気付いたときには視界が歪んでいた。滂沱とあふれる涙を止めるすべを持たず、ちいかわは幼児のように手足をばたつかせた。とある平日の昼下り、都内の生活福祉課でのできごとだった。
 対応に当たっていた職員の女が、当惑をありありと示しながらも駄々をこねるちいかわを宥めるべく手をのばすが、それすら煩わしい。ちいかわはただ嫌、嫌とだけ叫んで女の手を振り払った。周囲の視線が、ちいかわへと集中する。
 ちいかわはただ、生活保護の受給資格がほしかった。なんの資格も持たず、ろくな収入もないちいかわに、国は手を差し伸べてくれると信じて疑わなかった。けれども、現実は非常だった。ちいかわには、この世界において生活に困窮しない程度の住宅が与えられていた。固定資産を持っている以上、生活保護の受給対象とはならない。

「あの、大変恐れ入りますが」
「イヤッイヤッ」
「受給資格がない以上、わたくしどもとしてもご対応できかねますので」
「ヤダーッヤダーッヤダーッ」
「お引取り願えますでしょうか」

 女の言葉になど聞く耳を持たない。持ちたくない。

「警備員を呼びますよ」

 ちいかわは涙で濡れた顔を上げた。きゅっと唇を結ぶと、人間用の椅子から勢いよく飛び降り、走り出す。赤子のように泣きじゃくりながら、ちいかわは施設を飛び出した。
 今は、誰とも話したくなかった。脇目も振らず、あてのない道を走り続けた。猥雑な都会の人混みを抜け、車の行き交う大通りに踊り出ると、甲高いクラクションの音が鳴り響いた。

「アッ……ワァ」

 ちいかわは尻もちをついて、ぽかんと口をあけた。間抜けな声だけが小さく漏れる。体が動かない。
 突然飛び出したちいかわを避けようとハンドルを切った車が、反対車線の車と激突したのだ。鉄同士が勢いよくぶつかる鈍い音が連続して響く。最初に事故を起こした車に巻き込まれるかたちで、後続の車両が玉突き事故を起こしていた。
 もうもうと立ち込める白煙を、ちいかわは他人事のように見上げていた。周囲が騒ぎ出したところで、涙がまた溢れ出した。

「アッ……アッ……」
「大丈夫?」

 ただ震えるだけしかできないちいかわを抱き上げる少女がいた。金髪の綺麗な女の子だった。きっと、ちいかわよりも年下だ。女の子は、涙を流しながら首を横に振るちいかわに優しく微笑みかける。

「いこ!」

 女の子に抱かれ、ちいかわは騒然とした事故現場をあとにした。非常な現実からちいかわを連れ出してくれる天使が現れたと、ちいかわはそう思った。


「へえ、じゃあ、ちいかわも聖杯戦争に挑むんだあ」
「フ!!」

 女の子に問われたちいかわは、意気揚々と頷いた。
 ちいかわには、草むしり検定の五級に合格したいという大きな夢があった。過去に二度落ちた検定試験だが、聖杯の力があれば、きっと合格できるに違いない。

「私にも、夢があるんだ」
「わぁ……」
「ママ、病気なの。お医者さんも、もう長くないって」
「アッ……ウ……」

 返答に窮したちいかわは、震える声でうめいた。

「パパは、いつもママをいじめてるの。昼間は叩いたり、蹴ったり。夜は、お布団の上で泣いてるママにむりやりプロレスごっこをさせたりするのよ。ママは、いっつも泣いてるの。自分だってつらいのに、パパから私を庇って……私のために、涙を流してくれるの。だから、聖杯にお願いすることにしたの。ママの病気を治して、パパを優しかったころに戻してって」
「アッ……ワァ……ウ……」

 ちいかわは静かに涙を流した。自分よりも幼い女の子が、自分と同じくらいつらい境遇に立たされている。いたたまれない気持ちに駆られ、ちいかわはただ、泣いた。

「泣かないで、ちいかわ。私、みんなに笑っていて欲しいの」
「ア……ウン……」
「それに、ちいかわにも夢があるんだもんね。私、ちいかわの夢も応援したいわ。だから、一緒にがんばろ!」
「フ……!!」

 涙をぬぐい、ちいかわは決然と頷いた。
 負けてはいられない。女の子の屈託のない笑顔を見ているうちに、ちいかわはそう思った。すっくと立ち上がったちいかわは、愛用のくまのポシェットから、油性のマジックペンを取り出した。
 今、この場に召喚陣を描き、サーヴァントを呼び出したい。けれども、複雑な召喚陣を、ちいかわひとりで描くのは無理だ。ちいかわは、自分の代わりに召喚陣を描いてくれる優しい誰かが現れるのを、ずっと待っていた。

「えっ、ここでサーヴァントを召喚するの」

 ちいかわはコクンと頷いた。

「それは推奨いたしません」
「ワァ……!」

 どこからともなく現れた鎧騎士の声に驚いたちいかわは、素っ頓狂な声を上げて転んだ。屈強な体つきの騎士は、倒れたちいかわに手を差し伸べる。

「失礼。私はセイバー……彼女のサーヴァントにして、誇り高き聖騎士です」
「ねえセイバー、推奨しないってどういうこと」
「白昼堂々、このような公共の場でサーヴァントを召喚するのはあまりにも目立ちすぎる。召喚を行うなら、人知れず行うべきです」
「確かにそうね、セイバー。けど、あなたはそれでいいの? ちいかわも敵になるかもしれないのよ」

 白く輝く歯を見せて、セイバーは力強い眼差しをちいかわへ向けた。

「彼は、マスターが盟友に選んだ相手。ひとりの騎士として、マスターの判断を信じることになんの迷いがありましょうか。それになにより、彼の者には夢がある。夢はいいものだ。私は、あまねくすべての民の夢を守りたい。そう願って、騎士になったのです。その願いは、サーヴァントになったとて変わるものではない」

 ちいかわは、セイバーの手を取り、起き上がった。

「盟友、ちいかわよ。私にできることがあれば、なんでも申し付けてほしい。盟友の願いとあらば、このセイバー、聞き届けるに些かの躊躇いもありはしない!」
「ア……ワァ……!」

 ちいかわは涙を流して喜んだ。


 都内の雑木林に、セイバーは召喚陣を描いた。ちいかわが十人は寝転べるほどの大きさの巨大な陣だった。触媒はない。だけれども、ちいかわには聖杯から与えられた令呪がある。召喚は必ず成功するという確信があった。

「――ヤヤ~ン……パパ……ルパルパ……」
「――汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ」

 上機嫌で歌うちいかわに続いて、女の子が召喚の口上をすらすらと口にする。すべての詠唱が完了すると、召喚陣を中心として吹き荒れたエーテルの輝きが、ちいかわの視界を埋め尽くした。またたく間に、なにも見えなくなった。召喚が成功したのかどうか、それすらもわからない。

 ――FINAL VENT――

 聞き馴染みのない電子音が鳴り響いた。

「エッ……?」

 薄く目を開ける。頭上に輝く満月が、尖った牙をむいて屹立する巨大な紫のコブラの姿を照らし出していた。

「ワ……!」

 一瞬ののち、紫の鎧騎士がセイバーへと蹴りかかった。最初の一撃を腰に提げた大剣で受け止めたセイバーだったが、右、左、右、左と連続で叩き込まれる蹴り足に、セイバーの姿勢が徐々に崩れてゆく。

「ハァァアアアアッ!」
「ぐ……ゥ、おのれ……!」

 紫の足が、セイバーの大剣を弾き飛ばし、胸元の装甲に突き刺さった。蹴りは止まらない。乱暴な蹴り足が、セイバーの鎧を砕き、その屈強な体を蹴り飛ばす。相当な重量を誇るセイバーの体が、安っぽい人形のように吹き飛んだ。

「ぐァアアアアア――ッ!」

 セイバーは、背を近場の木の幹にしたたかに打ち付けて、その場にどさりと落ちた。胸部装甲は既に粉々に砕かれ、鎧のていを成していない。血まみれの肉体が、まるで酸でもかけられたように焼けて煙をあげていた。

「ゴ……フ」
「セイバーーーッ!!」

 血反吐を吐いて項垂れるセイバーに、女の子が駆け寄る。

「ア……ワ……ァ!」

 ちいかわが呼び出した紫のサーヴァント――仮面ライダー王蛇は、セイバーが取り落した剣を拾い上げた。ブンと頭上に振り上げて、悠然と歩を進める。その光景を、ちいかわはただ涙を流して見守ることしかできなかった。

「ち、ちい……かわ……、令呪を、使……この、サーヴァントを……制御――ぐぼォアァッ」

 セイバーの声が途切れる。王蛇が、大剣をセイバーの腹部に叩きつけたのだ。王蛇は狂った獣のように、嗤い声をあげて大剣を叩きつける。何度も、何度も、セイバーの腹部の鎧が壊れるまで。

「ワァ……」

 ちいかわは、尻もちをついて泣いた。体が動かなかった。

「お願い、ちいかわ! 令呪を使って!」
「ヤ……イヤ……ッ」

 ふるふると首を振って、ちいかわは泣き声をあげる。怖い。なにもできない。ここまで世話をしてくれたセイバーがなぶり殺しにされようとしているという、その事実がちいかわの足をすくませた。ちいかわを見る女の子の目が、失望に染まった。

「ワァ……ァ……」

 大剣が、セイバーの胴体を寸断した。霊基を完全に破壊されたセイバーが、霊子と化して、霧散してゆくのにそう時間はかからなかった。あとには、地に顔を伏せて泣きじゃくる女の子の声だけが響いた。

「ウ……ワァ……ワァ~~~ン!」

 負けないくらい、ちいかわは声を上げて泣いた。女の子の夢を思うと、可哀想で、つらくて、泣かずにはいられなかった。せめて、女の子のぶんまで、この不条理を世界に訴えよう。そう思い、ちいかわは泣いた。

「なンでお前が泣いてる」
「ウ……エッ!? エッ!?」

 王蛇の蹴りが、ちいかわの小さな胴体にめり込んだ。胃の中身が一気に逆流し、口から吐き出される。ちいかわはサッカーボールのように転がり、もんどり打ってうずくまる。

「ア……ァ……イヤ……イヤ……!」

 痛い。つらい。助けて。ちいかわは手を伸ばした。女の子だけは、ちいかわの味方でいてくれると思った。
 ちいかわが顔を上げたとき、もう、女の子はいなかった。裏切られたのだと、ちいかわは悟った。結局、あの女の子も、自分の身が可愛くて逃げ出したのだ。女の子の分まで、あんなに涙をながしてあげたのに。

「ア……ワァ……ワァァ……」

 信じていたものに裏切られた。その悲しみが、ちいかわの心を苛む。蹴られた体も痛いが、今は内側からきゅうと胸を締め付けられる痛みのほうが苦しかった。
 王蛇は変身を解除した。ちいかわのサーヴァントは、ヘビ柄のジャケットを羽織った金髪の男だった。男は口元をにいと三日月状に歪ませると、ちいかわの耳を掴み上げ、木の幹に叩きつけた。

「ワ……ッ!?」
「あまり俺をイライラさせるな」
「ワ……エッ……ワ……ッ!」

 恐怖のあまり、ちいかわは脱糞した。小水も漏らした。
 その先に待っているのは、終わりのない暴力だった。生身のサーヴァントの拳が、ちいかわの顔に、胴にめり込む。ちいかわがいくら泣きわめいても、暴力がやむことはなかった。
 際限のない暴力に晒されながら、ちいかわは泣いた。悲しくて、哀しくて、ただ泣いた。

【クラス】
 バーサーカー

【真名】
 浅倉威@仮面ライダー龍騎

【パラメーター】
 筋力B 耐久C 俊敏D 魔力E 幸運D 宝具D

【属性】
 混沌・悪

【クラススキル】
 狂化:B-
 理性と引き換えに驚異的な暴力を所持者に宿すスキル。
 常に殴るか殴られるかしていなければ平常ではいられない。

【保有スキル】
 戦闘続行:C
 名称通り戦闘を続行する為の能力。決定的な致命傷を受けない限り生き延び、瀕死の傷を負ってなお戦闘可能。「往生際の悪さ」あるいは「生還能力」と表現される。自身にガッツ状態を付与する。

 獣化:B
 人を捨て、獣へと至るスキル。
 浅倉威に道徳はない。人の心を捨て去り、ただ欲望の赴くままに振る舞うのみ。
 戦闘中、高揚すればするほど、全パラメーターにステータス補正が得られる。

 自由なる闘争:EX
 戦うためだけに戦い続ける狂戦士。
 戦闘においてはクリティカル率とクリティカル威力がアップする。

【宝具】
『希望を喰らう蛇の王(ユナイト・ジェノサイド)』
ランク:D 種別:対人宝具 レンジ:1~10 最大補足:1
 自らが命を奪った仮面ライダーから契約モンスターを奪い取った逸話からなる宝具。
 バーサーカーが参戦している戦場で敗退した他サーヴァントの宝具を奪い取り、自らのアドベントカードとして所有する。
 ただし、奪い取った宝具の真名開放はできず、元々の神秘が濃いほど、パラメーターはランクダウンする。
 また、ユナイトベントを発動することで、自らの契約モンスターの戦力として取り込むことができる。この方法で取り込まれた能力は、戦闘終了後、元のカードへ戻る。

【人物背景】
 戦うためだけに戦い続ける狂人。連続殺人鬼。
 常にイライラしており、暴力を振るうか振るわれるかしていなければ気がすまない。
 仮面ライダー龍騎劇中において、最も多くのライダーを仕留めた最凶のシリアルキラー。

【サーヴァントとしての願い】
 戦い続ける。

【マスター】
 ちいかわ@なんか小さくてかわいいやつ

【マスターとしての願い】
 草むしり検定五級に合格する。

【能力・技能】
 いっさいなし。無能ここに極まれり。

【人物背景】
 なんか小さくてかわいい小動物のような生き物。
 よくハチワレと一緒に行動しているが、自発的にはなにも行動できない。
 一応日雇いで生活しているが、資格がないので給料は安い。

【方針】
 自分のことしか考えられないちいかわと、自分の欲望のためだけに戦う浅倉威。
 浅倉は、苛立ちを発散するべくちいかわへと暴力をふるい続ける。死なない程度に。

【備考】
 基本言葉がしゃべれないので令呪があっても命令できない。

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最終更新:2021年06月24日 02:06