立って動ける程度の広さはあるテントの中。フォルカは痛む頬を撫でながら、
ギャングスターに冷笑を向け言った。
「今度、ぼくを殴ったら貴方は首だ」
「できるものならしてみろ」ギャングスターは平坦に返す、フォルカは悔しげに
唸ったが、直ぐ口元に冷笑を戻し。
「この計画さえ成功すれば、いつでもしてさしあげますよ」
 ギャングスターは、寝転がらせている女――昨日助けた女へ視線を落とし。ぽ
っこり膨れた女の腹を撫でながら。
「それで、この中に溜まっているのは、あの化け物の精液ではないというのか」
「ええ。おそらく、ですがね」そういって皮肉げに笑い「ぼくの英雄的行いによ
り分かったことなんです、このことはちゃんと上層部にも報告してくださいよ」
「なにが英雄的行いだ」ギャングスターは吐き捨てるように言った「気を失った
女をレイプするなど、合衆国国民の恥だ」
 フォルカはやれやれと肩をすくめ。
「触診といってください。ぼくにはなんら、やましい気持ちなんてなかった。あ
ったのはあくまで学術的興味心です」キッパリといった。
 ギャングスターは答えず。毛布を引っ張ると、裸のまま寝させられている女に
毛布をかけてやった。
「人間と同じように、女性の胎内で増殖する。この中に収まってるのは、いずれ、
あの中に居るであろう本体と同じ物になる」
「……どれくらいで?」
 フォルカは口端に笑みを浮かべると。
「分かりません」


 ソレがミリアに触れてきたのは、出し終え、「ティッシュないや」と気づいた
ときだった。
 ジョシュアに取ってきてもらおうと決めたその時、ぬめっとした感触を右脚に
感じ、見るとレモンゼリーのようなものが臑に張り付いていた。
「へ。なにこれ」
 真下の穴から伸びるソレは、スニーカーを履いた足を覆い。うねうねと動いて、
ミリアの足を登ろうとしている。いったいなんなのだろうと手を伸ばしかけ、昨
日の光景がフラッシュバックした。
「あ」
 緑色のなんだかよく分からないものに襲われてる裸の女の人。
 もしかして、たぶん。ううん――ぜったい。
「ジョシュアさんっ」ミリアは声をあげ、立ち上がろうとする。が、しかし。太
股まで登っていたソレが、脚に絡まり、立ち上がれず。バランスを失って後ろに
転ぶ。
 ぐにょ、背中に不快な感触が広がる。
「ひ――」ミリアの目が見開かれる。
 薄手のTシャツ越しに感じる、なま暖かい感触。ぶじゅうと潰れるような音を
立てた。アンモニア臭がきつく、暖かい液体が背中に触れた何かから漏れだし、
背中を汚す。
 ミリアは脚をばたつかせ、脚にからみつくソレを振り解こうとしたが、それは
離れず。むしろ、どこから生えてきたのかミリアの手、胴、首、顔にからみはじ
めた。
 ガリバーの如く張り付けにされていく。
 腕を磔にし、手を包むソレは。指の一本一本に吸い付き、爪の間にすら入りこ
んでくる。
 胴にからみついたソレは、少しふくっとしたお腹に張り付き。へその中にたま
った僅かなゴミを吸収し、どこかへと運んでいき。閉じられたへその穴を拡げよ
うと蠢く。また、胴を登り、なだらかな胸部を揉むように這い廻り。二つの小さ
な突起に触れると、それらを潰したり、引っ張ったりし。そこからも体内へ入れ
ることに気づく。
「ジョシュアさん、誰か、だれかぁ、ぁぁ、あああああああ」
 叫ぶ口にソレが入り込み、「ジョシュアさっ――もがっ!?」塞ぐ。
 舌で必死に押し返そうとするが、そんなことではなんともならず。それでも、
口を閉じようとしたところへ、ぐっ、と首が締めあげられた。
 首にからみつくソレは、荒く息する喉の動きを押さえこまんとする。
 顔を登るソレが目を覆い隠す直前、ミリアは。自分の前に立ち、見下ろしてい
るジョシュアをみた。早く助けて。ミリアの声は――届かない。


「胎内で育つと言ったな」
「ええ」
「つまり、連中は生物と考えていいわけだな」
 その言葉に、フォルカは変な顔をした。
「当たり前じゃないですか。なに言ってるんです」が、直ぐに気づいた「もしか
して、貴方、なにも聴かされていないんですか」
「ただの契約社員へ、ASFが説明する義務はない。俺に言い渡されたのは、貴
様のフォローをしろということだけだ。『リデザイン計画』については、概要し
か聴かされていない」
「へぇ」フォルカは口端にそれまでと違った笑みを浮かべ「概要ですか、例えば」
 その変化にギャングスターが気づかないわけもなく、チッと舌打つと。
「連中には人間ほど成熟していないが意識があり、その考えに従って生きる。そ
の考えは、ASF開発班の言葉によれば完全にプログラミングされたものであり、
致命的なエラーが起きない限り。人間に害を及ぼす物ではない。連中の基本思考
パターンは再生、いや――」
「リメイク」フォルカはギャングスターの言葉を奪って言った「もしくは、改め
てデザインしなおすこと。そう、それが計画名であるリデザインの由来であり。
彼女らの本質です」


 ミリアの声に呼ばれ、茂みをかき分けると。茂みの向こうには、ミリアが蛙の
ようなポーズで寝転がり、昨日のグリーンスライムに似た物に身体を覆われてい
く最中だった。
 だが、ジョシュアは、その光景をみて直ぐに行動できなかった。
 苦痛に歪み、紅潮するミリアの顔。
 服の中でまさぐるように蠢くイエロースライム。
 脚を大きく広げさせ、靴の中にすら入り込もうとする。
 ごくっと喉がなった。
 おしっこをした直ぐ後のせいか、少し濡れた無毛のかわいらしい土手を、ソレ
が押し開こうとする。
 ミリアは必死にもがく。その姿は美しい、と思った。
 顔がソレに覆われる直前、ミリアと目が合い、ようやく気を取り戻し。
 イエロースライムの中へ手を突っ込み、ミリアの細い腰を掴み、引き上げる。
弾力のあるソレはなかなかちぎれず、力一杯引っ張りあげて、ようやく千切れた。
 ミリアを抱きかかえ、ジョシュアは走りだす。
 その時には、ソレは消え去っていた。
 ジョシュアがなかなか戻ってこないので、仕方なくブライアンとエドワードの
二人は、自分たちで朝食を用意することに決め。その前に、おそらくまだ眠って
いるのであろう、女二人を起こそうとして、ようやく気づいた。
「あれ?」
 ステラたちのテントは開かれていて、ならばと覗き込むと誰もいなかった。
 二人は顔を見合わせ、どちらからともなき口を開く。
「どこ行ったんだ?」
「コンビニに買い物」へへっとブライアンは口先だけで笑い「んなわけねぇか」
と笑みを消した。
 ジョシュアがいない、ステラとミリアも。ブライアンは軽い足取りで、少し離
れた位置に立ったギャングスターたちのテントに近づき、覗きこみ。苦い笑いを
浮かべる――居ない。
「なあ、どう思う」
 エドワードは口元に手をあて、唸る。「置いていかれたわけじゃないだろうな、これだけ装備が残されていれば」
「そいやぁ、昨日助けた女の子。あの子もいねぇな、ハハ」
「考えられる可能性は、分かりやすく分ければツーパターン」
「二択か、いいね。分かりやすくて。教えてくれよ」
「全員、トイレにでも行ってるだけ。もしくは」エドワードはグッと喉を鳴らし
てから、慎重に、言葉を選ぶようにしていった「全員、昨日の化け物に連れ去ら
れたか」
 ブライアンは軽く笑い「奇遇。俺も似たようなこと考えてた」
 エドワードは顔に苦い笑みを浮かべると「なら、どうする?」
「待つのが最良だと思う」ブライアンの提案は、直ぐに却下された。
 森の中から悲鳴が聞こえてきた。
 二人は顔を見合わせる「どっちだ」「わからん」僅かに逡巡した後。自分たち
のテントにとって返すと、愛用銃をそれぞれ掴み、予備カートリッジもジーンズ
につっこめるだけつっこみ。走り出した。
 誰も居ない。この森には怪物がいる。悲鳴が聞こえてきた。となれば簡単だ。
 誰も居ない理由。悲鳴がどこから聞こえてきたかは。


 二人が走り去ったあと、ミリアを抱えたジョシュアが、川へと一直線に走り抜
けていった。ミリアはグスグス泣きながら、身体にへばりついているソレを剥が
そうと手を動かしていた。
 野営地から離れた位置にたてられたテントの中で、フォルカは言葉を続ける。
「彼女は人間に危害はくわえません」
「しかし、現実として。この女はあの触手に襲われた。第一、あの事故が偶然だ
とでも言うのか」
 フォルカは笑う「ええ偶然ですよ。彼女に飛行機を操る能力などなかった」
「ならば一体、何故ここはこんなことになっている。この場所には森など存在し
ていなかった。地図を変える力がある物だ。飛行機の一つや二つ」
「そうですね。もしかしたら、こういうことかもしれません」
「なんだ」
「彼女は飛行機を、不要だと感じたのかもしれません。ですから、細工をし、落
としたのかも」
「やはり」ギャングスターが言おうとした、その矢先を制し、フォルカは続ける。
「ですからあくまで偶然ですよ。偶然彼女がそのように進化したか、偶然そのよ
うな能力を隠しもっていたか。どちらにせよたまたまです」
 ギャングスターは言葉を飲み込み、しかし、違う言葉を吐いた。
「一つ聞かせろ。デザインし直す、そういったな」
「ええ」
「なにをデザインし直すというのだ」
 フォルカは口端をあげて、笑う。
「この、地球を」
(未完?)

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最終更新:2008年05月19日 10:26