目の前で金色の粒子に崩れ、呆けた表情を浮かべながら消えていった斥候めいた服装の男。
 どうやらサーヴァントという奴は、力で崩しても残骸が残らないらしい。
 さんざっぱら痛め付けられて身体中が痛むが、青年はぎょろりとその双眸で残ったもう一人の"敵"を捉えた。
 身体をがたがたと恐慌に震わせ、這うようにして逃げていく男。
 サーヴァントが居る間はえらく居丈高な態度を取っていたが、今となっては見る影もなかった。

「おいおい……駄目だろ。
 人に暴力振るっといて、ちょっとやり返されたら尻尾巻くなんて」

 待て、だとか。やめろ、だとか。
 何なんだお前は、だとか。ありえない、だとか。
 何やら色々喚き散らしていたが、耳は貸しても足は止めない。

「大人なんだからさ……自分のやったことにはきちんと責任持とうぜ」

 腰が抜けているのかまともに立てない様子の獲物に追いつくのは実に容易かった。
 虫でも潰すように上から踏み付けて、地面に縫い止め身動きを封じる。
 もはや喚く声は、本当に言葉としての意味を一切持たない雑音に変わっていた。
 辛うじて助けて、やめて、という音が聞き取れた気もするが――どうでもいいことだ。
 主従共々油断して、丸腰のマスターが相手と舐めた結果、まんまとサーヴァントを殺された愚かな男。
 その背中に、青年は彼の英霊に対してそうしたように五指で触れる。
 それで、もうすべて終わりだった。ぼろぼろと形を失って崩れ、末期の叫びもあげられずに男は泥や砂の仲間入りを果たす。
 後に残った残骸も、夜風が一陣びゅうと吹けば簡単に吹き散らされ、そこに人間が居た痕跡は完全に消滅した。

 たかだか一マスターの身で、相手の油断があったとはいえ英霊に頼らず一つの主従を脱落させた。
 その快挙を誇るでもなく、マスターの青年は廃墟の床へと座り込む。

「人が久々に気持ち良く寝てたってのに……邪魔しやがって」

 ――異様な風体の青年だった。

 黒いコートを羽織り、身体の随所に人間の手を装着している。
 顔立ちは端正だが、しかし老人のように深い皺と乾きで醜く彩られていた。
 見る者を不安にし不吉な予感を抱かせる、"凶兆"という概念が人の像を結んだかのような青年。
 サーヴァント不在の身で敵と遭遇し殺されかけながらも、それを逆に殺し返した負の可能性の器。
 社会を憎み、敵(ヴィラン)と呼ばれ、同じ名で呼ばれる犯罪者たちが集まった"連合"を率いていた若き大悪。
 最悪の魔王の寵愛を恣にした彼の名を――死柄木弔、といった。

「身体が痛え。疲れが抜けねえ。率直に言って最悪の気分なんだが……」

 張り裂けそうに乾いた唇。
 そこから紡がれる声は嗄れ、とてもではないが二十歳の若者のそれとは思えない。
 そしてどうやら、その言葉は単なる手慰みの独り言ではないようだった。

「とりあえず言い訳してみろよ、サーヴァント。
 どうせあんたがけしかけたんだろ? さっきの連中」
「けしかけた、とは失敬だなァマイマスター。
 大意としては間違っちゃいないが、もっと含蓄のある言い方をして欲しいところだ」

 一体、いつからそこに居たのか。
 或いは、今この瞬間まで本当に存在していなかったのか。
 定かではないが――老獪な笑みを浮かべて笑うその老紳士は、今死柄木弔の前方に立っていた。

「そう不貞腐れないでくれたまえよ。
 君がもし本当に殺されそうになったなら、その時はちゃんと助太刀に入るつもりだったとも。
 私にとってもこれほど大きな混沌に立ち会えるのは稀有なんだ、投げ捨てるのは些か惜しいのでネ」

 混沌、というのは言わずもがなこの舞台そのもののことなのだろう。
 死柄木は彼の婉曲な言い回しを鬱陶しく思っていたが、そのくらいは理解できた。
 聖杯戦争。万能の願望器、界聖杯を巡るルール無用のバトルロワイアル。
 なるほど確かに混沌(カオス)だ。死柄木の望む形の混沌とは、また少々異なっていたが。

「そんな事ぁ分かってる。あんたは自殺するような殊勝なタイプには見えねえ」
「無論、やるからには最後に笑えるよう立ち回るつもりサ。
 しかしそれならそれで、共犯者の能力がどの程度なのかは把握しておかねばならんだろう?」

 眼鏡の奥から死柄木を見つめる眼光は、紳士然とした身なりとは裏腹の剣呑さを帯びていた。
 そこにあるのは、"悪"のハイエンドを知る死柄木をして息の詰まりそうな感覚を覚えるほどの――悪の輝き。
 社会を、人を、主義を、主張を、差別を、格差を、富を、力を、罪を、罰を。
 それら全てを、あまねく手のひらで転がす支配者の光。これによく似たものを、死柄木は過去に見た覚えがあった。

「テストしたってことかよ。最近の年寄りはどいつもこいつも若者を試すのが好きで困るぜ」
「ととと年寄りちゃうわ! 私はまだアラフィフだよアラフィフ。ようやく魅力が円熟してくる頃合いだとも!」
「……で? その赤ペン先生の目から見て、俺はどうだったんだよ」
「結論から言えば――期待通りだよ」

 一瞬緩んだ空気が、次の瞬間すぐに冷え締まる。
 柔和な微笑を浮かべ、髭を指先で弄びながら、続けた。

「信じて貰えないかもしれないがね、私は君を一目見た時実に興味深いと感じた。
 君の瞳は滅びを呼ぶ者のそれだ。追及することはしないが、余程悲惨な人生を送ってきたのだと推察する」
「まァ……間違っちゃいない」
「洗練されてはいないが、開花しつつある――と言ったところかな。
 師に恵まれたネ、死柄木弔。君からは大きな、とても大きな悪の気配を感じるよ」
「――そういうあんたは、俺の"先生"とよく似てる。
 やけに舌がよく回るし、ナチュラルに上から講釈垂れてくるところなんかそっくりだ」
「はっはっは、そうかなー?
 私としては、どうにも君の先生殿とは音楽性が合わない予感がしてるんだが……、おっと、話が逸れてしまった。元に戻そう」

 コホン、と咳払いを一つする。
 老境に差し掛かり始めた者特有の、乾いた咳だった。

「これは私の持論だがね。聖杯というのは実に巨大な力だが、それ単体ではただ大きいだけだ。
 重要なのは変数――"X"の値なのだよ。私は件の界聖杯とやらに対して知見が深いわけではないが、あれもこの論の例外ではないと思っている。
 そしてだ、死柄木弔。君は間違いなく、聖杯を掴むに足る規格外の変数であると保証しよう」
「回りくどいな……何が言いたい」
「私は、君が聖杯を手にした未来を見てみたい」

 その、意味合いは――。
 死柄木弔という人間の悪性、その内に眠る凶暴性を垣間見た者であれば誰もが理解できるだろう。
 死柄木はただのありふれた犯罪者、テロリストではない。
 彼がその程度の器でしかなかったなら、この犯罪王に並ぶ闇の支配者であるかの者が見初めることもなかった。
 彼の進む道に付き従う同胞ができることもなければ、こうして聖杯戦争の舞台に辿り着き、そして邪智を極めた犯罪王を呼び寄せることもなかったはずなのだ。

 死柄木の進む先には破壊と、破滅しかない。
 それを確信した上で、尚も"悪"は彼へと尋ねた。
 さながら、そうすることに意味がある、とでも言うかのように。

「聞かせてくれたまえ、我がマスター。
 君は――かの界聖杯を手にし、何を願う?」
「……力」

 数拍置いて死柄木が口にした答えに、紳士はピクリと眉を動かした。

「あんたは勘違いしてるのかもしれねェが……俺は別に、聖杯の力で願いを叶えたいなんて思っちゃいない。
 俺の願いを叶えるのはあくまで俺だ――俺は俺の手で、何もかもをぶっ壊すんだよ」

 死柄木弔の憎悪は、もはや単純な結果の提供だけで収まるものではない。
 聖杯を用いて破壊衝動を叶えることは簡単だろう。
 願いを告げればただそれだけで、人も草木も全てが滅んだ死の荒野が出来上がるはずだ。
 だが、それでは意味がない。願って叶ってはい終わりなどという簡単なプロセスで満たされるほど、彼の心に眠るその衝動は軽くないのだから。

「聖杯は……所詮、ただのガソリンだ。
 俺にありったけ力を渡してくれりゃ、別に願いは叶えてくれなくてもいい――ああ、いや……これが"願い"になるのかな」

 死柄木は、自分が未だ不完全な存在であることを自覚している。
 だが聖杯の力があれば、社会の破局を齎せるだけの領域に上り詰める道中を全て無視できる。
 あらゆる願いを叶える力とやらに希って手に入れる力は、さぞかし強大なのだろう。

 先生の持つどの"個性"よりも強く。
 ドクターの唱えるどの理論よりも早く。
 怪物・ギガントマキアさえも瞬時に平伏させ、忌々しいヒーロー共さえ鎧袖一触に蹴散らせる究極の力。
 想像しただけで心が躍る。笑みを堪えられなくなって、くつくつと笑い声が溢れていく。
 その邪悪極まりない笑顔に――犯罪界のナポレオンと呼ばれた男さえもが、一瞬怖気を覚えた。
 そして思う。ああ、間違いない。彼こそは、この己が教え導くに足る変数であると。地平線上の全てを破局と滅亡に追いやる、破滅の子であると。

「素晴らしい。さっきは期待通りだと言ったがね、あれは訂正させて貰おう。君は――期待以上だ」

 脳内に過ぎったのは、彼を悪の道に踏み入らせた原点(オリジン)。
 星を砕く空論は、ついぞこの身で実現させるには至れなかったが。
 今目の前にあるのは、それを追い求めていた時の情熱をすら思い起こさせる"可能性"だった。

「君の魔道にお供しよう、死柄木弔」
「もっと早くそう決めてくれてたら、俺はモブ共にボコられないで済んだんだけどな」
「はっはっはっは、過ぎたことは気にしないのが楽しい人生のコツだぞ死柄木君。
 この私が――ジェームズ・モリアーティが、君に知恵を貸すと決めた。
 その傷の慰謝料としてはお釣りが来るくらいの誠意だと思うぞう?」
「……やっぱり、あんたは先生に似てるよ」

 うんざりしたように嘆息して、会話を打ち切る青年。
 彼はこの時、まだそのことを知らないが。
 彼の肉体は、後に魔王の器となることが確定していた。
 しかしその野望は、界聖杯による可能性蒐集というイレギュラーによって阻まれ。
 代わりに死柄木弔は、別世界の大悪と手を組んだ。

 無限の悪意を持ち、世に蔓延り続ける闇の支配者。
 至上の叡智を持ち、蜘蛛の糸を垂らして事件を起こす邪智のカリスマ。
 果たしてどちらと組んだ未来が、世界に対してより深い爪痕を刻み込むのか。

 その答えは、未だ――地平線の彼方に。


【クラス】アーチャー
【真名】ジェームズ・モリアーティ
【出典】Fate/Grand Order
【性別】男性
【属性】混沌・悪

【パラメーター】
筋力:C 耐久:D 敏捷:A 魔力:B 幸運:A 宝具:C

【クラススキル】
対魔力:D
 一工程(シングルアクション)による魔術行使を無効化する。魔力避けのアミュレット程度の対魔力。

単独行動:A+
 マスターからの魔力供給なしで活動できるスキル。
 ランクが高いほどサーヴァント単体で活動できる時間が延びる。
 A+のランクではマスターが不在でも支障なく行動可能である。

【保有スキル】
魔弾の射手:EX
 歌劇「魔弾の射手」の幻霊より取り込んだ能力。その魔弾は狙った獲物を必ず仕留める。

蜘蛛糸の果て:A++
 邪悪を画策する能力。
 秩序を破壊し、善を穢し、しかして自分に対して因縁や罰を向かわせない。
 蜘蛛が作った網のように相手を取り込み、貶める。

邪智のカリスマ:A
 国家を運営するのではなく、悪の組織の頂点としてのみ絶大なカリスマを有する。
 モリアーティの悪性カリスマはA、英国だけでなく世界全土を影から支配することも可能なランク。

【宝具】
『終局的犯罪(ザ・ダイナミクス・オブ・アン・アステロイド)』
ランク:A+ 種別:対軍宝具 レンジ:1~99 最大補足:100人
モリアーティが目指す"惑星破壊"を具現化した宝具。
サーヴァントとして召喚されたため、"対軍"程度の規模に留まっているが、力を増幅させれば「対都市」「対国」と範囲が広がっていく。
モリアーティが目標としている、窮極の破壊。

【weapon】
超過剰武装多目的棺桶、銃の仕込まれた杖

【人物背景】
飄々とした五十がらみの壮年男性。
親しみやすいが大変に胡散臭く、当人も自身を「悪人」と推定している。
しかしながら途轍もない頭脳を有しており、僅かばかりの手掛かりからサーヴァントの真名を的中させ、手にした情報から間違いない最善策を講じてみせる。

真名――ジェームズ・モリアーティ。
本来の性格は冷静、冷徹、理路整然とした厳粛な紳士。
遠慮深謀を突きつめた完全犯罪を画策し、華麗な手口で遂行"させる"最凶の策士。
常に余裕と気品を以て他者と相対し、その人物の性質を卓越した頭脳で明確に分析してみせる知略の怪物。

【サーヴァントとしての願い】
聖杯以上に、死柄木弔という"悪"の羽化に強い興味。


【マスター】
死柄木弔@僕のヒーローアカデミア

【マスターとしての願い】
全てを破壊する。
そのために、界聖杯から力を絞り出す。

【能力・技能】
個性"崩壊"
 五本の指で触れた人や物を崩壊させる。対象は触れられた部分から徐々に崩れていき最終的には跡形もなく崩壊する。
 五指すべてが対象に触れることで個性が発動するが、死柄木自身にもオンオフを切り換える事はできず、条件を満たせば強制的に発動してしまう。
 不安定なメンタルが影響し、無意識の内に力にセーブがかかっており、本来は崩壊したものと接触したものまでもが崩壊していく、極めて広範囲の破壊を可能とする個性である。

【人物背景】
 "個性"を悪用する犯罪者集団・敵連合のリーダーを務める、病的な痩身の青年。
 作中最大の大悪に"次の自分になりうる歪みを持って生まれた男"と称される、恐るべき可能性の器。
 当初は短絡的で幼稚な人物として描かれていたが、様々な経験から多くのことを学び、悪の指導者として日々成長を遂げている。
 本企画では師の従者・ギガントマキアを"認めさせる"為の戦いを繰り広げている最中からの参戦とする。

【方針】
普段と何も変わらない。
敵連合のトップとして、一人の敵(ヴィラン)として、悪の限りを尽くす。

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最終更新:2021年05月29日 17:22