『予定されていたすべての準決勝が終了いたしました!見事決勝進出を果たした新人アイドルは以下の六名となっております!
優勝の発表予定は〇月△日を予定しております!新たな新人アイドルの頂点の栄光は誰に輝くのか、乞うご期待!
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七草にちか』
W.I.N.G.公式アカウント、と銘打たれたアイコンの下に並ぶ名前の、その一番下に書かれた自分の名前を、どこか他人ごとのように見つめる。
ぼうっと眺めていたその文字列は、最新の投稿を知らせる通知によって押し流されて。
『七草にちかのW.I.N.G.決勝進出が決定しました!ここまで来れたのは偏に皆様の応援のお陰です。精一杯頑張りますので、最後まで応援よろしくお願いします!(スタッフ)』
その文字列を数秒見つめた後で、目を逸らすように画面をスワイプする。
流れてくるのは、雑多な文字列。アイドルをはじめとした様々なアカウントから毎日のように流れ出る、他愛もない情報の奔流。
『@WING_official 〇〇ちゃん残った!楽しみ!』『【新譜発売のお知らせ】今月の注目はストレイライトのサードシングル──』『明日は課題やらなきゃ!それと──』『@nichica_SHHis 頑張れー!』『警視庁の公式発表によれば、最近の東京都内における治安悪化の対策に向けた新たな警察部隊の編成を──』『@WING_official 八雲なみの子?』『【プロダクト】斑鳩ルカが出演するトーク番組のオリジナル商品が──』『@Sonoda_chocolate チョコちゃんかわいい!』『高校だるい』『今日のしあわせ~は──』『アンティーカLP現地二日目きた!!!!!!!』『動画上げました!【2X・夏】プチプラのススメ【これからのトレンド】』『今日も一日──』『渋谷区の建設中のビルにおいて事故が発生し一名が亡くなる事件が──』『SNSサービス・ツイスタでも注目を浴びる──』『八雲なみ歌詞bot』『@nichica_SHHis 283はやっぱり凄いけど、まだ研究生扱いなのはなんでなんだろ』『割引クーポン配布中!今なら新商品が──』『@WING_official 283の子残ったのか』『【定期ツイート】イルミネちゃん一生推す』『皆で喫茶店。季節限定うま。』『ever cheeryのポーチゲット! #まな #神まな』
好きなもの。同業者の情報。いつも使っているクーポン。お洒落。
年頃の少女にほんの少し偶像の世界が織り混ざった羅列を見るのは、嫌いではない。元から──ここに来る前からの、変わらない日常のルーチン。
──ただ。
『やば……生で見ちゃったかもしれん』
──ならばこそ、そこに混じる不純物は、この日常が非日常であると認識させる。
「──うわ」
つらつらと眺めていたタイムラインに、辛うじて輪郭が分かる程度のぶれた写真と共に「彼」の名前が現れたのを見て、七草にちかは思わず声を挙げた。
下手をしたら自分どころか、同じ事務所に所属する人気アイドルすらも余裕で抜き去りそうなインプレッションの数に、流石に辟易とする。
『すっごい人気者じゃないですか。凄いですね、英雄って』
『それはあえて姿を表したものですので。ですが、この地でも不肖の私をこうして皆様に愛していただけるのは有難い限りです』
そう虚空に問いかけてみれば、律儀にも返事が帰ってきた。
まさかこんな急に話しかけても分からないだろう、と高を括っていた分、その几帳面さがにちかの癇に障った。
──彼を召喚してから、こうした念話での会話は幾らかしているものの、彼と対面して直に話したことは召喚した瞬間を含めても片手で足りるほどしかない。
それは彼自身が非常に特異なサーヴァントであり、召喚された時点でその真名が会場内のほぼ全域に知れ渡るからこその措置である、と説明はされたものの、自分のようなものはともかく事務所の他アイドルなどすらも超える程の扱いをされているのを見ると
まして、彼が本来戦争など起こらない筈の現代日本において『英雄』として扱われ、あまつさえ各種行政機関やメディアにすら取り扱われるスター的存在。
事務所の仲間──社長や
プロデューサー、美琴さんなども当然に知っていて、その影響は芸能界にすら届いているというのだから凄まじいものだ。
『サーヴァントって、目立っちゃダメなんじゃないんですか?』
『他のサーヴァントであれば、ですが。私は些か特異な身でして』
嫌味のようなニュアンスを込めても、凛々しい声はひらりとその癇癪をかわして耳障りのいい言葉を返してくる。
念話ですら涼やかで凛として通る声だ。アイドルの囁きと言われても反論が出ないであろうその声で呼ばれれば、さぞかし振り向く人も多いだろう。
『それにしても、このご時世に英雄って……お姉ちゃんまで、信じてるなんて』
『少なくとも、この東京においても秩序を守る英雄として任せられていることは、ひとかどの英雄として光栄なことではありますね。この身には過ぎた栄光とも思えますが』
それが当たり障りのない謙遜である、ということに、理由もわからぬ苛立ちが募る。
英雄。輝かしい──否、この会場の誰よりも輝かしい存在である彼が、丁寧に過ぎるというのも一つではある。
そして、それを、よりによって自分のような人間に召喚させた運命が──聖杯とやらの采配が、とにかく腹立たしかった。
『──さぞかし、立派な英雄だったんですね、ロスクレイさんって!』
困っているか。それとも呆れているか。あるいは侮蔑されているだろうか。
こうして叫ぶしかできない愚かな少女を、絶対なる英雄は、どのように見ているのだろうか。
『──私なんて、どうやって立てばいいかすら──』
言おうとして、続かなくなる。
分からない。怖い。
処理できていない感情が、形を成すことすらできず滓となって積もる。
『……マスター。マスターの仕事について、門外漢の私から伝えられることはないでしょう』
──聞きたくなんてない。
英雄としての言葉。我が儘な少女をあやすような美辞麗句と、どこまでも輝かしい栄光に彩られた言葉。
そんな言葉は惨めになるだけで、そしてそんなこと──自分が惨めなことなど、とうに知っているのだから。
『その上で、私が敢えて言うのであれば』
けれど、そんな思いとは裏腹に。
絶対なる英雄は、その、どこまでも涼やかで凛とした声で。
『マスター、あなたは、そのアイドルという仕事を──どのように思っていますか?』
──七草にちかにとっての、核心を突いた。
『──それは──』
迷いなく、答えられた筈の問い。
七草にちかにとってのアイドル。その顔貌。
それは間違いなく、たった一つしかない。
だから、それを答えればいい。
その筈だった。
──そうなの?
白盤と手書きの文字。
12インチのいつかの叫び。
何に問いかけるでもない問いかけ。
いつも聞いているあの曲の、哀しそうな──
『──ッ』
『……マスター』
答えられない。
存在した筈の答えの場所に、今は空虚が収まっている。
その欠落を、伽藍の洞への恐怖を誤魔化すように、耳を塞ぐ。
『……もう、いいです。私、寝ますから』
『……それが良いでしょう。貴方も大事な出番が控えているのですから、貴方はそちらで貴方のするべきことを。
此方は、私が為すべき事を為します。お任せくだ──』
最後まで聞かないまま、念話を打ち切る。
どこまでも、丁寧にこちらの身を案じてくる彼の言葉は、なるほど正しく英雄のそれだ。
英雄として完成されているように聞こえる彼の言葉を、聞いていたくはなかった。
「……」
もう一度、SNSに目を通す。
タイムラインを遡れば、先程見たW.I.N.Gの告知ツイートが目に入る。
聖杯戦争という会場で、本来の世界からは歪んでいて──しかし、自分が立ち向かわなければならない舞台だけは、律義にもこの世界でも行われようとしている。
それを目にする度に、自分は思う。
──どうして、私はステージに立っている?
笑う為の戦いだと、彼は言った。
これで終わらない為に──終わったとしても悔いのないように、笑えるようにする為のものなのだと。
──なのに。
私はもう、どうやって笑えばいいのか分からない。
私の笑顔が模倣していた彼女の笑顔が、紛い物だったのかもしれないと、疑念を抱いてから。
私が履こうとしていた靴そのものが歪んでいた可能性など、考えたことすらなかったから。
「──なみちゃんが」
もし、このSNS全盛期の今、生きていたら。
あるいは彼女も、こんな風に一挙一動に反応が飛び交っていたのだろうか。
その光景を夢想して──八雲なみの情報が、音楽が、唄声が流れ出るインターネットの海を夢に見て。
──そうなの?
それを見て、私も無邪気に喜んでいたのだろう。
けれどそこに、私は何を見出していたのだろうか。
彼女がもしその光景を見たら、彼女は、笑えていたのだろうか。
──なみちゃんは、幸せだったのか。
答えは出ない。
二十年も前に、その問いは放たれて。
私にとっても、もしかしたら彼女にとっても、答えが返ってくることはなくて。
──あるいは。
「……あなたは、どうなんですか。ロスクレイさん」
彼に聞けば、分かるのだろうか。
彼を模倣すれば、あるいは、誰かに希望を持たせる偶像の在り方を知れるのだろうか。
──あるいは。
──彼すらも、そうなのだろうか。
──その英雄の仮面の裏に、もしかしたら──ただの、人間としての素顔が──
「……ばかみたい」
──時は、僅かに遡る。
SNSに彼の姿が投稿されてから、僅かにもしない頃──絶対なるロスクレイは、その撮影地点に程近い工事現場に佇んでいた。
周囲に人影は見当たらない。人を見たのは、数本前の通りで路駐して眠っているタクシーの運転手が最後だ。
およそ彼の華々しい容貌とは似合わぬ暗闇の中で、彼は一人棒立ちになる。
「──さて」
同時に、これまで着ていたスーツが一瞬のうちに鎧甲冑へと変わる。
世間に見せている「英雄」としての姿を、誰もいない場所で表す。それは紛れもなく──彼が、「本来東京都に存在するはずのない英雄」であることを知っている存在と相対する為。
「誘い込んだ、か──だがまあ、英雄として賞賛に値するぞ。絶対なるロスクレイ」
──果たして。ロスクレイの前で、それは現れる。
霊体化を解いたサーヴァント──真名も知らぬセイバーが、獰猛な笑みを浮かべてロスクレイを見据えていた。
セイバーの主従は、元よりロスクレイを──目立つ位置にいる英雄を、仕留める為に行動を起こしていた。
彼が今この近辺にいることを、マスターの持つ端末からSNSを通して認識できたことは、彼等にとっては僥倖といえただろう。
「本戦が始まればいざ知らず、予選ともなれば必要以上に騒ぎを大きくする必要もない。ご理解戴けていたなら──」
「今更、御託はいい。これ以上の言葉は不要だ」
ロスクレイの言葉を切って捨て、セイバーは無造作に剣を抜く。
同時にロスクレイも、鞘から剣を抜き放ち、正眼に構えてセイバーを見据えた。
数秒、空間に静寂が下り──瞬間、裂帛の闘気が空気を割いたかと思えば──次の瞬間には、セイバーはロスクレイへと深く踏み込んでいた。
「──貴様の剣を見せろ、ロスクレイ!」
一合。互いの剣と剣が衝突し、一瞬の火花が暗い闇の中の工事現場を照らす。
セイバーの質量と膂力を乗せた一撃が、一瞬のうちにロスクレイへと迫っていた。
辛うじて踏みとどまるも、徐々に押されつつあるロスクレイは、鍔迫り合いから脱却する為に姿勢を下げる。
「【──からトウキョウの土へ】──」
瞬時に、相対するセイバーの足元の地面が胎動する。
距離を取ったのはこの為か、と理解すると同時に、今度はロスクレイが吶喊する。
一歩引きながら剣の腹で受け、次いでセイバーが繰り出したのは小ぶりな突き。点の攻撃でこそあれど、その一閃は確かにロスクレイの致命を見据えている。
辛うじて間に合ったロスクレイの防御が、その道を阻み──しかし、その剣には不可逆の罅がひた走る。
「この程度か──!」
剣が無ければ、ロスクレイも只の木偶と同じ。精々が先の魔術程度であれば、殺すのは容易い。
しかし、その想像を裏切るようにして、セイバーの剣を剣閃が遮る。
見れば、そこには新たな剣を手にしたロスクレイ。どこから、と思えば、セイバーがつい先程立っていた地面に、不可思議な隆起の痕がある。
──最初から、この為の工術。足場を狂わせたのも、あくまで副産物に過ぎない。
(最初の一撃で、既に剣を捨てることを決意していたか)
その判断力の素早さに、内心でほう、と舌を巻く。
事実、セイバーの渾身の踏み込みを受けた時点で、並みの無銘の剣ならば折れることもあろう。ロスクレイともあろうものが無銘を使っていることは意外でこそあったが、新たなる剣を持っているというのであれば納得もできる。
(ならば、もう一度──)
瞬時に踏み込み、再び先と同じ最速、渾身の剣閃。
だが、同じ手は決して絶対なるロスクレイへの決め手には成りえない。
流麗な受け流しの一手が、剣にかかる負担を最小限へと抑えながら、セイバーの剣の行先を誘導する。
そのまま追撃を加えんと振り被るロスクレイに、しかしセイバーもされるがままになることはない。
下段にて凌ぐセイバーと、上段より打ち下ろすロスクレイ。二度、三度と繰り返されたその剣戟から這い出るようにして、セイバーが
「【──土へ。形代に映れ。宝石の──】【──虹の回廊。隠れし天地を回せ──】」
「くっ──」
その隙を突くようにして、意識外からふわりと剣が浮かび上がる。
詞術──工術によって作られた剣が、力述──浮遊したかと思えば、セイバーの一閃を受け止めていた。
ロスクレイに届くことなく阻まれた剣閃をセイバーが訝しむ暇もなく、襲い掛かるはロスクレイの鮮やかにして正しき弧を描く一閃。
紙一重で回避したセイバーの目の前を、僅かに寸断された己の毛先がひらりと舞った。
「……なるほど。正当なる、故に強かな剣の使い手。またその術式。共に備えている──実に素晴らしい。英雄と呼ばれるだけはある、といったところか」
「お褒めに預かり、光栄の限りです」
セイバーの美辞麗句は、決して皮肉ではない。
少なくともただの白兵戦において、ロスクレイは達人の域にいる。その剣そのものを宝具とする程の神域には在らずとも、王城剣術の基礎を徹底して磨き上げたその剣技は只人のレベルを遥かに凌駕している。
純粋な決闘──それにおいて、なるほど、ロスクレイは英雄として担ぎあげられるに相応しきサーヴァントと言えるだろう。
「ならば、その正当な剣術と魔術を以てして、或いは貴様の持つ秘技を以てして──」
ならばこそ。
その奥にある神髄こそを、断つ。
「コレを受けてみせろよ、ロスクレイ」
瞬間。
空間の魔力が滞留したかと思えば、セイバーの剣に、四肢に、それが流れ込んでいく。
傍目に見ても、明らかに異質だと分かる魔力量。サーヴァント同士であれば、
濃密なマナの質量に淀んだ大気が、ロスクレイとセイバーを包む。
あくまで構えを崩さぬロスクレイに、セイバーは再び獰猛な笑みを向け──
「──お前ら!こんなところで何をやっている!」
不意に、声が聞こえた。
振り返りこそしないが、ちらりと意識を向ければ、そこにいるのは警察官と思しき服装をした二人組。
武器を携え戦闘している此方を警戒したか、既に携行しているのであろう銃器を構え、こちらに照準を向けている。
工事現場の警備員か、はたまた警察か──奥まったといっても、この都市では見つかる可能性があるということか。
「不純物が──」
面倒だと思いつつも、今は無視する。
神秘の秘匿がこの聖杯戦争で処理されるかどうかは知らないが、もし知られても見られたことを消すのはセイバーにとってそう難しいことではない。
そもそも、神秘のこもっていない弾丸など英霊にとっては些事。自分が傷を負う恐れなどない。
ならば、この一合を放った後。その後でも遅くはない。
故に、セイバーは己が剣の切っ先をロスクレイよりぶらすことは無く。
神速の踏み込みと共に、剣に込めた魔力をブーストして、一気に距離を──
──何かがおかしい。
先ぶれはあった。感じていた。
この場所に来た瞬間から、何かの違和感を、ずっと。
一見して、入りにくいだけで何の変哲もない空き地だ。周辺に人が集まるような場所ではなく、さりとて彼等のような部外者が駆けつけることが不自然な程離れている訳でもない。
だからこそ絶対なるロスクレイは、こうして工事現場に入った。自分を察知してのこと。自然な行動だ。マスターが何処にいるのかは不在だが、誰もいない場所で打ち合うのは市民を守る為の彼の行動として当然のことである。自分がそうしたように。
違和感はない。
何も。
無いはずだ。
けれど。
何だ。
何かを感じる。
それは例えば、この工事現場の上空から微かに聞こえ続けている、僅かなプロペラの音。
それは例えば、本来この時間帯なら片付けられていないとおかしいような重機の影。
それは例えば、此方を見るやすぐに銃を抜き構えていた、警官たちの用意の早さ。
それは例えば、宝具を使おうとした今この瞬間を狙いすましたかのような乱入。
一つ一つは、あるいは偶然かもしれない。
けれど──この刹那、彼は確かにその偶然が、必然である可能性を考えた。
それは英霊としての直感。
彼自身が養ってきた戦場での勘が、それらを繋げろと叫ぶ。
目を向ける。
一見、英霊には通じようがないであろう銃。──本当に?
闇にとうに慣れた視界が捉える。
それは普段、日本国の法令で警官が携えているものとは明らかに異質なもの。
アサルトライフルという種類の、突撃小銃。
──ぷしゅ、ぷしゅ、ぷしゅう。
サイレンサーで消音された銃声が、一切の躊躇なく己だけに放たれたことを認識して──瞬間、セイバーの体は全力で跳ねた。
銃撃を避けることができたのは、偏に彼の英霊が瞬発力に秀でていたからに他ならない。
辛うじて銃撃を避けたセイバーが、再び構えを直そうとして、──終わらない。
「【──土の源。片目より出でよ。閃け】」
詞術の追撃。
これまで全く見せていなかった雷の詞術が、筋肉の硬直を起こしてセイバーの動きを制限する。
その中で、一直線に吶喊してくるロスクレイ。
狙う先は自分。恐らくは霊核を狙った、神速の突き。
だが、まだだ。まだ対応できる。
貯め込んだ魔力は、未だ拡散せずに宝具として解き放たれる時を待っていた。
小細工が漁夫の利を狙ったものか、それともロスクレイの仕込みかは知らないが──今この瞬間斬ってしまえば、それも終わる。
ロスクレイが此方に辿り着く前に、宝具を開放する。この差であれば、まだ自分の方が早く、ロスクレイの霊核を穿つことができる。
それを理解し、セイバーが口の端を歪めた、その刹那。
──ぱしゅ、と。
先程聞いた音が、先程とは違う場所から響いたと思えば。
繋がっていることを認識していた魔力パスが、途切れていた。
今にも放たれようとしてした宝具の為の魔力にラグが起こり、セイバーが一瞬の膠着に陥る。
「貴様」
それは、即ち。
「ロスクレイ」
セイバーのマスターが、死亡したということ。
それも──今の状況下においては、間違いなく、ロスクレイ自身の策略によって。
最早疑う余地はない。
これは、仕込みだ。
英霊を狙うことを可能とした弾丸、乱入のタイミング、ロスクレイ自身が謀ったことを示して此方の注意を引く策略、凡て掌の上。
この場所に入った瞬間から──あるいは、彼がロスクレイを標的と定めた、その瞬間から。
ロスクレイは、この一瞬の為の、仕込みを──
「──ロスクレェェェェェイ!!!!!!!」
激昂する。
剣の道を汚した男を。
英雄と名乗り、栄光を浴びながら、その実、対等な筈の争いに不純物を混ぜ込んだ男を。
怒りのままに、保持した宝具を解禁する、その刹那。
「──これが、私の宝具です」
ロスクレイの、理想的なまでに研ぎ澄まされた一振りの剣撃が──霊核より先に、剣を持つ手を切り落とす。
それを支えるのは、詞術によって形作られた大地の足場。
開放先を失った魔力を持て余した次の刹那に──ロスクレイが放った返す刃は、やはり完璧な軌道をなぞるように。
セイバーの霊格を、その胴体ごと逆袈裟に斬り払っていた。
「──ロスクレイです。戦闘は終わりました。霊器の消滅まで確認しています。マスターについては──」
──警察組織への連絡。サーモグラフィ―を搭載したドローンによるマスターの位置把握。事前に潜入していた工作班。詞術士の適切な詞術発動の為の随所の監視カメラ。
この工事現場そのものが、絶対なるロスクレイの策謀の下にあった。
細工によってロスクレイ自身に集中させ、セイバーの警戒がロスクレイへと集中した時点で──銃撃に気付いたマスターが此方を見ることを警戒し、これを殺害する。
一歩間違えば宝具開放に間に合わない危険な策ではあるものの、マスター・サーヴァントに気付かれないように仕込むという点においてはリスクを抱え込まなければいけない必然性が存在した。
『了解した。こっちでも追って処理する。今のところ、予選のうちにあんたで大物食いしようって奴はこいつで最後だ。しばらくは落ち着くだろうさ。本来は、マスターを日常のうちに暗殺するのが一番楽ではあるんだがねえ』
「確かに最良ではありますが、霊体化しているサーヴァントの不意を突くのはリスクが大きい。把握しているだけでも最良と言えるでしょう」
『まあな。それに、こっちで監視してるマスター候補で結託できそうな奴等についても幾つか当ては作ってある──勿論、こっちの細かい事情まで伏せて付き合ってくれそうな奴等をだがな』
「感謝します」
それからも幾らかの連絡事項を交わしながら、この奥まった工事現場に入る為の唯一の経路を戻る。
路地から人気のない道に出れば、そこには先程から変わらず路上駐車しているタクシーが一つ。
誰もいない場所で職務怠慢をしている──傍目からはそう見えていたであろう、先の警察を装った特殊部隊に連絡を取った運転手の待つタクシーに乗り込む。運転手──正確にはそれを装った公安所属の男は、ロスクレイの無事を確認すると何も言わずに車を出した。
後部座席で緊張を僅かに解きながら、ロスクレイは通話を終えた自らの端末に目を落とした。
(この端末…スマートフォンというらしいこれを弄ることにも、大分慣れた、か)
通信手段としての優位性の高さから、過去に客人が持ち込んだラヂオと比べても非常に隠匿性・伝達性・通信速度が高いスマートフォンは、彼の戦い方からすれば欠かせないものだ。
特に、SNSやメディアといった露出──神秘の秘匿を盾に暴く、あるいはマスターを追う手段等様々な工作に用いることができるこれは、他のサーヴァントには恐らく存在しようのない手段だ。己自身の不正について暴かれうる諸刃の剣にならぬよう、関係各所への根回しも既に済ませている。
(……これも、その一手)
部下に撮影させ、当たり障りのないプライベートアカウントを装ってロスクレイ自身の所在を喧伝させたSNSの投稿を見る。
あえておびき出す形で露出したのも意図的──打倒ロスクレイを掲げた主従が、複数の対ロスクレイ派閥と結託する前に隙を見せる。千載一遇の好機に乗ってくるかどうかまでは賭けだったが、予選序盤から積極的に動いていた好戦性に十分な担保はあったといえる。
とはいえ、やはりサーヴァント相手は決して並みならぬ戦いになることは避けて通れぬ道。
幸い、嘗ての六合上覧に顔を並べたような修羅と相見えることこそまだないが、そういった規格外の強者と戦うことになる機会もあるいは存在し得る。
また、今回のような相手でも、事前に宝具を防ぐことができなければ何もできずに倒れていた可能性も十分にある。
(……となれば、有力な他参加者との同盟を結ぶことも必要な手段となりうる、か)
幸い、ロスクレイ自身が聖杯にかける望みが必然性を伴わない──即ち、『聖杯を譲る』という最大の選択肢を筆頭に、少なくないカードを交渉手段として切ることができる。
ロスクレイがこの聖杯戦争において最低限叶えなければいけないのは、マスターの安全な帰還のみ。
そうであるならば、利用するべきは──
『すっごい人気者じゃないですか。凄いですね、英雄って』
──七草にちかからの念話が来たのは、そんな時だった。
「……マスター」
念話を終えて、ロスクレイは嘆息する。
今のところ、召喚時を除いて彼女との直接接触はほぼしていない。ロスクレイの持つ単独行動スキルと、宝具による「絶対なるロスクレイ」としてのこの世界における立場の確立。その社会的地盤がある以上、ロスクレイとにちかの関わりは令呪という一点以外にほぼ存在しない。
そして、この聖杯戦争においては、かつての六合上覧のようにマスターとサーヴァント揃ってこそ参戦が認められる。人理の影法師として、守るべき人も襲い来る危機もないこの土地におけるロスクレイの所在はともかくとしても、自分を失った後にちかがどうなるかは決して保証できない。
そしてそうであるならば、絶対なるロスクレイが最も恐れるべきことは──自分のアキレス腱であるとして、にちかが命を狙われ、殺されること。
だからこそ、接触は最小限に──イスカと接していた時のように、細心の注意を払いながら。対面の機会は、極力絞るしかない。
──だが。
忘れられない。忘れようもない。
召喚された時に見た、七草にちかの表情を。
まだ年若く、両親の庇護も欠けている中で、『アイドル』なるものを志している、と彼女は言っていた。
当世の知識を与えられただけのロスクレイからすれば、そこに賭ける情熱や意志を正しく推し量ることは決して簡単ではない。
それでも、分かることはある。
ロスクレイが培った、あるいは彼自身が持つ一つの才能。
観察と思考──彼を英雄たらしめた最初の能力は、彼女の表情の中に。
その情熱を、意志を支えていた「何か」が、消えてしまっていたことを。
スマートフォンを開き、ホーム画面に置いた一つのアイコン。
七草にちかのホームページへのリンクとなっているそれを開けば、そこには彼女が半年以上かけて受けてきた数々の仕事の実績が出てくる。中には、動画サイトに投稿された映像を見るものもあって。
そこに映っている七草にちかの姿は、確かに輝いているように見える。
けれど、分かる。朧気に。
それが何かの模倣である──『演技』であること。
絶対なるロスクレイが──『英雄』の『演技』をし続けたからこそ、分かること。
──ある男を思い出す。
幼き頃の自分に、英雄としての立ち居振舞いを教え──勿論、当人もそんなつもりは無かっただろうが──結果的に、英雄ロスクレイが生まれるきっかけを作った男。
自分はいずれ主演男優になるのだと嘯いて、けれど結局ただの服膺のナルタとして死んでいった男のこと。
──もう一つのページに飛ぶ。
七草にちかの、最も大きな「次の仕事」。
そのエントリーの為にこれまでの仕事があったと言っても過言ではない、新人アイドルとしての集大成。
『wingファイナリスト一覧』
『七草にちか』
彼女が挑まなければならない、彼女にとっての、戦場。
──ある戦を思い出す。
自分がどうしようもなく矮小で、戦から逃げてしまいたいと思うような臆病者だと思い知ったあの日。
自分に英雄の器がないと知り、さりとてただの一兵卒として死にたくないと願ったあの戦場。
それでも尚──己自身の観察と思考で、栄誉ならぬ勝利を掴んだあの竜殺しの日。
英雄としての在り方を、英雄という演目を、演じ切ると誓ったあの日。
──ああ。
彼女は、きっと分かっている。
彼女の心の中にある偶像が、この世に存在しないことに。
偶像などなく、そこにはただの少女が──取るに足りない一人の人間がいるしかないということに。
故にこそ、ロスクレイは祈る。
その虚像の果て、それでも信じたい何かを、彼女が見出すことを。
あるいは、その為に絶対の偶像が必要ならば──ロスクレイは、彼女に恥じぬ英雄でいることを誓おう。
嘗てと同じように、この英雄としての演目を終幕まで演じ切り、彼女にその作法を授けよう。
そして、あるいは。
七草にちかが、その砕けた虚像を踏み砕き、彼女自身が体現するべき信ずるものを見つけた時は。
彼女にとっての真業を見出した、その時は。
偶像になれないと嗤いながら、なお偶像を望み、その果てに偶像を見失ったもの。
英雄などないと嘆きながら、なお英雄を背負い、その果てに英雄を形作ったもの。
私が/誰かが仰ぎ見た虚像の中で。
ただの少女は道に迷う/ただの青年は道を進む。
願われし偶像と只人の境界──その地平に、何があるか未だ知らぬまま。
それは形振りすら構わぬ、憧憬への飽くなき執念を持つ。
それは己が欠落を嗤い、羨望を以て自己を形成する歪みを孕む。
それは嘗ての偶像の声ならぬ哀哭を、無意識のうちに内面化している。
いつかの歓びと哀しみに魅せられた、ただの、それ故に特別な少女である。
人間(ミニア)。偶像(アイドル)。
哀しき──
【クラス】
ヒーロー
【真名】
絶対なるロスクレイ@異修羅
【パラメーター】
筋力:B 耐久:B+ 敏捷:B 魔力:E 幸運:B 宝具:EX
(宝具『絶対なるロスクレイ』により、何等かの方法でマスター・他のサーヴァントなどがパラメータを観測した場合は筋力:A、魔力:Aと表示される)
【クラススキル】
対英雄:EX
英雄を相手にした際、そのパラメータをダウンさせるスキル。
彼の持つ対英雄スキルは稀有なこのスキルの中でも異質なものであり、彼と敵対しないものから「絶対なるロスクレイは正しい側に立っている人間である」と認識され、常に彼こそが英雄だと認識される。
それは翻って──何者であれ、彼と対峙したものは英雄に倒されるべき邪悪に成り果てるということである。
【保有スキル】
絶対なるカリスマ:A+++
軍団の指揮能力、カリスマ性の高さを示す能力。団体戦闘において自軍の能力を向上させる。
中でもロスクレイのカリスマは、最初から敵対の意思がない場合、その行動と意志を見たものにもれなく「絶対なるロスクレイは正しく英雄である」という認識を付与する。本来ならただのAランクですら呪いとも称される通常のカリスマを更に超越し、それは半ば狂気染みた「絶対の英雄」への信仰の域にも達し得る。
単独行動:A
マスターとの繋がりを解除しても長時間現界していられる能力。依り代や要石、魔力供給がない事による、現世に留まれない「世界からの強制力」を緩和させるスキル。
ロスクレイの場合、彼自身が勇者を選抜する黄都二十九官でありながら己を勇者として擁立した逸話が元となってこのスキルを取得しており、彼自身が疑似的にマスターとしての社会的地位を獲得していることでマスターに縛られない行動を可能とする。
鋼鉄の決意:A
痛覚の全遮断、超高速移動にさえ耐えうる超人的な心身などが効果となる。複合スキルであり、勇猛スキルと冷静沈着スキルの効果も含む。
ロスクレイの場合、それが『英雄』に求められる振る舞いである場合ありとあらゆる苦痛を無視して『英雄』として振舞うことを可能とする。
人間観察(演技):B
人々を観察し、理解する技術。
ロスクレイの持つ人間観察は、己自身が「英雄を演じる」という在り方にルーツを持つことから、演技をしている人間の姿を見抜くことに秀でている。
【宝具】
『絶対なるロスクレイ』
ランク:EX 種別:対社会宝具 レンジ:なし 最大補足:14,000,000人
絶対の証明。個人が持つ社会的な権能の結晶。
絶対なるロスクレイが召喚されたと同時に、彼が生前活躍した竜殺しや六合上覧の逸話などによる『絶対なるロスクレイは人間にして最強の英雄である』という概念が構築される。
それは、彼自身の本来のパラメータを偽ると共に、生前構築し彼を英雄たらしめた社会的な工作能力が当聖杯戦争の開催地において再現されることを意味する。
具体的には、ロスクレイ自身が『英雄』として聖杯戦争の舞台における行政システムの重鎮に居座ると同時に、彼の周囲や彼が手回しできる民間の各会社に存在することとなる。これにより、ロスクレイは戦闘における詞術支援をはじめとした物理的支援、そして何より聖杯戦争中における様々な面での根回し・社会的制約を彼の権力の届く限り発動することができる。
また、生前彼に詞術で力を貸していた詞術士も召喚され、戦闘においては工術による剣の召喚や生術による各種術式などのサポートも可能となる。
今回の東京都においては召喚された仕官は多くが東京都政の重鎮として認識されていると共に、警察・マスメディアをはじめとする各種組織の中にもそれによる彼のシンパ、あるいは彼とその協力者によって詞術の強化が施された武装を持つ人々が存在している。
寸分違わず、聖杯戦争の行われる現代社会において、国家そのものを味方とした社会動物の持ちうる凡ての力を託された人工英雄としての逸話を体現する宝具である。
──代償として、この宝具は彼自身の知名度と存在ありきであるため、彼が現界した時点で聖杯戦争の舞台中にマスター・サーヴァント・
NPC問わず「絶対なるロスクレイが存在している」という情報が開示される。聖杯戦争の参加者にとっては、ロスクレイはセイバーのサーヴァントとして認識され、一部ステータスにも変化がある。
【weapon】
彼の支援者が工術で紡いだ無銘の剣。彼がラジオ・携帯端末等で連絡を取っている詞術士が都度作成する。
その剣技は間違いなく英雄のそれであり、正当な王城剣術に基づいた正しき剣である。
彼が抱える子飼いの詞術士。戦闘中においては、ロスクレイがマントの裏に仕込んだ通信端末から詞術を発動し彼を様々な点から援護する。
対抗勢力が存在しない限り、東京という現代社会を意のままに操る、英雄という立ち位置そのものが持つ政治力。
【人物背景】
『本物の魔王』が死亡した後、魔王を殺した勇者を決める戦いにおいて立候補した『最強』の一人。
黄都を収める二十九官の一人であり、民からは竜すらも単独で殺した英雄として篤く信頼されている。
しかし、彼自身はあくまで人間としての域を出た存在ではない。彼を英雄たらしめているのは、その政治力と智謀によって勝利を必然とする社会的なあらゆる支援であり──
『英雄であれ』という民の祈りを反映した、人工英雄である。
【サーヴァントとしての願い】
聖杯は不要。強いて言うなら、故郷のとある少女を救うことと、マスターの安全な帰還。
【マスター】
七草にちか@アイドルマスターシャイニーカラーズ
【マスターとしての願い】
元の世界に帰る。『八雲なみ』に──?
【能力・技能】
『アイドル』
283プロダクションのアイドル研究生。活動歴は八ヵ月近くだが、その間に少なくともファンを10万人以上獲得するだけの人気はある。
ダンスの能力や知識など、常人の200%とも言われた努力の賜物であるパフォーマンス目をつけるところもある一方で──その表現には、知識が先行しすぎた不必要なステップ等も存在しており、見る人によっては歪さを感じさせるかもしれない。
【人物背景】
283プロダクションの研究生として(紆余曲折がありながらも)アイドルデビューを果たした少女。姉であり当該事務所のアルバイトでもある七草はづきから、新人アイドルのグランプリである『WING』優勝を条件にアイドル研究生としてデビューを開始した。
その性格は平凡な少女として等身大なものであり、理論よりも感情で物事を考え、見栄を張って意地になり、追い詰められれば視野狭窄に陥るような一面を持つ。
また、自己評価の低さから、アイドル活動でも元から尊敬していたアイドルである「八雲なみ」の再現を試みることでアイドルとしての自己を確立しようとしていた。
──その憧憬の対象であった八雲なみが、本当に笑顔であったかどうか、アイドルを楽しんでいたのかどうか──それを疑い、見失った時点から、彼女はこの聖杯戦争に招かれている。
【方針】
ひとまずは元の世界に戻ることを考える──?wingは──?
【備考】
七草にちかシナリオ、W.I.N.G準決勝勝利後~決勝本番前からの参戦です。
W.I.N.G決勝は聖杯戦争本戦中に行われるものとします。
最終更新:2021年06月18日 23:39