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───界聖杯(ユグドラシル)と呼ばれる願望器。
コレは聖杯戦争の為に造られた聖杯。
造り手も管理者もコレには存在しない。
無数に偏在する世界、無限に連なり続ける願いの澱が積み重なり生まれた新生児(ニューエイジ)。
願いの数だけ望まれ、欲が尽きない限り回り続ける永久機関(マクスウェル)。
受理した願いを歪め曲解して叶える欠陥品でもない。
監督役の位置から眺めて総取りする黒幕もいない。
命を賭して戦う者を嘲笑う邪悪もいない。
そんな、誰にとっても都合のいい純粋無垢の、誰の手垢も付けられていない地平線の果て。
ああ、ならば最後に待つものは大団円だろう。
吐き気を催す聖人も、気まぐれに善を為す悪人も、区別なく。
あらゆる矛盾、性質、能力、心情を考慮せず十全に叶えられるのなら、生まれるものはハッピーエンド以外にはあり得ない。
───では。
叶わなかった願いは。
底に沈み滞留した夢の残骸は、何処に流れ着くというのだろう。
界聖杯は願いの集積。
数多の世界で手を伸ばした者から伸びた糸が、宇宙の端で絡まって誕生した現象だ。
ならばその過程、競争から零れ落ちた敗残者に同じ現象が起きないと、どうしていえようか。
無論、憎しみは単体では活動できない。
人間は肉体が失われれば感情から解放される。
せいぜいが死に場所に染み付いた怨念が彷徨うぐらいのもの。
程なく霧散する死者の情報を注ぎ入れるための器が要る。
そして器は流れ着いた。
剪定に差しかかった事象。
伐採する鋏が開かれつつある、千年間動きを停滞させた月の底から。
不自然な事ではない。
不可能とは言わせない。
何故なら。
いつの世も、完全/勝者を打ち破るのは、不完全/敗者の中から生まれるものだ。
◆
汗と血の雫を落として、前に進む。
壁に寄りかかって歩くと、ずるり。と壁にべったりと血の跡が残る。
命の残量が、刻一刻と減っていく。
岸浪ハクノの死が、迫ってきている。
後ろからダレカが追って来ている。
血に滴る凶器を持って、自分を殺しにやって来る。
刃の軌跡は体を数度通過している。もう十分食らってるだろうにまだ足りないのか。
ただ殺したいのか。それとも殺人という成果が欲しいのか。
さらなる流血が欲しくて、自分を殺しにやって来る。
サーヴァント。マスター。ただの使い魔。
この世界で人の命を、最も多く奪うモノ達の呼称。
ただ今はその区別はどうでもいい。だってまだ何もわからない。
敵の名前も、正体も、目的も。
そもそも、自分が何者で、何を願って此処に来たのかすら思い返せない。
予選段階の剪定準備。
殺されるためだけの書き割り。
明日のニュースで流されるだけの羅列。
そういう、哀れな犠牲者の一名に、自分もまた加わろうとしている。
(ああ、またか)
これもひとつのワールドエンド。
終わりはいつだってこんなもの。
いつものように学校生活を送って、夕方の帰り道にふといつもと違うルートで帰ったら、たまたま路地裏に潜んでいた通り魔の標的に選ばれて追い回される。
Aの道を選んだ。わたしは死んだ。
Bの道を選んだ。オレは殺された。
一日が過ぎ去るように、なんのためらいもなくすべてが失われた。
(また、無残な死を、迎えている)
何度だ。
何度、こんなことを繰り返している。
何度、こんな死を生み出している。
殺された。
殺された。
殺された。
残らず殺され尽くしても、また生まれては殺された。
それが願うということだ。
聖杯を望む、聖杯に臨む過程で刮げ落ちる脱落者。
一握りの勝者の駆け上がる階段は、負け落ちた死者で作られる。
どこでも。
月でも。
この世界でも。
「……憎い」
我知らず、呟いた言葉。
それが今の自分の原動力だった。存在意義だと。
予めプログラミングされた命令(コマンド)みたいなうわ言で。
『おまえに、やれるか』
敗者(ダレカ)の声が耳元で木霊する。
『ここから始まるのは殺し合いだ』
『肉をえぐって、骨を暴いて、心臓を突き刺すような』
『容赦のない無残な戦いだ。おまえに、やれるか』
背を押してるのか。止まって欲しいのか。それともただの事実確認?
それは月ではない界聖杯(ここ)で生まれたばかりの死の念だからか。
ここでは死なない。
復讐を。
報復を。
死ねない。死ぬものか。
誰もやらないのならオレがやる。
誰もできなかったのならオレがやる。
おまえたちのかわりにオレがやる。
(なぜなら、オレは)
「この界聖杯(せかい)の、全てが憎い」
進む足はいつの間にか立ち止まっていた。
体力の限界のためではない。限界なのはもうずっと煮えたぎっている激情の方。
振り向き、『敵』を見据える。立ちはだかるは人では敵わない魔の尖兵。
内から膨れ上がる無数(ダレカ)の憎しみが、顔面に手を付ける。
繕った表情を剥がして、死相(デッドフェイス)が顕になる。
その、寸前。バチリと拳に閃光が走る。
「───!」
背後から伸び出た光の線。
流星のような勢いで駆け抜けていく。眩い。羨むほど眩い、生命の輝き。
光は槍となって体の脇を通り過ぎ、前方にいる敵ぶつかった。
一合。
ニ合。
白銀の鎧。白銀の槍。白銀の髪。
打ち合う剣戟の音が鳴るたび、光は人の輪郭を形作っていく。
貌には死の怨念は見えない───鮮烈なまでに心奪われる、激しい闘志が秘められている。
槍が胸を貫き、敵が消滅する。
残心し振り向いた男は、そこで冷徹な眉を動かした。
「───お前は──────」
幽霊でも見たような。
過去の影を目の当たりにしたような。
「……いや、いい。お前が俺のマスターか?」
思い直したように振りかぶり、誓約を求める。
どう答えればいいか、なぜか言葉が出ず呆けてしまう。
「自分の名前はわかるか?」
少しだけ態度を柔らかくなった気がする、鎧の男は静かに問いを続けた。
「……岸浪ハクノ」
「そうか。ではハクノ。改めて言おう。
オレはランサー。お前と共に戦う、サーヴァントだ」
その顔を見て、心臓が激しく揺れた。
構成する死者が、英霊の闘気に反応して悶え苦しんだからだ。
あまりの痛みに意識が飛んだ。
身を刻まれる痛みには耐えられたのに、生きている証の鼓動がこんなにも辛い。
四肢が経っていられる力を失いランサーの倒れ込む。無骨な戦士の腕が自分を支える。
(ああ……生きている)
伝わる鼓動に、理由のわからない焦燥と安心が同時に浮かび上がる。
ランサーもまた、自分に触れてみて何か違和感があったようだ。
「お前は───そうか、オレと同じか」
「同じ?」
「ああ。かつてのオレは死靈を引き連れ、憎しみのままに動いていた。今のおまえのようにな」
そう言うが、ランサーの瞳は澄んでいる。
憎しみも、恨みも、そこには見られない。
「でも、今のアンタはそうじゃないのか」
「ああ。よい師と、弟子と……仲間に恵まれてな。
フ……おまえに適任なのはむしろそいつらだろうに、因果なものだ」
皮肉げに笑うものの、心底楽しげな顔をしている。
その師弟に確かな親愛、尊敬の念が含まれている。
「なら、オレは違うな」
「そこまでして憎むのか。そんな体になってまで、復讐したい相手がいるというのか?」
「わからない。ただ、オレにはたぶん憎しみしかないんだ」
月(あそこ)で散った敗者。
界聖杯(ここ)で負けた死者。
理由もわからず、無数の影絵が取り囲む。
岸浪ハクノを駆動させるモノはそれだけだと急き立ててる。
「罪悪感……いや、違うな。まるでミストのような暗黒闘気の集合だ。
誰かが生み出したのかそれとも…………。
ああ、まったく因果だ。
太陽の真似事などできはしまいが……オレのやり方で示すしかないか」
バキバキ、と奇妙にも全身に着込んだ鎧が蠢き出し、手に持つ槍に集まって巨大な槍に変わる。
いいや、戻ったのか。
鎧に変化する槍、それこそが彼の宝具なのだ。
「オレは戦いしか知らない男だ。
おまえを勝たせることはできても、その苦悩を取り除けるかはわからない」
ランサーは律儀に、自分を対等のものと扱って向き合った。
「だがその上で言おう。生きることを決して諦めるな。
おまえにはその意志も資格もある。だからこそオレはここにいるのだから。
……言えるのは、それくらいだ」
肩を貸しながら歩かせる顔は見えない。気恥ずかしそうなのは単なる錯覚の補正か。
「生きる……」
告げられた言葉を反芻する。
自分は、苦しんでるのだろうか。
死ぬことを怖がっているのだろうか?
ただ、奪い続けた勝者に八つ当たりがしたいだけなのか。
意志。
資格。
本当に、そんな希望のようなモノがこの中から生まれるのか───
燃え移って焦げた心では、確かなものは何も思えず。
ここにまた、一組のマスターとサーヴァントが本戦に参加したという事実だけが夜を駆けた。
───後になってハクノは知る。
ヒュンケルという、自身が呼び出したサーヴァントの真名を。
闇に堕ちた騎士が光に救われ、双方を併せ持つ闘気の戦士の物語。
どれだけ死地に会っても必ず生き延びる、ハクノが持ち始めた戦う意志、闘志の使徒。
ムーンセルの敗者の千年分の怨嗟の記録から生じ、
界聖杯の予選で脱落したマスターやその候補の無念すら流れ込んだデッドフェイス。
死霊から淀んで出できた復讐者が召喚したサーヴァントとしては、運命の悪戯が過ぎるとしか言いようがなかった。
【クラス】
ランサー
【真名】
ヒュンケル@DRAGON QUEST -ダイの大冒険-
【ステータス】
筋力A 耐久B++ 敏捷C 魔力E 幸運E 宝具A
【属性】
秩序・中庸
【クラス別スキル】
対魔力:E
魔術に対する守り。
無効化は出来ず、ダメージ数値を多少削減する。
だが、宝具である鎧を装備してる間はその限りではない。
【保有スキル】
闘気放出:A
魔力放出とは似て非なるスキル。
生命エネルギーそのものを武器と化したものであり、肉体や武具に纏わせて攻撃に転じさせる。
光の闘気と暗黒闘気の双方を合わせ持ったヒュンケルは、その反発作用により爆発的な闘気を保有する。
その出力は生身でも半端な武器を受けつけず、素手で鋼鉄の鎧を引き裂くほど。
アバン流槍殺法:A
勇者アバンが独自の発想と修練によって完成させた武器戦闘法。
刀・槍斧・鎖・牙・弓の六系統、地(力)・海(技)・空(心)の三種別に分けられてる。
ヒュンケルは槍殺法の他刀殺法をマスターし奥義の使用も可能だが、自らの戒めによってあえて奥義を封印しているためランクはA止まり。
心眼(偽):B
直感・第六感による危険回避。
闘志の使徒:EX
勇者アバンから教えを受けたアバンの使徒。ヒュンケルはアバンの一番弟子で闘志の性質を強く備えている。
人の身でありながら不死身と称され、命の危機を幾度も乗り越えてきた逸話で得た、概念的な不死能力。
最高ランクの「戦闘続行」「不屈の意志」に類似した効果を持ち、更に追い詰められるほど防御力がアップする。HPの自動回復も兼ねる。
攻撃をキャンセルしてるわけではなく、ダメージを受けているにも関わらずHPが0にならない。
武器も持たず、傷だらけで、多数の敵と戦闘になった時のこのサーヴァントを殺害する事は宝具の直撃、概念的な干渉を以てしても困難となる。
この効果は死の危険が付き纏う戦場においてのみ発揮される。
【宝具】
『鎧の魔槍(アムドランス・ラーハルト)』
ランク:B 種別:対人宝具 レンジ:2~4 最大捕捉:1人
所持者を覆う鎧に変化する槍。元々は敵対していた竜騎士から譲り受けたもの。宝具名はその騎士の名に由来する。
構成する材質はAランク級の対魔力を備える他、それによらない高熱・冷気に対しても高い耐性を持つ。
更には自己修復力もあり、要たる槍部分が消滅しない限り何度でも再生が可能。
ただし鎧に覆われてない部分や傷で穴が空いた部分には適用されない。また金属という性質上、雷撃に対しても無効となる。
各所に複数の隠し武器を持ち、左手甲の盾兼ブーメラン、右手甲の剣、胸鎧の小刀二本、両膝の刺突用の突起と、攻撃性を追求された鎧。
『討魔戦嵐撃(ブラッディースクライド)』
ランク:B+ 種別:対人宝具 レンジ:2~15 最大捕捉:1人
得物を高速回転させて敵を討ち貫くヒュンケルの代名詞とでも言うべき技。その威力と範囲は抉り貫くと呼ぶに相応しい。
元は剣による技だが、刺突という性質上槍でも変わらず使用可能。闘気放出と重ねれば威力は更に向上する。
宝具である魔槍にて放たれる為、実質Bランク相当の対人宝具にあたる。
『討魔十字閃(グランドクルス)』
ランク:A+ 種別:対軍宝具 レンジ:1~50 最大捕捉:50人
闘気放出スキルの最大展開。剣の柄、交差した武器等、『十字』状の物体を媒介として巨大な闘気エネルギーを放出する。
本来は武器の使用できない状況での緊急用の技であり、制御の難しさから自爆技となりかねない危険性を孕んでいる。
その為基本的に出力を最小限抑えるものだが、ヒュンケルは戦いの中で生死の境界を見極め、最大出力で放ちかつ自身も生き残るという神技へと昇華させた。
【weapon】
『アバンのしるし』
勇者アバンが修行を終えた弟子に卒業証書代わりに贈っているペンダント。
「輝聖石」と呼ばれる貴重な石をチェーンにかけてあり、対物理・魔術双方のダメージを微量ながら軽減させている。
また所有者の精神を高めると心の性質に応じた色の光を発する性質がある。
【人物背景】
かつての勇者アバンの一番弟子であり、人間でありながら魔王軍不死騎団団長に就いていた男。
捨て子だった自分を拾い育ててくれた骸骨騎士バルトスを勇者との戦いで失ったことで正義への憎悪を抱いていた。
しかしそれが誤解によるものと知り、妹弟子マアムの慈愛に触れたことで改心、勇者パーティの長兄役として牽引していく。
本来剣士であったが、敵として見えた陸戦騎ラーハルトの意思と魔槍を受け継ぎ、魔剣が消滅したのと代わりに槍兵にジョブチェンジする。
その為は素人。持ち前の戦闘センスで補ってるが。それでも剣を使ったほうが強いらしい。
冷静沈着で高慢な人間だと思われがちだが、非常に繊細な心の持ち主。自分の気持ちに対して不器用なだけ。
魔王軍として人々を苦しめてきた過去から「自分は人を幸せになどできない」と捉えており、幸福を共有することを放棄している。
自分の人生の全てを、贖罪の戦いに費やす覚悟。
「美形」「元敵」「闇の力で戦う」「主人公の兄貴分」「パーティ内で一歩抜きんでた実力者」「贖罪を求めている」「敵の大軍の足止めを買って出る」と、
古今東西の死亡フラグを集めながら物語の最後まで生き残った、随一の死亡フラグクラッシャー。立てすぎてフラグの方が先に潰れた例の一つである。
溶岩に落ちようが胸を貫かれようが無防備で必殺剣を食らおうがHPが残り1になろうが全身の骨にヒビが入ろうが死なない。そのせいかよく上半身裸になる。むしろ丸腰の方が強くなる。
【サーヴァントとしての願い】
贖罪の戦いは死後も終わらない。この身を槍にして主に捧げる。
かつての自分より更に救いようがないハクノを気にし、不器用なりに言葉を伝えていく。不慣れであっても、彼は長兄役が様になる。
【マスター】
死相(デッドフェイス)/岸浪ハクノ@Fate EXTRA Last Encore
【マスターとしての願い】
憎しみを果たす。
【能力・技能】
デッドフェイスの特性として、死者であるがゆえの不死性、常人離れした運動能力や数々の異能を行使できる。
その理由はこれまでに死亡した死者の怨念を取り込み、取り込んだ人物全ての能力が使用できるため。経験や記憶も一部継承されている。
ただ使いすぎると死者の相に乗っ取られて、完全な動く死人災害になる。また一度に複数の能力の使用もできない。
【人物背景】
月の聖杯戦争の勝利者であるマスター、岸波白野の生まれ変わり。
……などではなく、ムーンセルで過去に敗北したマスターの残留思念……憎しみ、怨嗟、恨みといった悪性情報が集合したもの。
岸波白野がムーンセル中枢にいる何者かが敗北したことで停滞の道を進んだムーンセル千年の間でただひとつの変化。
多くの敗者。多くの死者。蓄えられた膨大な敗戦記憶を背負い、"誰でもない誰か"として目覚めたもの。
憎しみの感情、人に呪いを叩きつける復讐者であるがそれは性質としてであり、ハクノ本人は生まれたばかりのため無感動だがまっさらな、やや善良よりの人格をしている。
本企画ではそれに加えて、界聖杯の予選段階で敗北したマスター達の記録(魂)をその性質から引き継いでしまっている、と定める。
そのためこの主従が当選した場合、その時期は予選期間の終盤か最後となる。
【方針】
戦い、多くの死者の憎しみを晴らす。
ハクノ自身の願いはまだ明確に決まってない。君の名白紙。
最終更新:2021年06月21日 20:55