病める時も 健やかなる時も
喜びの時も 悲しみの時も
富める時も 貧しい時も
死が二人を分かつまで
私は―――
◆◆
「さとちゃんは、どうして私のことを生かしたんだと思う?」
左手の薬指につけた、二つの指輪。
私とさとちゃんの、大切な愛のかたち。
形見になってしまったリボンをするするほどいて、じぃっと見つめる。
「一緒に死のうって言ったのにね。
でも、さとちゃんが意味のないことなんてするわけないから。
さとちゃんはすごく頭が良くてね、優しくてね、かわいくてね……いっつも私のことばかり考えてくれててね。
しおちゃん大好き、愛してるって、何回も言ってくれてね」
私たちはあの日、二人で一つになった。
いや、もしかすると出会ったあの日からずっとそうだったのかもしれないけど。
今はもう、私のそばにさとちゃんはいない。
どれだけ待ってても帰ってきてはくれない。
さとちゃんのためにがんばってお家を綺麗にしても、寂しいのを我慢して夜まで待っても、約束を破ってお家から出ても。
何をしても、さとちゃんは私の前に現れない。当たり前だよね。だってさとちゃんはあの日、私を助けてくれたんだから。
「でもさとちゃん、死んじゃった。
私を助けて、かばって。
ごめんね、ありがとう、って。言ってね」
それっきりだ。
私はたぶん、人より知らないことがたくさんある子どもだと思うけど、それでも死んだ人間はもう二度と帰ってこないってことくらいは分かってる。
「それからずっと考えてるの。
考えても考えてもわからなくて、わからなくてもずっと考えて」
「……、」
「ほんとは、人に訊くのはちょっとずるかなぁ、っても思うんだけどさ。
らいだーくんは人間じゃないんだよね? だったら、わかる?」
――私は。
神戸しおは、あの日から生まれ変わった。
胸の中にあるさとちゃんのぬくもりを抱いて、さとちゃんと一緒に生きていくって決めた。
お兄ちゃんとお母さんに背中を向けて。
私は。
私たちの――
「ねえ、らいだーくん。
さとちゃんは、どうして私のことを生かしたんだと思う?」
――ハッピーシュガーライフに、こんにちはをした。
◆◆
そんなこと聞かれてもよぉ~……俺、その女の顔も名前も知らねえんだよなァ~……
らいだーくん、と呼ばれた少年。
サーヴァント・ライダー、真名を"
デンジ"という彼は、苦虫でも噛み潰したみたいに顔を顰めながら心の中でそう独りごちていた。
恐らく十歳にはなっていないだろう幼女が自分のマスターであると知った時、彼は面倒臭いのに引かれちまったなと思った。
その幼女が何やら電波入ったことを言い出したあげく、その懸想する相手がどうも既に死んでいるらしいことを知った時には帰りてえ、と思った。
誰がどんな重い過去を持っていようと、
デンジにしてみればどうでもいい話だ。
彼の周りにだってそういう人間はたくさん居た。恋人が自分を助けて死んだなんて話なら、それこそこの世に腐るほど転がっていることを
デンジはちゃんと知っている。
ただ。心中するはずだったその恋人がどうして死の間際で己を助けてくれたのかという疑問の答えを自分に問いかけてくるという展開は、さしもの彼もげんなりする案件であった。
「ずっと自分で考えてたんだったらよ~、答えが出るまで頭捻ってれば良いんじゃねえのかあ?」
「私だってそのつもりだったよ。
さとちゃんの話を他の人になんて聞かせたくないもん」
「じゃあ何だって俺にノロケて来んだよ」
「私、知ってるんだよ。
"サーヴァント"って、いっかい死んだ人のことなんでしょ?」
「それは……まぁ、そうらしいな。
俺は死んだ時のこととかあんまりよく覚えてねぇから、どうも実感ねえんだけどもよ」
神戸しお。
デンジを召喚した少女は、えらく排他的な性格をしていた。
いや、外面は人懐っこくて純朴な歳相応の少女だ。そういう風に見えるように、恐らく彼女は演じている。意図的に。
けれどしおは、自分の内側を他人に知られることをえらく嫌う。
デンジには、そう見える。
さらりと今もそういうことを言っていたが、要するに彼女は、自分の大切なものは人に触らせずずっと独り占めしていたいタイプらしい。
なのに
デンジに対しては、しおはそういう側面を一切見せなかった。
死んだ"さとちゃん"のことも話すし、自分が後生大事に抱えてきた疑問をあっさりと共有してくる。
それが
デンジには不可解だったが、ようやくその理由が分かった。
「死んだ人ってことは、さとちゃんと同じだから」
「……そういうもんかァ~?」
「そういうもんかもしれないし、違うかもしれない。
でもね、知りたいの。だってしお、おばけ見たことないから――
らいだーくんに聞けるチャンス逃したら、もうずっとおばけの意見は聞けないかもしれないでしょ?」
そう言って、しおはじっと
デンジの顔を見上げる。
蒼い、サファイアのような瞳は大きくて丸くて、あどけないはずなのにどこか見ていると不安になるような深みを秘めていた。
まるで、深海まで続く海溝を覗き込んでいるような。
「……、」
「ねえ。らいだーくん」
「そりゃあ、よぉ~……普通にアレなんじゃねえのか?」
その瞳には確かな狂気がある。
受け継いだ狂気。一緒になった狂気。
あの日、あの夜、空に消えた彼女の名残。
それは毒だ。人の心を惑わし、寒からしめ、時に壊しも殺しもする猛毒だ。
今時のガキってのはみんなこうなのか?
だとしたら世も末だぜ、と
デンジは眉根を寄せる。
それから頭をぽりぽりと面倒臭そうに掻きながら、彼は言った。
「お前に生きてほしかったってだけなんじゃねえの?」
再現された東京都――その一角。
コンクリート・ジャングルの中に紛れて聳えたマンションの一室。
本来の家主は聖杯戦争の参加者であったが、彼のサーヴァントは
デンジが斬殺した。
哀れにも予選期間中に脱落したマスターは絶叫しながら逃げていき、晴れてこの部屋は
神戸しおの"お城"になった。
「……どうしてそう思うの?」
「そりゃあ~、大事なヤツが死ぬのは嫌なんじゃねえか? 普通は」
一瞬、
デンジの頭の中をいくつかの顔が過ぎった。
それは、黒髪の青年であったり。或いは、赤い二本角の生えた魔人であったりしたが。
それ以上物思いに耽るでもなく、
デンジは座り心地のいいソファに腕を投げ出して身を委ねる。
「しっくり来ねえとか言われても知らねえからな。俺の女だってんならちったあ真面目に考えてやるけどよ~……」
「ううん。ありがとう、らいだーくん。
そっか。そういう考え方もあるよね」
「普通そういう考え方しかなくねえか? あんま難しいこと考えてると疲れちまうぜ」
ともかく、他人の女、それも死んだ女についてあれこれ頭を使ってやるつもりは
デンジにはない。
会話を打ち切って部屋の天井をぼけっと見つめながら、テーブルの上に置いた炭酸飲料へ手を伸ばそうと身を起こす。
「あ」
そこで、ふと思い出した。
そろそろはっきりさせておかなければならないことが一つあった、と。
「そういやお前、結局どうすんだよ聖杯戦争。やんの? やんねえの?」
「やる」
「え゛~、やんのかよ。あんまりノれねえみたいな顔してなかったかあ?」
「迷ってたの。でも、やっぱり私はさとちゃんに会いたいから」
界聖杯を巡る聖杯戦争。
その概要と情報は、
神戸しおの幼い脳にもしっかりとインプットされている。
しおと
デンジが経験した戦いはこれまでにたった一度、それも自衛のための戦いだった。
それ以降は一体のサーヴァントにも出くわしていないし、探そうともしていない。
ただこの"お城"の中で、毒にも薬にもならない毎日を過ごしていただけ。
けれどそれも――
「さとちゃんは私の中にいる」
今、この時までの話。
ぐるぐるぐるぐると回るだけだったコンパスの針は、ようやく確かな方角を指差した。
「でも、私はもっかいさとちゃんとお話したい。
さとちゃんに触りたいし触ってほしい。
さとちゃんの隣に立って、一緒に歩いていきたい。――…一緒に、生きていきたい」
愛してるから、としおは虚空に呟いた。
たとえ、強欲と罵られようとも。
人の命を踏み台に願いを叶えようとする罪人だと糾されても――
神戸しおは、"今の"
神戸しおは、何も迷わない。
何をしてもいいのだと知っているから。愛を偽らない限り、しちゃいけないことなんてないのだと分かっているから。
自分が愛し、そして彼女が愛した、あの日常を永遠のものに戻すため。
あの日叶えられなかった二人の夢を、今度こそちゃんと叶えてあげるために。
「だからね、私は壊すよ。
私"たち"以外の全部の願いごとを壊すから」
だかららいだーくん。
協力してね。
そう言って、
神戸しおは――深海の眼差しをにこりと細めた。
デンジはそれに、「……おう」とただ一言応じるのみだった。
この世界に悪魔はいない。だからデビルハンターも居ないし、その出る幕もない。
チェンソーマンと呼ばれた彼が殺すべき悪魔は、願い抱くものすべて。
幼い天使がその手に握ったチェンソー。
ぶうん、ぶうん、と音を立てながら。
天使はすべての悪魔の死を願う。
「――待っててね、さとちゃん」
ハッピーシュガーライフに、おかえりを言うために。
◆◆
病める時も 健やかなる時も
喜びの時も 悲しみの時も
富める時も 貧しい時も
死が二人を分かつとも
私はさとちゃんを愛することを誓います
【クラス】
ライダー
【ステータス】
筋力B 耐久EX 敏捷C 魔力D 幸運D 宝具EX
【属性】
中立・中庸
【クラススキル】
騎乗:D
騎乗の逸話は存在するが、
デンジはその方法を履き違えているためランクが極めて低い。
彼がライダークラスに当て嵌められている理由は、騎乗能力によるものではなく。
"
デンジという人間の中で"鼓動を刻むモノの存在が大きい。
【保有スキル】
■■■■:A
意識は姿は人間だが、悪魔に変身できる存在。
特定の動作――
デンジの場合は胸のスターターロープを引いてエンジンを吹かすことが変身のトリガーとなる。
変身後は基本的に不死身となるが、蘇生には血液の供給が必要不可欠。魔力での代用は原則できない。
かつては無名ではなく特定の呼称が存在したが、現在その名前は失われ、誰の記憶の中にも残っていない。
単独行動:C
マスターからの魔力供給を断ってもしばらくは自立できる能力。
ランクCならば、マスターを失ってから一日間現界可能。
【宝具】
『Chain saw man(チェンソーマン)』
ランク:EX 種別:対人宝具 レンジ:- 最大捕捉:-
悪魔に最も恐れられた悪魔、チェンソーの悪魔。正確には、その心臓。
デンジが"ポチタ"と呼び友人として愛した悪魔の心臓は、今も
デンジの中で彼の代わりに鼓動を続けている。
彼の持つ全ての異能と戦闘能力はこの宝具によって後天的に獲得したものであり、サーヴァントとしての
デンジは一人の人間としての彼ではなく、彼の体内に存在するこの心臓を参照して英霊の座に登録されている。
通常、この宝具による恩恵は変身能力とそれに由来する擬似的な不死性の獲得のみで、
デンジ自身の意思では真名解放を行うことも出来ない。
だが、もしも彼の身体に眠る"チェンソーの心臓"が真に解放される時が来たならば。
その時人々は、人間の恐怖を背負って戦う"地獄のヒーロー"の威光を拝むことになろう。
【weapon】
チェンソー
【人物背景】
チェンソーの悪魔"ポチタ"と契約し、彼によって命を救われ、新たな人生を歩み始めた少年。
サーヴァントではあるものの、前記の通り"
デンジ"というよりは彼が持つ"チェンソーの心臓"の方にフォーカスを当てられる形で召喚されているため、生前の記憶は一部曖昧だったり欠落していたりしている。
具体的には、支配の悪魔――マキマを倒し、彼女と一つになって以降の記憶がごっそり抜け落ちている。
ただ本人はあまり気にしてもおらず、久方振りの現世をそれなりに満喫出来ればいいや、くらいの気分でいる模様。
【サーヴァントとしての願い】
女と美味い食い物に囲まれて、ありえないくらい幸せになりたい
【マスターとしての願い】
さとちゃんにもう一度会って、今度こそずっと一緒に愛し合いたい
【weapon】
特に持たない。
【能力・技能】
身体能力も知力も歳相応で、特に逸脱したところはない。
しかし内面には、"さとちゃん"から受け継いだ狂気と深い愛を飼う。
【人物背景】
天使、太陽、月。そう呼ばれた少女。
砂糖のお城の中で愛を知り、永遠の愛を誓って、そして愛するものと一つになった。
年齢は八歳。参戦時期は原作最終巻で兄・
神戸あさひと完全に決別して病室を出た後のどこか。
【方針】
さとちゃんのように頑張る。
死が二人を分かつとも。
最終更新:2021年05月28日 21:20