東京のある学校内で、空っぽのクラスである女子生徒がぼぅっと立っていた。
もう、生徒は誰もが帰っている。
赤い長髪が窓から差し込む太陽の光に映える、この女性の名前は伊府椿。
椿は悩んでいた。
くだらぬ嫉妬、醜い一時の感情で殺してしまった妹を蘇らせたい。それが自分の願いだった。
自分が生き返って家へと帰る資格など無い事は判っている。いや、この聖杯戦争とは恐らく罪を犯した自分への報いなのではないだろうか。そして、死んだ妹だけでも助ける方法なのでは。そう椿は思ってすらいた。
しかし周囲の人間を蹴落とし殺しても罪に罪を重ねる行為ではないか。他者を踏み台にしても何も解決しない。椿は死の間際でそれをよく理解していた。
だからこそ困っていた。私はどうすればいいのだろう、と。
死んだはずが、いつの間にかこうして聖杯戦争なんて言うものに巻き込まれている。そんなおかしな現象に対する戸惑い。
そして、自分自身に持たされた力。サーヴァントに対する戸惑い。
いつの間にか在校生として設定され、通学している学校の教室内で悩んでいるさなか、誰かが教室の扉を開けた。
一組の男たち。不思議なかっこうをした男と、時代錯誤な剣を持った男。
サーヴァント……そして魔術師、という輩だろうか。いち学生として過ごしてきた椿とは縁のない人種だ。
(剣を持っているから確か……セイバーというクラスだったかしら?)
実感が無いせいか、あるいは元々死んでいた身だからか、はたまた彼女自身の血なまぐさい事件に適応する素養からか。椿の頭は命の危機に際し奇妙に冷え切っていた。
「聖杯戦争のマスターだな」
「……争うつもりはないのだけど」
落ち着いてはいるが、その消極的な言動や外見から一般的な範疇の女子高生であると見抜いた相手マスターは、それでも逃がさないとばかりにサーヴァントと共に構える。
「だろうな。だが、一般人のマスターを逃がす道理もない。残念だが、死んでもらおう。良いなセイバー!」
「……ああ。だがマスター、サーヴァントの姿が見えない。警戒を怠らず、速やかに決着をつけよう!」
「うむ。素人が相手とは言え油断はしない。喰らえっ!! A……」
セイバーのマスターが詠唱と共に必殺の魔術を放とうとしたその時。
「うるせえええええええええ!!!!」
屋上一帯を震わせる大音量で、絶叫が聞こえた。
人払いだのなんだの、そういった魔術を突き抜け、何かがどこかからやってくる。
直後、轟音と共に隣の教室から壁をブチ破って敵サーヴァントとの間に着地したその存在に、
「バ、バーサーカー……?」
と椿は目を白黒させて言った。
一切マスターとして扱いきれてないが、それは間違いなく椿のサーヴァントだった。
彼女の言葉が正しければバーサーカーらしきその存在。
日の丸ハチマキに四角い眼鏡、そして学ラン。棒のような手足をしたその男は絵にかいたようなガリ勉の姿をした……サーヴァントである。
その様相と、近寄る際のどこかコミカルな動きとは全く逆の、異様に圧力を感じさせる雰囲気を纏ってバーサーカーが迫る。
顔は真顔だが、闘志と殺気は冷静とは到底言えぬものであった。
バーサーカー、たかしは怒っていた。
本気目杉たかしは怒り狂っていた。
「受験勉強の邪魔だあああ!!!」
叫んだ。
激昂と共に異常な速度でたかしが飛び掛かっていく。敵主従は驚いて咄嗟に防ぐが、思わずその勢いに押しのけられた。
強い。
しかもその外見に反して異常に肉体を駆使した戦いをする。バーサーカーの名に全く恥じぬパワーファイト。
嵐のようにチョップを叩き込み、隙があればボディプレスなどを仕掛けてくる。
彼の持つ圧力がもたらす産物なのか、その手刀は何倍にも肥大して見えた。
徐々に追いつめられたセイバーは舐めるなとばかりに剣を振り上げ、叩き斬ろうとする。
……しかし、たかしは跳躍した。大剣の間合いの何倍もの高さを。軽々と。
なるほど常人ならぬサーヴァントの戦いならばこういった常軌を逸した回避もあり得るだろう。
だが敵も英雄、それくらいでは驚かない。
跳躍に合わせセイバーも飛び上がる。空中では互いに回避も難しい。そう思われた矢先。
たかしの両足が腹部へ深々と突き刺さっていた。
ドロップキック。
既存の人類が放つ軌道のそれとは異なる。跳躍した空中の一点で更に水平方向に加速し蹴り飛ばす、たかしの得意技であった。
血か、胃液か。そういった何かしらの液体がセイバーの口腔から滴り落ちる。
ああ、英霊と化しても血は出るのだな。
そんな当たり前の場違いな思考が入り混じり、遅れて不快感が脳裏を支配する。
そして、その痛みにひるんだ瞬間。身体を掴まれ。
「ひゃ……」
悲鳴とも空気ともつかぬ音が出る。
だが。
お構いなしに、さらなる跳躍と共に、バックブリーカーが炸裂した。
ごきりっと鈍く大きな音が鳴る。
背骨が折れる音と、地面から周囲に伝わる衝撃、そして着地点の巻き添えに敵マスターも踏みつけられた音が混ざった音だ。
勝負は決した。
教室は、破壊でグチャグチャになっていた。
●
敵を倒した後、軽快に勝利の踊りを踊ってから、さっさと遁走と帰宅の準備をしだすたかし。
妹を殺した直後に証拠隠滅を冷静に考えていた自分が言うべきことではないのかもしれないが、その平常運転とでも言うべき迷いの無さに椿は引いていた。
仮にも同じ現代人であっただろう自身のサーヴァントに、思わず言葉が出る。
「聖杯戦争が、不安ではないの……? たかし君」
関係ない。
たかしが生前元の世界で戦ってきた敵は正にこういう輩どもだったのだ。
火や風を操ってこようが、瞬間移動や魔法じみた力を使ってこようが全て一緒だ。大軍で来ようと、銃器や戦車を操ろうと関係ない。
避けて防いでボコりつつプロレス技でぶちのめし続ければいつかはくたばる。
彼の居た場所は荒れ果てた時代であった。
高度な社会システムや街並みは普通にあったのだが、悪党が溢れ悪の組織や怪生物のようなものが跋扈していた歪で冗談のような世界。
そしてそいつらはどいつもこいつも受験勉強の邪魔だった。
それからたかしの戦いが始まったのだ。やかましい受験の邪魔になる、国を揺るがすテロリスト紛いの組織を全てこの手でぶちのめす戦いが。
気に入らない奴らはぶっ潰す。それがたかしのやり方だった。
悪の基地はたかしの殴り込みによって殲滅され、首領らしきものを倒し、世には平和が戻った――が、たかしは大学の受験に落ちた。
そして今、たかしはその功績から英霊となっていた。
英霊の座に、登録されていたのだ。
迷惑な話だ。そんなクソの役にも立たない「座」なんぞに行きつくよりたかしは受験に成功したかっただけなのに。
聖杯戦争? しるか。
邪魔する奴らは全員ぶっ飛ばす。
このふざけた催しも叩き潰す。
ついでに今度こそ大学に受かってみせる。
それがかつて世を救った英雄にして受験生、本気目杉たかしのやり方だった。邪魔する相手はまとめてぶっ飛ばす。
そして……マスターからすれば、手に負えない輩でもあった。
足をぐるぐる回転させて走りさっさと椿の設定された自宅へと帰っていくたかしを見て、彼女はこの暴走するサーヴァントに付いていけるのか疑問に思った。
「たかし君……そこまでして受験に受かりたいの? 君は……」
生まれに追い詰められ必死で勉強し続け自分を見失い、慕ってくれた家族を殺すという罪を犯した自分と、勉強が進まない鬱憤で暴れまくって英雄にまで上り詰めてしまった男。
最初は皮肉な組み合わせだと思ったのだが、こうして見ると……なんだかぶっ飛びすぎててそれどころではなかった。
【クラス】
バーサーカー
【真名】
本気目杉たかし(まじめすぎ たかし)@夕闇の前奏曲
【パラメータ】
筋力B 耐久A 敏捷C 魔力D 幸運C 宝具C
【クラススキル】
狂化:E
理性や知性を失わせ戦うスキル。
だが生前より元々まったく喋らず激昂して暴れ続ける性質のためかほとんど意味がなく飾り同然となっている。
【保有スキル】
プロレス:A+
レスラー技術。様々な存在相手に使い、ひとつの組織すら完全に壊滅させた実績からランクはA+となっている。
彼は通常のレスリングと違い、同等の条件での戦いよりも乱戦や異常な相手への対処に慣れているためレスラーとしては変則的。
相手がこちらに不利な魔術や異能、多勢の力を行使する場合は筋力と敏捷がワンランク上がり、高ランクの戦闘続行と同じ効果を持つ。
【宝具】
『夕闇の前奏曲(タカシノオジュケンコウシンキョク)』
ランク:C 種別:対軍宝具 レンジ:1~100 最大補足:100
バーサーカーがそこにある妖怪や乗り物を使いこなし暴れつくした戦歴が具象化した宝具。
発動した瞬間出現した木箱を破壊することで任意で中から物体を召喚、状況に応じて使いわけることができる。
またこの宝具により彼はライダーの適正も持っている。
バイク 高速長距離移動ができる自転車。自転車だがたかしの無尽蔵の脚力によりそれこそバイクのように飛び跳ね、障害を跳ね飛ばす。
戦車 砲撃能力と僅かな間のホバージャンプ能力を持つ戦車。また戦車としては異常に軽い。
幽霊 憑りつかせ霊体化による物理攻撃無効とジャンプによる浮遊、一時的に成仏させることによる回復。
河童 背に乗っての移動や自分を振り回させての連携攻撃。
【人物背景】
受験勉強の邪魔だと言うだけで軍事力と異能者を有した悪の組織を叩き潰して日本を救った男。
なお大学受験には落ちて、腹いせに自転車で悪の組織の首領を高速道路で引きずり回した。
【サーヴァントとしての願い】
受験合格。受験の邪魔者を全て潰す。
【マスター】
伊府 椿(いぶ つばき)@血染めの花
【マスターとしての願い】
自身が狂って殺してしまった妹を生き返らせたい。
【能力・技能】
一般的な範疇だが、優秀な頭脳を持った努力家。また初見の死体に対しても冷静に対処できる。
【人物背景】
容姿端麗で成績優秀な高校三年のミステリー部の部長。外見は赤みがかった長髪。
実は殺人鬼(殺し屋)から生まれたとの噂があった子供で、孤児院から養子として医師の家庭に引き取られた過去を持つ。
殺人者の子として見捨てられる恐怖から養父母に認められるため必死で勉強をしてきたのだが、後に養父母の元に生まれた妹の一言がきっかけで激高しその妹を殺してしまう。
更にそれとは無関係の事件に巻き込まれつつも暴走し、最後には自分を愛していた妹を殺してしまったことを後悔し懺悔と共に死んでいった。
【方針】
最終更新:2021年05月31日 20:47