世界か、家族か。
少年は、選ぶことすらできなかった。
そもそもの話、世界とは大雑把に言って、何処までを指すか。
日々何てことのなかった日常か、それとも他者も含めたものか。はたまた、
少年にとって、世界は狭い。目に映るもの全部なんて広すぎて、イマイチ実感が湧かない。
だから、少年の世界は家族だった。
父がいて、母がいて、弟がいて、――――姉がいた。
今はもういない、世話焼きで太陽のように明るかった姉。
世界を塗り替える怨敵――バーテックスを前に、一歩も退かず立ち向かった勇者。
英雄と祭り上げられ、大切だった人達も守れて。
ああ、そんな結果クソくらえである。
大切なものがあればよかった。世界なんてどうでもいい、そこまでは言わないけれど。
家族が死ぬのを黙って見ているだけの現状が耐えられなかった。
そして、何よりも。周りの人達が彼女の死を賛歌していることを許せなかった。
どうして、と。問いかけた疑問に答えてくれる者は誰もいない。
勇者万歳、英雄とは正しく彼女のことなり。
そうして未来永劫、語り継がれていく。喝采よ、喝采よ! 万雷の祝福と希望を重ねて!
魂の抜けた表情で、虚ろな目を輝かせて、明日を見据えていく。
少年はその未来だけは、どうしても許せなかった。
幼い怒りだ、唾棄すべき感情任せの結論だ。
少年が姉の死を受け入れるには少年はあまりにも幼すぎた。
過去にしたくない、今もずっと胸に燻っている想いが薄れるなんてあってたまるか。
「それなら、こんな世界――」
なくなってしまえ、と。
目を見開き、口元をわなわなと震わせ、自然と漏れた声は、姉が聞いたこともない、憎悪の塊だった。
姉の遺影を前に、少年は勇者という枠組みを呪う。
だから、バチが当たったのかもしれない。少年はこの瞬間を以て、世界から消えた。
少年の姉が命を懸けて護りたいと願い、貫いた結晶は、粉々に砕け散った。
そして――運命は、少年を地獄へと突き落とす。
「断言してもいい。君は間違いなく生き残れない」
呼び出したサーヴァントである青年は少年の感情任せの言葉を淡々と否定する。
「聖杯戦争を戦うには、君はあまりにも幼い。英霊であっても限度がある」
「うるせえ! わかんねぇよ、わかってたまるかよ!」
「いいや、わからないといけない。まずは受け入れることからだ。
蛮勇は無駄死に繋がる、この程度の諫言は受け入れるべきだ」
少年は怒りのままに吠え散らかす。
それを黙って聞く青年が丁寧に怒りを削り取っていく。
耳障りのいい言葉を並び立てないのは青年の優しさか、それとも気まぐれか。
どちらにせよ、このままだと生き残れないという現実を突きつけたことには変わりない。
「俺は、俺が選んだ道を笑って歩むだけだ。それの何が悪いんだ!?」
「悪くないよ、及第点ではある。けれど、満点じゃない」
「……あ?」
「君は、その選んだ道を歩む為に、何ができる?」
「お、俺は、戦うって!」
「戦うのはわかった。それじゃあ、言葉を変えるよ。裏切り、奇襲、混乱、幼い君でもやれることは幾らでもある。
君は、できるかい? いいや、やらないと死ぬよ、間違いなくね」
青年はこう言ってるのだ。生き残りたいなら、願いを叶えたいなら、糧にするのは憎悪だと。
「君のお姉さんのように優しい人も参加者には混じっているかもしれない。
何なら親しくなった学校の友達だって可能性は孕んでいる。
その人達を前にしても、君は選べるかい?」
「――裏切るさ」
とっくに自分は裏切っている。姉の死を称える、世界も、家族も。
それでも遺ったものを抱えて直走る。
たった一人、死んでしまった姉を否定できるのは――少年、『三ノ輪鉄男』だけなのだから。
「選べるじゃねぇ、選んだんだ! もう、此処に来た時点で、俺はとっくに全部ぶっ壊すって決めたんだ!」
青年の問いかけは愚問だった。少年の糧はとっくに憎悪へと成り代わっていた。
キラキラとした、勇気凛々な思いは、姉の死と引き換えに消えてしまった。
「姉ちゃんが死んでから、俺の毎日はずっとメチャクチャだ! 父ちゃんも母ちゃんも事あるごとに姉ちゃんを褒めやがって!
死んじまったんだぞ、もう会えねぇんだぞ、痛くて、苦しんで――! あんなにぼろぼろになったのに!」
少年は醜く顔を歪め、感情を抑えられない様子で叫ぶ。
こんな自分を見たら、姉は酷く悲しむだろう。
幼い弟も放り出して、少年はエゴと憎悪で直走る。
滑稽で、なんとも報われない話だ。
「だから、俺は勇者なんてものを、消してやるんだ。姉ちゃんがやったことを、全部ぶっ壊す!」
「お姉さんが悲しむとしてもかい」
「……先に俺を怒らせたのは姉ちゃんだぜ。勝手に護って、勝手に死にやがって」
けれど、その話の起点は姉だ。始めたのは勇者達だ。
世界なんて、見捨ててしまえばよかったんだ。背負わなくたって、少年は責めなかったのに。
「全く。向こう見ずに怒って、戦うことを選んで、旅《聖杯戦争》に出る。昔の自分を見ているみたいだ」
「……アンタにわかるのかよ」
「わかるさ。君と同じく、奪われた者として。もっとも、僕の場合は全部奪われて、残ったのは焼けた故郷と死体だけだったけど」
「それでも、アンタは……サーヴァントになるくらい、強くなったんだろ」
「まあね。君とは違い、僕には才能があった。復讐を遂げる力があった。なにせ、肩書は君が大嫌いな『勇者』だ。
笑えるだろ? 勇者なのに、世界を救う英雄なのに。
強くなった時にはもう、本当に救いたかったものは何一つ残ってなかったんだ」
そして、青年の物語の起点も自分ではない。始めたのは周りだ。
魔王と勇者の物語は勝手に筋書きまで書かれていて、巻き込まれた青年は全部失った。
一人、焼け落ちた故郷から旅立って、様々な人達と絆を紡いで。
それでも、青年の中心にあるのは虚無だった。
勇者という名の、呪い。青年には、復讐だけが横にいてくれた。
「だから、君とは最初から気が合うと思っていたよ。
僕も大嫌いなんだ、勇者という枠組みを作った世界が。
身勝手に奪っておいて、何も返してくれない世界が。
護ったのに、救ったのに、最後まで僕を救ってくれなかった、世界が――!」
望んだのはかつての幸せ。青年が青年のままでいられたあの頃。
勇者ではない、青年の幸福。憎悪をフィルターに世界を見なくて済んだ過去を、想う。
「自分だけの幸福を望んで何が悪い。復讐を糧に旅を続けて何が悪い。
ああ、その果てに得たものも、見たものも、全部同じだ!
世界が違っても、変わってない……ッ! 僕があの頃から、戦って、殺して、選んだものと何一つ!
求めてないことばかり、世界は強いてくる!! 僕はこんな世界なんて――救いたくなかった」
ただ、幸せになりたかっただけなのに。
一度、無くしてしまったものはどうあがいても取り戻せない。
それを理解できるくらい、青年は賢さは高かったはずだ。
それでも、それでも。
世界を救ったら、もしかしたら取り戻せるかもしれない。
あの日見た空を、青空を、花畑で笑い合った彼女を。
そう期待してしまった幼さは、罪なのだろうか。
「こんな勇者に救われてしまう世界に、意味はない」
結局、青年は世界を救えても、自分自身は救えない。
大切なものがただ一つだけでも残っていれば、よかったのに。
青年にこびりついた喪失の残滓は新たな救いを見出すことを許さなかった。
「………………ごめん、感情的になりすぎた。君が聞いても気分が悪くなる話だった」
「アンタは今も……」
「ああ、後悔している。英霊になった今でも、僕を苛む過去の記憶だよ」
「故郷を滅ぼした仇は、討ったのか?」
「もちろん。殺したよ。奪われる覚悟もない、勝手に狂ったどうしようもない奴だったけれど」
鉄男にとっても、青年にとっても、これ以上の言葉は無粋だった。
もう覚悟の賽は天空へと投げている。出る目もわかる、けれど、あえて、お互いに問う。
この世界の果てで、何を望み、何を選んだのか。
「改めて、聞くよ。君はどうしたい?」
「この世界に来る前から、来てからもずっと変わらねぇよ。俺の願いは――」
少年の、鉄男の願いはもう変わらない。
青年のむき出しの憎悪を受けて尚、この選択が間違っているとは露程も思わなかった。
ああ、手遅れだ。三ノ輪鉄男はとっくに壊れてしまっていた。
壊れた少年が願ったものは、姉が願ったものと何一つ一致しない。
「――――全部、ぶっ壊すことだ。姉ちゃんが頑張った軌跡も、未来も、俺はいらない」
「わかった。アヴェンジャー、『ユーリル』として、僕は君の願いを叶えよう」
その願いの片隅に、ユーリルの憎悪も乗せて。
勇者と憎悪に縛られた二人の絆は、どうしようもなく歪だった。
「本当は、大好きな人達とずっと過ごせたらよかった。でも、俺にはもうわからないんだ」
「奇遇だね、僕もだよ。あんなに大好きだったのに霞んで見えるのは、どうしてなんだろうな」
【クラス】アヴェンジャー
【真名】ユーリル@ドラゴンクエストⅣ
【ステータス】
筋力:A 耐久:A 敏捷:B 魔力:B 幸運:E 宝具:B+
【クラススキル】
復讐者:A
故郷を滅ぼした怨敵を追い求め、復讐を遂げた在り方がスキルとなったもの。
彼の場合は効果が大きく異なり、恨みや敵意を抱いた相手の魔力を探知しやすくなる。
忘却補正:A
偽りかもしれなくても、大切だったものがある。
自己回復:A
回復呪文による自己回復。
【保有スキル】
勇者:A
前へ、前へ。抱いた憎悪を糧に、彼は決して立ち止まらないし、屈しない。
ユーリルへの精神干渉は無効化され、決定的な致命傷を受けない限り生き延び、瀕死の傷を負ってなお戦闘可能。
勇者とはそういう枠組みなのだから。
魔力放出:A
武器、ないし自身の肉体に魔力を帯びさせ、瞬間的に放出する事によって能力を向上させる。
【宝具】
『勇者は天空へと祈らない』
ランク:B+ 種別:対人宝具 レンジ:- 最大補足:-
ユーリルが、生前に装備していた剣、盾、兜、鎧のセット。
天空からの授かり物である勇者の武器で、青年は仇を討った。
憎悪のままに、魔王と変わらない、純黒の決意で。
【weapon】
『勇者は天空へと祈らない』
『達観した憎悪』
【人物背景】
青年《村人》のままいられなかった勇者《主人公》。
【サーヴァントとしての願い】
世界を壊す。
【マスター】
三ノ輪鉄男@鷲尾須美は勇者である
【マスターとしての願い】
奇跡を以て、軌跡を消す。全部、ぶっ壊す。
【Weapon】
なし。
【能力・技能】
幼稚な憎悪。
【人物背景】
勇者《主人公》になれず、奪われた少年《村人》。
最終更新:2021年06月16日 22:25