ピッ、 ポッ、 ポッ、 ポッ、


電子メトロノームが、規則正しくリズムを取る。


キュッ、キュッ、キュッ、キュッ、


トレーニングシューズのゴム底が、レッスン室の床を規則正しくこする。


壁一面の大鏡を前に、二本の足が淀みないステップを踏んでいた。

紅く染めたウルフカット。踊るために最適化され、削ぎ落とされ、絞られた肢体。
ジャージ姿の緋田美琴が、今日もレッスンに明け暮れていた。

10年間、アイドル目指してレッスンを重ねながら芽の出ない日々だった。
元いたプロダクションから新天地『283[ツバサ]プロダクション』に移籍した。
そこで一人の新人研修生とユニットを結成。
そして新人アイドルの登竜門『W.I.N.G.』で優勝。
緋田美琴は、命を賭けた宿願である『アイドル』として、ようやく歩みだしていた。

だが、アイドルとしての活動に必要な相方は、今、ここにはいない。
相方だけが、ピンの仕事で呼び出されているのだ。
仕事の内容は、テレビ番組の出演、コマーシャルなど。
『地味だけど、喋らせると面白い』となかなかの評判であった。
最近は、美琴独りで練習することが増えてきている。


最近まで普通の女子高生として生きてきたからこその無分別さと、思い切りの良さは、
危なっかしくあるけれども、あの子の魅力でもあることは確かだと、美琴は思う。

――それは、10年間を歌と踊りに捧げてきた私には無い、彼女のアイドルとしての武器なのだろう。

時に野鳥さえ魅了する美しい歌声。いくら失敗を重ねようとも笑顔を崩さない前向きさ。
まだ児童と呼べる年頃の娘しか持ち得ない、無垢な瞳の輝き。
凸凹な年下の双子をまとめて包み込む包容力。どんなに難しいダンスも一目でモノにする天性の才能。
ただ、そこにいるだけで場の空気を支配する、残酷なまでの存在感。

それぞれが、人々の心を掴むアイドルの才能だ。
羽ばたかせさえすれば、頂点まで届きうる、彼女たちの持つそれぞれの翼だ。
――私には、無い。


それでも私はもう一度自分を信じて、ここまで来られたのだ。
283プロのプロデューサーが、私の10年間磨いてきた技術を信じてくれたから。
翼がなくとも、この二本の足で積み重ねたものを信じてくれたから。


だけど――と、最近、相方だけに仕事のオファーが来る現状に、既視感を覚えてしまう。
『歌が上手いだけの子』『踊りが上手いだけの子』と評価されながら、
羽ばたいていく後輩を見送り続けていた頃のことを。

思い出すのは、10年以上前、故郷の北海道にいた頃のこと。
ピアノのコンクールで、私は練習に練習を重ねたチャイコフスキーを完璧に演奏した。
優勝したのは、「天国にいるミャオのために」と弾いた、別の子だった。
どちらの演奏が優れていたか、どんな講評がされたかは、もう覚えていない。
けれども、「緋田さんはいつも上手だから」という誰かの言葉だけは――なぜか忘れられなかった。


283プロの新しいプロデューサーはこう言ってくれた。
「美琴のパフォーマンスが評価されないなんて、間違っている」
――と。
その言葉に嘘はないと思う。私は積み重ねてきた練習量だけは人一倍という自負はあった。


『ダンサー』なら、ステージで問われるのは正確な踊りの技術。
『歌手』なら、ステージで問われるのは曲の魅力を引き出す歌唱の技術。
『モデル』なら、問われるのは衣装に合わせて維持してきた体型であり、メイクであり、見せる技術。

――では『アイドル』はステージの上で何を問われるか?
その人がその人であること、その人の歩んできた人生、全てだ。
『緋田美琴』には、それが足りない。
14歳で北海道を飛び出し、10年間ずっと、レッスン室の記憶しかない私だから。
プロデューサーはその歩みを知っていて私を評価してくれた。
だけど、初見のお客さんにそれが伝わるだろうか?


これでは自動演奏のピアノや、ステージ上に映される3D映像のダンサーと変わらない。

『緋田美琴』はそれでも『アイドル』であることにしがみつこうとしている。
もう24歳の私が『アイドル』でいられる時間はもう長くない。
いまさら路線変更は手遅れだ。それが矛盾に満ちた行為と解っていても、私は純粋にパフォーマンスを磨くしかない。
空を羽ばたき、頭上を追い越してゆく翼たちに追いすがるため、私はこの二本の足を、動かし続けるしかない。


――私には、これしかない。だから、これがいちばんいいんだ。


気がつくと美琴は、うずくまるような姿勢で床に眠り込んでいた。
レッスンに没頭しすぎて、そのまま眠ってしまっていたらしい。
変わらないレッスン室の風景。喉が渇いていた。飲み物は残っていただろうかと見回した。


――人がいる。ホームレスの人が。
戸締まりを忘れてしまっていたのだろうか。
気の毒だが、警察に連絡してこのレッスン場からは出ていってもらうしかない。

失礼とは承知ながら、そこにいた男性は、それほどまでに薄汚れた風体だと、美琴は感じていた。

頭の形はジャガイモのようで、頬を始めとして荒っぽく縫われた傷跡がいくつもあった。
両手には穴の空いた軍手、服は着古された作業着のように見えた。
そして、傍らには『アサシン』の文字が浮かんでいて――。

――美琴は急なめまいに襲われ、そして、思い出した。
界聖杯、そして、それを奪い合うための聖杯戦争のことを。


「……上官殿、いや、マスター、と呼ぶべきか?」


この男性こそが、マスター・緋田美琴のサーヴァントだったのだ。
作業着に見えた衣服は、旧大日本帝国・陸軍の軍服だった。


「何でも良いが、指示をくれ」

「……私を守って。それだけでいい」

「いいぜ」


美琴はそれだけを告げ、湯沸室に向かった。
そして2本のスポーツドリンクを手に戻ってきた。


「サーヴァントは飲み食いしなくてもいいんだぞ」

「……私だけ飲むのも、悪い気がして」

「ありがとうよ」


そう言うとアサシンはドリンクを喉を鳴らして、一気に飲み干した。


「界聖杯、いらねえのか」

「……それを使ってアイドルになるのは、違う……気がするの。やっぱり」


それは本心からの言葉に違いなかった。
――いっぽうで、だけど、と、美琴は思うのだ。

私は『アイドル』になるためには、どうすれば良かったのか?
『アイドル』になるために最善の人生を、やり直すことができるのか?
――と。

しかし、そのように『最適化された人生』を歩んだとして、
私は今の私のようなダンスや歌の技術をモノにできているだろうか?

純粋なパフォーマンスの技術があってこその『アイドル』だと信じて、私は今までやってきたのだ。
界聖杯からもらった答えを基に人生をやり直して成る『アイドル』は、
私の求める『アイドル』とは違うのだ――違うはずだ。

だから、緋田美琴は聖杯戦争には参加しない。
戦争などする時間が惜しい。私には結局、パフォーマンスを磨くしかできないのだから。


「じゃあ、おれは出入口で見張るとするぜ」

「……お願い」


鉄帽を目深に被ったアサシンの顔かたちは、眼光だけがギラギラと光る、
狩人の――そして、狂人のそれだった。


「――任せな。あんたみたいなベッピンさんを守れるんだ。張り合いも出るってもんだぜ。
 それに――この世界一の銃がある限り、おれは負けんさ。絶対に」


そう宣言した彼の高々と掲げた小銃は、ピカピカに手入れされていて、長らく使い込まれ、古ぼけていて――
まるで、それは――私の写し身のようで――。


【クラス】
アサシン

【真名】
パイロットハンター@パイロットハンター(松本零士作 ザ・コクピット1巻 収録読み切り)

【パラメーター】
筋力E 耐久E 敏捷D 魔力E 幸運A 宝具D+

【属性】
混沌・中立

【クラススキル】
気配遮断:C~A
 サーヴァントとしての気配を絶つ。
 このアサシンのランクはC相当であるが、狙撃手として身を潜め、初弾を放つまではAランクまで強化される。

【保有スキル】
射撃:A
 アサシンは、有効射程が500m以下とされている三八式歩兵銃で、
 1000m以上の長距離狙撃を幾度も果たしてきた。

精神汚染:C
 意思疎通自体は可能で、マスターの命令にも基本的には従う。
 だが、アサシンは旧日本軍の兵器以外の使用を頑なに拒む。
 部隊に配備された三八式歩兵銃こそが世界で最良の小銃であると信じている。
 敵軍の装備についても詳しい知識を持つが、それでも三八式歩兵銃が最高であると信じている。
 ――そう思い込まなければ、孤独な戦いを続けることなどできなかった。

単独行動:A
 1年以上、たった独りで敵国のパイロットを狩り続けてきたアサシンは高い単独行動適性を持つ。
 マスターからの魔力供給が途絶えても1週間以上現界可能で、
 霊格が低く魔力コストが小さいことも相まって、宝具も数回なら問題なく使用できる。

【宝具】
『翼を狩る者(パイロットハンター)』
 ランク:E+ 種別:対人宝具 レンジ:1~1200 最大捕捉:1
 常時発動型宝具。
 航空爆撃によって自分以外の師団員を全滅させられたことからくる、空を飛ぶ者への憎しみ。
 攻撃対象が自身より高所にいるほど、さらに対象が自由に飛行しているほど、
 射撃の命中率・クリティカル率が強化される。
 一方で飛行能力を持つ者・翼を持つ者への敵がい心が上昇する精神異常も組み合わさっており、
 これらを持つ主従との友好関係を著しく結びにくくなる。

『新記録』
 ランク:D+ 種別:対人宝具 レンジ:1~2400 最大捕捉:1
 三八式歩兵銃への狂気じみた執着が生み出す、狙撃の絶技。
 その技は、信頼を寄せた相手を守る際に最大限に発揮される。
 スペック上の有効射程を超えようと、物理的に弾丸が届く限り、戦友を狙う敵の急所を捉えることだろう。

【weapon】
  • 三八式歩兵銃
 アサシンの命。
 太平洋戦争時の旧日本軍の主力小銃。口径6.5mm、装弾数5発のボルトアクションライフル。
 各国の主力小銃と比較して、小口径・高初速で命中精度に優れた名銃といわれている。
 『生産当初の年代は』、という但し書きがつくが。
 有効射程460m、これは狙って撃ってある程度の確率の命中率と殺傷力が期待できる距離である。
 最大射程2400m、これは撃った弾丸がどこまで届くかを示す値であり、
 命中精度や殺傷力の期待できる距離ではない――とされている。
 狙撃用の照準眼鏡を備えており、アサシンはこれを苦心して調整しているため他人に触らせることはない。
 対人用の通常弾の他、航空機の破壊のために焼夷徹甲弾も使用する。
 また、状況に応じて銃剣も装着する。

  • 一四年式拳銃
 太平洋戦争時の旧日本軍に配備された自動拳銃。口径8mm、装弾数8発。
 アサシンが生前救ったパイロットから譲り受けた拳銃。

 その他、旧日本軍の陸軍歩兵用装備についてはひととおり取り扱うことができるが、今回は持ってきていない。

【人物背景】
 太平洋戦争時の旧日本軍・陸軍兵。
 軍人しての階級・日本人としての名前があったはずだが忘れ去られ、
 真名・パイロットハンターとして英霊の座に登録されている。
 彼の所属する師団の船は航空爆撃に遭い撃沈された。
 たった独り生き延びた彼が流れ付いたのは、エクロバン島、カモイ岬。日米が制空権を奪い合う空の激戦地。
 彼は本部に戻らず、カモイ岬に留まった。
 彼は高い所を飛び、椅子に座ったまま戦争するうらやましい飛行機乗りが許せなかった。
 空中戦に敗れ、パラシュートで脱出する米軍パイロットを地上からの狙撃で狩り続けていた。
 自身に渡された三八式歩兵銃こそが世界でいちばんすぐれた小銃だと信じて――。


【マスター】
 緋田美琴@アイドルマスター シャイニーカラーズ

【マスターとしての願い】
 特に無い――はずである。
 彼女が命に換えても果たしたい『アイドルになる』という願いは、界聖杯で叶えてもらうべきではない、と考えている。
 ――少なくとも、今のところは。

【weapon】
 ない。
 但し、時に昼から夜明けまでぶっ通しでレッスンを続ける体力・集中力は特筆に値する。

【能力・技能】
 ダンスの技能については一線級のダンサーとしてやっていけるほど、と評されている。
 また、幼少の頃にはピアノのコンクールで入賞候補となり、
 アイドルを志してからも独学で音楽理論を学ぶなど、音楽の素養も豊か。

【人物背景】
 年齢、24歳。
 身長、170cm。
 283プロダクション所属のアイドルユニット、SHHis[シーズ]のメンバー。
 北海道から単身上京して10年間、芽が出ないままでいたアイドル候補生だった。
 その間ひたすらに磨き続けていた歌とダンスは間違いなく一流と呼べる域に達していたのに、である。

 長らく不遇だった彼女は283プロダクションに移籍し、一人の新人アイドル候補とデュオユニット、シーズを結成。
 そして新人アイドルの登竜門であるコンテスト、W.I.N.G.に優勝。
 『死んでもアイドルになりたい』という彼女の切なる願いが叶った。
 ようやく彼女の『アイドル』としての歩みが始まったかに思われたが――。

【方針】
 聖杯戦争に関与する気は今のところない。
 サーヴァントに自衛を任せ、どこかで決着がつくまでひたすらレッスンをこなすのみ。

【役割】
 ソロ活動中のアイドルだが、仕事は滅多に来ない。
 実質貸し切り状態の地下レッスン場に住み込んで、練習に明け暮れている。
 地下レッスン場には湯沸室やシャワー施設など、簡易な居住設備が備わっている。
 しばらく食べていけるだけの貯蓄もある。

【テーマ曲】
 『OH MY GOD』

【備考】
 参戦時期は『〇〇-ct ノーカラット』以降。

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最終更新:2021年07月10日 20:27