―――それは、月の綺麗な夜だった。

 たぶん、イジメ、というやつなのだろう。
 私は本来みんなでするはずの仕事を、たった一人でさせられていた。
 たしか、なにかの催しに使う看板だったと思う。
 わたしにはあまり関係ないからと、話しを聞き流していたのがよくなかったらしい。
 気がつけば看板作りの仕事を、わたし一人に押し付けられていた。
 断わる理由も、意味もなかったので、わたしはそれを受け入れた。


 ふと教室の窓から外を見れば、日はとっくに落ちていた。
 しっぱいした、と思った。
 どうせ時間がかかることはわかっていたのだから、家に連絡をするべきだった。
 “この世界の”家族は怒るだろうか。怒るだろうな。そもそも家に入れるかすらわからない。
 あの家も、間桐の家と変わらない。違いがあるとすれば、魔術がかかわっているかどうかだけだ。
 どうせ怒られるのなら、看板を完成させてしまおうと作業にもどる。

 看板の絵に色を足そうとパレットに手を伸ばして、絵の具がたりないことに気づく。チューブも絞りきられていてからっぽだ。
 しかたがないので新しい絵の具を取りにいこうと、教室をでる。
 ほかのクラスも出し物を作るから、作業は自分のクラスの教室でしていたのだ。
 だからすこし、美術の用具室が遠い。


 用具室までの暗い廊下を歩く。
 もう遅い時間だからか、人の気配が全くない。
 けど怖くはない。ただ暗いだけの廊下より、間桐の家の方がよっぽど怖かった。

 ……そういえば、先生ももう帰ってしまったのだろうか。
 わたしの教室はライトがついていたし、普通なら見回りの先生がいると思うんだけど。

 そう考えていると、廊下の先の曲がり角から足音が聞こえてきた。
 やっぱり見回りの先生がいたのだろう。
 そう思っている間に、足音の人はその姿を現した。
 その姿は、思った通りに先生……ではなかった。
 もちろん、この学校の先生をぜんいん覚えているわけではない。
 けれどその男の人は、先生というにはあまりに若く、そして派手な格好をしていた。

「おっと。カワイ子ちゃん発見」

 その派手な人は、わたしを見てそう言った。
 言葉だけなら、わたしを褒めているのだろう。
 けれどその人が浮かべた表情は、わたしに仕事を押し付けたクラスメイトと同じ、いい獲物を見つけたという表情だ。

「君さ。こんな時間に学校で何してんの?」
「催し物の看板を作ってました」
「それって、クラスメイトと?」
「いいえ、わたし一人です」

 男の人の質問に答える。
 わたしとしては、早く作業にもどりたかった。
 けど無視をする方が、面倒なことになりそうだったからだ。

「先生は一緒?」
「先生はいません。いつの間にか帰っちゃったみたいです」
「そっかぁ。よしよし、人払いはちゃんと効いたみたいだね」
「………………」

 どうやら見回りの先生すらいないのは、この人が何かをしたかららしい。
 めんどくさいことになってきたなぁ、と思い、この人をやり過ごすための言葉をさがす。

「あの、もう看板作りにもどっていいですか? こんな時間だし、はやく終わらせたいので」
「ん? ああ、うん。別にいいよ」
 わたしのお願いに男の人はそう言うと、右手を胸元まで持ってきて、
「俺の遊びに付き合ってくれたらね」
 その指をパチンと鳴らすと、わたしのほほを風がなでた。

「っ」
 直後、ほほに鋭い痛みが走った。
 その理由を、ほほを触って確かめると、指先にぬるっとした感触。
 確かめてみれば、指先には赤い血がついていた。

「遊びの内容は、鬼ごっこだ!
 基本のルールは言わなくてもわかるだろう?
 違うのは捕まったら鬼になるんじゃなくて、痛い思いをするってこと!」

 男の人は興奮したようにそう口にする。
 実際興奮しているのだろう。その人の目は、わたしを捉えてらんらんと輝いている。

「さあ、ゲームスタートだっ!!」
 その人は、今度は高らかに右腕を上げて、再び指を鳴らす。
 その瞬間、再び私の体をなでていく、いくつもの風。鋭い痛み。
 わたしはその人に背を向けて、来た廊下を戻るように逃げ出した。

      §

「俺はさ! 他人が苦しむ姿がたまらなく好きなんだ!」

 普段は走ったら怒られる廊下を、精いっぱいに走り抜ける。
 昇降口は鍵が閉められていた。窓は鍵を開けようとすると、風がなでて邪魔してくる。
 私の体は、もうあちこち傷だらけだ。

「特に! 足搔いた末に逃げられないと悟った時の、絶望する表情はたまらない!」

 わたしがまだ生きているのは、男の人が遊んでいるからにすぎない。
 きっとあの人がその気になれば、わたしはすぐに殺されるだろう。
 それをちゃんと理解したうえで、わたしは頑張って逃げていた。

「なのに!」

 そうして逃げ付いた先は、こんな状況になった原因のある、わたしの教室だった。
 もう逃げる先はない。教室の出入り口は、もうあの人が追い付いて立ち塞がっている。
 上がった息を整えて、教室の入口へと振り返る。
 そこでは鬼ごっこを楽しんでいたはずの男の人が、怒りもあらわに私を睨んでいた。

「どうしてお前は、そんな顔をしているんだよ!」

 対して男の人がそんな顔と言った私の顔は、きっとすごくつまらなそうな顔なのだろう。
 だって仕方がない。
 この人の鬼ごっこなんかよりも、間桐の家でされたことの方が、ずっと痛くて苦しくて、逃げ場なんてなかったのだから。
 それに何より。

 ――――私は初めから、全てに絶望して諦めている。
 足搔いた末に絶望するのが見たい、というこの人の期待には、初めから応えることができないのだ。

「クソッ、失敗だ。つまらない!
 せっかく手間掛けて人払いを敷いたっていうのに、こんなハズレを引くなんて!」

 そう言葉を荒げながら、男の人はわたしの胸ぐらを掴んで持ち上げる。
 首が絞められて、少し苦しい。
 そう思っていると、すぐに投げ捨てられた。
 今度は床に打ち付けられて、少し痛い。

「チッ。アサシン、お前が殺せ。
 わかりやすくすれば少しは反応するかと思ったけど、全然だ。
 こんなマグロじゃ殺してもつまらない。魂喰いでもして、お前の糧にしちまえよ」

 男の人はつまらなそうにそういうと、興味を無くしたように、わたしから視線を外した。
 同時に黒い影が、男の人の隣に現れる。

 ――アサシン。
 聖杯戦争に呼ばれた、暗殺者のサーヴァント。
 その手には、小振りな黒塗りのナイフが握られている。
 きっと何度も私をなでた風は、男の人じゃなくて、この人の仕業だったのだろう。

「………………」

 アサシンは無言のまま、その手のナイフを振り上げる。
 その光景に思うところは……やっぱり何もない。
 ただ、ナイフに反射した光で、外からの光源に意識が向いた。
 教室の窓に目を向ければ、その向こうには眩く輝く白髏の様な月。

 …………そういえば、なぜわたしは逃げたのだろう。
 どうせこうなるとわかっていたのなら、逃げる意味なんてなかったのに。

 なんとなく、右手を月へと向けて伸ばす。
 わたしの右手は、自分の血で赤く染まり、傷に痛みを訴えている。
 けど閉じた窓の向こうにあるそれは、わたしには決して届かない、奇跡の象徴のように思えて。

 アサシンがその手のナイフを振り下ろす。
 その刃が、すぐに私の命を奪うだろうと想像して。

「――――、え?」

 窓を破り現れた誰かに、わたしの右手は優しく取られ、
 一方のアサシンは、ものすごい勢いで蹴り飛ばされていた。

「へあっ!? なんだ、何事だよ!?」

 男の人は驚いてすぐにその“誰か”から距離を取る。
 アサシンの方は、もうどこにも姿が見えない。
 わたしの手を握る”誰か”は、彼らには目もくれず、わたしを抱き起して立たせてくれた。
 そしてまっすぐにわたしを見て、問いかけるようにこう口にした。


「サーヴァント、アーチャー。召喚に応じ参上した。
 ―――問おう。あんたが、俺のマスターか」


「マス、ター……?」
 オウム返しにそう口にすると、その“誰か”――アーチャーさんに握られた手が強く痛んだ。
 思わず右手を引き戻して確認すると、手の甲に血とは違う赤色の模様が三つ出来ていた。

「これで契約は完了した。差し当たっていろいろと聞きたいが……」
 それを見たアーチャーさんはそう言って頷くと、男の人の方へと向き直る。
「まずはマスターを傷つけた連中を倒すとしよう」

「は? ……っ、ふざけんなよお前!
 誰がお前みたいなぽっと出にやられるかよ! やれ、アサシン!」
 アーチャーさんの言葉に怒った男の人が、声を荒げてアサシンへと命令する。
 同時にアーチャーさんに襲い掛かる、無数の風の刃。
 その鋭さは明らかに、鬼ごっこで私に向けられた時以上で。
 そしてそれは、アーチャーさんだけでなく私にも向けられていて。

「狙いは悪くないけどさ」
 それよりも早く、アーチャーさんは左腕の布を解いて翻し、
「アンタ、アサシンのマスター向いてないよ」
 いつの間にかその手に握られた双剣が、その全てを打ち落とした。
 そしてその勢いのまま、アーチャーさんは双剣の片方を男の人へと投げつける。

「なッ!?」
 男の人は投げつけられた双剣の片方をよけることができず、割り込むように姿を現したアサシンがそれを弾いた。
 そこへ双剣のもう片方を手に、アーチャーさんが切りかかる。
 自分がしたのと同じマスター狙いに、アサシンは逃げることができず、しかたなくアーチャーさんの受け止めて防ぐ。
 ―――けれど。

「チェックメイトだ」
「ガフッ!? なん……で……?」

 磁石のように戻ってきた双剣の片方に、男の人は貫かれていた。
 そのことにアサシンは驚いて振り返り、その隙に、アーチャーさんに切り捨てられた。

      §

「さて、改めて自己紹介しよう。
 俺はアーチャー。あんたを守るサーヴァントだ。
 あんたの名前は? 俺はあんたを、何て呼べばいい?」

 アサシンが消え、男の人が死んだことを確認したアーチャーさんは、わたしの方へと向き直るとそう口にした。

「わたしは、……まとう……間桐桜です」
 その問いに、わたしは少しためらい、自分の名前を答える。
 それを聞いたアーチャーさんは、なぜ会驚いたような表情をした後、

「それじゃあ桜って呼ぶぞ。……ああ、この響きは実にあんたに似合っている」

 なぜか愛しむ様に、そう私の名前を口にした。

 赤と白の入り混じった髪。所々焦げたような褐色をした肌。
 それらを包む赤い外套。

 先ほど、男の人たちを殺しておきながら、
 その姿が、どうしてか優しいもののように見えた。

 割られた窓の向こう。
 彼の後ろで輝く月が、どうしてか、とても綺麗に見えた。


【クラス】:アーチャー
【真名】:■■■■(本人の記憶からすでに失われている。)
【属性】:中立・中庸
【パラメーター】
筋力:D 耐久:C+ 敏捷:C- 魔力:B 幸運:E 宝具:?

【クラススキル】
○対魔力:D+
魔術への耐性。一工程の魔術なら無効化できる、魔力避けのアミュレット程度のもの。
ある理由から、呪い等に対する耐性が向上している。

○単独行動:B
スター不在・魔力供給なしでも長時間現界していられる能力。
マスターを失っても2日は現界可能。

【保有スキル】
○心眼(真):B-
修行・鍛錬によって培った洞察力。
窮地において自身の状況と敵の能力を冷静に把握し、その場で残された活路を導き出す戦闘論理。

○千里眼:C
視力の良さ。遠方の標的の捕捉、動体視力の向上。
さらに高いランクでは、未来視さえ可能とする。

673: 在り得ざる運命の夜 ◆s9pEUIP1pY :2021/07/15(木) 00:10:43 ID:H3OK1EZY0

○投影魔術:C(条件付きでA+)
道具をイメージで数分だけ複製する魔術。
アーチャーが愛用する双剣『干将・莫耶』も投影魔術によってつくられたもの。
投影する対象が『剣』カテゴリの時のみ、ランクは飛躍的に跳ね上がる。
この『何度も贋作を用意できる』特性から、アーチャーは投影した宝具を破壊、爆発させる「壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)」を躊躇なく用い、瞬間的な威力向上を行うことができる。

○人工英雄(真):EX
自信の失われた左腕の代わりに、ある英霊の左腕を移植することで作られた疑似英雄。
左腕はある聖人の聖骸布によって封じられており、それを解くことで英雄───サーヴァントとして活動できる。
封印を解いた場合、引き出した力に応じて記憶と自我を欠落し、最終的には命を失うほどのデメリットが生じる。
が、サーヴァント化に当たり緩和されており、記憶を欠落するだけに留まる。

【宝具】
『無限の剣製』
ランク:E~A 種別:???? レンジ:???? 最大補足:????
アンリミテッド・ブレイド・ワークス。
宝具を持たない彼を英霊たらしめている能力にして、固有結界と呼ばれる大魔術。
一定時間、現実を心象世界に書き換え、今まで術者が視認した武器を瞬時に複製し、貯蔵する。ただし、複製した武器はランクが一つ下がる。
複製した武器は結界を展開せずとも投影という形で取り出すことができ、結界を展開したならば即座に手元に手繰り寄せることができる。
アーチャーが使用する武器のほとんどはこれによる投影品である。

―――投影魔術による限定使用のみ可能。固有結界の完全展開はできない。
ある理由から暴走状態にあり、攻撃を受けた際にその部位の肉体を剣化し反撃する。
また剣化した部位は文字通り剣の強度となるため、耐久にブラス、俊敏にマイナスのボーナスが発生する。

『是、射殺す百頭』
ランク:C+ 種別:対人宝具 レンジ:3~9 最大補足:9人
ナインライブズ・ブレイドワークス。
投影武器『偽・射殺す百頭(フェイク/ナインライブズ)』による神速の九連撃。
発動の瞬間、アーチャーの筋力はA+ランク相当まで強化される。

本来は大英雄■■■■■の所持する万能攻撃宝具、その剣技による対人用法。
元が様々な状況、武器に応じて変化する宝具であるため、アーチャーの能力の及ぶ範囲であれば、剣技以外でも発動可能と思われる。

『■■■■■■■』
ランク:?? 種別:??宝具 レンジ:? 最大補足:?人
詳細不明。
所有者に対し治癒効果を発揮し、呪い等への耐性を向上させる。
ただし、ある聖剣による傷に対してだけは治癒効果を発揮できない。

アーチャーがその生前から所有していた宝具だが、アーチャー自身すらこの宝具の存在を知らない。
また正当な所有者ではないためその真の能力を発揮することもできない。
アーチャーがこの宝具の恩恵を受けるのは、サーヴァント化に当たり、仮初の所有者と認められたためである。

【人物背景】
その正体は言うまでもなく、原作『Fate/stay night』の主人公である衛宮士郎。
ただし[Heaven's Feel]ルートのあるEnd後から召喚されたifであり、その影響から自分の名前さえ含む記憶の大半を失っている。
またその外見はプリズマイリヤに登場する黒化アーチャーに似ているが、あちらと違い髪と肌の色が衛宮士郎とアーチャーの色が入り混じったものとなっている。

【サーヴァントとしての願い】
今度こそ■■■を救う。

【方針】
マスターを助けるのが最優先であり、積極的に殺し合いに乗るつもりはない。
しかし、マスターを救う方法が『界聖杯』しかないのであれば、殺し合いも辞さない。
ただしその場合であっても、可能な限り殺すのはサーヴァントのみに留める。
自らの願いはそのあと。

【マスター】:間桐桜@Fate/Zero

【人物背景】
原作『Fate/stay night』のヒロインの一人、間桐桜の十年前の姿。
遠坂家の次女として生まれたが、ある理由から間桐の家に養子に出された。
しかし養子に出されたその日から、間桐の当主から教育という名の陰惨な虐待を受け、自己防衛のために心を閉ざす。
彼女が心を開くのはその約十年後。衛宮士郎という名の少年に救われてからの話。

【能力・技能】
極めて高い魔術の素養を持ち、その属性は「架空元素・虚数」という極めて稀有なもの。
ただし、魔術師としての鍛錬、教育は一切受けていないため、技能としては全くの未熟。

【マスターとしての願い】
なし。間桐桜は全てを諦めている。

【方針】
なし。アーチャーさんに全部任せる。

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最終更新:2021年07月18日 15:27