目の前に巨大な口が広がっている。口の中は暗く深く、奥までは見えない。
周りには蜂の巣の破片が残り、難を逃れた蜂たち数匹が飛び回っている。口は蜂の次に私を呑み込もうとしている…
どうしてこんなことになったんだろう…
大学を中退後この組織に入ってもう2年、ずっと事務作業ばかりさせられていた。せっかく悪の組織に入ったのに、全く実感が湧かなかった。
ある日、上司にこう言ってみた、戦闘員とかもやってみたいんですけど…と。
3日後に辞令を貰い、女戦闘員としての訓練が始まった。
学生時代に何かしていた訳でもないので、当然成績は悪かった。
おまけに、演習中の事故で、利き腕に傷を負ってしまった。完治後も、若干の障害が残った。
ただでさえ身体能力が低い上に片腕となったのでは、戦闘員としてやっていけるわけは無くなった。
ところが、ここで何故か怪人への昇級が決まった。改造手術を受ける、という条件付で…
またあの退屈な日々をすごしたくはなかった。手術を受けることに同意した。
…それが、つい昨日のことだ。今朝、開発局へ呼び出され、有無を言わさず手足を拘束されて、巨大な扉のある実験室へと運ばれた。
研究員達は私を扉の前に置き、私と扉の間にいくつかのガラスケースを置くと、すぐに居なくなってしまった。
どのケースの中にも、蜂の巣が詰められていた。何匹かの蜂が巣から出てきている。巣の中全部を含めると、数千匹はいるだろう
部屋にあるのは動けない私と、ガラスケースに入った蜂の巣と、無数の蜂のみ。何が何だか解らなかった。
『それではこれより、改造手術を行います。』
どこからかアナウンスが流れた。 扉が開いた。
突然、蛇のようなものが飛び出し、ケースを破って蜂の巣に絡みついた。
無数の蜂ごと、巣が扉の奥へと引きずりこまれた。
蜂たちが消えた扉のほうを見上げた。
そこにあったのは、ただ巨大な口だった。
『あなたにはこれから、蜂と合体していただきます』
口以外には何も見えない。口の中で何かが蠢いた。 舌だ。
蛇に見えたのは、数十本の舌のよう触手だった。
触手が、私の周りを飛ぶ蜂を器用に捕まえ始めた。捕まえられた蜂は、口の奥へと運ばれていく。
『あなたはこれから生体合成機にかけられます、合成後も記憶は残るので安心してください』
遂に、残された最後の一匹が暗闇の奥へと消えていった。
触手たちが、今度は私の周囲に集まりだした。一本、また一本と、私の身体を這い上がってくる。
そのうちの一本が足枷に触れた。次の瞬間、鉄製の足枷が、まるで紙が水に溶けるように崩れだした。
足枷だけではない、手錠も、銃弾をも防ぐ特殊制服も、ぼろぼろと崩れ去っていく。
『生体以外の物質が混じると、合成が失敗する恐れがあります、破棄された征服は再度無償で支給するので安心してください』
扉の口から何かが吐き出された。見ると、同様にぼろぼろになった蜂の巣と思しきものが口の奥から吐き出されている。
触手が顔をなぜ始めた。蛇の身から、細い繊維のようなものが無数に伸びているのが見えた。
この繊維に触られて、足枷や制服が崩されていくらしい。
遂に、私の身を纏うものは何もなくなった。蜂の巣も、もう吐き出されないらしい。
腰にまとわりつく触手に力が込められたかと思うと、次の瞬間、私の視界いっぱいに扉の口が広がっていた。
『合成には数時間ほどかかります、それでは、いってらっしゃい』
そして、私は暗闇の奥へと呑み込まれていった。
少しの間暗闇の中を移動させられると、狭いトンネルのような場所に出た。直径は私の肩がようやく通るほど。
触手に引きずられて、ぬめぬめとした空間を進んでゆく。
実際は数十秒だったのだろうが、十数分は引きずられたように感じた。
突然、トンネルが終わった。胃袋へ出たのだろうか。
そこは、触手で満たされていた。もがいても、無数のホースのような感触がするだけ。
ふと、指に何か異物を感じた。小さな、殻のような、引っかかれるような感触。
どうやら、先に呑まれた蜂のようだ。まだ生きている。かさかさと動くのが分かる
首筋にも、太股にも、頬にも、胸にも、かさかさと小さな虫が這い回るのを感じる。
無数の蜂が、私の身体を這い回っている。蜂達が私の口から、耳から、腿の付け根から、私の内に入り込もうと試みる。
蜂だけではない
私に絡みついたままの触手が、小さく振動を始めた。触手から、例の繊維が伸び始める。
まるで、長い髪の毛に身体を撫で回されるような気分になる。
繊維が肌の蜂たちを削ぎ落としていく。
そして蜂に代わり、私に入り込んでくる。
口の中に入った繊維は、舌に絡みつき、頬の内側を伝い、咽喉の奥へと侵攻していく。
耳から何かが這入ってきた。一瞬、痛みを感じたが、その後にはもう自分の頭が上下どちら向きなのかも分からなくなった。
痛みもあまり感じなくなった。
下半身から進入してきたものは、無遠慮に私の内側を掻き回していく。
膣も、子宮も、腸も、その先の部分も、今まで分からなかった自分の内部の形が初めて分かっていく。
体内への侵攻は止まらない。
爪の間、へそ、眼球の周り、乳房の先端、蜂の足につけられた小さな傷…
もはや、繊維ではなく、液体が体内外から浸透しているように感じる…
細胞の一つ一つの間にすら、その液体が染み込んでくる…
私と、私でない繊維との区別すらつかなくなっていく…
ここで、本体?の触手たちが暴れだした。
蠕動する触手たちに巻き込まれ、脚が腰から剥がされた。その腰も、足の後を追う。
離れたはずの脚の感触が、何故か残っている。
身体が、少しずつ崩れていく事が分かる。
外側から、内側から、あの足枷のように、ぼろぼろとこぼれていく。
こぼれた身体に、同じようにぼろぼろの何かが混ざり合う。
硬いものがぴくぴく動いている。
そうか…蜂だ…
私、蜂と混ざっていくんだ…
きっと、顔も脳みそも、ぼろぼろなんだろう…
感覚は残っているがもう、私の形をしていたものはない…
いまどこに何が触っているのか、あるいは混ざっているのか…
…それは蜂か…自分の一部だったのか…
……わからない……
………わたしは……わた………
………………………………………………………………………………
………………………………………………………………………………
…………………………………………
どれほど経っただろう、急に感覚が戻ってきた。
あの狭いトンネルを引きずられる感覚。
その感覚に違和感がある。まるで寝袋の中にいるような…
不意に明るくなる。でも何も見えない。
触手が私をゆっくりと、固い床へと下ろす。
視界に、裂け目のようなものが生まれた。身体を動かすと、広がっていく。
上下へと広がる裂け目の間から、さっきの部屋の景色が見える。
ぴしぴしという音と共に開ける。背中の方で割れ目が広がる音がする。
まず、頭を出した。続いて背中。背中に、ぬれたタオルのようなものがくっ付いている。
上半身を起こした。腕を持ち上げてみる。黄色い縞の手甲が付いている。中指から太い針が出し入れできる。
立ち上がってみた。肩にも、腰にも、脚にも、鎧のようなものに覆われている。
胸は前と変らない。ウエストは、前よりくびれている。
背中のタオルが乾いて伸びていくのがわかる。
額から触角が垂れ下がっていた。そこから、臭いや空気の流れが感じられる。
軽く身体を動かしてみた。前よりもかなり軽くなっている。
『ご苦労様でした!これにて合成を完了します』
これが…新しい私……?
『あなたの新しい名前は……キラービー・クイーン!!』
……いや、その名前はちょっと………
『あら?キラービー・プリンセスの方がよかったかしら?それとも殺人女王蜂?』
………いえ、キラービー・クイーン。でいいです、はい。
『それじぁあよろしくね、キラービー・クイーン!!』
………はい。
最終更新:2008年05月19日 10:30