私は闇の中を走っていた。
何も見えない、何も聞こえない。静寂の闇の世界がどこまでも広がっていた。
思えば手足の感覚すらない。走り続けているつもりだったが、ずっと動いてすらいないのかもしれない。
時間の感覚はどうだろう、さっきここに来たような気もするし、ずっとここにいるような気もする。
ここに来る前の記憶をたどろうとした時、目の前に淡い光を纏った人が現れた。
暗闇の中でも見知ったピンクの髪が良く見える。
その赤い瞳が、こちらをずっと見つめている。
「さとう!」
「しょーこちゃん」
聞きなれた彼女の声を聴いたとき、私は彼女の胸に抱きついた。
闇の世界で、彼女の体温だけが暖かかった。
「さとう…助けて…!」
さとう。
私の大切な親友。
親の期待がかかる窮屈な日々から、私を光の下に連れ出してくれた人。
きっと彼女ならこの世界から出してくれる。
そう信じた私は、彼女の胸にうずめていた顔を上げた。
「ねえ」
見上げたさとうの顔は
「しょーこちゃんはあの時、私を拒絶したじゃない」
ゴミを見るような、冷たい瞳で私を見下ろしていた。
気づくと、彼女は包丁を持っている。
「なんで私が助けてくれると思ったの?」
その顔を見た時、私は何故ここにいるのかを思い出した。
私は彼女に殺され、ずっと暗闇の中を彷徨っていたのだ。
「…ター」
そして、殺された時と同じように包丁が私の喉を
「マスター!」
引き裂かれる寸前、響いた少年の声に私は目を見開いた。
見慣れた天井が目に入る、私の自室だ。
ベッド脇の台に置いた鏡に目を向けると、カーテン越しに入ってくる朝日に照らされた私の顔が映った。
肩に少しかかるくらいの紫の髪は寝ぐせでボサボサ、顔もフリフリのパジャマも寝汗でぐしゃぐしゃの酷いありさまだった。
あの酷い悪夢のせいだ。
ここに呼ばれた私は、しばしば先ほどのように殺される直前の光景を夢に見る。
その度に私は、遅すぎた私の行動を悔やむのだ。
俯いて目を手元に落とした時、自分の手の上に銀の指輪がはめられた指が置かれていた。
私はようやく自分の手が握られていることに気が付いた。
「うなされてたみたいだったけど、大丈夫?」
夢の中でも聞こえた少年の声が耳に入る。
私は顔を上げた。
「アーチャー…」
青い瞳がこちらを見ていた。
ツンツンとした髪型の髪、背丈も顔立ちも中学生相応の少年だが、
金の髪も顔立ちもこの国の人間とは違った趣がある。
当然、血迷った私がお母様のいるこの家に拉致したわけではない。
この場における私のサーヴァント、アーチャー・ガンヴォルトだ。
「大丈夫、少し怖い夢を見ただけ」
「…そうか」
私が笑顔を作って返すと、彼は少し考え込んだようだった。
「そうだ、さっき白湯を作ってきたんだ。良かったら飲む?」
彼はそう言って少し湯気の立ったコップを差し出した。
思えば喉がカラカラで、口の中が酷く酸っぱい。
私はたまらずコップを受け取り、勢いよく白湯を飲んだ。
口をリフレッシュして一息ついたとき、アーチャーが口を開いた。
「戦うことが怖い?」
私は、その質問に答える代わりに尋ね返した。
「アーチャーって、私をここから出してくれる?」
「………」
「戦うなんて、怖いに決まってるよ!
死んだと思ったらこんなところに呼び出されて戦えなんて、脅迫みたいなものじゃない!
あんたにこの気持ちがわかるの!?」
白湯の残ったカップを乱雑に机の横に置いた私は、己の感情を吐き出した。
私を光の下に連れてきてくれたさとうが、私を永遠の闇に送り出し、
私に勇気をくれたあの少年も、ここにはいないのだ。
私が死ぬ直前に呼ばれたのではなく、死んだ後に呼ばれたとしたら
例え聖杯を取らずにこの場から出たとして、無事な保証なんて全然ない。
そう考えると毛布をかぶっていたのに、寒気が止まらない。
アーチャーはそんな私を静かに見つめ、金の長い三つ編みをゆっくり振って答えた。
「君が望むのなら、ここから出すために戦うよ」
「…いいの?あんたにも願いがあるんじゃないの?」
「無関係の人間を犠牲にするほどの願いじゃあない。」
強いまなざしで彼は答えた。
中性的な顔だと思っていたが、こうしてみると男らしい。
その優しい言葉と強いまなざしに思う所があった私は、彼の手を引いた。
「少し、確かめさせて」
「え?」
グイと彼の手を強く引き、バランスの崩したアーチャーを私は素早くベッドに押し倒した。
掴んだ腕の感触は硬い、少年の見かけによらず、筋肉はそこそこあるようだ。
「な、なにを…」
目下の驚愕している少年をまじまじと見つめる。
顔は生だと全然見れない外国系のイケメン、顔も男らしくないかと思ったけどさっきみたいにカッコよくなる。
身長はまだ低いけど、何より性格が優しい。
私の求めていた王子としてかなり高得点ではないか、私は舌なめずりをして顔を近づけた。
「マスター、これは一体…」
アーチャーの訳の分かっていない表情がグングンと近づく。
唇が触れるか触れないかの距離に迫った時、私は止まった。
「やっぱ違うわ」
「え?」
私は彼を突き放して上体を起こした。
頭の中の王子様としては高得点だったけど、どれだけ近づいても胸がときめいたりするわけでもないし、何より甘くなかった。
「ごめんねアーチャー、変なことしちゃって」
「なにがなにやら…」
私はベッドに倒れたままの彼に手を伸ばし、彼もそれを取って体を起こした。
互いの体温は上がっても下がってもいない。ぬるま湯のような感触だった。
「ねえアーチャー、さっき言ってた『逃がしてくれる』って本当?」
「本当だよ」
うんざりした表情でアーチャーは答えた。
私はもう一つ聞いた。
「じゃあ、そのために私に、全部捧げてくれる?」
彼はそれを聞くと、少し考えてから答えた。
「たぶん、それはできない。
昔はそう言う頃もあったけど、今は無理だ」
「それって、大切な人ができたりしたから?」
「ああ」
彼は即答した。
私はその答えを聞いて、深くため息をついた。
「あ~お互いもうちょっと前だったら、運命の二人だったかもしれないのにな~」
あの少年は、だいぶドンピシャで理想の王子様かと思った。
しかし蓋を開けてみれば規格の合わない歯車、同じ極の磁石だ。
いくらお互い寂しくても、求めあえるわけがない。
「アーチャー、我がまま言ってもいい?」
「付き合うとかそういう方向性じゃなかったらね」
「私、やっぱり願いがあるの、
さとうに信じて欲しいし、私に勇気をくれたあの子にお礼を言いたい。」
(私たち、親友だもんね)
(いい子、よしよし)
大好きな親友と、あの子犬みたいな少年の顔が脳裏を過る。
他に理想の王子様が居れば諦められるかと思ったが、無理だ。
私を籠から連れ出してくれる人間は、今の私にはあの二人以外考えられない。
「そのために私、聖杯って奴が欲しいの!
お願いだから、力を貸して!」
深く頭を下げる。
失礼なことをしてしまったし、この善良な少年を巻き込むことも気が引ける。
だけど私は、もう諦められはしないのだ。
「顔を上げて、マスター。」
そう言われ、私が顔を上げるとアーチャーは真剣な表情でこちらを見つめ、私に手を差し出していた。
「僕にだって願いはある。サーヴァントとマスターの関係だ、なにも頭を下げなくたっていい。」
私は彼の手を取った。
さっきまでのベッドのやり取りとは違う、互いに対等の握手だ。
聖杯戦争のために最近知り合った仲だ。親友のため、願いのため、いつかは解ける時が来る手かもしれない。
それでも今この時だけはとても心強い手だった。
(だって私、ショーコちゃんにも何も感じない。その他大勢と変わりないんだよ。)
―さとうと私も、甘い関係にはなれなかったけど。
アーチャーの入れてくれた白湯が目に入る。
―苦くもなかったよね、さとう。
私はそう信じて、この手を強く握った。
【CLASS】
アーチャー
【真名】
ガンヴォルト(オルタ)@蒼き雷霆ガンヴォルト爪
【パラメーター】
筋力D 耐久D 敏捷B 魔力B 幸運D 宝具B
【属性】
混沌・悪
【クラススキル】
対魔力:D
一工程(シングルアクション)による魔術行使を無効化する。
魔力避けのアミュレット程度の対魔力。
単独行動:A+
マスターからの魔力供給を断ってもしばらくは自立できる能力。
ランクA+ならば、宝具の使用などの膨大な魔力を必要とする場合ではない限り単独で戦闘できる。
ご存じビーストの持つ単独顕現の下位互換スキルであり、この適性が高いのはあるいはその素質を見込まれての事か。
【保有スキル】
第七波動(セブンス):A-
やがて現人類を少数派(マイナーズ)として駆逐する存在。
霊能力者や霊獣を超える第七階梯の波動を所有する新人類、第七波動(セブンス)能力者であることを示すスキル。
新人類でありながら古代ゆかりの宝剣や魔術式に高い感能力を示す彼らは、出自の新しさに関わらず神秘に高い適性を持つため魔力の変換効率が向上する。
自己回復(雷):A-
電力会社を中心とした巨大複合企業体が目を付けた新エネルギー、蒼き雷霆に由来するスキル。
微量ながらも魔力が毎ターン回復する他、同ランク未満の電撃攻撃を受けた際に電力を魔力に転換可能。
同ランク以上の電撃攻撃を受けてる最中、或いは水中など電気が散る状況下ではこのスキルは無効化される。
破壊工作:C+
戦闘を行う前、準備段階で相手の戦力をそぎ落とす才能。
ただし、このスキルが高ければ高いほど英雄としての霊格は低下していく。
忠誠忘却:D
己が壊滅させた多国籍能力者連合ゆかりの地、タシケントにて召喚されたアーチャーに課せられた呪い。
アーチャーは多国籍能力者連合エデンを壊滅させ、出国した後の己の記憶を認識することができない。
一度はエデンともども己が否定した皇神グループの翼を纏うことがあれば、特に。
【宝具】
『蒼き雷霆(アームドブルー)』
ランク:A- 種別:対軍宝具 レンジ:1~50 最大捕捉:100
南米の奥地で発見され、アーチャーに移植された世界初の第七波動(セブンス)。電子を自在に操る能力であり、電子機器の操作や雷撃の放出が可能。
戦闘中は主に雷撃鱗(ライゲキリン)と呼ばれる雷撃を展開して戦うほか、己の毛髪を相手に撃ち込む事で雷撃の誘導・射程の延長を行う。
また、雷撃鱗展開中はアーチャーの周囲に実弾攻撃を弾く雷撃の膜が展開される他、電磁浮遊によるホバリング機動が可能。
また、真名解放と詠唱を行うことでスペシャルスキルと呼ばれる必殺技を展開し、雷撃の剣や鎖による瞬間的な火力を産むことが可能。
雷撃鱗を展開していない際はペンダントの効力により電磁結界(カゲロウ)と呼ばれる防衛機構が働き、神秘の低い攻撃を受けた際自動的に多大な魔力を消費し、己を電子の揺らぎに変換、攻撃を無効化する。
弱点としては高位の神秘による攻撃、雷撃鱗展開中のカウンター、電磁結界による魔力切れ狙いの連続攻撃などの他、
水などの電解質に浸かった状態で能力を使用した際に電気に変換した魔力を瞬間的に消費してしまい、オーバーヒートと呼ばれる電力枯渇状態となる事である。
『満ち行く希望(フィルミラーピース)』
ランク:B 種別:対絆宝具 レンジ:1 最大捕捉:1
アーチャーの本来の宝具『新たなる神話(プロジェクト・ガンヴォルト)』がタシケントにおける召喚の際変異した宝具。
楽園(エデン)の主パンテーラの夢幻鏡<ミラー>による精神感応が残っているのか、
アーチャーに屠られた有象無象の能力者の怨念が彼に呪いを掛けたとでもいうのか、
それとも、アーチャーの執念が宝具になったとでもいうのか。
彼の愛した人間、シアンの力を封印したミラーピースと呼ばれる鏡片が宝具となって顕現されることとなった。
アーチャーが他サーヴァントと交戦した際、その威信(クードス)がピースの不足を補うデータとしてミラーピースに蓄積される。
蓄積された威信(クードス)を蒼き雷霆に上乗せて消費し、真名解放と詠唱を行うことでCランク相当の支配者特攻スキル『ネガ・ドミネーター(偽)』を発揮し、スペシャルスキル『グロリアスストライザー』を開放可能。
およそ7騎分の十分な交戦記録が蓄積されたのち、適合を無視し心の繋がりによって一度のみ、電子の謡精(サイバーディーバ)の能力を己の中に開放可能。
あくまでアーチャーの心の中に彼女の歌が響くため、対外的な能力は発揮できないが、スーパーガンヴォルトと呼ばれる強化形態に至ることは可能。
もっとも、アーチャー最大の目的である今の彼女の声が聞こえるのか、それともあくまで再現された歌が聞こえるのかは不明。
【weapon】
ダートリーダー:
アーチャーの毛髪を特殊コーティングし、避雷針(ダート)と呼ばれる専用の弾に変換して発射する電磁投射銃。
電撃を誘導することが目的なため、威力は抑えられている。
【人物背景】
ガンヴォルト、通称GV(ジーブイ)と呼ばれている。
全ての能力者を管理下に置かんとする巨大企業皇神(スメラギ)、全能力者の強化による無能力者への反乱を目論んだ多国籍能力者連合エデンの野望を打ち砕いた14歳の少年。
能力者の命運を左右する電子の謡精(サイバーディーバ)の能力者シアンを開放して以降は彼女との日々に温もりを感じ、彼女を取り戻すために戦うこともあったが、戦いの末彼女との日常は失われることとなった。
本来このガンヴォルトはエデンゆかりの地タシケントのみで召喚されるオルタナティブであり、数多の因果が収束する界聖杯(ユグドラシル)により可能性の一つとして変則的に東京に召喚されたサーヴァントとなっている。
彼本来の霊基から皇神・エデンから危惧された集団総意の秩序や翻意を単独のみで打ち砕く有り様が誇張・抽出され、特殊スキルの付与・宝具の変異として現れており、彼がエデン戦後(蒼き雷霆ガンヴォルト爪以降)の記憶を知るすべはない。
オルタナティブでありながら人格面は汎人類史の当時の彼と相違が無いのは、その危うい在り方は誇張されたものではなく、本来の人格故と言う事である。
彼としては己の変異より、エデンとの決戦以降の電子の謡精(サイバーディーバ)の能力者の無事の声が聞けないことが恐ろしい。
【サーヴァントとしての願い】
彼女(シアン)の声をもう一度聞きたい。
【マスターとしての願い】
さとうの事を信じたいし、信じてもらいたい/あの子(あさひ)にお礼を言いたい。
最終更新:2021年10月19日 00:26