痛い。
 苦しい。
 ひもじい。
 痛い。
 ひもじい。
 苦しい。
 苦しい。
 痛い。
 ひもじい。


 カサカサに乾いた唇を舌で舐めてみても、罅割れた唇に潤いは与えられることもない。
 不自然に痩せこけた頬は奇妙な赤色に染まり、窪んだ眼孔に嵌められた目に力なんてないだろう。
 飛行機の音が聞こえても、それが現実なのか幻聴なのかもよくわからない。
 ただ前に進めと言われて足を動かし、呼吸をするだけで肺が痛む。
 両手を合わせて幸運という天のみが支配するものを祈りたくても、握らされた小銃がそれを許されない。
 緩んだ肛門から水っぽい便が漏れているような気さえする。
 臭いではわからない、臭いで判断するにはここはあまりにも臭すぎる。
 生い茂った樹木によって太陽は姿を隠しているくせに、その威光を示す熱だけはムシムシと伝えてくる。

 あの日までは。
 あの日までは、太陽は明るく輝いていた。
 それが、いつからか太陽は昏く沈んでいった。

 隊列の進みが止まる。
 それに合わせて歩みも止め、静かにその場に座り込む。
 配給の食事などはない。
 ひもじいという体の訴えは感覚を鈍化させる。
 窮地に追い詰められたから感覚が鋭敏化するなんて、都合のいい『お話』は存在しないのだ。
 目の前を、ナメクジが這っている。
 緩慢な動作でナメクジに手を伸ばし、乾いた親指と人差し指でそのぬめりのある体を掴み取った。
 そして、迷う必要もなくそれを口の中に放り込んだ。
 味もクソもない。
 ただ、下した緩い糞便に変わってしまうとわかっていても、栄養というものを欲していた。
 いつ終わるのだろうか。
 勝ちも、負けも、関係がない。
 一緒だ。
 勝ったらこの戦争は終わってくれるし、負けてもこの戦争は終わってくれる。
 その終わりだけを待っている。
 ああ、音が聞こえる。
 飛行機の音だ。
 小銃をギュッと握り、心のなかで指を絡める。
 どうか、どうか。
 今日もまた、生き残れますように、と。


 ◆


「………ハァッ!」

 弾かれるように意識が覚醒し、ダラダラと流れる汗を自覚しながら大きく息を吸い、吐く。
 NPB(Nippon Professional Baseball Organization)、日本野球機構の開催するプロリーグ、通称『プロ野球リーグ』。
 そのプロ野球リーグに参加するチームである『ドリルモグラーズ』に所属するプロ野球選手。
 小波鉄二。
 それがこの狭い一室に住む男である。

「はァ……はァ……はァ……」

 時々、戦争の夢を見る。
 苦しくて。
 ひもじくて。
 よくわからない理由で戦わされて。
 よくわからない理由で死んでいく。
 悪夢と呼んでなんの差し支えもない、妙なリアリティを持った夢である。

「……ふぅ」

 重い体を動かし、水を飲む。
 ただそれだけのことで、小波の体はグッと楽になる。
 思うに。
 戦争の地獄とはひもじさにあるのだと、小波は考えていた。
 もちろん、戦争の残忍さはそんなこともない。
 あの眠ることも出来ない恐ろしい場所で、小銃を握るために神に祈ることさえ出来ない恐怖。
 それもまた、戦場の恐怖である。

 ただ、小波にとっての戦場の地獄とはひもじさであった。
 食べることすらままならず、次の食事がいつになるのかもわからない。
 いつかかったのかも赤痢に襲われて、ひもじさはあるのに食を取ることが出来ない。
 気づけば蔓延していたマラリアが原因で、物体が喉を嚥下させることも不可能となる。

「……」

 ただ蛇口を捻ればカルキ臭くも安全な水が飲めることを幸運と思うには、少々感動屋がすぎるかもしれない。
 それでも、悪夢から醒めたばかりの小波にとっては大げさな話ではなかった。

「大丈夫かい、マスター」

 そんな小波に声をかけたのは、奇妙な運命をともにすることとなった一人の兵士であった。
 プロアスリートである小波ですら羨んでしまうほどの筋肉とは似つかわしくない甘いマスクをしている。
 油断ならぬ佇まい。
 常在戦場という言葉を連想させ、しかし、それは小波が戦場に抱いていた恐怖とはかけ離れた勇気が支えるものだった。

「ありがとう、キャプテン」

 差し出されたタオルで寝汗を拭き、弱々しく笑って礼を述べる。
 小波はこの男性をキャプテンと呼んだ。
 そう、この兵士こそがかのキャプテン・アメリカである。
 国家のためにと従軍を希望しながらも、その虚弱な肉体が理由に従軍を拒まれる。
 しかし、その身に宿る高潔な意思を認められて、とある任務を任された。

「君がよく言う、戦争の夢というものかい?」
「うん……夢は夢だとわかってるんだけどね」

 それは、超人兵士計画という人体実験である。
 超人血清と呼ばれる特殊な薬品を投与することで人間を超える超人を生み出して無敵の軍団を作り上げる計画だ。
 その実験に見事耐え、キャプテン・アメリカという名を与えられた。
 キャプテン、すなわち彼に続いて生み出されるであろう後輩となる超人兵士を率いるリーダーとなるための称号である。
 だが、敵国家の銃撃によって計画を担う人物は殺害され、彼は一人となった。
 彼は一人となり、生み出されるはずであった軍団が背負うはずの責務を一人で背負い続けた。
 彼は易易とその任務を果たしてみせた。
 少なくとも、周囲にはそのように振る舞った。
 そして、戦った。
 自分の信じる、『正義』の誓いのために。
 星条旗に込められた、『自由』の祈りのために。

「すごいよな」
「うん?」
「キャプテンが、さ。
 俺はあの悪夢の中で生きることを祈るだけだったけど、キャプテンはあの戦場で活躍したんだろう?
 それって、すごいことだよ」

 選ばれた存在だと、小波は思った。
 もちろん、自分もプロ野球選手になれなかった数多の野球選手と比較すれば選ばれた存在なのだろう。
 だが、そこからさらに選ばれた存在と選ばれなかった存在で別けられる。
 それを繰り返して、繰り返して、繰り返して。
 きっと、キャプテンはその果てにいるのだ。
 本当の選ばれた存在なのだ。

「俺はあそこから逃げ出したいとしか思わないけど、キャプテンは最後まであそこに居たんだろう。
 俺とは違うよな」
「そんなことはない」

 悪夢によって弱った心が生み出した泣き言を、キャプテン・アメリカは強くも優しい言葉で否定した。

「私とマスターは同じ人間だ。
 平和を願う心は、小波鉄二とスティーブ・ロジャースは一緒だ。
 正義があると信じて、自由を求める人間と私に大きな違いはない。」
「でも、俺は日本人だけどキャプテンはアメリカ人だ。
 ……あの悪夢の中で、アメリカ人は俺たちを空から襲うんだ。
 本当に一緒なのかな」

 マスクを外したスティーブ・ロジャースは自身のことを僕と呼んだが、マスクを付けたキャプテン・アメリカは自分のことを私と呼ぶ。
 そこには、きっと誓いのようなものがあるのだろう。

「私には、いや、私たち兵士にはあの戦場で殺したい人間なんていない……でも」

 小波の言葉に、再びキャプテンは応える。
 キャプテン・アメリカの目に淀みはなかった。

「出身がどこであろうとも、悪党は嫌いだ」

 星条旗を背負うことは、アメリカの兵士であると誓ったためではない。
 エ・プルリブス・ウヌム。
 多くの民族が、人種が、宗教が、言語が、祖先が一つの国家とその国民を形成する。
 生命、自由、幸福の追求を国家としての目的として定めた合衆国の誇り。
 それを賛同することこそが、国家と国家の一員である証明だ。

「人種も宗教も言語も些細な問題だ。
 本当に大きな問題は、夢を阻害するモノだ。
 平和を阻む壁なんだ。
 繰り返しになるけど、自由と正義を信じて平和を求める限り、私たちに違いなんてない」

 キャプテン・アメリカが背負うもの。
 それは、その意思だ。
 それは、その願いだ。
 その先に必ず『本物のアメリカン・ドリーム』があると信じて、ただ前を進んでいく。
 だから、例えその道を阻まんとして
 だから、例えその道を否定せんとして。
 大木が聳え立ち。
 巨岩が転がり。
 大河が流れようとも。
 それが、志を同じくするはずの国家であっても。
 キャプテン・アメリカは前だけを見据えて。
 自由の象徴として願われた星条旗を背負ってただ一言だけ口にするのだ。


 ────お前がどけ、と。


「そっか」

 パスン、と。
 オイルの塗られたグローブを拳で叩いて、小波は乾いた音を聞く。
 きっと、その音は平和の音だった。
 いつの日か、争いが終わったその日に。
 米兵から投げられたボールが、日本兵のグローブを叩くのだ。

 それを平和と呼ばずして、なんと呼ぶのだろうか。


 ◆


 時々、戦争の夢を見る。
 苦しくて。
 ひもじくて。
 よくわからない理由で戦わされて。
 よくわからない理由で死んでいく。
 ああ、そうだ。
 戦争は、もう懲り懲りだ。
 小波が欲しいものは、純粋に一つだけ。


 ────自分じゃない誰かから投げられる白いボールを受け取ることだけだ。



【クラス】
 シールダー

【真名】
 キャプテン・アメリカ@マーベル・シネマティック・ユニバース

【ステータス】
 筋力:C 耐久:B+ 敏捷:C 魔力:E 幸運:D 宝具:EX

【属性】
 秩序・善

【クラススキル】
 対魔力:E
 魔術に対する守り。
 無効化は出来ず、ダメージ数値を軽減する。

 騎乗:C
 騎乗の才能。
 大抵の乗り物、動物なら人並み以上に乗りこなせるが、野獣ランクの獣は乗り越せない。

【保有スキル】
 カリスマ:C+
 自身の指揮下にある兵士や、守護下にある民衆を鼓舞する、指揮官としての、偶像としてのカリスマである。
 仲間の能力が向上する。

 超人兵士:B
 パーフェクト・ソルジャー。
 キャプテン・アメリカは人体実験『オペレーション・リバース』という計画によって誕生した。
 超人血清という薬品を投与されたことで人類を超える肉体を手に入れた。
 優れた膂力や瞬発力に体力などの他にアルコールによる酩酊を含めた毒に対する耐毒性能を所有している。
 キャプテン・アメリカは神秘の低い毒を無効化する。

 始まりの英雄:A
 ザ・ファースト・アベンジャー。
 スティーブ・ロジャースはキャプテン・アメリカとなる以前から気高い英雄の精神を所有しており、それが形となったスキル。
 キャプテン・アメリカの指揮下にある軍は強い意志を持って威圧、混乱と言った一部の精神干渉を無効化し、白兵能力を向上させる。

【宝具】
『いつか輝ける正義の星(ヴィブラニウム・シールド)』
 ランク:C+ 種別:対人宝具 レンジ:1~40 最大捕捉:5人
 ヴィブラニウムという絶対硬度の鉱石で作られた盾。
 星を囲むように赤と白と青の線条が引かれた、アメリカ国旗である星条旗を模した意匠が施されている。
 生半可な力では破壊することは不可能で、雷神ソーのムジョルニアの一撃すら傷一つつかずに跳ね返している。
 また、その硬度を利用してキャプテン・アメリカの卓越した技術によって円形の盾をフリスビーのように投擲して攻撃することも可能。
 純粋と純潔、逞しさと勇気、戒心と忍耐。
 そして、正義を意味するキャプテン・アメリカの象徴そのものである。


『高らかに謳え、自由の歌を(アベンジャーズ・アッセンブル)』
 ランク:EX 種別:対軍宝具 レンジ:1~50 最大捕捉:10000人
 スーパーヒーロー集団、『アベンジャーズ』を呼び寄せるキャプテン・アメリカの掛け声。
 一癖も二癖もある英雄たちがリーダーとして認めるキャプテン・アメリカの呼び声に応えることでヒーローたちが召喚される。
 キャプテン・アメリカと正義の価値を共にせずとも、自由の意思を共にすれば参戦することが出来る。
 そのため、キャプテン・アメリカ自身の意思に揺れがあれば、正義の価値がなければ、その掛け声は虚空に悲しく響くだけである。


【weapon】
『いつか輝ける正義の星(ヴィブラニウム・シールド)』

【人物背景】 
本名:スティーブン・グラント・“スティーブ”・ロジャース(Steven Grant "Steve" Rogers)

キャプテン・アメリカはヒーローとしての名称で、個人としての名前はスティーブ・ロジャース (Steve Rogers)。
通称では「キャプテン・ロジャース (Captain Rogers)」や、略称で「キャップ (Cap)」とも呼称される。
他に通り名としては「自由の番人 (The Sentinel of Liberty)」、「星条旗のアベンジャー (Star-Spangled Avenger)」、
「第二次世界大戦の生ける伝説 (The Living Legend of World War II)」、マスク側頭部の装飾から「ウイングヘッド (Winghead)」など。

1922年7月4日生まれのかに座、出生地はニューヨーク市マンハッタン区ローワー・イースト・サイド。

軍の徴兵基準を満たせない程貧弱な体だったが、ナチズムへの義憤と愛国心に駆られ1941年に軍の「超人兵士計画」に志願。
人間を超人兵士に生まれ変わらせる特殊な血清を投与された。
この血清を創ったアースキン博士がナチスの工作員に暗殺され、血清の正確な精製方法はアースキン博士の頭の中にしかなく、
スティーブのみが当時のアメリカの超人兵士「キャプテン・アメリカ」となった。

スーパーヒーローチーム、『アベンジャーズ』のリーダー的な存在である。

【サーヴァントとしての願い】
 平和な世界。


【マスター】
 小波鉄二@パワプロクンポケット2 戦争編

【マスターとしての願い】
 平和な世界

【weapon】
 木製バット

【能力・技能】
 ・プロ野球選手としての運動神経と身体能力
 ・普通自動車免許

【人物背景】
 貧乏球団『ドリルモグラーズ』に所属するプロ野球選手。
 祖母に育てられ、生き別れの兄が一人いる。兄の名前は大鉄。
 小さな頃からずっと野球をしていたため勉強はできない上に地頭も良くない。
 また、あまり恵まれた生活でなかったために常識知らずの一面もあり、丸め込めやすい性格をしている。
 そのため、人に強く『そうだ』と主張をされれば信じ込んでしまう悪癖がある。
 女性にだらしない一面がある。

 そんな現代日本の鉄二はある日、太平洋戦争最中の日本へとタイムスリップをして、あるいはタイムスリップをした夢を見る。
 それが現実かどうかは重要な意味ではない。
 そこで鉄二は、戦争が地獄だと呼ばれる本当の意味を知ったのである。


【方針】
 野球がしたい。

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最終更新:2021年06月17日 20:01