――PM11:45……。
「えっ、えっ、えっ? か、河川敷にいるよ?」
目で見たまんまの情報を口にする女性がいた。
陰気、と言う言葉は彼女の為にある、と思うしかない程、見た目の雰囲気が暗かった。その上、幸も薄そうだ。今まで生きていて、胸を張ってよかったと言える事が10個もないようなオーラだ。
化粧にもオシャレにも頓着した事が、生涯の内に一度としてなさそうな、日陰者の具現のような女。顔立ちだけは、服に拘り然るべき化粧をすれば、相当変わるであろうに、実に惜しい。
名を、『東山コベニ』と言った。御年20歳。デビルハンターの仕事を辞し、ブラック・バイトを仕方がなかったって奴だと言う形でバックれ、現在無職である。
そもそも、何故自分は此処にいるのか、コベニは理解してなかった。
自らに全く責も因もなく、ただただ不幸、それだけの理由で世界の全てから切り離され、拒絶されてしまった女性だった。
正直な話、元居た世界で何が起こって、その起こった事が原因で何がどう進展したのか、コベニは全然理解していないのだ。
気付いたら、
デンジと言う名の少年は、記憶の中のチェンソー姿の超人をずっと兇悪かつ凶暴に、そして強そうな姿に進化させたような姿の悪魔になっていた。
気付いたら、マキマと言う名の女性が、思い描いて実現させようとしている世界の姿を、岸辺と言う名前の五十男に説明された。
何が何だか、解らない。コベニからすれば、一日の間に百年分、世界中の社会情勢が一気に加速したような感覚であった。理解が追いつく筈もない。
ただ、間違いなく言える事があったとすれば、自分はもう、あの部屋から一生出る事がないのだろうと言う実感だった。
コンクリートの打ちっぱなし、エアコンもなく、天井はないから電気配線やダクト、排水パイプが剥き出しで、置いてある調度品は、
今日日のアイパッドと大差ないインチ数のブラウン管テレビと一人用の椅子のみ。其処が、先程までコベニが居た部屋なのだった。
地下階である故にジメジメしていて、湿気も強く、その上地下鉄からも近いのかたまに音もうるさい。
洗濯物なんて部屋干しでしか出来ないだろうし、そもそも洗濯機もないのにどうやって洗濯するのだろうと言う疑問が先に来る。
酷い場所だった。倉庫の方がまだマシなのではないかと、比較するべき対象が思い浮かばない位だった。
だが最早、コベニとデンジ、岸辺の居場所はあそこしかないのだ。文字通りの千里眼、彼女の正体を考えれば納得の地獄耳。マキマの恐るべき知覚範囲から逃れるには、あんな場所しかなかった。
箱詰めに縁がある女性だった。永遠の悪魔の腹の中に閉じ込められた事をコベニは思い出していたが、状況はアレと同じか、それ以上に最悪だ。
あの時はデンジを差し出せば、と言う最低限の希望があったが、マキマの件はそれがない。姿を見せれば、殺しに来る。完全な詰みだ。
希望も前途も夢もない、そんな場所で体育座りして塞ぎ込んでいる内に、眠気の方が先に来て、眠ってしまい――。
起きたら、この場所にいた。河川敷を通る鉄道の高架下で、周りを見渡すと、荒川土手と言う名前の付いた看板が目に入った。東京都の荒川であるらしい。足立や葛飾、板橋など多くの23区を流域とする河川だ。
「っ……!!」
コベニは青ざめた顔で辺りを見渡す。
そもそもコベニらがどうして、あんな狭いコンクリの打ちっぱなしの部屋にいたのかと言うと、外に出ていればマキマに居場所を特定されて殺されるからに他ならない。
そんな理由があったから、あんな場所で身を縮こまらせていたと言うのに、これでは何の意味もない。しかも見ると、デンジも岸辺も周りにいない。
完全に、殺してくれの意思を言外に表明している以外の何物でもなかろう。こう言う時にテンパるのが、コベニの弱点であった。
仕事の性質上早死になんて当たり前、戦闘で命を落とすのもそうだが悪魔の要求する代償を支払えずに亡くなるなんて事も当たり前。
岸辺のように五十近くまで現役を貫けられるのが、デビルハンターとしては奇跡の領域なのだ。
そんな過酷な職業を選んでいながら、今までコベニが生き延びられてきたのは、実力以上にラッキーの面が大きい。死にかけた局面も多々あったが、その分水嶺を常に、ラッキーと、なりふり構わぬ土下座と謝罪で切り抜けてきた。
今回はもう、それは通用しない。
実際の役職の高さの面でも、実力の面でも、マキマと言う女性は雲の上の住人だった。コベニが彼女と話す機会は絶無に近かったと言っても良い。
それでも、解る。あの女性は此方に謝意も誠意も一切通用しない。コベニの謝罪など、蟻の命乞いでしかないだろう。踏み潰した所で何の感慨もわかないし、そもそも命乞いが聞こえているのかすら解らないのであるから。無慈悲に、コベニを蹴散らす事など容易に想像がつく。
「どーしょ、どーしょ……!!」
マキマが何処からか現れてくるんじゃ、と言う不安から、上下左右に忙しなく頭を動かすコベニの様子は、誰がどう見たって不審者のそれであった。
普通に歩いてくるのか、それとも頭上から降りてくるのか。解らないが、神出鬼没な彼女の事だ。何なら、川の底からぬぅーっと……
――突然のフラッシュ!!
「わぁっ……!!」
何も光源に類する物がないにも関わらず、目の前で流れる夜の荒川の上空十m辺りで、音と熱とを伴わぬ、光の奔流が爆発した。
反射的に体を蹲らせるコベニ。目を瞑るのが遅れたせいか、網膜が光に焼かれ、凄まじくチカチカしていた。
「お? あ? ん? お、オマエか? オマエ、俺を呼んだな? 呼びやヶったな?」
違う――、男の声。マキマではない。いや、だからと言って彼女の配下じゃないとは限らない。
岸辺から聞いたが、今の彼女には、手足とも言うべき都合の良い『イヌ』が何人もいると言うじゃないか。もしかしたら、それなのかも知れない。
「呼んでないですウウウゥゥゥ……!!」
蹲った体勢から、流れるような動作で土下座へと移行するコベニ。
「はん?」
「私なんか殺しても何も面白くないし、昨日菓子パンとかしか食べてないから絶対食べてもおいしくないですからあああぁぁぁ……みの、みみ、見逃してくださいい悪魔さん魔人さんんんんんぅぅぅぅ……」
プライドの欠片もへったくれもない、渾身の命乞いを受け、目の前にいるであろう推定悪魔ないし魔人は何を思っているのか。
「へ、ははは、ハハ、ハハハ。お、オ、オマエ。俺が何なのか、言ってみな? オン?」
その人物は、やや吃音が入っているらしかった。何なのか、と言われても解らない。
「強い悪魔の方ですうううううう」
なのでコベニは強いと言う事を強調して媚びた。
「ひ、ハハ。あ、あ、く、悪魔か。聞こえ方は、悪い感じはし、ねぇが……。や、やっぱダメだわ」
「ひぃん……」
「お、お、俺に殺されたくないんだろ? ないよな? あとついでに、あく? まじ? そいつらからも殺されたくないから、頼りもしたいんだろ? したいよな?」
「はいいいいいいぃぃぃぃぃ」
何とか助かりそうだ、と。視力が回復したコベニが顔を上げて――
「なら、なら、俺の事をよ、親しみと尊敬を込めて――」
その姿を、見た。
「――『ヱドロ』さんって呼べよおおおおオオォオオォォオオオオォォォオオオォォォン!?!!!?!?!?!??!?!?」
荒川の水面に、如何なる力を用いてか、男は浮いていた。いや、水面に立っている。靴底からそれ以上、沈んでいない。
『FAIT』と刻まれたはちがねを巻き、茶色のマントを羽織る金髪の男で、その双眸は光を当てた高純度のルビーのように赤く光り輝いていた。
ヱドロを名乗る男は、獰猛な笑みを浮かべてコベニの方を見ている。二十代にも十代後半にも見える。若い男性の顔であった。
彼の、ヱドロの人となりについてはコベニは全然解らないが、アクしかない程、個性の強そうな男なのは、間違いなさそうであった。
「え、え、え? え……エドロ、さん?」
「ヱ!! 次間違ったら死、死な?」
「ひいいぃ……」
発音を訂正する英語教師だ。巻き舌っぽく言えば良いのか、とコベニは思った。
「え、エ……ヱ……ヱドロさん……?」
「へ、ヘハ、ヘハーァハハハ!!!!!!! お、オマエ、合格!!」
笑みを強めてヱドロが叫んだ。嬉しそうな感じが、声にも表れている。
水面を歩きながら、ヱドロは此方に近づいて行く。少し身構えるが、あれ?、とコベニは思いなおす。
少し落ち着いた瞬間、頭の中に、異物とも言うべき情報が、まるで既に学習済みの知識のように堂々と居座っている事に気づいたからだ。
界聖杯(ユグドラシル)、聖杯戦争、サーヴァント、宝具……。明らかに初めて聞く単語の数々なのに、自分はその意味を知っている。
そして、ヱドロの方を見ると、彼を指し示す奇妙な文字列が、網膜に浮かび上がってくるのだ。
その文字列から判断するに、岸に上がったヱドロのクラスはセイバーで、彼こそが、コベニのサーヴァントであるらしかった。
「せ、セイバー?」
「俺のクラス、って奴か? メイジってクラス、ね、ねぇらしいからよ? このクラスになった」
辺りを見渡しながら、徐々に此方に近づいて行くヱドロ。
「お、オイイィ?」
「は、ハイ……?」
「お、お、お姫様は……此処が、ハウスなンですか?」
「え、えーっと……」
この世界の東京には先程やって来たばかりなので、この世界で何をして過ごせば良いのか、コベニは解らない。
なので、頭の中で思い浮かべられる記憶を探してみるが……ない。如何やら彼女は、この世界では流浪の民、ホームレスであるらしかった。
「多分……?」
「マジか? 悪いけどよ、俺、ど、どっかのワンコロメイジみてぇによ? 河川敷なんかに住むような品のない真似、出来ねンだわ」
「でも、家ないし……」
「探せばいいだろ?」
「はい?」
そう言ってヱドロは高架下から出、土手を登っていく。
彼に慌てて付いて行くと、「お、良い感じのもの、あるじゃん?」とヱドロが呟くのを聞いた。
目線の先には、首都高の高架橋の下、その道路に面した場所にある駐車場付きのコンビニエンスストアがあった。
降りて行き、その敷地内に足を踏み入れるヱドロ。コンビニの中に入る、のではなく。駐車場に止められている、赤い車体が特徴的な大型バイクへと近づいて行くではないか。
これでもコベニも車の免許を持っている為、排気量位の知識は頭に入っている。750㏄は超えているだろう。その上車体は艶やかで、雨染みも水垢もない。手入れも良くしているらしかった。
「乗れよ」
「えっ」
予想外の言葉に間抜けな反応のコベニ。
「ひ、人の……」
「い、良いバイクじゃねぇか。これお姫様のなんじゃないか?」
なんか昔似たような会話を交わした事がある気がするのをコベニは思い出したが、あの時は自分の車なのに他人が所有権を主張していた筈だった。
「鍵……」
「こまけぇんだよおおおおおオオォオオォオオオオォオオォン!?!!!!?!!??? 乗れ!!」
いきなりキレ始めたヱドロは無理やりコベニの襟を掴み、猫のように持ち上げ、バイクの席どころか荷物を入れる為のリヤボックスの上に座らせてしまう。
其処は座らせる所じゃないと突っ込むよりも早く、ヱドロはシートに座る。勿論キーがない為エンジンスタートすら出来ないが――。
何の力を用いたのか、バイクは特有の、腹に来るような排気音をマフラーから放出し始めたではないか。……そして、防犯の為の、不正な手段でエンジンを始動させた時になるブザー音も、我を主張し始めた。
異変に気付いた、バイクのオーナーが慌ててコンビニエンスストアから飛び出してくるのと、凄まじい速度でヱドロの駆るバイクが駐車場から出て行ったのは、殆ど同時であった。
肝心のコベニは、前のめりになりながらヱドロの首に手をまわし、脚に力を込めてリヤボックスにしがみついて、涙目になりながら振り落とされないように頑張っていた。
「すっぜ、引っ越し……」
ハンドグリップを勢いよく握りながらそう静かに呟くヱドロ。スピードメーターの針は、180kmを振り切っていた。
「すっぜ、殺戮……」
道交法上日本のどの公道私道でも出しては行けない速度でバイクをぶっ飛ばしていながら、次々と邪魔となる車を神業染みたドリフトで回避して行く。
「ひいいいいいぃぃいいいぃぃぃ!?」と、耳元でコベニが情けない声を上げて、振り落とされないようにしがみ付いてくる。
「――獲っぜ……、界聖杯(ユグドラシル)……!!」
その勢いのまま、ヱドロは高速道路を利用する為のインターチェンジに移動する。
「ヘエッヘヘヘヘ、ヘヘヘハハハハハハハハハ――――――――――――――――――――――――――――――ッ!!!!!!!!」
狂った哄笑を上げながら、ヱドロは料金所のETC車専用入り口に突っ込み、そのまま高速道路へと乱入。
速度超過の故に赤く光るオービスが、彼とコベニを真っ赤に照らす。それは、これからの彼らの前途を象徴する、血のようにも見えたりも、見えなかったりもした。
【クラス】
セイバー
【真名】
ヱドロ@メイジの転生録
【ステータス】
筋力B 耐久B 敏捷B 魔力A 幸運B 宝具C
【属性】
混沌・善
【クラススキル】
対魔力:C
第二節以下の詠唱による魔術を無効化する。大魔術、儀礼呪法など大掛かりな魔術は防げない。
騎乗:D+
騎乗の才能。大抵の乗り物なら人並み程度に乗りこなせる。特にバイクが上手い
【保有スキル】
メイジ:EX
― † 前 世 覚 醒 せ よ † ―
Mystic Aurapower Generating Evolseed、これらの頭文字を合わせてメイジである。
前世で振るっていた異能に覚醒した者であり、現代の科学利器の力に頼る事なくして、超常の力を発現させる者。
メイジだからと言って、魔術のような能力を振るう訳ではなく、異能によっては、自己の身体に変異を起こして肉弾戦を試みる者もいる。
セイバーはメイジと呼ばれる存在の中でも特級の実力と能力を持ち、一般のメイジは勿論、彼らの中でも特に抜きんでた実力の持ち主のメイジであっても、彼我の実力差に絶対的な隔たりがある程。
セイバーがメイジとして発揮出来る能力は、因果・運命の操作と調律、と言う神霊の振るう権能に等しいそれ。
相手の潜在能力を強制的に引き出させる事は勿論、通常絶対に入り込む事が出来ない時空間の狭間への移動も可能。
但し、能力で操作・調律可能な限界は不明で、聖杯戦争にサーヴァントとして呼ばれた現在では、能力の使用には魔力が必要となっている。
またこの能力の故に、サーヴァントのステータスは意味がなく、現在のセイバーのステータスは、この能力を使わなかった場合の素の状態である。能力を用い、此処から際限なくステータスを上げる事が可能。
精神汚染(兇):B+
戦場において発揮される異常な精神性。マスターを含めあらゆる対象との正常な意思疎通が困難となり暴走する。
残虐性が強化され、敵を殺しつくすか己が死ぬまで戦い続ける。同ランクまでの精神攻撃を無効化する。
【宝具】
『宿命装具・調停狂剣(アーティファクト・ガドリグゼラム)』
ランク:C 種別:対人宝具 レンジ:1~10 最大補足:4
セイバーが振るうとされる、メイジの武器であるアーティファクト。それが宝具となったもの。
工具箱のようなものから十徳ナイフのように様々な形状の刃が飛び出している、と言う奇形のような武器であり、この、どうやってそもそも扱えば良いのかと言う武器を、
セイバーはいとも簡単に振るう事が出来る。相手の防御力を無効化する性質を秘めており、宝具としてはそれだけだが、それ故に、メイジとしての能力で強化された暴力的なステータス、
それによって跳ね上がった威力の一撃を直に叩き込まれるので、一撃一撃がカスっただけで大ダメージと換言しても良いレベルとなる。
【weapon】
【人物背景】
絶対者、調停者、因果運命の調律者、因果歪曲の調律者。
その強さを呼び表す通り名を無数に持ち、そしてその実力通りの強さを誇る狂いメイジ。
その前歴も、前世も一切不明であり、唯一解っている事は、並のメイジなど話にもならない程の純粋な身体能力と、神の権能に等しい能力を持っていると言う事だけである。
【サーヴァントとしての願い】
ない。ただ、何かの役に立つかもしれないので、聖杯としての願いを叶える機能そのものが欲しい。
【マスター】
東山コベニ@チェンソーマン
【マスターとしての願い】
手に入るなら、家族から切り離された、普通の生活が欲しい
【weapon】
【能力・技能】
身体能力:
デビルハンターとして稼いでいた経験がある為か、身体能力が高い。……と言うより、高すぎる。
契約している悪魔の影響か、それとも素の能力なのか解らないが、人智を遥かに超えた悪魔及びその契約者を相手に、普通に立ち向かっているばかりか、
相手の身体の部位を持っていた包丁で斬り落とせるなど、人を止めた領域に片足を突っ込んでいる。尤も、引っ込み思案であがり症の為か、覚悟が決まってないとベストのパフォーマンスは発揮できない。
契約悪魔・???:
詳細不明。公安所属のデビルハンターであった以上、何らかの悪魔と契約していたようだが、恥ずかしいからその正体を内緒にしていた。
【人物背景】
嘗て公安所属のデビルハンター部隊に属していた、デビルハンターの一人。
風俗かデビルハンターのどちらかの二択で後者を選び、余りにも頭のおかし過ぎる仕事(と言うよりコベニの所属していた職場だけが突出しておかしかっただけ)だったので辞職。
その後類稀な運の悪さでブラックバイトに就職し、色々あってバックれて現在無職である。
デンジがマキマを倒す為に部屋を出て行ったその後、入れ違いで聖杯戦争の舞台にやって来てしまったらしい。ロールはホームレス。ヱドロくんが住まい探しを頑張ってます。
【方針】
帰りたい……。
最終更新:2021年06月15日 20:50