ガンガンガン
フライパンをおたまで叩くけたましい音で目が覚める。
「ほら、あんた起きな!朝飯の時間だよ!」
「ん、あ、あぁ...もうそんな時間なんね...」
妻・北条玉枝の声に背を押され、布団からのそりと金髪のチンピラ風味の強面男―――北条鉄平が起き上がる。
欠伸と共に居間へ向かうと、机には妻が作った朝食が並べられており、一足先に席についている少年少女がいた。
「おはようございますおじさん」
「随分とお寝坊ですわね~」
礼儀正しく微笑みながら朝の挨拶を交わす少年・北条悟史に、彼とは対照的に挑発的な言動で嘲笑する妹・
北条沙都子。
彼らは共に鉄平夫妻の甥と姪の関係にあった。
「すまんな、ちょいと夢見が悪くてな...」
鉄平は席に着くなり、箸を手に山盛りのキャベツに手を伸ばす。
パチン。
指を鳴らす音と共に、鉄平の頭に衝撃が走り、思わず頭を抱え込む。
頭上から落ちてきた盥が頭に当たったのだ。
「ぬほおおお...!?」
「をーほっほっほっ!お腹が空いた私をさしおいた挙句にいただきますもなしに食べようとした罰ですわ!」
「ナハハハ、これであんたもちぃとは目が覚めたやろ!」
「むぅ...」
甲高く小生意気さのにじみ出る笑い声をあげる沙都子と鉄平のリアクションがツボにハマったのか豪快に笑う玉枝、そんな二人と叔父を交互に見ながら困ったように笑う悟史。
そんな彼らも頭を抑えたままうずくまり、鼻をすする音まで鳴らし始める鉄平の様子に次第に笑みが失せていく。
「お、叔父さん?」
「あっ、当たり所が悪かったんですの?」
「ちょいと沙都子。あんた謝りなよ」
口々に心配をあらわにしていく三人だが、しかし鉄平は痛みで泣いているわけではなかった。
「...せやなぁ」
鉄平は涙を拭い顔をあげニカリと笑みを見せる。
「『いただきます』はちゃんと言わんとなぁ」
平然とする鉄平の様子に三人は安堵しふぅと息を吐き、大げさだなと四人で笑い合う。
「ホラホラ、はようせんとせっかくの朝飯が冷めちまうよ」
「おおせやったなあ。それじゃあ改めて」
『いただきます』。
その言葉はもはや自分に縁のないはずのものだった。
仮に気まぐれで言ってもゴミだらけの部屋と返す相手のいない寂しい響きだったはずだ。
「卵焼きは貰いましたわ!」
「ワシのぶんが!」
「をーほっほっほっ!食事処は常に戦場!早い者勝ちが世の常ですことよ!」
「ほーいうでねえか。ならその調子でかぼちゃの煮っころがしもたんと食いねえ」
「げぇっ...おっ、叔母様、それは勘弁してほしいですの」
「おうおう。好き嫌い激しいとワシみたいなろくでなしになっちまうぞ」
「むむ~叔父様みたいになるのは嫌ですわね...それでは我慢してパクリ!...と見せかけて...ちょちょいと」
「悟史の皿に乗せてるの丸見えやぞこのダラズ!」
「うわあああああん、助けてに~に~」
「むぅ...」
けれどいまここには共にいただきますをし、笑いながら食事を共にする団らんがある。
己の生の果てまでも決して手に入れることなどなかった温もりがここにある。
それを噛み締めるように―――鉄平は笑いながらも目元の端で、人知れず涙を滲ませるのだった。
「はぁ...」
ところ変わって、とある職業安定所。
その一角の個室で鉄平は深いため息を吐いた。
「いかがなさいましたか」
「お、おぉ...すまんの。これからのことを考えてたら、つい」
向かい合う係員の差し出したパンフレットに目を通しながらも、やはり鉄平の心持は優れずにいた。
鉄平は自立してからこの方まともな職業についた覚えがない。
金を稼ぐ方法など、恫喝によるカツアゲに美人局、パチンコや競馬―――記憶にあるのはそんなロクでもない手段ばかりだった。
そんな、四十も越えている中年が今更まっとうな職に就けるのか、そもそも雇ってくれる会社はあるのか。
今更ながらの不安と絶望に鉄平は面持ちを暗くする。
「職業の斡旋に関してはご心配なく。お望みの企業があればすぐにこの施設のように掌握してみせましょう」
係員がパチン、と指を鳴らすのと同時。
~~~~~~~~~♪
軽快で、それでいて毒々しいイントロが有線を通して流れ始める。
―――体内の細胞が急転直下 かなり安定感なくて 『逃避』以外考えられん OH-OH-OH-OH-OH-OH
早々見つかってた弱み 飄々と責めるエネミー もうこれ以上躱せない OH-OH-OH-OH-OH-OH
Runaway Runaway Runaway !
大改造したいよ この機構とエゴを己でさえ分かっている破損箇所
大脱走 した後 どこに行こうかなんて 知らないよ もう無いよ 宛ても価値も無いよ
「先日お伝えした通り、私の宝具を有線で流し時間が経過すれば波長の合う者を『デジヘッド』と化し配下に置くことができます。完全制御、とまではいきませんが」
機械的な女声を背景に、係員が机に肘をつき組んだ掌を口元に添えながら鉄平へと説明する。
「それだけではありません。この宝具はマスターや英霊の炙り出しにも効果的です。こうして流しているだけでは恐らく彼らにはほとんど影響がない。つまりはデジヘッドの群れの中、彼らこそが異端となれば一目瞭然というわけです。
職場の安全を確保する為には必須ですね」
「......」
「それでどうします?なにか就いてみたい職種があれば、そちらにも宝具を流しておきますが」
鉄平は思い返す。この『係員』と出会った時のことを。
ここに連れてこられる前、沙都子と別れた帰り道。
なんだか急に眩暈に襲われ、いよいよ命の危険が迫ってきたのかと思えば、いつの間にかこの世界に放り込まれていた。
興宮とも雛見沢とも知らぬ文明溢れた都市。
わけもわからず困惑する鉄平だが、しかし唐突に記憶があふれ出してくる。
『自分はこの街で暮らし、親を亡くした北条悟史と
北条沙都子を引き取り、現在は就職活動中』という身に覚えのない話と、『聖杯戦争』という願いを手に入れる為のつぶし合いの
ルール。
そして光り輝く魔法陣の出現と共に鉄平の困惑は更に加速する。
魔法陣より現れたのは透明人間のデザインを模した衣装に身を包んだ青年だった。
鉄平は腰を抜かすとともに、これが記憶に刻まれた存在、聖杯戦争に必要な『英霊』であるのだと察する。
英霊は問う。マスターたる鉄平に願いはあるかと。
鉄平はすぐに帰してほしい、と口に出しかけるも、思いとどまる。
元の世界に帰ったところで自分にはもはや何もない。
沙都子は、自分がいなくなったところでなにも問題はなく、きっと一人でも上手いことやって未来を生きていくだろう。
あのまま衰弱して孤独に死ぬか、園崎家の手にかかってやはり独りで死ぬか。
もはやその二択しかなく、どちらにせよロクな末路は辿らないのが目に見えている。
それに比べて今の世界はどうだ。
豪快で懐の深い妻と、穏やかで礼儀正しい自慢の息子のような悟史、自分にも恐怖を抱かず接してくれる沙都子がいてくれる。
そんな彼らが、こんな定職にすら就けずうだつの上がらない自分も受け入れてくれている。そんな理想的な世界だ。
果たしてこの理想を壊してまで現実(じごく)へと帰る必要があるのか?そんな想いが胸中を支配する。
故に鉄平は逆に聞き返した。
『もしも自分が帰還したらいま一緒にいる家族たちはどうなるのか』と。
英霊は答えた。用済みとなったNPCは消える運命にある。もしも彼らを生かしたいのならば聖杯を取り願うしかないと。
鉄平は狼狽する。仮にこのまま戦わず隠れ通したとしても、いずれはいまの『家族』と別れることになってしまう。
ならば、この理想の世界に骨を埋める覚悟で戦うべきなのではないかと決意しかける。
けれど。伸ばした手を拒絶した沙都子の怯える姿を思い出せば。あんな業の深いことをしてきた自分が理想に溺れることなど許されるのかという自責の念も浮かんでくる。
理想をとるか。現実をとるか。
その答えを鉄平は一旦保留した。
英霊は鉄平の意思を尊重し、どちらをとるにせよ今は手に職を就けた方が都合がいいと進言された鉄平は、英霊の指示に従い一旦は帰宅。
翌日になって約束通りに職業安定所にまで足を運べば、なんと英霊は職業安定所の職員の席に就いており、NPCである他の職員たちを宝具で支配していた。
そして職を探しがてら今後の方針を決めるというのがこれまでの経緯である。
それらを踏まえたうえで鉄平は沈黙し―――頭を下げる。
「すまん、アーチャー。ワシはまだ答えを出せん...不甲斐ないワシを許してくれ...!」
彼は答えを出せずにいた。
理想の世界で幸福なる生を全うする為に戦うか。己の業へと向き合う為に現実の世界で地獄と戦うか。
未だに煮え切らぬ彼に、しかしアーチャーは肩に手を置き微笑みかける。
「構いませんよ。マスターは貴方です。どれだけ時間がかかろうと貴方の意見を私は尊重しますよ」
「...ありがとうなあ」
「さて。方針は置いておくとして...職業はどうします?ここなんかは優良企業だと思いますが」
「...すまんが、それも時間をくれんか」
「なぜです?」
首を傾げるアーチャーに、鉄平は己の指を手前でもじもじと弄り、恥ずかし気に頬を赤らめながら小さく呟いた。
「その...就けるかどうかと続けられるかどうかは別モノじゃから...」
☆
私はみんなが好きだった。
理想を見せつけられながらも現実に帰ろうとする彼らも。
理想の世界を護るために現実に抗おうとする彼らも。
敵も味方も、良い人も悪い人も関係なしに。
皆とかかわっていくうちに私はみんなが好きになった。
私の行動原理はそれだけ。
信念もないし立派な理念もない。正義も悪もない。
だから私にはみんなを信じて現実へ帰ったカケラもあれば全てを裏切って終わらせたカケラもある。
信頼していたからこそ向けてくれる眩しいまでの笑顔も。
事を為した時の気持ちのいいほどのハイタッチも。
現実へ帰還した後にも残されていたつながりも。
信頼していたからこそ向けられる殺意に等しい敵意も。
彼らを踏みつけた時の罪悪感と背徳感も。
全てを台無しにし繋がりのなくなった後の虚無感も。
その全てが私にとってたまらなく愛おしかった。
どちらの選択肢も充足し後悔のない道だった。
だから英霊となっても私のやることは変わらない。
悩めるマスターの力になろう。
困っている時には相談に乗ろう。背中を押そう。
たとえマスターがどのような答えを出しても受け入れよう。
その果てに私がどうするかは―――その時に決めればいい。
【クラス】アーチャー
【真名】Lucid
【出典】Caligula Overdose -カリギュラ オーバードーズ-
【性別】不明(男性・女性の好きな方になれる)
【属性】混沌・中庸
【パラメーター】
筋力:D 耐久:D 敏捷:D 魔力:C 幸運:B 宝具:B
【クラススキル】
対魔力:C
魔術に対する抵抗力。
第二節以下の詠唱による魔術を無効化する。
大魔術、儀礼呪法など大掛かりな魔術は防げない。
単独行動:A
マスター不在・魔力供給なしでも長時間現界していられる能力。
Aランクは1週間は現界可能。
【保有スキル】
性別変化:EX
己の意思で肉体的に女性・男性を使い分けることができる。
ただし変身能力ではないのでその背丈や顔は固定されている。
詳しいビジュアルはゲームソフト「Caligula Overdose -カリギュラ オーバードーズ-」のパッケージを要チェックだ。
オスティナートの楽士:EX
人々の心を惑わす曲を生み出し使いこなす素養。
また、己にマッチした曲を流しながら戦うと戦闘能力が向上する。
人心掌握:B
巧みな話術で他者の心に入り込む技能。
これまでアーチャーは幾多もの人間とつながりを持ち心の闇に踏み込んできた。
選択肢によって時折失敗するのはご愛敬。
【宝具】
『SuicidePrototype』
ランク:C種別:領域範囲内宝具 レンジ:1~50 最大捕捉:曲が届く範囲
オスティナートの楽士はバーチャドール『μ』の力を借りて作成した曲を聞かせることで対象の精神に干渉し己の「信者」にすることができる。
この信者は通称「デジヘッド」といい、身体能力の向上や戦闘手段の付与と共にアーチャーの命令にならなんでも従う。それがたとえ敵対者の命を奪うことになっても。
ただし、この宝具の洗脳効果は聞いた者すべてに効果がすぐに表れるものではない。日常的に刷り込ませる、感情を突き動かされるなどしてようやく効果を発揮させることができる。
また、対魔力を有する英霊にしてもマスターやNPCに対しても個人差が大きく、この曲を好む者でないと洗脳効果はほとんど発揮しない。
人間すべてが感動する音楽などこの世には存在しないという悲しい現実だ。
【人物背景】
自我が芽生えたバーチャルアイドル『μ』が人々の幸福の為に創りだした理想の世界『メビウス』。
彼/彼女はそのμに遣えメビウスを護るオスティナートの楽士の一人、『Lucid』として活躍する。
『光』を意味するLucidの名の通り体が透明化している透明人間(見えなくなるわけではない)。
ある時はメビウスから脱して現実へ帰る為に『帰宅部』の部長―――所謂『主人公』として活躍し、またある時は楽士の一人『Lucid』として安寧を乱す帰宅部を阻止するために戦っている。もちろん一人を除いて誰にも内緒で。
現実へ帰るのか、理想の世界に浸かり続けるのか。その選択肢を決めるのは彼/彼女というアバターではなく画面の前のあなたです。
【サーヴァントとしての願い】
マスターの選択を見届け、その後にマスターの力になるか裏切るかはその時の気分次第で決める。このマスターが自分より先に死んだら別の観察対象を探すだけだ。
【マスター】
北条鉄平@ひぐらしのなく頃に業
【マスターとしての願い】
まだ叶えるとは決まっていないが、叶えるとしたらこの理想に浸かって寿命を全うすることだろう。
【能力・技能】
昔はブイブイいわせとったが、いまはなぁんもありゃあせんね...
【ロール】
親を亡くした甥と姪を引き取ったフリーター。
チンピラから足を洗い現在は就職活動中。生活費は専ら悟史たちの両親が残してくれた遺産で賄っている。
【人物背景】
甥や姪の虐待、恫喝、美人局、ごみの分別無視など様々な悪行を重ねるとんでもないろくでなしのチンピラ...
というのが彼の本来辿る未来であったが、突如、その素行の果ての己のむなしく残酷な末路を悪夢で見せ続けられてから彼に運命の岐路が訪れる。
「あんな惨めな形で最期を迎えたくない」。ふと、そんな想いで姪の
北条沙都子のもとを訪れ、以降は彼女を気に掛けるようになる。
彼女からは「今まで虐待・放置してきた癖にムシがいいですわね」「ていのいい看護役が欲しくなっただけではありませんの?」と厳しい指摘を受けるも、かつてのように怒鳴り散らし手をあげたりすることはなかった。
むしろ、自分を怯え嫌っていただけの彼女が、そうとまで言ってくれることすら温もりを感じられ喜ばしく思えるほどに鉄平は焦燥していた。
さんざん人に迷惑をかけてきた自分が家族に看取られ大往生だなんてムシがいいのはわかっている。最期まで一緒にいてくれ、なんて贅沢なことは言わない。
ただ、たまにでもいい。一緒におしゃべりしたり食事をしたり。そんな些細なことへの許しを貰いたいと沙都子に手を伸ばす。
が、虐待の記憶が消えなかった彼女は反射的に拒絶。そして鉄平は改めて己の"業"の深さを思い知らされるのだった。
【方針】
つかの間の理想を堪能し現実(じごく)へと戻るか、理想を保持し続けるために戦うかを決断するか(後回しにしたいのぉ...)。
ひとまずは手に職を就けなアカンね...
※NPCの北条玉枝、北条悟史、
北条沙都子と共に暮らしています。家族仲は現在良好です。
最終更新:2021年07月12日 20:47