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 追っているのか、追われているのかもわからなかった。


 ただ、目的だけが在った――――――




 ◆



 東京都原宿、高層ビルの屋上。
 地の光で闇を照らす街を一望にできる場所から、甲斐刹那は眼下を眺めていた。
 その目に宿るのは郷愁の念。
 かつてあった平凡な日々。
 今よりも弱々しく、力のなさを悔いてばかりだった頃。

「二十年か。それだけ経てば色々変わるよな」

 街並みは、自分が知るよりも随分進歩していた。
 誰もが小さな細長い箱を眺めながら歩いていて、街の眩しさは目が眩むようだ。
 自分がこの生きていた頃より二十年以上も経過したとはいえ、懐かしい生まれ故郷の街に戻ってこれたのは、言葉に言い表せない安心感があった。

「懐かしいのか、刹那?」
「ああ、ちょっとな。魔界に来てからそんなに経ってないはずなのにな―――」


 相棒(クール)の問いかけにそう返して、自分の故郷を忘れかけていた事実に、心臓が痛みで弾んだ。
 脳を巡るのはひたすらに激走の記憶ばかりで、ほんの少し前にあった出来事は押し流されてしまっていた。

 戦い、戦い、戦い、戦ってきた。
 殺し、殺し、殺し、殺してきた。

 あれから、どれだけの時間を戦ってきたのか。
 あれから、どれだけの敵を屠ってきたのか。
 時間でいえば一年にも満たないかもしれない。巻き込んだ数でいえば一万も越えているだろう。

 少年は既に百戦錬磨の戦士だった。
 背丈の小ささに似合わぬ、大人でも備わらない肝の据わりよう。
 血と灰の匂いを微かに湛える表情が、本来はまだ小学校に通っている年頃の少年のものであると誰が知ろうか。
 守るため、救うため、再び会うために生きてきた。そのために戦い続けた。
 肉体は意志に応え、幾度の苦境を乗り越える強さを獲得した。
 乾き、汚れ、罅割れていく心を代償にして。


「クールは、自分の二十年後ってどんなのか考えたことあるか?」
「あまりないな。今の戦いを考えるのに精一杯さ。
 ただ、そうだな。それまで生きていられたのなら俺も立派な大人のケルベロスだ。刹那を背に軽々乗せて走れるぐらいには成長してるさ」
「ハハッ、確かに今のお前だとちょっと小さいもんな。乗る時いつも途中でブッ倒れないか心配だぜ」
「小さい言うなッ!」

 隣の相手と和やかに談笑する。しかし言葉を交わす者を他人が見れば、誰もが目を疑うだろう。
 腰ほどの四肢の体躯。黒い毛並み。顎に並ばれた牙。
 人語を解するそれはどうみても犬だった。
 紛れもない意志と理性を乗せ会話する。当然それは―――否、彼は人界ならざる世界の住人だ。

 悪魔(デビル)。 
 弱肉強食を体現したような魔界を生きるケルベロス一族。
 刹那のパートナーとして戦ってきた最初の相棒。
 そしてデビルを伴う刹那こそは選ばれた子供。デビルチルドレン。
 人間界から呼び寄せられ、魔界を救うべく活動する救世主の一人である。

「それで、どうするんだ刹那。はっきり言ってこの事態はイレギュラーにも程があるぞ」
「ああ、わかってる」

 この状況での行動を如何なるものにするか、という問題への対処。
 魔界の反乱軍領で休眠を取っていたと思ったら住み慣れた人間界のマンションで起きたのだ。完全に唐突な拉致である。

「大魔王や、天使の仕業ってわけじゃないんだろう?」
「ああ、そうだとしたらこんなやり口は面倒に過ぎる」
「じゃあとっとと帰るに限る。ここにはなにもない。ニセモノの街に帰ってきたって意味がないんだ」

 久しぶりの穏やかな時間は、求めていた形とまったく違っていた。
 ニセモノの街。ニセモノの役柄。どこにもいない、大切なもの。
 疼く体。胸の内で大きくなっていくしこり。違和感は見過ごせず。安息なんてここにはなかった。
 刹那の目的はひとつだ。一刻も早くこのくだらない儀式を終わらせて、魔界に帰ること。

「なら――――――」


『なら、サーヴァントもマスターも全員殺すってわけか。いいねぇ、殺る気満々で実に結構!』


 声はクールのものではなかった。
 二人以外の人の影は見えず、声はすれども姿はなし。

「刹那」
「ああ」

 刹那にもクールにも、突然の声に面食らった様子はない。
 襲撃者の予告という警戒もない。
 ビルには余人がいないため分かりづらいが、今のは念話であり二人の耳にしか聞こえていない。
 出来ることなら聞きたくない、いけ好かない知った声だった。


「コール」

 腰に据えられたホルダーから拳銃を抜いて引き金を引く。  
 デビルの召喚器であるデビライザー。弾丸にはクール以外のデビルが装填されている。 
 厳密にはデビルではない。サーヴァントという、この地で契約させられた存在だが。

 排出された弾丸が光り開封されるのは、騎兵(ライダー)のサーヴァント。
 紅き体。顔面の皮を剥いだかのような鬼面。広げる翼。
 英霊、とは呼べそうもない、正真正銘の悪霊(デビル)。

 悍ましい鬼。魔獣が姿を変じる。
 銀の髪。獣の牙のような髪をした黒衣の青年に。
 顔こそ体つきこそ端正なそれだが、張り付いた笑みの獰猛さはまるで変わらない。

「────ハアァ。やはり生きる実感を味わうには外の空気を吸うに限るな。
 弾丸(タマ)の中は窮屈で仕方がない。それに退屈だ」

 腕を広げて自由を満喫する様だが、刹那は見逃さない。
 街を見下ろす男の目は、濁りの黒で冒涜の緑で埋め尽くされている。
 退屈なのは封印されてるだけではなく、今はまだ平和な街に対しても向けられる。
 この男が愉しむのは世界の美しさではなく、世界が壊れるさまを見て嗤うのだ。
 邪悪。そう評するのがまったく似つかわしい、悪魔のような男だ。

「なあ、そろそろいいと思わないか? 俺のマスターは信用ならないからって下僕を閉じ込めるほど心の狭い男じゃないだろ?」
「だからテメエが好き勝手暴れるのを見逃せってか。令呪まで使わせておいてよく言うぜ」
「先に使ったのはアンタだろ? おかげで動きにくいったらない」

 右の拳を、強く握り締める。
 不出来な似姿(ドッペルゲンガー)によって奪われた箇所を接げ直した、傷のない、真新しい義手。
 手の甲にある折り重なって切り傷のような形の令呪は、一角を失っていた。

「まあ、そう言うなよ。これでも敬意は示してるつもりだぜ?
 『俺に従え』なんて曖昧な命令、本来なら大して効果なんて出やしないのに、こうして俺をある程度とはいえ縛ってるんだ。
 お前の力については、もう認めてるさ。
 伝説のデビルチルドレン、かの大魔王の血を継いた子の尖兵となれるとな」
「……俺はそんなんじゃない」

 そう。大したものじゃない。
 力の限界なんて常に経験してきた。
 デビルチルドレンと持て囃され、舞い上がっていた驕りなど雪崩の中に埋もれて消えた。
 救えなかった者。間に合わなかった者。助けるどころか自分の手で死なせた者。
 一番助けたかった人にさえ、この手は届かなかったのだ。
 戦いばかりの日々で体は傷つき、心は擦り切れる。
 腹に何か入れてもすぐに戻してしまうぐらい、追い詰められていた時期もあった。

「自らの非力を悔い、それでも使命を全うせんとする。そんなお前が本当に聖杯に託す望みはないっていうのか?」

 こちらの考えてること、特に見透かされたくない箇所に限って、この男は暴き立てようとしてくる。 
 ……本当に気に食わない。 
 こんな奴に人の心の機微などが分かるものなのか。あるいはそれだけ、邪智奸計に長けているのか。

 要未来―――もう一人のデビルチルドレン。
 そして幼馴染の少女。刹那が会いたいと願うひと。
 何をしたいわけでもない。話したいことがあるわけでもない。
 ただ、会いたかった。それだけだ。
 他に何も考えられないぐらい、未来ともう一度会いたかった。
 その途中で色々戦う理由はついてきたけど、ようはそれが一番の根源なのだ。

「テメエには死んでも言ってやるかよ」

 弱みなど見せてなるものか。
 コイツはマスターだろうと故あれば即座に裏切ってくる。
 そう確信したからこそ召喚してすぐに令呪を切るという判断を下した。
 力こそ強いが、制御も利かない暴れ馬。今までで最も危険な契約関係だった。

「なら、この地にて戦う覚悟を決めたんだな?」
「───出来るだけの事はする。救える命は救いたい。
 だが聖杯戦争ってのがロクでもない戦争で、それを使おうってする奴がテメエみたいなのばっかりっていうなら、俺は迷わない。
 戦ってブッ倒して、ついでに聖杯ってのも持ち帰ってやるさ」

 戦わずに終わらせたいなどと、泣き言は言わない。
 デビルだからと繕うつもりはない。
 敵であるのなら、回避できない戦いであれば、刹那は躊躇なく引き金を引ける。そうした強さを得てしまった。
 そこは狂気の一歩手前だ。道を外せば容易く堕ちる危うい狭間。

「クール」
「言わなくてもいい。俺は刹那を信じるさ」

 多くを語らない相棒の存在が有り難い。
 決して自分の為すべきこと、やりたいことを見失わず一線を超える真似を堪えることができるのも、また刹那の強さだった。

「フ───ハハッ。いいじゃないか、そういう啖呵が聞きたかった!」

 名指しされて自分を"敵"と見做されても、ライダーはいやに上機嫌だ。
 手を叩いて破顔する。そこには紛れもない称賛の意が込められている。
 正義の曙光。信念の絆。
 幾度もそれに敗れたが故に、その強さを知るかのように。

「なら俺は遠慮なく言おう! 聖杯を手に入れたら、俺は全てを闇に還すだろう!
 我が名はジンガ! 人を喰らい恐怖を糧にする魔獣ホラー! 
 守りし誓いも忘れた騎士、堕ちに堕ちたる成れの果て───だが!
 その信念を見届けるために、俺はお前に力を貸すだろう! 闇を照らす光を! 黄金の嵐を! お前が見せ続ける限り!」


 ───光あるところに、漆黒の闇ありき。古の時代より、人類は闇を恐れた。
 ───しかし、暗黒を断ち切る騎士の剣によって、人類は希望の光を得たのだ。


 いずれ夜が更ける。聖杯戦争の始まりを告げる刻が近づいてくる。
 悪魔の血を引く少年と悪魔と成った騎士。因果の鎖が招く結末は遠く、未来は見えず、ただ刹那を走り続ける。
 その信念を胸に、両者は契約の言葉を告げ合った。


「さあ───今後ともよろしく、マスター?」


 恭しく差し出された空の掌には、夜の闇が深く、深く湛えられていた。



【クラス】
ライダー

【真名】
ジンガ@牙狼-GOLD STORM 翔-

【ステータス】
筋力B 耐久B 敏捷A 魔力C 幸運E 宝具B+

【属性】
混沌・悪

【クラススキル】
対魔力:B
 魔術発動における詠唱が三節以下のものを無効化する。
 大魔術、儀礼呪法等を以ってしても、傷つけるのは難しい。

騎乗:B
 後述の宝具に依存してるため、ライダークラスにしては騎乗スキルは高くない。

【保有スキル】
魔を喰らう牙:A
 古来より人の陰我より魔界から生じる魔獣・ホラー。
 その中でジンガはホラーでありながらホラーを喰らう異色の存在。
 元よりサーヴァントは魂喰いの性質を持ってるが、その性質上ジンガは魂食いの変換効率が普通より高い。

堕魂の騎士:B
 高名な魔戒騎士であった過去は既に久しく、心は闇に堕ち、身は獣と化した。
 「守りし者」としての使命を失った魔戒騎士の戦闘力は、全てが破滅の指向に傾けられる。

魔獣装甲:B
 ホラーとしての戦闘形態に身を変化させる。ステータスはホラー時のもの。
 背から翼を生やし飛行も可能。この姿でこそ狂化スキルの恩恵は正しく発揮される

戦闘続行:B
 非常に生き汚い。瀕死の傷でも戦闘を可能とし、決定的な致命傷を受けない限り生き延びる。

誘蛾の絡め:C
 妻アミリをはじめとして、多くの女性を犠牲として生き永らえた逸話からくるスキル。
 女性に対するダメージが増加。妖姿媚態による魅了も弾く。

【宝具】
『喰らい纏い簒え、慟哭の牙(ファング・オブ・アポカリプス)』
ランク:B 種別: レンジ:1 最大捕捉:1つ
 魔城ラダン、神の牙、そして自身の転生体と、数多くの器を支配、乗り移ってきた逸話から得た簒奪宝具。
 触れた騎乗物、建造物など『乗り込む』『居城』する物の支配権を奪い、おのがものとする。
 性質上ライダーの騎乗物やキャスターの陣地も対象内となる。
 敵の宝具など所有者が決まってる物は抵抗次第で簒奪可能だが成功率は低い。予め所有者を倒しておくのが現実的。
 また肉体が致命傷を受けた時は、生きた人間に乗り移って命を繋ぐ延命措置にもなる。

【weapon】
『魔戒剣』

【人物背景】
 古の時代より、魔界より現れて人を喰らう魔獣・ホラーを狩る「守りし者」、魔戒騎士であった男。
 息子を人間に裏切られ殺される悲劇により闇に堕ち、妻共々ホラーとなった。
 残虐かつ狡猾。人命を弄び蹂躙することを愉しみ、時には策略で心を掻き切る。
 心身の強さを評価した相手には、何度でも戦いを挑む執着を見せる面も。

 主人公、道外流牙とは『GOLD STORM翔』『神の牙』『神牙』複数の作品に渡って争った最大の敵。

【サーヴァントとしての願い】
 刹那の強さと信念にかつての仇敵を感じ取り、今は力を貸している。
 ただ気に入ってはいるが何もせず従うままとは限らず、見えない所で刹那を陥れようとする危険も。


【マスター】
甲斐刹那@真女神転生デビルチルドレン(漫画版)

【マスターとしての願い】
 未来との再会。聖杯に願うというよりは魔界への帰還が目的。

【能力・技能】
 小学生ながら幾多の修羅場をくぐり抜け、自ら剣を取って前線で戦いもする。下級のデビルぐらいなら素手で殴り殺せる。 
 右腕は天使との戦いで切断されており、精巧な義手をつけている。

【weapon】
 銃型のデビル召喚器デビライザーを所持。現在の手持ちはパートナーデビルであるケルベロスのクール。
 加速の推進に応用したり、(本人にとっては忌むべきものだが)敵のゼロ距離で発射して使い捨ての弾丸にしたりもする。
 ジンガも同様にデビライザーに封入、召喚も可能。余計な事をしないよう普段は閉じ込めておく。

【人物背景】
 悪魔の血と力を宿すデビルチルドレン。
 魔界の危機を救うべく人間界から呼び出され、当初はその使命に陶酔と憧れを持っていた。
 しかし激しい戦い、呆気なく散っていく仲魔達、そしてライバル視しながらも大切に思っていた要未来との別離…… 
 体は傷つき、心は擦り切れ、戦う姿は自暴自棄にも見えるが、再び未来と会うために生きて行くことを誓っている。

 令呪は右手の甲。
 既に『ジンガを従わせる』命令で一角消費している。

【方針】
 いざという時には戦う覚悟はある。
 敵よりも油断ならないジンガには慎重な扱いが求められる。

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最終更新:2021年06月19日 21:02