冷たい滴が、私の頬をつたって落ちていく。
いつの間にか雨が降り出していたらしい。

けれど数瞬遅れて、ばしゃりと聞こえたそれは、雨の水音とは違う。
目の前の少女の両腕から溢れ出る、夥しい流血の音だった。

「……ぇ」

少女は呆然と目を丸くして、己の傷口を眺めている。
たったいま自分に降り掛かった災厄を、理解できないでいる様子だった。
無理もない、左右の腕を纏めて切り落とされたのだ。
この一瞬の攻防で、彼女が戦いにおいて素人であることはよく分かった。
殺し合いの経験もなければ、戦場を見たこともないような普通の少女として、それは至極当然の反応だった。

「ぁ……ああぁ……!!」

漸く事態に意識が追いついたのか、彼女は悲鳴を上げながら後ずさろうとして、自分の流した血溜まりに足を滑らせて転んだ。
もう、この子に打つ手は残っていないだろう。サーヴァントを失ったマスターは、あまりにも無力だ。
恐怖に見開かれた目に映っているのは、返り血に濡れた女の姿。高校の制服、長い黒髪、額に埋め込まれた赤い石。紛れもなく、私の姿。
私は握った刀を引き摺りながら、這いずる背中を追っていく。

きぃ、きぃ、きぃ。

流麗な日本刀の切先が、路地裏のコンクリートを擦り、耳障りな雑音を撒き散らす。
地面を流れる血が、逃げる少女のバタつかせた革靴によって跳ね、私のスカートに斑模様の汚れを刻む。
黒いセーラー服に血の跡はそれほど目立たない、けれど、ああ、また新しいのを探さなきゃ。
なんて考えながら、路地の隅まで追い詰めた。

「いや……いや……やめ……お願い……」

しゃくり上げながら逃げる少女は袋小路の奥で震えている。
無駄なことをしているな、と思う。
両腕の動脈を切断した。その出血量では、きっともう助からない。
助からないし、

「命乞い? ははっ、いまさら?」

私は助けるつもりもない。
横薙ぎ一閃。振り抜いた刀身は、いともたやすく首を刎ね飛ばす。
これが数分前、私という悪霊に対して果敢に挑んできた少女の、哀れな末路だった。
私は刀を鞘に納め、空を見上げた。雨は少しずつ、勢いを増していく。

「バーサーカー」

呼びかければ背後、一瞬にして現出する猛獣の気配。
降りしきる血の雨の中で轟々と唸り声を上げながら、私の従者は許しを待つ。
食事の、合図を待っている。

「食べていいよ」

獣は歓喜の雄叫びを上げながら、死んだ少女の魂に齧りついた。
仕留めた獲物を捕食して、私のサーヴァントは強くなる。

ああ、ここに来てから、いったい何人殺しただろう。
予選と呼ばれる振い落しにおいて、私はただひたすらに他の主従を殺して、殺して、殺し続けて。
殺しすぎてしまったのか。いつからか、逆に狙われるようにもなった。
特に一部の弱いマスター達からは、徒党を組んで襲われることも珍しくない。

だけどその度に返り討ちにしてきた。おそらく、私のサーヴァントは比較的強い方に分類されるのだろう。
悪運は未だ尽きず、私は殺し続ける。ここに来る以前と変わらず。この地上全ての人間を殺し尽くすまで。

強まる雨足は鮮血と混じり合い、崩れ落ちた死体を浸していく。
彼女の体格は私よりも少しだけ小さく、おそらく中学生くらいの年齢だったと思う。
私の斬撃によって千切られた制服の切れ端は、赤く染まっていた。

もとは朱によく染まる、白い制服だった筈だ。
白かった、と思う。
そう、ちょうど、あの子の着ていた、ような―――




私は、全てを裏切った。

全てが、私を裏切った。

最初は、誰が憎かったのだろう。
両親を取り殺した悪霊。養父を殺した従姉。
人並みの幸せすら奪った誰か、あるいは全身不随に陥った私を見捨てた周囲の全て。

何もかもを失って、だけど、その過程に今や意味はなく。
今の私は、ただ全部が憎くて憎くて堪らないから、全部を裏切って、全部を殺す。
そういう生き物になった。

憎い。

それは例えば、退魔師、超災害対策室の元同僚であったり。
諫山家の血を引く愚かな親族であったり。
想いあった筈の婚約者であったり。
さっきすれ違っただけの見知らぬ他人であったり。
私という、諫山黄泉という、存在に触れる全部であったり。

果ては全人類を殺めんとする憎悪。
額に埋め込んだ殺生石の励起する感情は際限なく。
だけどこの憎悪は、醜い本心は、最初から私の内側にあったものだ。
石のせいなんかじゃない。殺生石はただ、私の願いを叶えているにすぎない。

その証拠に今、私はこんなにも満たされて、楽しんでいる。
今まで退魔師として悪霊から守ってきた筈の弱い人達を殺して、刻んで、血を浴びて、踏みにじって、それが楽しい。
いつか冥姉さんの言っていたことは正しかった。
怒りのままに、恨みのままに、心の赴くままに生きることは、こんなにも心地いい。

だけど愚かな冥姉さん、可哀想な冥姉さん、私のお義父さんを殺した憎い憎い冥姉さん。
最期は私に命乞いをして、無様に泣き叫びながら死んでいった。
あのとき振り下ろした刃の感触。肉を抉り、息の根を止めた。それは最低で、醜悪で、なのに気持ちよかった。
私が憎しみのままに殺した、最初の人間。本当の願いを自覚させた、切欠。
もしも、あれを超える悦楽があるとすれば、それは、

―――黄泉お姉ちゃん。

今も耳に残る、私を呼ぶ優しい声。
神楽。
ああ、神楽、神楽。

愚かな子。目障りな子。
由緒正しき退魔師の家柄に生まれたくせに、甘さを捨てきれず、動く死体すら斬ることの出来なかった弱い少女。
こんな私を姉と慕う、馬鹿な娘。

あの子は、ここにいないのだろうか。
いたら今度こそ、殺してあげるのに。
惨たらしく痛めつけて、バラバラに引き裂いて、命乞いを聞きながら首を断つ事ができたらいいのに。

数え切れないくらい何度も、頭の中でそれを再生してきた。
考えつく限り、全ての方法で神楽を害した。神楽の悲鳴と泣き顔を想像して。
その度に暗い快楽と甘い痛みが全身を駆け巡り、想像だけじゃ満足出来ないと心が騒いだ。

あの子を殺したい。あの子に会いたい。
もう一度会って、今度こそ本当に、やり遂げなければ。

最初は、何が憎かったのだろう。
もう一度、答えのない問いを反芻する。
分からない。もう、分からない。だけど一つだけ、言えることがあった。

私は、きっと地獄に落ちるだろう。




雨は嵐に変わりつつあった。

不意に聞こえた足音に眉を顰めて振り返る。
さっき通ってきた路地裏の入り口、つまり背後に確かな気配があった。

彼我の距離は50メートル弱。
バケツをひっくり返したような豪雨を除き、間には何の障害物もない。
電柱の影の下、雨合羽の中からまっすぐ私を見つめる少女は人間のようだが、ただの通行人には見えなかった。

「……もう一人いたのか」

状況の構築には、偶然と必然がある。
まず接近されるまで足音に気づけなかった理由は、急激に勢いを増した雨にあった。
そして袋小路の路地裏で退路を塞がれている理由は、この状況が仕組まれていたから、としか考えられない。

徒党を組んだマスター達の襲撃。
つまり最初から、一人はこの状況を作り出すための囮だったというわけか。

足元に転がる少女の死体を見る。
彼女は自分の死を勘定に入れて戦っていたのだろうか。
それとも味方の援護を信じて私を誘い込み、裏切られて見捨てられたのか。

「バーサーカー」

まあ、そんなことは、どうでもいいことだ。
私の事情が、どうでもいいことであるのと、同じように。

サーヴァントを呼び出して、臨戦態勢に移行する。
目の前に立っているのが敵のマスターだとすれば、使役するサーヴァントの位置を、まずは見極める必要がある。
状況が敵の狙い通り進んでいるなら、迂闊に踏み込めば何らかの罠がある可能性が高い。

慎重に動くべきだと私は即断し、刀を握り、構えを取る。
次いでバーサーカーは私の構えに合わせ、背後で僅かに向きを変えた、まさにその直後だった。

袋小路の路地裏、その側面のコンクリートのビル壁から突如として刺突が飛来した。
私も、バーサーカーも一切反応することが出来なかった。
それほどに速く、正確で、そして致命の奇襲だった。

「なん……だ……と……?」

不可思議な現象だった。
壁を貫通した白刃はバーサーカーの胸を串刺しにして、そのまま反対側の壁を貫いて埋まっている。
そのため切先の形状は見えないし、飛来した瞬間も捉えることは出来なかった。
実際今に至るも、右と左、どちらの壁から飛んできたのかすら判断できていない。風切り音すらしなかった謎の攻撃の正体は読めない。
ただ、鏡のように澄んだ刀身は私の握る「獅子王」と同じく、日本刀のように見えた。

近くで魔力が発動したなら、バーサーカーが気づいた筈だ。
周囲に人為的な仕掛けがあったなら、私が気づいた筈だ。
どちらも反応できなかった以上、結論は一つ。
これは狙撃だ。何キロメートルもの遠方から、数え切れないくらい多くの壁をぶち抜いて撃ち込まれた、理外の刺突に他ならない。

たったの一撃。一撃、不意打ちを許しただけ。
それだけで、全て終わったのだと、なぜか私は理解していた。
バーサーカーの霊基を正確に刺し貫いた刃が今、霞のように消えた、その瞬間。
私のサーヴァントは胸の真ん中を吹き飛ばされ、あっけなく消滅した。

次は私だ。分かっていた。もう一度、突かれたら、それで終わり。
そして次の攻撃までの間隔は、もう。

「乱紅蓮―――!」

刀を抜き放ち、私は背後に、宝刀に宿る赤い獅子の霊獣を呼び出す。
攻撃を行っている敵サーヴァントは遥か遠く壁の向こう。私とバーサーカーの位置を直接見ていない。
ならば位置を知らせている存在がいるはずだ。そしてそれは私の前方の雨合羽の人物、即ちマスターが目になっている可能性が高い。
揺さぶるとしたら、こっちだ。

結果、賭けには勝ったのだろう。雨合羽は見るからに動揺していた。
私の呼び出した霊獣の正体を掴みかね、サーヴァントを倒した確信を得ることが出来なかった。
今、私と乱紅蓮、どちらを優先して攻撃させるか、一瞬迷った。

その一瞬に、勝機を見出す。
背後で霊獣の口が開き、乱杭歯が覗く。

「咆哮波!」

霊獣による大音響の衝撃波が私自身に放たれる。
それは背中を焼き焦がし、何本もの骨を粉砕するも、ただ一つの目的を果たしてみせた。
即ち、私を吹き飛ばし、敵との距離を殺し切る。

中空で全身を捻り、抜身の刀を振り上げる。
猛烈な勢いで接近する私に泡を食った敵が、咄嗟に手の甲をかざすのが見えた。
まずい、サーヴァントを呼ばれる。

「令呪を持って命ずる! 戻って、ラ―――」

声は途切れ、鮮血が舞う。
振り切った刀身に確かな手応え。
だけど次の刹那、私はコンクリートの塀に受け身も取れぬまま叩きつけられ、刀を取り落とす感触を最期に、ぷつりと意識を失った。




人の世に死の穢れを撒く者を退治する。

いつか神楽と共有したその信念。
姉妹のように一緒にすごした日々は今も鮮明に憶えている。
諫山家に引き取られてきたあの子と、初めて出会った縁側の風景。道場で共に修行した毎日。
力を合わせて悪霊を退治して、傷つきながらも笑って歩いた帰り道。

私達は似ている、少なくとも私はそう思っていた。
幼い頃、親を悪霊に殺されたこと。
家柄故に青春の全てを修行に費やし、友達を作ることも出来ない孤独。
私達は同じだと。二人で支え合って、生きていけると思っていた。

人の世に死の穢れを撒く者を退治する。
それが私達、退魔師のお務め。

今は私こそが、倒されるべき穢れの悪霊。
あまりにも皮肉な結末に笑ってしまう。
何もかも無くした私に与えられたのは、何もかもを壊す力だった。

いや、違う、無くしたんじゃない。
私は最初から、何も持っていなかったんだ。
退魔師の家系じゃない、所詮は養子でしかなかった私。
立派なお養父さんも、素敵な婚約者との縁談も、諫山の跡継ぎも。
全ては幻のようなもの。消えてしまうときは一瞬で、だから最初から、私自身に価値なんか一つもなくて。
最初から全部を持っていたのは、きっと、あの子の方だった。

思い出されるのは白く広い病室の風景。
悪霊との戦いで全身の腱と神経、そして声帯を絶たれ、もはや指の先しか動かすことの出来なくなった私。
人間としての価値を最低まで失った私の、それでも人間であれた最後の時間。

――私はずっと、一緒にいるから、黄泉。

病室に響く、神楽の優しい声。
私の髪を梳く優しい手。
傷ついた身体をいたわる優しい眼差し。

神楽の全てが妬ましかった。
私はあの日、初めてそれを自覚した。

養子の私とは違う、退魔師の家柄の、それも名家に生まれた少女。
修行の上達速度も私とは比べ物にならない本物の神童。
なにより、それ程の才覚に恵まれながら、退魔師の道に迷う甘さ、優しさ、強さ。

死体を操る悪霊がいた。
私には、心を殺して、痛みを消して、それを斬ることなど造作もない。
だけど神楽は迷い続けていた。心を殺さず、痛みを背負って戦う道を見出そうとしていた。
私なんかとは全然違う、比べ物にならない心の強さ。

ずっと妬ましかった。私にない全部を持っている神楽が憎かった。
私はその心を自分自身にすら知られないように、ずっと押し殺して生きていた。
そうしないとあの子の隣にいられないと分かっていた、そんな醜い、汚い、私。
なのに、なのに、なのに、

――ずっと一緒だよ、黄泉お姉ちゃん。

神楽は一点の曇りもない心で信じていた。
私を、諫山黄泉を、自慢のお姉ちゃんだと、誇るように微笑んでいた。

――黄泉は間違えたりしない、憎しみで人を傷つけたりしない。

穢れなき純真が、嫉妬と憎悪に塗れた私を、人殺しの私を断罪するように焼き尽くした。
制止も、懺悔も、私には許されない。潰れた喉が掠れた息を漏らすだけ。
滂沱の如く流れる涙と後悔に、神楽の顔を見ることもできない。

やめて。言わないで。こんなに穢れた私を、姉と呼ばないで。
私は、あなたにそう呼んで貰う資格なんてない。
そんな価値のある人間じゃないのに。

最後に、病室を出ていく神楽の横顔。
あの涙に濡れた瞳を見てしまったとき、私の運命は決まったのかもしれない。
それは失望でも、落胆でもない、悲壮な決意。
最後まで、私を信じ抜くと決めた、深い愛情の眼差しだった。

ああ、ごめんなさい、神楽。
喉が裂けるほどの叫声は空気の抜けるような音に変換され、どこにも届くことはない。
私は一生、あの眼差しを受けながら生きていくのだ。
愛の刃に斬り刻まれながら、死ぬまでのたうち回るのだ。

嫌だ。そんなこと、耐えられない。誰か、誰か、私を助けて。
願いは悪意の石に届き、私は生きたまま悪霊に成り果てた。
そして殺して、殺して、殺し続けて。

最初は、何が憎かったのだろう。
その答えなんて、ずっと目の前にあった。

私だ。
最初に裏切ったのも、私。
あの子の信頼を裏切り、あの子に相応しい姉になれなかった、私。

私は誰よりも、私が憎かったんだ。




そうして私は世界に吐き捨てられ、今ここにいる。
元いた世界での最後の記憶。神楽の刃が私を貫く情景。
私が誰より憎む、私自身を殺す瞬間。

なのに、遂に死神にすら見捨てられてしまったのか。
死ぬことも叶わず、放り捨てられたこの世界で、わけの分からない殺し合いを続けていた。

「ば……さー……か……」

それでも漸く、私の悪運も尽き果てたらしい。

「バーサーカー……いないの……?」

ぼやけた視界を開き、周囲を見回す。
どれだけ気を失っていたのだろうか。
おそらく数秒程の筈だけど、その間に殺されなかったということは、最後の一撃は届いたのか。

瓦礫の上から身体を起こそうとして、全身に走る激痛に耐えきれず前のめりに倒れた。
体中の骨がメチャクチャに折れているのだろう。
既に殺生石による治癒は始まっているけれど、暫くまともに動けそうにない。

雨はまだ降っていた。
ぬかるんだ地面に這いつくばったまま目を凝らす。
数メートル離れたところに、雨合羽を着た少女が倒れているのが見えた。
少女は首から血を流し、目を見開き、口をあんぐりと開けたまま、微動だにしていない。
また殺したんだ。と他人事のように乾いた心で思った。

殺した。だけど勝利とは言えないだろう。
雨水に乗って流れてくる血に浸かる、私の手。
その手の甲に刻まれた令呪が徐々に薄まり、そしてたった今、霧散した。

「バーサーカー……」

いくら呼びかけても応えないサーヴァント。
身体から失われた令呪。
それらが何を意味するかは明白だった。

ここに脱落者となった私は、無様に倒れ伏して待っている。
私を殺しにやってくる、誰かの足音を。

「あーあ、死んでしもたんか」

ふと頭上に、男の声が聞こえた。
一人の男が私の横を通り過ぎ、雨合羽の少女の死体に近づいていく。
事切れた死体の前でしゃがみ込み、労るとも馬鹿にするともつかない、内心の読めない声で言った。

「だから出てこんほうがええ言うたのに」

男は持っていた刀を少女の死体、いや死体の上の何もない空間に突き立てる。

「さいなら。短い間やったけど、お世話になりました。
 まあ、あっちでは気ぃ張りや。この世界から行けるかは知らへんけど」

言葉の意味はよく分からない。
だけど男の正体なら予想できた。
死んだ少女のサーヴァント、あの不可解な奇襲剣の主。
彼は立ち上がり、振り返り、そしてすぐ側で倒れているもう一人を見つけた。

「……あァ、キミ、生きてたん?」

私を殺すために呼び戻された存在が、こちらを見下ろしている。
戦う力も、逃げる力も、もう残っていない。
ここまで、か。
私は、乾いた思考で、その姿を見上げた。

奇妙な格好の男だった。
白い髪の毛、白い羽織のような着物と袴。
脇差だけを片手に携えた和風の装いだったけど、侍のようと表現するにはすこし簡素すぎるというか。
余計な装飾の一切ない。その透明な出で立ちは幽霊か、あるいは――

「あなた……なに?」

「市丸ギン、死神や」

ああ、やっぱりそうなんだ。
と、私は笑った。
元の世界で、あんなに呼んでも来てくれなかったのに。

「死神……いまさら来たの?」

「なんやキミ、死にたかったん?」

そうだ、ずっとそれを願ってきた。
誰も彼も憎かった。だけど誰よりも、私は私が憎かったんだ。
私を殺して。あの子を傷つけようとする私を、殺してって。
あんなに願っても、現れなかったくせに。

しゃがみこんで顔を近づけてきた白髪の男は、人を食ったような笑み湛えていた。
血まみれで転がる私を面白がっているのか、口元が三日月の形に歪む。
けれど狐のような糸目の奥は見えず、その真意は伺えない。

「それともキミ――」

世界から弾き出された果ての場所で、ようやく迎えに来た死神。
なのに彼は、なかなか私を殺してくれず、そして、あまつさえ、

「まだ、足りへんの?」

「――は?」

煽られたのだと、一瞬、分からなかった。
だけど、私の中の殺生石は理解していたのか。
乾いていた筈の胸の真ん中から、湧き上がる感情の嵐、憎悪、憤怒、悲壮。
そして欲望の嵐が再び全身を震わせる。

渾身の力を振り絞って身を起こし、男に掴みかかろうとした。
到底押し倒す力なんて無い、不格好に体制が崩れ、膝に縋り付くような無様な構図になったけど、かまうものか。
抵抗しろ、まだ死ぬな、諦めるな。そんな怒声が胸の内から鳴り響く。
私が死ねば満足だって?
違うだろう。そんなわけがない。私の憎悪が、殺生石の器たるこの私の卑しき我欲が、その程度で、納得する筈がない。

「わたし……は……」

そうだ足りない。
何人殺したって足りない、足りない、全然足りない、だって、まだ。
神楽、私はあの子に会ってないのだから。

「私……は……ァ!」

神楽、神楽、憎らしい神楽、そして誰より愛しい神楽。
何もかも失った私に残された、唯一の執着。
私の妹。あの子に会いたい。
生きている限り、あの子会わなければ終われない。

私は神楽を殺したい。
私は神楽を守りたい。
相反する二つの欲が渦を巻き、それは彼女に辿り着かねば完結しない。

神楽はきっと此処にはない。
私と違って世界に必要とされていたから。

ここで死んだら二度と会えない。
あの子は地獄には来ないから。

だから終われない。
生きてあの子に辿り着くまで。

「私は……まだ……ッ」

「なんや、おもろい子……ちゃうな、めんどくさい子やなぁ」

私の血に濡れた両手が男の白い袴を掴み、赤い汚れを刻んでいく。
その様子を、男はどこか愉快げに見下ろしながら、

「しゃァない。ええよ、結ぼか、契約」

あっけなく、軽い調子で、そんなことを言った。

「……え?」

「続けたいんやろ? 聖杯戦争」

血に濡れた私の手を掴み、獲物を物色する蛇のような、薄ら寒い笑みを浮かべて。

「せやったらほら、丁度ええやん。野良のサーヴァントが目の前におるで。
 ボクもこんまま消えるんは退屈やったところやし」

こいつはきっと、恐ろしい男だ。
破滅を呼び込む凶事の化身。
死神。その名乗りはきっと真実で、私から大切な何かを奪っていくのだろう。
それは命か、あるいは魂か、それとも何もかも、か。

「あんた……前のマスターを裏切るつもり?」

「はっ、なんやそれ。前のサーヴァント裏切るキミも、言えたコトちゃうやろ。
 ほら……もうその気になっとるくせに」

男の握る私の手、その甲に光が灯る。
令呪。それは新たな契約の証。
そして、また一つ増えた罪の烙印のようでもあった。

「キミの名前は?」

「……黄泉……諫山黄泉よ」

「じゃァ、よろしゅう、黄泉」

彼は敵か味方か、どちらでもないと本能が告げている。
もっと気持ち悪い、底知れぬ凶兆だ。
一体なにが、私と彼を結びつけたのだろう。
蛇の舌が獲物を味見するように、愉快げな声が私の魂を撫で上げる。

「裏切りもん同士、コレも縁やろ」

ああ多分、こいつは私を破滅させるために天から使わされたのだ。
理解して尚、止まることの出来ない私の前に、暗い道は続いている。
だから進もう。どうか、神楽。願わくばこの血路が、あなたのもとに繋がっていると信じて。

それに、本当のことを言えばちょっとだけ、安堵してもいたのだ。
立派なお養父さんも、素敵な婚約者も、優しい妹も。
全部、私には過ぎた幻だったけど。
この不吉な死神ならば、きっと――

「そうね……きっと私には、お似合いだわ」

血塗られた再契約はここに。
雨はまだ、止みそうになかった。








【クラス】
 ランサー

【真名】
 市丸ギン@BLEACH

【ステータス】
 筋力B 耐久C 敏捷A 魔力D 幸運C 宝具B

【属性】
 混沌・中庸

【クラススキル】
 対魔力:C
 第二節以下の詠唱による魔術を無効化する。
 大魔術、儀礼呪法など大掛かりな魔術は防げない。

【保有スキル】
 心眼(真):B
 修行・鍛錬によって培った洞察力。
 窮地において、その場に残された活路を導き出す戦闘論理。

 仕切り直し:C
 戦闘から離脱する能力。
 また、不利になった戦闘を初期状態へと戻す。

 諜報(蛇):A
 気配そのものを敵対者と感じさせないスキル。
 ただし彼の場合は味方であるとも感じさせない。
 結果、彼について周囲は敵味方の確信を得ることが出来ない。
 万が一害意を読まれたとしても、戦闘状況を回避し必殺の期を待つことが出来る。
 通常の諜報と同じく直接的な攻撃に移行した瞬間、このスキルは効果を失う。

【宝具】
『始解・神鎗(しかい・しんそう)』
 ランク:C 種別:対人宝具 レンジ:1~100 最大捕捉:1
 始解。死神、市丸ギンの斬魄刀。
 封印時は脇差程度の短い刀だが、真名解放により間合いを狂わす伸縮自在の怪刀と化す。
 始解状態における刃渡りの最長は刀百本分。
 注目すべきは長さ以上に伸縮速度であり、敵に向け高速で刀身を延長して繰り出す刺突は非常に高威力。


『卍解・神殺鎗(ばんかい・かみしにのやり)』
 ランク:B+ 種別:対軍宝具 レンジ:13km 最大補足:1000
 卍解。死神として頂点を極めた者にのみ許される力。
 神殺鎗において刃渡り最長は13キロメートルまで延長され、手を叩く音の500倍の速度で伸縮する。
 ただし、上記の説明は市丸ギンの虚偽申告による。

 その真価は刃の内部に仕込まれた猛毒。
 伸縮の際に一瞬だけ刀身が塵状に変化しており、貫いた相手の体内に刃の欠片を残す事で発動準備が整う。
 毒の威力は瞬時に細胞を溶かし崩す程であり、解号を唱えることによって発動する。


【人物背景】
 死神。尸魂界における護廷十三隊の三番隊元隊長。
 そして尸魂界に侵攻した藍染惣右介の腹心の部下。

 常に人を食ったような飄々とした態度で、薄ら笑いを浮かべたような糸目が特徴。
 虚圏に渡ってからは白の羽織と白の袴を纏い、平時は脇差し程の小型の斬魄刀を所持している。
 尸魂界を裏切って藍染惣右介に従っていると思われていたが、実際は藍染を殺害するという唯一の目的の為、味方すら欺いて獅子身中の虫となっていた。

 最期は藍染を裏切り討ち倒す目前まで辿り着くも、崩玉により再生した藍染によって殺害され、その生涯を終える。
 終ぞ誰も、彼の行動原理、抱え続けた真意を知る事は無かった。
 敵も、味方も、愛した人さえも。


【サーヴァントとしての願い】
 あらしまへんよ、そないなもん。



【マスター】
 諫山黄泉@喰霊-零-

【マスターとしての願い】
 全人類の殺害、そしてあの子を……。


【能力・技能】
 退魔師としての剣術、戦闘技法。
 宝刀『獅子王』に宿る霊獣を使役する。
 加えて額に埋め込まれた殺生石によって、強力な再生能力を保持している。


【人物背景】
 黒いセーラー服を着たロングヘアーの少女。高校2年生。
 元は退魔師であり超災害対策室所属エージェントだったが、現在は全人類を憎む悪霊と化し、彷徨い続けている。
 妹同然に接してきた一人の少女に対し、今も尽きぬ愛憎を抱えたまま。

【方針】
 勝ち抜き、聖杯を手に入れる。

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最終更新:2021年07月18日 15:22