「先生、さようなら!」

とある小学校で放課後の始まりを告げるチャイムが鳴った。
界聖杯の内部で再現された東京にもしっかりと昼と夜の概念があり、そこでNPCやマスター達は各々の生活を送っている。

「なあ、今日お前んちで遊ぼうぜ!」
「あー……ごめん。今日も用事でさ……」
「えーっ、今日もか?最近付き合い悪いけど忙しいのか?」
「うん、そんなところ」

そして、小学校から友人と共に出てきたこの少年もまた、とある世界から送られてきたマスターの1人だった。
友人からの誘いを断り、巻き込まれた身ではあるがマスターとして放課後の時間を過ごす。

【精が出ているな、マスター。今日も公園か?】
【うん!百合亜姉ちゃんに会いにね!】
【ふん……また護衛ごっこか?NPCを護衛することほど馬鹿げたことはないぞ。所詮はこの世界で作られた人形に過ぎん】
【百合亜姉ちゃんは特別なんだよ】

少年のサーヴァント――セイバーは苦言を呈すも、少年は聞き入れない。
少年の目的は、公園にいつもいる櫛 百合亜(くし ゆりあ)という少女に会いに行き、付き合う傍らで護衛すること。
しかしながら、いくら少年にとって大事な存在といっても百合亜はマスターではない。つまりNPCに過ぎない。

【そうか……。だが自分の命はもっと大事にしろ。死んでしまっては守ることすらできんからな】
【分かってるって!】

セイバーはそんな少年に呆れつつも、霊体化したまま彼についていく。
生前の自分と重ね合わせているからか、マスターも百合亜という少女もいざという時は自分が守ろうと決めていた。




§




「百合亜姉ちゃん!」
「まあ、こんにちは。今日も遊びに来たの?」

公園に来た少年を、空色のワンピースと緑髪をした儚げな少女――百合亜が出迎えた。

「うん!」
「ふふっ、とても楽しそうな顔……。今日も何かいいことがあったのね?聞かせてくれる?」
「もちろん!」

そのまま、少年は百合亜と公園のベンチで隣り合って座り、様々なことを笑い合いながら話した。
最近のこと、学校の授業で学んだこと、友人の話で面白かったこと、他愛もないこと。
少年はそれを話しているだけでとても幸せだった。
界聖杯に呼ばれてからというもの、家族も友人も見知らぬ者ばかり。
味方はセイバーしかおらず、ずっと孤独だった。
しかし、そんな少年を百合亜は弟のように気に掛けてくれた。
今となっては、百合亜と話すことが少年の孤独を癒してくれる一時となっていた。
少年はそんな百合亜をまるで姉のように慕い、心から守りたいと思っていた。
そして楽しい時は早く過ぎるというもので、空の色が夕焼けを過ぎ、夜に染まろうかという時分まで来る。

「あら……もうこんな時間だわ。おうちに帰らないと……」
「そうなの?じゃあオレ、百合亜姉ちゃん送るよ!」
「本当?でも私の家にまで付き合わせるのは――」
「オレ、初めての道でも迷わないんだ!それに最近、行方不明事件があちこちで起こってるらしいし、姉ちゃんだけじゃ危ないよ」
「……じゃあ、お願いしようかしら」
「まっかせて!」

百合亜は微笑ましさ半分、頼もしさ半分という顔をしながら言う。
それを聞いた少年は胸を張りながら、百合亜と共に公園のベンチから立ち上がった。

【……あまり深追いするのも悪手だぞ。取り分け人目の少ない夜は――】
【でも百合亜姉ちゃんを一人にできないよ。セイバーもそう思うだろ?】
【……】
【オレ、セイバーを信じているからさ!】
【……ふん】

セイバーは念話でやれやれとため息をつきながら、警戒をしつつ少年に付き従う。

「百合亜姉ちゃん、案内してくれる?」
「ええ……こっちよ」

そのまま、少年は百合亜の導く方向へとついていった。




§




「うっ……うっ……うああ……」

全身を優しい刺激に包まれ、少年は年に見合わない喘ぎ声を上げる。

「ううっ……うううっ……!」

温かくって、気持ちいい。

「はーっ……はーっ……!」

けれど、怖い。自分が自分でなくなっていくようで……。
まるで蔦が伸びてきて、少しずつ少しずつ自分の身体をこじ開けて侵食してくるような……。

「うあああっ!」

セイバーのマスターの少年は、絶叫を上げた。
周囲の景色は、何もかもが異様だった。
壁、床、天井に至るまで、緑色の得体のしれない筋肉とも臓物とも取れぬ肉塊があちこちで蠢いている。
そしてその上を伝うように、まるで根のような血管ような管がドクドクと波打ちながら伸縮していた。
所々からは地面を突き破って表に出てきた触手が不快に蠢いている。
ドクン、ドクン、と。まるでこの場所、否、少年のいる構造物全体が生きているかのように鼓動が聞こえた。

「あうぅ……っ」

これまでの光景とは一線を画す、まるで異なる世界に来たかのような、狂っていて、グロテスクな場所。
少年は、そんな場所で首から下を緑色の繭に覆われてしまい、頭だけ出したダルマのような姿にされていた。
繭の効果か、生温い快楽と引き換えに魔力を根こそぎ持っていかれているのを少年は肌で感じていた。
このままではダメだ。このままでは死ぬ。この緑色の繭と同化してしまう。
そう思っているのに。

「くううっ!あうう……!」

少年は涎を垂らしながらも歯を食いしばり、繭から抜け出そうと抵抗するも、繭はガッチリと少年の全身を包み込んで離さなかった。
少年のなけなしの抵抗か、繭の表面がぐに、と歪むが、それだけだ。
もはや少年の首から下の肉体は繭と同化を始めており、結合してしまっている。
どんなに抵抗しようとも、繭の一部になってしまってはもはや逃れようもないというものだった。

「そんな……どうして……」

少年は蕩けた顔をしつつも、絶望的な眼差しを周囲に向ける。

「……うう……」
「嫌ぁ……このままマユに取り込まれちゃうなんてイヤぁ!」
「助け……て……」

そう、こうなっているのは少年だけではないのだ。
老若男女問わず、場合によっては少年と同年代の少女まで。
この区画全体で、容赦なく緑色の繭に取り込まれ、あちこちで喘ぎ声の絶望のハーモニーを奏でていた。

「どうして……どうしてなんだよ……っ!」

この凄惨な光景を見せられて、少年は自分をこんな格好に陥れた相手に問う。

「――百合亜、姉ちゃん……!」

その視線の先には、先ほどまで百合亜姉ちゃんと呼んで慕っていた少女がいた。
少女は、少年の声に振り返ると、近づいて来て少年の髪を荒々しく鷲掴みにする。

「うぐ……っ」
「……養分の分際で気安く呼ばないでくれる?それに私はグジューっていう名前があるの。櫛 百合亜なんてここの文化に合わせて作ったウソの名前!」

百合亜――否、グジューは名乗る。
そして櫛 百合亜だった儚げな人間の少女だった姿から髪と肌、そして服の色を変え、本来の姿を現す。
顔色の悪い薄紫色の肌に、背中から生える蟲を彷彿とさせる羽根。その姿は完全に人間から離れた何かだった。
それを見て少年が連想したのは、かつて映画やアニメに見た、所謂「宇宙人」。

「なんで……あの優しかった姉ちゃんが……サーヴァントなんて……!」
「正体を隠すことが得意だったのよ。元々そういうことやってたからね。そんなことも理解できないなんて、セイバーのマスターといえど所詮はガキね」

確かに、セイバーの言う通り、百合亜はマスターではなかった。
正確には、『人間を装っていたサーヴァント』だったのだ。

「セイバー……は――」
「あら、自分のことじゃなく他人の心配?でも残念、もうモンスターにちゃったわ」
「っ……!」
「今ではもう立派な私の下僕よ。三騎士もあっけないわね」
「そん……な――」

それを聞いた少年の瞳からは、輝きが失われていく。
まるで糸の切れた人形のように項垂れ、頭を緑色の繭に預けたまま動かなくなった。
此処――バイオベースにて。
少年は希望も願いも信頼も、人間としての尊厳も奪われ、繭と同化する運命を辿るのだろう。




§




生体基地バイオベース。
大地や捕えてきた生物から養分を搾取する生体基地であり、生物をモンスターに改造するための研究施設でもある、グジューの宝具。
グジューはすでに大勢の人々を誘拐して緑の繭に取り込ませており、その中にはあの少年のようにマスターだった者もいる――かつてグジューを召喚したマスターも。
そこで吸い取られた養分はグジューの魔力に還元されており、単独行動してもなお余りある魔力が彼女に供給されているため、マスターを失っても問題なかった。

「誰か助けてぇ……養分になんてなりたくないよぉ」
「からだを……かえして……」

緑の繭に取り込まれた者達から聞こえる悲痛な怨嗟に見向きもせず、グジューはバイオベースの奥へと進む。
やがてグジューがたどり着いたそこは、捕えた者の洗脳と改造を同時に行うシリンダーが並ぶ空間だった。
いくつかのシリンダーには、グジューが生体改造した成れの果てが謎の液体で満たされた中で浮かんでいる。

「……」

その中の一番奥。空いているシリンダーの前で、グジューは独り佇む。
思えばここで、炎の貝の勇者の心の強さに驚かされたものだった。

「……」

思い返すのは、生前。死の間際でのこと。
父であるギャブ・ファーに見放され、その攻撃から炎の貝の勇者とその仲間達を庇う前後に言い放った言葉。

『今度生まれ変わったら……私もあんた達の……仲間に生まれたいよ……』
『へへっ……これで……少しはあんたの仲間に近づけたかな……』
『今度は私もあんた達の仲間に……』


「ふふっ……あははは……」

自嘲で、乾いた笑いが出てしまう。

「なれてないじゃない……こんな身体じゃ……」

自身の掌を見る。瞳に映るのは、人間からかけ離れた肌の色。
未だグジューは昆虫から進化した種族──宇宙の侵略王ギャブ・ファーの娘のまま。

「なんで?どうして?次はあいつの仲間に……人間になれると思ったのに……」

気づけば、サーヴァントとして召喚されていた。よりにもよって、この姿で。
サーヴァントとは、言わば人々に祀り上げられた英霊の具現化。
グジューが蟲の姿で顕現したというのなら、人々の間に記憶されているグジューとはそういうことなのだろう。

「何よそれ……私が人間じゃないから?怪物だから死んだ後も人間でいちゃダメってこと!?そんな理不尽な世界……私は認めない!!」

バイオベースの中で、グジューは独り吠えた。

「少しはあいつの仲間に近づけたと思ったけど……違ったわね」

悲しみと憎しみを湛えた目で、グジューはかつての自分に支配に頼らない本当の強さを教えてくれた少年――炎の貝の勇者の顔を思い浮かべる。

「ごめんなさい……あなたと同じやり方じゃ、私はあなたの仲間になれないみたい」

口から出るのは、心からの詫び。炎の貝の勇者が今の自分を見たら、きっと止めに来るだろう。
それでも――。

「それでも私は、あなたの仲間になりたいの!!あなたに少しでも近づきたいの!!」

宇宙の侵略王の娘は、もはや手段を選ばない。
自分を縛るマスターは既に排除した。
万能の願望機の力に頼るしか、願いを果たす道は残されていない。

「私は聖杯の力で――私は!!!!!」

そうしてグジューは、訣別したはずのかつての自分に再び成り下がる。

――人間になりたい。

そんな切実な願いのために。


【クラス】
キャスター

【真名】
グジュー@大貝獣物語

【ステータス】
筋力C 耐久B 敏捷A 魔力A 幸運E 宝具A+

【属性】
混沌・悪

【クラススキル】
陣地作成:B+
 自らに有利な陣地を作り上げる。
 グジューが作り上げる陣地は侵略のための「基地」である。
 自身の宝具となる『蠢く毒花の城』の展開・拡張が可能。

道具作成:C+
 魔術的な道具を作成する技能。
 グジューは兵器や魔物を作り出す技能に特化している。

【保有スキル】
正体隠蔽:A
 サーヴァントとしての正体を隠す。
 自身をサーヴァントではなく、ただの人間であると誤認させる事ができる。
 人間として演じている間は「クシューラ」、またはそれを捩った名を名乗っている。
 グジューの場合、Cランク相当の気配遮断効果も併せ持つ。

生体改造:A
 生物の肉体に、まったく別の肉体を付属・融合させる適性。
 NPCのみならず、動物やマスター、果てには植物やサーヴァントも改造して怪物に改造してしまう。

幻想への侵略者:A
 幻想の世界を未知の科学技術により襲撃した者達。
 グジューはギャブ・ファーの配下として幻大陸シェルドラドに侵攻し、
 自身の保有する科学技術によって剣と魔法の世界の住人の多くを死へと追いやった。
 Cランク相当の対魔力を得る他、科学による攻撃も宝具と同等の神秘を有する攻撃として扱うことができる。

蟲人:A
 昆虫から著しい進化を遂げた種族。
 人の領域を逸脱した身体能力に加え、
 肌色・髪色を変色させることによる擬態や羽根による超振動など、蟲特有の能力を備える。

【宝具】
『蠢く毒花の城(バイオベース)』
ランク:A+ 種別:対軍宝具 レンジ:- 最大捕捉:-
グジューがかつて、シェルドラドに存在するラフラーという巨大な花を改造して作った生体基地。
常に大地からエネルギーを吸い取っている他、捕えた生物からもバイオベース内部でエネルギーを搾取している。
捕らえられた生物は主に首から下を緑色の繭に取り込まれており、死ぬまでエネルギーを吸収され続ける。
エネルギーを吸収されるにつれ、取り込まれた者は繭と同化していき、最終的には繭と同じ体色に変化し、バイオベースの完全な一部になってしまう。
繭に取り込まれた者はあらゆる手を尽くしても救出不可能であり、施設の倒壊、あるいはグジューの消滅と共に死亡する。
また、バイオベース内には生体改造のための設備も存在し、グジューはこれを利用してより強力な魔物を生み出すことができる。

本来、バイオベースで蓄えたエネルギーはすべてギャブ・ファーの元へと送られていたが、
此度の聖杯戦争ではグジューの魔力に直接還元されている。
グジューはバイオベースで吸い取った魔力を利用することで、十全な力を保持したまま完全な単独行動を可能にしている。

【weapon】
  • 自身の肉体やシェルドラドで習得した一部の魔法
  • 開発した科学兵器

【人物背景】
宇宙の星々を侵略する「宇宙の侵略王」ギャブ・ファーの娘にして片腕。
シェルドラドに侵攻した際は記憶喪失の少女「クシューラ」を装い、スパイ活動を行っていた。
その傍らで炎の貝の勇者とその仲間達の前に度々現れ、その動向を監視していた。
しかし、炎の貝の勇者や彼と共にいたロボットの姿を見ているうちに感化され、本当の力とは支配の力ではないことに気づく。
どうにかギャブ・ファーにシェルドラドへの侵略をやめるよう説得を試みるも聞き入れられず、役立たずとして処分される。
最期はギャブ・ファーの攻撃から炎の貝の勇者達を庇い、
次は炎の貝の勇者たちと同じ人間に生まれ変わることを望みながら死亡した。

【サーヴァントとしての願い】
この手で聖杯を手にして人間へと生まれ変わる。


【マスター】
不明@???

【マスターとしての願い】
不明。もうヒトとしての自我はないため、彼もしくは彼女が願うことは二度とない。

【weapon】
不明。

【能力・技能】
不明。

【人物背景】
何かしらの理由で『界聖杯(ユグドラシル)』に招かれた誰か。
グジューを与えられたが、既にバイオベースに取り込まれ繭と一体化しており、生きた魔力炉同然の扱いを受けている。

【方針】
………………。
完全に マユと同化してしまっている……。

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最終更新:2021年07月14日 22:14