女の子は、なにでできているの?
お砂糖と、スパイスと、素敵なもの。





朝。カーテンの隙間から日差しが挿す。
スマホのアラーム音にどやされて、目を覚ます。
眠気の抜けない瞼を拭いつつ、「二度寝しちゃおうかな」なんて考えて。
だけど、それじゃ駄目だから。学校には通わないといけないから。
気だるい身体を何とか後押しして、私――“宮崎すみれ”はベッドから起き上がる。

“お母さん”の呼ぶ声が聞こえる。もう朝ご飯ができていたらしい。早いなあ、なんて呑気に思う。
ここにいる“お母さん”は、きっと本物の“お母さん”じゃないけれど。
それでも私は返事をして、着替えも済ませずにリビングへと向かう。
一日の始まり。日常はいつものように流れる。

朝食をそそくさと済ませて、洗面台の前に立つ。
化粧には、時間をかけるようになった。
ファンデーションで綺麗に白く整えた肌。
マスカラで凛と主張させた睫毛。
自然な色合いのリップで染めた唇。
“あの人”とそっくりなメイクをしていた。
少しでも近付きたくて、始めたことだった。
一度はやめてしまったけれど。でも、結局また始めてしまった。そうするしかなかった。
“あの人”―――“松坂さとう先パイ”の姿を、自分自身に投影していた。

髪を、伸ばした。
“さとう先パイ”と同じように。
髪を、染めた。
“さとう先パイ”と同じように。

私の髪は、腰まで届くほど長くて。
そして、薄い桜色に染め上げられている。
左右非対称の可愛いヘアゴムで、髪の両サイドにお団子を作った。
何度も練習して、先パイと同じように結べるようにした。
そうして鏡の中に映っていたのは、“松坂さとう”に限りなく近付いている私だった。

松坂さとう。かつてバイト先で出会った、憧れの先パイ。
いつも綺麗で、可愛くて、何でもできて。どんな時でも、キラキラしている。
要領だって良いし、大体のことを器用にこなしてしまう。愚図で地味な私とは、全然違う。私は、私を好きになれなかった。
だからこそ、さとう先パイがまぶしくて。気がついた頃には、恋に焦がれていた。
先パイのロッカーを漁ったり、住んでいるところを探ろうとしたり。大好きだから、なんだってやった。
先パイの容姿とか、化粧とかも、真似ていた。

だけど、さとう先パイ。
あの日、あなたは言ってくれましたね。
ありのままでいい。
そのままが、いちばん可愛い。
成長しなくてもいい。
賢くならなくてもいい。
ダメなままでもいい。
生まれたままの貴女こそ、何よりも可愛い。

先パイにそう言ってもらえて、本当に嬉しくて、幸せで。
だけど、先パイのことを怒らせちゃったから。先パイの素性を探ることも、先パイの姿に近づくことも、それ以来やめた。
本当の私。ありのままの私。先パイは、なんの取り柄もない私をそのまま愛してくれる。
もう先パイに迷惑を掛けたくないし、困っているときは力になってあげたい。
そう思っていた。私の心は、さとう先パイに屈服していた。
だってあの人は、“私だけの理想のお姫様”だから。

でも。でも、でも。
先パイは、いなくなってしまった。
先パイが住んでいるマンションで火災が起きた。放火とか、そんな話だった。その翌日、朝のニュース番組が黙々と情報を伝えてきた。
松坂さとうが、亡くなった。
私だけの先パイが。
私の大好きな人が、遠くへ行ってしまった。

茫然とした。唖然とした。何も考えられなかった。
この世界から先パイがいなくなったなんて。
もう先パイと二度と会えないなんて。
どこを探しても、先パイは存在しないなんて。
先パイ。先パイ、先パイ、先パイ―――さとう先パイ。なんでですか。
なんで、私を置いていっちゃったんですか?
先パイが死んじゃうなんて。もう二度と、触れ合えないなんて。
そんなの。私、耐えられませんよ。
後を追うことも考えたけれど。怖くて、手が震えて、結局できなくて。
生きる意味も、死ぬ勇気も掴めないまま。さとう先パイが欠落した世界で、私はひと月、ふた月と、ぼんやり彷徨い続けた。
どれだけの時間が経っても、先パイの喪失を埋め合
わせることができなくて。
先パイがいないことが、つらくて。かなしくて。
私の中で先パイが過去の存在になっていくかもしれないことが、こわくて。
だから。考えて、考えて、考えて、考え抜いた。
先パイは神様に連れていかれた。これ以上、奪われたくなんてなかった。


そして私は、“松坂さとう”になった。
髪。化粧。服装。鞄や小物。下着だって、笑顔だって、全部全部さとう先パイとお揃い。
私の記憶の中にいる“あの人”を、徹底的になぞった。


こんな姿、先パイに見られたらきっと怒られてしまうと思う。
ありのままが一番って言ってくれたのに。そのままの私が大好きって言ってもらえたのに。その言葉を、私は裏切っている。
けれど、想いを抑えられない。さとう先パイは、もうどこにもいない。
だったら。さとう先パイを、この世界に繋ぎ止めないと。
私がさとう先パイに近付けば、さとう先パイはいなくならないんだから。
私の中で、私の大好きなさとう先パイが、ずっとずっと生き続けてくれる。
さとう先パイ。私の愛する人は、こうして永遠になる。
そう信じて、ここまで自分を塗り替えてきた。
家族や友達からも心配された。様子が変だとか。なにかに取り憑かれたみたいだとか。
そんな言葉さえも振り切って、私は松坂さとうをなぞり続けた。
そんな矢先に、私はこの界聖杯に招かれた。

ねえ。
さとう先パイって。
どうやってできてるんですか?
あの日の答えは、聞けなかった。
先パイに迷惑をかけたくないから。
先パイに嫌われたくないから。
でも。今なら、少しだけ分かる気がする。






お姫様は、なにでできているの?





行ってきます。
制服に着替えて、鞄を肩に掛けて、私は玄関から飛び出した。
見慣れた通学路を歩き出して、空を見上げる。
晴天。澄んだ青空が広がっていた。
頬をなでる風が心地よくて、ふっと微笑みが浮かんでしまう。
爽やかな朝だった。本当に、気持ちがいい。
なのに、心に生まれた隙間だけは、決して埋まらない。


視線を、ふいに落とした。
閑静な住宅街。周囲には誰もいない。
家と家の狭間―――ひっそりとした路地が、視界に入る。
そこにいたのは、一人の少女。
私を見つめて、ぽつんとそこに佇んでいて。
そうしてすぐに、地面の中へと“沈んだ”。
まるで水中へと潜るかのように、彼女は忽然と姿を消す。
見慣れた光景だった。彼女はああして、私を見守ってくれる。


アサシン。私のサーヴァント。
桜色の髪を持った、可愛らしい雰囲気の女の子。
真っ白なスクール水着と扇情的な身体が、最初は衝撃的だったけど。
だけど、話してみれば大人しくて何処かぼんやりとした娘だった。

アサシンちゃんは、“お姫様”に憧れているんだって。
綺麗で、可愛くて、崇高で、尊くて、皆の上に立つ存在。
物心ついた頃からずっと想い焦がれてて、そうして“理想の存在”と運命的な出会いを果たして。
彼女はその人の言葉を信じ続けて、その人の影を追い続けている。
なんだか、シンパシーみたいなものを感じてしまう。
きっとそれは、私にとってのさとう先パイと同じだと思うから。
私の背骨を形作る、絶対的な存在。他の誰よりも特別で、その人を追う為なら何だってできる。

聖杯戦争。
マスターとして招かれた人達が、サーヴァントを召喚して。他のマスターやサーヴァント達と、争いを繰り広げる。
勝ち残った一組だけが聖杯というものを手に入れられる、らしい。
それを使えば、どんな願いでも叶えられる―――私の頭の中に刻み込まれていた情報だった。
お伽噺にしてもけったいな話だったけど、現に私は見ず知らずの場所にこうして呼び寄せられている。
それに、アサシンちゃんだって傍にいる。初めて出会ったときは困惑したけど、今ではすっかり馴染んでしまった。
いつも私のことを気にかけてくれて、頼もしくて。だけど何処かぽけっとしてて、可愛らしくて。
顔立ちもスタイルも、私より全然いいのに。もしかしたら、妹ってこんな感じなのかな。不思議とそんなことを思ってしまう。

私が聖杯にかける願いを持つように。
アサシンちゃんにも、祈りがある。
さっきも語ったように、彼女には“理想のお姫様”がいる。
その人のようになるために、アサシンちゃんは此処にいる。
きっと彼女は、そのお姫様のことがどうしようもなく愛しいんだと思う。
それはもしかしたら、好きっていう気持ちなのかもしれない。

『ねえ、アサシンちゃん』

通学路をいつものように歩いている最中。
念話を使って、何気なく問いかけた。

『……どうしたの、マスター?』

きょとんとした声で、アサシンちゃんは聞いてくる。
なんてことはない。ふと思い浮かんだ、世間話だった。

『人を好きになるって、どんな気持ちだと思う?』

そう、ちょっとした会話。
だけどある意味で、私の根っこにある想いの話。

『むずかしい質問』
『ごめんね、急にこんなこと聞いちゃって』
『でも、どんなものかはわかる』

アサシンちゃんは、ほんの僅かに間を置いてから。
透き通るような声を、私の頭の中へと響かせる。


『……その人で、心がいっぱいになる』


淡々と、彼女はそう語る。


『その人の言ったことが、ぜんぶになる』


言葉に乗せられた仄かな感情を、私は感じ取る。


『そういうことだって、思う』


彼女の答えを聞いて。
私の口元は、自然に微笑んでいた。
―――やっぱり、アサシンちゃんは私のサーヴァントだ。
そんなふうに、思ったから。

さとう先パイにまた会えたら、謝りたい。
先パイの言葉を裏切って、ごめんなさい。
先パイとの約束を守れなくて、ごめんなさい。
私は、そのままじゃいられなかったから。
そして、改めて伝えたい。
さとう先パイ。おかえりなさい。
愛しています。大好きです。

さとう先パイを、取り戻す。
そのためにも。私は、絶対に聖杯を掴みたい。
今までは、私が繋ぎ止めるしかなかった。だけど、奇跡があれば、先パイは必ず帰ってくる。
だから、勝たなきゃいけない。

界聖杯の東京は、いろんな世界が入り混じっているらしい。お母さんや学校の友達もそうだけど、顔を知っている人達が何人かいた。
元の世界といっしょ。だけど似て非なる存在。きっとパラレルワールドというものだと思う。
もしかしたら、ここには“さとう先パイ”もいるのかもしれない。


でも、それは先パイじゃない。
あの時いなくなった、たった一人の存在。
それこそが、私の恋い焦がれたヒトだから。
ニセモノの先パイなんて、いらない。
だから、ここで“さとう先パイ”と出会ったとしても。
私は、聖杯を求めることをやめたりなんかしない。
あの日、あのマンションでいなくなった彼女を取り戻すために、私はここにいるんだから。


『学校、行ってくるね。アサシンちゃん』
『うん。いってらっしゃい』


家族のように、そんな和やかな会話を交わして。
私は、日常へと溶け込んでいく。
胸の内に、願いと想いを抱え込みながら。





気高いお姫様は、甘い甘いお砂糖と。
沈むような想いで―――できているの!





【クラス】アサシン
【真名】スイムスイム@魔法少女育成計画
【属性】混沌・善
【パラメーター】
筋力:D 耐久:C 敏捷:C 魔力:B 幸運:E 宝具:C+

【クラススキル】
気配遮断:B+
サーヴァントとしての気配を絶つ。
完全に気配を絶てば発見することは非常に難しい。
自らが攻撃態勢に移るとランクは大きく落ちるが、後述の宝具によって地面などに“潜水”している最中に限り戦闘時のマイナス効果が半減される。

【保有スキル】
魔法少女:B
“魔法の国”の試験官によって選抜された魔法少女のひとり。
魔法少女に変身することで肉体的・精神的に頑強となる他、それぞれ固有の魔法を行使することが出来る。
聖杯戦争においては常に魔法少女の状態のまま固定され、気絶などの強い衝撃を受けても決して変身は解除されない。

自己暗示:A+
《スイムスイムにとって、“ルーラ”とは憧れだった。》
《彼女の姿は、夢の中で思い描いていた“お姫様”そのものだった。》
アサシンの根幹を形成する狂信。彼女が解釈し、信じ続けた、理想への妄執。
同ランク以下の精神干渉をシャットアウトする他、暗示によって自己を強化することが可能となる。
「憧れのお姫様/ルーラになる」―――アサシンは無垢な信仰を反復することにより、戦術・策謀・暗殺・奇襲においてステータス以上の卓越した能力を発揮する。

カリスマ:E
小規模な集団を率いる才能。
自身が指揮をする集団戦闘において味方の能力を僅かに向上させ、策を弄す際にはクリティカル判定の成功率も増加する。
ただし集団の士気を上昇させることはできない。孤独な信仰を徹底的に内面化させたアサシンは、古今東西の英傑のように他者を先導する能力を持たない。

【宝具】
『どんなものにも水みたいに潜れるよ』
ランク:C+ 種別:対人宝具 レンジ:1 最大補足:1
アサシンの固有魔法。文字通り、どんなものにも水中のように潜れる。
魔法が発動すればあらゆる物質を擦り抜け、地中や壁面などへ自由自在に潜行して泳ぐことができる。
擦り抜けられる物質に際限は無いため、魔法を敵に対して発動すればあらゆる物理攻撃を“透過して”無効化できる。
ただし音や光などの“波”まで透過することはできない。魔法自体もあくまで物理的に擦り抜けるだけであり、魔術や異能などの特殊効果を必ず凌げる訳ではない。

『私だけのお姫様(ルーラ)』
ランク:C 種別:対人宝具 レンジ:1~3 最大補足:5
アサシンによってその名を付けられた薙刀型の武器。彼女が散った後は“魔法少女狩り”の手へと渡り、多数の悪党魔法少女を制圧してきた。
“魔法の国”製の武器であり、あらゆる攻撃を以てしても破壊することができない。
数多くの魔法少女を殺傷・無力化してきた逸話を持つことから、魔法少女や魔法使いなど魔術に纏わる属性を持つ者に対して追加ダメージを与える。

【weapon】
宝具『私だけのお姫様(ルーラ)』

【人物背景】
N市の魔法少女選抜試験に選ばれた候補生。
本名は坂凪綾名。7歳の小学一年生であり、N市の試験において最年少の存在だった。
常に大人しく感情を表に出さないが、内面では“お姫様”に対する強い憧れを持つ。
同じ魔法少女候補生であるルーラを理想の存在として仰ぎ、他の仲間達とともに彼女に従っていた。
ルーラの言葉を信じ、ルーラの思想を学び、ルーラのようになることを望んだ。彼女の教えを忠実に守り続け、その果てにスイムスイムはルーラの殺害へと踏み切った。それこそがルーラの教えを実践する手段であると悟ったから。
そしてスイムスイムは“理想のお姫様/ルーラ”になるべく、凶行へと突き進んでいくことになる。

【サーヴァントとしての願い】
誰よりも美しくて、誰よりも偉大なリーダーで、誰よりも素敵な“お姫様”―――今度こそ、ルーラになる。
聖杯戦争に勝ち残ることで、それを証明する。


【マスター】
宮崎すみれ@ハッピーシュガーライフ

【マスターとしての願い】
松坂さとうを取り戻す。

【能力・技能】
地味で不器用で、いつだって上手くいかない。何処にでもいる、ただの女子高生でしかない。
だけど、“さとう先パイ”への愛だけは本物。

【人物背景】
メイド喫茶でバイトとして働く少女。通称“すーちゃん”。
「自分の事がずっと嫌だった」「クズで生意気で、誰にも好きになってもらえない」と語るなど、自身への強いコンプレックスを抱いていた。
それ故に容姿も振る舞いも完璧な先輩の松坂さとうを慕い、彼女に対して病的に執着している。
ロッカーを物色してさとうの化粧や下着などをそっくりそのまま真似し、住所などの家庭環境に踏み込もうとするなど、ストーカー紛いの異常な行動に及んでいた。
一度はさとうを問い詰めようとするも逆に丸め込まれ、釘を刺され、彼女に嫌われたくない一心で精神的な服従へと至る。

時間軸は最終話から数ヶ月後。
松坂さとうの末路を受け止められず、彼女は精神の均衡を崩した。
髪型も、髪色も、化粧も、服装も、鞄や小物も。今の宮崎すみれは、松坂さとうの姿を徹底的に模している。
そうすることで、自身の中でさとうを繋ぎ止めていた。彼女から認められた“ありのまま”では、もういられない。

【方針】
アサシンと協力して勝ち残る。
もしも、この場に“さとう先パイ”がいても。
私にとっての先パイは、元の世界のマンションでいなくなった“松坂さとう“だけ。

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最終更新:2021年07月10日 20:26