とある中華レストランの個室。
一組の男女が食事を摂っていた。
「ふむ……リーズナブルな値段ながら、いい仕事をしている」
一人は、顔中に皺を生やし、サンタクロースのように生い茂った口髭は頭部のの総白髪に繋がっているほどの豊かさ。
さらにおでこは大きく後退している老齢の男性である。
垂れ目がちな目でナイフとフォークを穏やか操りながら、前菜の三種盛り(中華クラゲ、合鴨、ボイル海老)を口にする。
その姿は、笑みこそないものの好々爺という印象を与えるだろう。
だが、それは顔だけを見た時の話だ。
少しでも視線を落とせば、その老人の老人とは言えない異様な姿が見て取れるはずだ。
まずは、隆起した肩の筋肉からそのまま生えたのかと思うほどに、大木のような太さを持つ首が映るだろう。
そのまま視線を下げれば量販店で購入した安物のスーツをはち切らんばかりに膨らんだ大型トラックのタイヤと見違えるような胸襟。
そこから複数の縄をさらに幾重に編み込んだような太い腕がスーツ越しからでも見て取れる。
さらにはあの太い胴回りも脂肪ではなく筋肉だけで構成されているのだと簡単に想像できる。
しかし、その老齢にも関わらず異様なまでに鍛え上げられた上半身を持ってしても、その下半身の異様さには勝つことが出来ないだろう。
とにかく、大きい。
サイかカバかと思うほどに大きなお尻。
サポーターを五本も重ねて巻いているのではないかと疑いたくなるような強烈な太もも。
足首にいたっては明らかに足の横幅よりも大きければ、その足裏のサイズも三十センチに届くであろう大きさであった。
見るものが見ればわかる、これは気が遠くなるほどの時間を功夫(クンフー)に捧げることで手に入れた拳士の下半身である、と。
事実、その男性────ドリアンは、『闇』を知る拳士ならば、思わず息を呑むほどの中華拳法の達人である。
「うむ、悪くはないな」
三年物の紹興酒を口にしたドリアンの向かい、中華円卓を挟む女性もその料理に舌鼓を打つ。
溢れ出る気品を隠しきれない、容貌も所作も声も、その豪奢なドレスや周囲の空気すらも美しい女であった。
「失礼します。こちら、ブロッコリーと貝柱の塩炒めです」
年若い、恐らくアルバイトであろう給仕の男性が次の料理を持っていく。
常の中華ならば前菜の次には湯(タン)、すなわちスープが来るはずであるが、次に出されたものは海鮮料理である。
給仕を行う美女をチラチラと見るウエイターを歯牙にもかけずに食事を摂るその姿。
それは、明らかに『自身が美しい』ということに自覚的な者にしか出せない立ち振舞いであった。
そう、その女は、まるで名槍の穂先のようなどこか酷薄な美しさを持った女だった。
深い夕闇のような赤紫の艷やかな髪は男ならば誰もが頬ずりをしたくなるようなもの。
そして、その髪にかかる顔は世の女性が残らず嫉妬をしてしまうほどに小さなものである。
さらに、その小さな顔に大きな目と高い鼻と赤い唇が奇跡的なバランスで配置され、神話の如き美貌を形作っている。
その美しさは顔だけではない。
細い肩と華奢な腰。
確かに『色』を強調する豊満な胸とお尻。
同じ身長の人間とは腰の位置が十センチは違うのではないかと思ってしまうほどに長い脚。
まさしく、完成された美の象徴であった。
「酒もどうかな、ランサー」
「いただこうか」
特徴的な中華の器に入った酒を手に取り、ドリアンは相手の女性────ランサーのサーヴァント、スカサハへと差し出す。
それを影の国の女王であるスカサハは当然のように受け取ってみせた。
「日本では紹興酒に砂糖を混ぜるらしい。
風味も何もないが、これはこれで悪くない……君も試すと良い。
必要以上に濃い塩味の貝の炒めも、なるほど、この下品さすらある酒の味を際立ててくれる」
「そもそもが安価な酒だ、作法に拘るほどのものではないだろう。
……味付けは悪くない、食材(モノ)にはどうしても限界があるがな」
ともに出された砂糖にドリアンは虚を突かれたようだった。
だが、日本の『郷に入れば郷に従え』ということわざを思い出す。
本場中国ではどうこうなど、野暮というものだ。
ドリアンは紹興酒のグラスの中へとスプーンで一杯分だけ入れて口にする。
スカサハもそれに習い、続けて新たに出された海鮮料理を口にした。
上等な料理でないことは理解しているために、少々評価が甘くなる。
だが、それを抜きにしてもこの味も悪くないと女王は評価した。
二人の間にある会話といえばそんな色恋も親愛もなにもないものだが、不思議と険悪な様子はなかった。
「失礼します、若鶏の唐揚げです」
続々と料理が円卓に届き、続いては揚物料理である。
二人が入ったレストラン。
それは、三千円ほどで中華コースが食べられることが売りの、町中華よりは上等ではある。
だが、ホテルやデパートに構える店ほどではない、庶民的な中華料理店で会談を行っていた。
会談の内容は、当然、『聖杯戦争』である。
「つまり……君が求めるものは『敗北』だと?」
「その言葉は正確ではない、私という全てをもって戦うことだ。
そのうえで私を超える勇士にこの胸を貫かれるならば────戦士としてこれ以上の誉れはない」
スカサハの頬に、紅が刺された。
それは紹興酒の酔いによるものではないことは、ある種の『同類』であるドリアンには理解できた。
だが、言葉を続けるうちに、その高揚もまさに酔いが醒めるように消え去っていく。
「勝利には、飽いた。
なにが聖杯戦争だ、どうせ勝利をして聖杯によって受肉をしてもまた変わらない勝利を繰り返すに決まっている。
もう懲り懲りだ。
私が求めているものは、勝利を熱望しながらも叩きつけられる敗北だ」
「私も同様だよ、ランサー」
グッと酒を喉へと通すドリアン。
そして、相変わらず覇気のない垂れた目でスカサハを見つめる。
「私もだ。
私が聖杯に望むものは唯一……敗北だけだ」
ほう、とスカサハが楽しげに笑った。
勝利に飽いた者同士、どこか感じ取れるものがあったのだろう。
その笑みをきっかけのようにドアのノック音が響き、給仕が現れる。
「失礼します。続いて、酢豚になります」
「ああ、ありがとう」
「酒の追加をもらおうかな」
ケチャップをベースに作られた、世界でも人気のスイートアンドポークサワーである。
ドリアンは空になった酒の容器を差し出し、追加を求める。
すると学生アルバイトはぎこちないお辞儀をした後に退室。
再び、ドリアンとスカサハだけが室内に残される。
「面白いな、マスター。お望みならば……今すぐに私が『敗北』をプレゼントしてやってもよいぞ?」
「君が、私に?」
まるで情事を誘うような熱い色を持って囁かれたランサーの言葉。
その言葉に、ドリアンは童子のようにキョトンと目を丸める。
そして、戸惑ったように手元の料理を眺めた後に、ふぅ、と長い溜息をついた。
「君では無理だ」
ガタリ、と。
スカサハが勢いよく椅子から立ち上がった。
ピシリ、と。
ドリアンの言葉が原因となって、空気が歪んだ。
気持ちの弱いものならばそれだけで心臓の鼓動を止めてしまうほどの息苦しさ。
すなわち、立ち上がったスカサハが放つ殺気である。
「…………面白いことを言うな」
影の国の女王、スカサハ。
それはケルト神話に伝わる、あらゆる勇士たちの師。
────ケルトの『武』をたどれば必ずスカサハにたどり着く。
そう熱弁する神話学者もいるほどの、あらゆる戦士と力の『母』とも呼べる強烈な女傑である。
そのスカサハへと、ドリアンは『君では私を負かす事はできない』と宣ったのだ。
「事実だ、君では私に敗北を教えることなど……とても、とても……」
「ふ、ふふふ、ふははは!」
ドリアンの言葉にスカサハは呵呵と大笑を見せる。
長く、長く、笑っていた。
途中で追加の紹興酒を持って現れたウエイターがビクリと震えても構わずに笑い続けていたほどである。
「ふふ、面白いぞ。ああ、とても面白い。一通り笑ってやっと落ち着いた」
ふふ、と魅力的に笑いながらスカサハはそのまま椅子に腰掛ける。
どうやら、感情が落ち着いたらしい。
もしも、ドリアンとスカサハ以外のものが居たならばこの険悪な空気をスカサハが笑って赦すことで落ち着かせたと勘違いしただろう。
そう、勘違いを。
「邪ッッッ!!!」
だが、数多の勇士の師であるスカサハが誇りを逆撫でする言葉を口にして矛を収める道理など存在しない。
円卓を思い切り蹴り上げる。
料理の載った皿はもちろん、ネジ止めをされた巨大な円卓すらもドリアンへと襲いかかるほどの強烈な蹴りだ。
そのまま円卓がドリアンの太い首に突き刺さり息の根を止めんと襲いかかる。
墳ッ!!!!
しかし、ドリアンはその巨大な拳を握り、まるで差し出すように迫りくる円卓へと突き出す。
すると、まるで手品のように円卓は真っ二つに割れてみせた。
寸勁、ワンインチパンチと呼ばれる東洋の神秘にて円卓テーブルによる襲撃を回避してみせたのだ。
「どうする、甘美なる敗北は目の前だぞ?」
だが、しかし。
ドリアンの眼前には真紅の魔槍が突きつけられていた。
先の攻撃が目隠しとなっていたその槍は、必殺の穂先である。
スカサハはまるで肉食獣のように頬を釣り上げて、怒りに満ちた瞳で笑みを向けている。
「何度も言うが、君では私の望む敗北は与える事ができない」
キシリ、と槍の持ち手が軋み始める、スカサハの人智を超える握力で強く握られたためだ。
その意味がわからないほどに、ドリアンは愚かではない。
それでもドリアンは言葉を続けた。
「私に勝つということは、ランサー、君にとっては敗北であるからだ」
「ほう」
続けろ、とスカサハの赤い唇が動く。
目から、僅かに怒りの色が失せた。
「君は私がいなければ全力を出せない。いいや、それどころか、戦うことすらもままならず消滅する。
『君を召喚できた私』だからこそ、わかる。
君は今、甘美なる敗北という美酒を手にしていて、それは君が長い年月の中で恋い焦がれるまでに望んだ美酒だ。
にも関わらず、君は目障りな蟻を殺すそれだけのためにその美酒を蟻の巣穴に流し込むような愚行は出来ない」
「ふむ」
正論だ、と言ってスカサハは再び椅子に座り込んだ。
「故に、君に私へと『敗北』をプレゼントすることなど出来ない」
「私が今回の聖杯戦争という機会を手放しても、侮辱をした貴様を殺すと決めていたら?」
「私と同様に『勝利』を飽食し続けた君は、あの甘美なる『敗北』を前にしてその権利を放棄することなど出来ない。
もしも出来るのならば────ランサー、君の敗北への欲求は偽物だったと言うだけだ」
「ふ、ふふ、わ、私を前にして偽物と言うか!
この死の化身、影の国の女王たるスカサハを、偽物だと!」
再び大笑いをするスカサハ。
今度は、怒りを隠しているわけでもない。
ドリアンの口にした、敗北というものへの欲求の強さに呆れ返り、敬意を示したのだ。
「ならば……勝負となるな、マスター。全力全霊を持って聖杯戦争での勝利を目指す私と貴様、どちらが先に手も足も出ない敗北を手にするか。
「ああ、そうだ。
これは私と他のマスターたちとの勝負だけではない。
君と他のサーヴァントたちとの勝負だけではない。
私と君、どちらがより先に『甘美なる敗北』を手にするかという勝負でもあるのだ」
「ふふ、食事は終わりだッ!
昂ぶったこの心身に、こんな安物の料理は冷水をかぶるようなものだからな!」
スカサハは興奮したように言葉尻が強くなる。
そして、ドレスを翻すと、壁に溶けるように消えていった。
「……やれやれ、とんだお転婆な女王様だ。これをどうすればいいのか」
「し、失礼します! なにか音が……って、なんだこれ!?」
消え去ったスカサハを眺めていると、轟音に反応した給仕のアルバイトが訪れた。
アルバイトは部屋の惨状に呆然とし、ドリアンは肩をすくめてうそぶく。
「ああ、連れに悪さをしたら少し興奮してしまってね」
「い、いや、興奮って、なんだ、これ……円卓が粉々に……!?」
当然、そんな言葉を信じるわけもない。
アルバイトは、後ずさっていく。
目の前の異様な老人が、妙に恐ろしかったのだ。
だが、その恐怖心に従って逃亡しきれない程度には彼は平和ボケした人間であった。
それが、彼の不幸である。
「さて……ランサーが暴れてしまったからね。勘の鋭いものなら、飛びついてくるかもしれないな」
「あ、ああ……」
「そう怖がることはない」
まるで孫の頭を撫でるような優しい動きで、ゆっくりとアルバイトへと腕をのばす。
恐怖と動揺によって動けないアルバイトはその腕を振り払うことも出来ない。
ドリアンは右手をアルバイトの額に、左手をアルバイトの首裏へと回す。
そして、短く息を吸い。
「痛みもなく殺してあげよう」
コキリ、と首をねじり殺したのだ。
額に当てた右手を強く押し、首に回した左手を引きつけるようにすることで、喉仏から骨が突き出ている無残な死体の完成であった。
「な、なにが────ひぃぃぃぃぃ!??」
そのまま、新たな店員が訪れる。
平日の夜、本日は予約が少ないために従業員も少ないようだ。
ドリアンならば────『最凶死刑囚』とまで呼ばれた最低最悪の殺人鬼であるドリアンならば。
ここにいる店員全てを惨殺せしめるのに時間にして十分も必要ない。
事実、ドリアンはそのまま店員を殺していく。
『絵の具』と『材料』を揃えるために。
後日、通報によりそのレストランへと訪れた警察官たちは総じて顔を青ざめさせた。
とある個室の円卓の回転テーブルの上に、七つの皿に七つの生首が並べられていた。
悪趣味なその姿に、入り口には嘔吐された吐瀉物が散らばっている。
恐らく、第一発見者が耐えきれずに吐いてしまったのだろう。
だが、もっと珍妙なのはその個室に書かれた血文字であった。
その血文字に、曰く。
────Ladies and Gentlemen. See you again,"HOLY GRAIL WAR"(紳士淑女諸君。『聖杯戦争』で会おう)
【クラス】
ランサー
【真名】
スカサハ@Fate/Grand Order
【ステータス】
筋力:B 耐久:A 敏捷:A 魔力:C 幸運:D 宝具:A+
【属性】
中立・善
【クラススキル】
対魔力:A+
【保有スキル】
魔境の知恵:A+
人を超え、神を殺し、世界の外側に身を置くが故に得た深淵の知恵。
英雄が独自に所有するものを除いたほぼ全てのスキルを、B~Aランクの習熟度で発揮可能。
また、彼女が真に英雄と認めた相手にのみ、スキルを授けることもできる。
原初のルーン:-
北欧の魔術刻印・ルーン。
ここで言うルーンとは、現代の魔術師たちが使用するそれとは異なる。
神代の威力を有する原初のルーン―――北欧のオーディンによって世界に見出されたモノである。
スカサハは、 クー・フーリンに対して原初の18のルーンを授けたとされる戦士であると同時に強力な魔術師でもある。
神殺し:B
異境・魔境である「影の国」の門番として、数多くの神霊を屠り続けた彼女の生き様がスキルと化したもの。
神霊特攻。
神霊、亡霊、神性スキルを有するサーヴァントへの攻撃にプラス補正。
【宝具】
『貫き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク・オルタナティブ)
ランク:B+ 種別:対人宝具 レンジ:5~40 最大捕捉:50人
ケルト神話において大英雄クー・フーリンの所有する紅の魔槍と似ているが別物であり、彼女が使うものは一段階古く、弟子のクー・フーリンへと下賜した魔槍の前に使っていた同型の得物。
一本だけではなく複数本存在しており、時には二槍流、時には雨のように無数の弓矢を投擲して戦う。
その中でも強力な技が、スカサハの全膂力と全魔力を用いて投擲される投槍である。
まず一本目の魔槍で敵を「空間に縫い付けて」自由を奪い、更には二本目の魔槍を全力投擲して止めを刺す。
当然、投擲された魔槍の軌道上の敵はことごとく命を奪われる事となる。
クー・フーリンの魔槍と異なり、不死の呪いは薄らいでいる。
【weapon】
ゲイ・ボルグ・オルタナティヴ
【人物背景】
黒い戦装束に真紅の魔槍を携えた、赤い瞳の女性。
誇り高く、
何者にも靡かない王者の気質を有しており、
自己が才能に溢れ、
凡人とは違う事を把握しているのと同じく、他者の素質と気質を見抜く鑑識眼を有している。
弟子に対する教育方針はかなりのスパルタであり、不意に影の国の弟子一同に対して殺し合いさながらの最終試験を行っている。
人も人ならぬ者も殺しすぎたせいで死というものに大してあやふやとなり、死ぬことができない。
長らく生きた影響か魂が死んでおり、性根は冥府の魔物と大差ない。
本来はサーヴァントとして召喚されることがない。
【サーヴァントとしての願い】
敗北を知りたい。(どのようにして召喚され得る形になったかは後続にお任せします。)
【マスター】
ドリアン@バキシリーズ
【マスターとしての願い】
敗北を知りたい。
【weapon】
無数の暗器。
【能力・技能】
・中国拳法
中国拳法における頂点の一つである『海王』の称号を持つほどの達人。
ただし、それほどのドリアンを持ってしても深遠なる中国拳法という大山を前にしてみれば未だ麓を踏みしめたばかりである。
その中には無数の暗器を自在に操る武器術の心得も当然ある。
・催眠術
虚を突くことで敵を暗示状態に陥らせ、『当人にとって』都合の良い展開を魅せる事ができる。
【人物背景】
かつては『ドリアン海王』とまで呼ばれたほどの優れた中国拳法家であった。
様々な経緯を経て、その残虐性と奇妙な思想から犯罪を犯し、死刑囚として投獄される。
絞首刑に処されるも必要時間の首吊にも耐えて脱走。
『敗北が知りたい』と言って、東京へと向かう。
勝利を飽食し続けたため、全力を尽くして言い訳の出来ない敗北こそを求めている。
【方針】
全力を持って聖杯戦争にのぞみ、その上で完膚なきまでに打ちのめされたい。
最終更新:2021年06月16日 22:26