黒のローブに三角帽子という、いかにも「魔女です」というコスチュームに身を纏った少女がいた。
少女は、帽子では隠し切れない灰色の長髪をなびかせ、物憂げな表情をしています。
その可憐な少女は、旅人であり、魔女でした。
そう、私―もといイレイナです。

「この間悪魔に変な場所に閉じ込められたばかりだというのに、やってられませんね」

イレイナは、先日『あなたの願いを叶える国』に入り、十数人の自分自身と邂逅するという奇妙な出来事を体験した。
あの時は3日間イレイナたちと過ごし、悪魔の申し出を断った後、無事に元の世界に戻れたが…どうにも今回は、そう簡単にことが運ぶことにはならなそうだ。

「…それで、そろそろ出てきてくれませんか?私のサーヴァントさん」

そういってイレイナが振り向いた先には、誰もいない。
が、しばらくすると目の前の空間が歪み、一人の女性が姿を現す。

「気づいていたのね、さすがだわ」

現れた女性―サーヴァントを、イレイナはじっと見つめる。
その人物は、イレイナと同じく黒いローブに三角帽子、そして灰色の髪を持つ女性でした。
そう、少女ではなく女性。
イレイナと似た特徴を持ってはいるが、目の前の人物はイレイナより5,6歳は歳上な外見だった。
まあ、サーヴァントという存在に、年齢などあってないようなものだが。

「あなた…何者ですか?」

イレイナは、自身のサーヴァントを訝しげに見つめる。
容姿や声が自分に似ていて、しかし自分より大人な女性。
イレイナと無関係とは思えなかった。
サーヴァントは、イレイナの問いに柔らかな笑みを浮かべると、言った。

「これからよろしく、イレイナ……いえ、こう呼んだ方がいいかしら?『主人公の私』」
「!その呼び方は…」

イレイナは、目を丸くしてサーヴァントを見つめる。
主人公の私。
それは、先ほども述べた十数人のイレイナが集まった世界にて、自分に与えられた呼び方。
無個性という短所を長所的に言い換えてみたとかいうふざけた理由で命名された、私自身の名前。
目の前の人物は私のサーヴァントですから、マスターである私の経歴を知っているのはおかしいとは思わない。
しかし…わざわざ私のことを『主人公の私』と呼ぶということはまさか…
目の前の、大人版イレイナみたいな姿をしたサーヴァントの正体は…

「あなた…まさかあの世界にいた『私』ですか?」

イレイナの質問には答えず、サーヴァントは言う。

「さて、ここで問題。目の前にいる、美しい灰色の髪を靡かせた美女の正体は誰でしょう?」
「ふざけてるんですか」
「まあまあ、考えてみてくださいよ」

サーヴァントに言われ、改めてイレイナは目の前の女性を見つめる。
自分に似ているが、大人っぽい色気に溢れている。
外見は全然違うのに、なぜだかフラン先生を彷彿とさせる。
その雰囲気は、フラン先生のように、学校の先生という印象を与えた。
あの時会った時と違って眼鏡はしていないが、もしかして…

「分かりました。『知的な私』ですね?」
「溢れる知性を私から感じ取ったことはほめてあげますが、残念ながら違います」

違ったらしい。
彼女じゃないなら誰だろう。

「…じゃあ、ヒントをあげます。ほぼ答えのようなものですが…『時計郷ロストロフ』」
「それは…!」

時計郷ロストロフ。
それは時計塔が中心に立った国で、演劇が盛んでした。
私自身は、そこで『二丁目のエステル』という演劇を見たくらいの思い出しかありませんでした。
しかし、十数人の私の中には、この国でとても悲しい出来事に直面した私がいました。
そのイレイナの呼び名は…

「あなた、『粗暴な私』ですか」
「そう、それが私です。…あ、でも粗暴だったのは昔の話ですし、今はサーヴァントの私とでも呼んでください」
「それならこっちも主人公の私ではなくマスターの私、ということにしておきましょうか」

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「改めまして…久しぶりね、マスターの私」
「私からすれば、つい最近別れたばかりの存在なんですけどね」

懐かしむようなサーヴァントもとい、サーヴァントイレイナに対し、マスターイレイナはそっけない態度。
しかし、それはあくまで表面上なもので、内心ではその再会を喜んでいた。
時計郷ロストロフの悲劇により、やさぐれ、他のイレイナを襲っていた粗暴イレイナ。
主人公の私である自分と戦い、言葉を交わし合い、多少は前向きさを取り戻したようではあったが、それでもあの後彼女がどうなったのか気がかりではあったのだ。

「元気にやってるようで安心しましたよ、サーヴァントの私」
「ええ、あれからも楽しいこと、悲しいこと、たくさんあったけれど…悔いのない旅ができたと思ってます」
「…一応聞きますけど、その外見の時に死んだとかじゃ」
「そんなことにはなってないから安心してください。この外見はあなたと別れて7,8年後くらい…ラトリタ学園で教師をしていた頃の姿だけど…その後もしっかり、旅を続けたわよ」
「へえ…教師ですか。色々あったんですねえ」
「ええ、そしてこの本にその全てが詰まってる」

そういってサーヴァントイレイナは、一冊の本を取り出した。

「この本は…?」
「『魔女の旅々・完全版』。本当は数十冊くらいの内容なんだけど、今は魔法の力でこの一冊に全巻の内容を網羅しているの」
「これに、あなたの旅のすべてが…」

思わず、マスターイレイナの喉がゴクリと鳴った。
そんな彼女の様子を面白そうに眺めながら、サーヴァントイレイナは言った。

「読みたい?」

粗暴イレイナの問いに、主人公イレイナはしばらく考え込むように顎に手を当て…やがて首を振った。

「読んでみたくはありますが、やめておきます。ここには…『私が選ばなかった物語』だけでなく、『これから私が選ぶかもしれない物語』も載ってるかもしれませんから」

『あなたの願いを叶える国』にて、イレイナたちは他の自分の日記を回し読みした。
そこに書かれているのは、別の自分の過去であり、すなわち『私が選ばなかった物語』だった。
しかし、今目の前にある魔女の旅々・完全版には別の自分の未来が書かれている。
別の自分の未来が、主人公イレイナの未来と重なる部分があってもおかしくはない。
すなわちそれは『これから私が選ぶかもしれない物語』であり、そんなものをネタバレしてしまうのは興ざめだった。

「そう、それでいいのよマスターの私。あなたにこれは…必要ない。未来は分からないからいいんですから」

そういうとサーヴァントイレイナは、魔女の旅々・完全版を焼滅させるのだった。

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「それでマスターの私。あなたはこれからどうするつもり?この界聖杯の世界で」
「そうですね、もちろん元の世界には戻りたいですし、聖杯というものにも興味はありますが…その為に殺し合いに興じる気にはなれませんし…別の方法を探す為に、この世界を旅してみましょうか」
「そんなこと言って、旅がしたいだけじゃないです?」
「あ、分かっちゃいますか」
「そりゃあ、『私』のことですから」

ともかく一応の方針を決めたマスターイレイナは、サーヴァントイレイナが操る箒にまたがった。
箒と杖は没収されていて、サーヴァントイレイナしか持っていないのだ。

「旅をしながら、私の箒と杖も調達したいとこですね」
「そうね…それじゃあ始めましょうか。私たちの旅…『魔女の旅々』を」

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(マスターの私…あなたにはずっと恩返しがしたいと思っていました)

時計郷ロストロフでの悲劇。
あの出来事で絶望した粗暴だったころの私は、きっとあのままだったら腐って失意のままに故郷へと帰っていたことだろう。
だけど、あの国でたくさんの私と出会い、そして主人公のイレイナと言葉と魔法を交わし…旅人として立ち直ることができた。
そして、ラトリタ学園での騒動など、様々なことを経験し…見事、旅を全うすることができた。
今のマスターである彼女には、いくら感謝しても足りない。

(マスター…主人公の私。あなたの旅路を、邪魔なんてさせない。たとえまた粗暴な私なんて呼ばれる存在になったとしても…あなたを脅かす人は、排除する)

【クラス】
 キャスター

【真名】
 イレイナ(粗暴な私)@魔女の旅々

【ステータス】
 筋力D 耐久C 敏捷C 魔力A 幸運D 宝具B

【属性】
 中立・悪

【クラススキル】
 陣地作成:B
 自らに有利な陣地を作り上げる。

【保有スキル】
 猫アレルギー:C
 かつて猫アレルギーだったことから与えられたスキル。
 猫系の敵からの魔法系攻撃を受け付けないかわりに、猫系の敵に対するパラメータが一段階下がる。
 魔法系攻撃を無効化するのは、かつてこのアレルギーによってチャーム系能力を持った化け猫の能力が通用しなかった逸話の再現。

 ゴーレム殺し:A
 かつてラトリタ学園を襲ったゴーレムを氷塊の一撃で倒した逸話から与えられたスキル。
 ゴーレム系の敵に対し魔力と耐久力が増大する。

 魔性:D
 様々な女性に好意を寄せられた逸話から与えられたスキル。
 女性に対し魅了効果を発動する。
 とはいえランクは低いので普通の女性ならちょっとドキドキする程度である。普通の女性ならね。

【宝具】
『ゴーレム殺しの氷塊』
ランク:B 種別:対土宝具 レンジ:1~50 最大補足:100
 巨大な氷塊を地面に叩きつける宝具。
 ゴーレムは勿論のこと、地属性の生物や物体に対しても特攻効果を持つ。
 また、本来は発動にそれなりの時間を要するが、宝具として使用した場合は即時発動できる。(マスターイレイナ共々、時間をかければ宝具としてでなくても発動自体は出来る)

【weapon】
杖と箒。

【人物背景】
時計郷ロストロフにて10年前にタイムスリップした彼女は、そこで起きたエステルとセレナの悲劇にショックを受け、切り裂き魔に髪を奪われても取り戻す気力などなかった。
失意の中、自分以外のイレイナと出会った彼女は暴走し、粗暴な私として他のイレイナたちを傷つける。
しかし、一人のイレイナとの魔法と言葉の応酬により気づきを得た彼女は、旅人として己を取り戻すことに成功した。
それからも旅を続けた彼女は、ラトリタの街にてゴーレムの襲撃に巻き込まれ、未来の自分の教え子と名乗る少女たちとの出会いを経て、ゴーレム退治に成功する。
そしてその時の出来事から自分が未来にラトリタ学園で教師になる必要があることを知った彼女は、7年後、ラトリタ学園の教師となり、そして今度こそゴーレム事件に終止符を打った。
事件を解決した彼女は、ラトリタ学園の教師を辞めて再び旅人に戻る。
その後の旅の行方は…彼女と彼女の著書の読者のみが知る。
この界聖杯世界では、ラトリタ学園の教師をしていた時代の姿で召喚されている。

ちなみにラトリタ学園の話については、粗暴なイレイナの話とはっきり明言されているわけではないが、作中でこの話のイレイナは時間遡行の経験があると発言しており、原作では時計郷ロストロフでタイムスリップしたイレイナはこの粗暴なイレイナしか確認されていないことから、ラトリタ学園編のイレイナ=粗暴なイレイナということにしている。

【サーヴァントとしての願い】
マスターの私を守る。
その障害となるものには容赦しない。


【マスター】
イレイナ(主人公の私)@魔女の旅々

【マスターとしての願い】
聖杯に興味はあるが、殺し合いをする気はない。
優先順位としては、元の世界への帰還>聖杯。

【weapon】
なし

【能力・技能】
サーヴァントイレイナ同様魔法が使えるが、サーヴァントかつ経験豊富なサーヴァントイレイナには数段劣る。
また、杖と箒がない現状では無力な少女である。

【人物背景】
魔法使いの最高位、魔女に15歳という若さでなった天才少女。
時に金に汚く、時に優しく、様々な国に旅をする美少女である。
そしてこのイレイナは、『あなたの願いを叶える国』にて主人公の私と名付けられたイレイナ。
はっきり明言されているわけではないが、物語のほとんどのイレイナは彼女だと思われる。
多くの人に知られているだろうアニメ版との違いについて言及すると、アニメでは「時計郷ロストロフでエステルの悲劇を目撃したが闇堕ちしなかったイレイナ」というニュアンスの描写になっているが、原作では「時計郷ロストロフに行ったが劇を見ただけで、エステルに会わずタイムスリップもしなかったイレイナ」となっている。

【方針】
界聖杯世界を旅する。

【補足】
参戦時期は3巻十四章「ありとあらゆるありふれた灰の魔女の物語」終了後。

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最終更新:2021年07月10日 21:03