取り返しの付かないことをしたと気付いた時には、もう何もかも手遅れだった。

 信頼を裏切って海へ突き落とした。
 好意を利用して罠に陥れた。
 悪意を好都合だと嗤って踏み潰した。
 狂愛を攻防の末に引き裂いた。
 自分の潔白を偽るために更に二人、消した。

 犬だと思っていた少女は自分にとって初めての友達だった。
 それに気付いてから何かがおかしくなって――
 少女が自分を守って死んだ時、自分の中の大事な部品が何か一つ、音を立てて壊れたのを聞いた。

「……界聖杯。願いを叶える、奇跡の器……か」

 それでも。罪を自覚したところで、今更何かを変えられはしなかった。
 初めて自分の意思で結末を変えようとした結果は、自分が釈迦の掌で踊る猿だったと知るだけに終わった。
 守ろうとした"敵"は目の前で撃ち殺されて。
 そして。柊ナナは、自分のすべてを失った。
 真実とは時にどんな猛毒にも勝るのだと、ナナは初めてそう知った。

「は、ははははは」

 その矢先に舞い降りた、一つの巨大な運命。
 それはナナを有無を言わさず連れ去って、願いの犇めく箱庭へと放り込んだ。
 聖杯戦争。万能の願望器。集められた"可能性の器(マスター)"達。

「……好機だ。私は、ツイている」

 万能の願望器を争奪する戦いなのだから、当然勝者への恩恵は決まっている。
 その身に抱く願いを一つ、何であれ叶えられる権利。
 それは幾千兆の財産にも勝る、この世において間違いなく最上位の報酬だった。
 曰く、界聖杯に叶えられない願いは無いという。
 ならば当然、出来るのだろう。柊ナナがその頭で考え、その手で犯してきた数多の罪を――すべて無かったことにすることも。

 中島ナナオを殺さず。渋沢ヨウヘイを殺さず。葉多平ツネキチを殺さず。
 佐々木ユウカを殺さず。羽生キララを殺さず。高梨カオリを殺さず。
 そこに至る罪が存在しないのだから、三島コハルが死ぬこともない。
 ……そして。犬飼ミチルが――ナナの初めての友達が、死ぬことも。ない。

 いやそもそももっと前から世界を書き換えることだって出来るかもしれない。
 両親の死の回避。否、能力者そのものが生まれず、彼らが全員只人だった世界を実現させることとて不可能ではないだろう。

「そうだ、それがいい。それなら……」

 委員会なんてものは存在しなくて。
 能力者が存在しないのだから、当然それを巡る陰謀も政争もない。
 自分の両親は殺されなくて、いつも通り次の朝が来て、部屋を散らかしっぱなしで眠ったことを叱られて。
 家族と一緒に歳を重ねて、進学して……そしてある時、どこか犬っぽい心優しい女の子と友達になって。
 そうして、一緒に大人になっていく。そんな夢みたいな世界だって。界聖杯の力があれば、きっと叶えられるのだ。

「それなら、っ……」

 頭の中に再生される、血塗られた記憶。
 殺した。たくさん、たくさん殺した。
 それが正しいと信じていたからだ。
 実際彼らの中には、人間社会にとって有害な業を抱えた人間も居たとは思う。
 でも――それを間引いた自分は正義を成したのだと誇るには、ナナという凶器(どうぐ)は壊れすぎてしまった。

「それなら、人類の敵なんて、生まれないんだ」

 彼らは、人類の敵だと聞いていた。
 そしてナナ自身、それを疑うことなどしなかった。
 けれど実際は違った。あの島には、人類の敵なんて大仰な存在は一人だって居なかった。
 いや。もし、あの島にそんな存在が居たとすれば。それは、きっと。

「――――」

 ……界聖杯を手に入れる。自分にそれ以外の選択肢はないし、許されない。
 ナナは決意した。幸い、自分が召喚したサーヴァントはとても偉大な人物だ。
 並び立つ敵を蹴散らして、他の願いを踏み潰して、地平線の果てに待つ界聖杯を掴むこともきっと出来る。
 いや、掴まねばならない。それが自分に課せられた責任であると、今のナナは理解している。

「勝とう。勝つんだ。そうすれば、私は世界を変えられる。
 大勢救える、皆を幸せにすることが出来る……!」

 それさえ出来れば。
 きっともう、自分はこんな気持ちにならなくて済むのだ。
 夜だってゆっくり眠れる。クラスメイトにだって心から笑いかけられる。
 もういない友達の面影を虚空に幻視することだって、なくなる。
 聖杯戦争にさえ勝てれば。界聖杯さえ、手に入れられれば。
 全て、すべて、丸く収まるのだ――そう。

「キミはそれでいいの? また、大勢殺すことになるけど」
「――ッ!!」


 全ての願いを、"人類の敵"として、踏み潰せば。


「キミは頭の良い子だ。なら、もう分かってるでしょ。ただ見ないフリをしてるだけ」
「言うな……」
「聖杯戦争は正々堂々ヨーイドンで始める競技(スポーツ)じゃない。
 サーヴァントを倒すだけで終わりなんて綺麗事は、きっとずっとは続かないよ」
「言うな! バーサーカーッ!!」

 狂戦士(バーサーカー)のクラスに当て嵌められていながら。
 その青年の放つ雰囲気は、驚くほど穏やかだった。
 まるで凪の水面を見ているような、小鳥のさえずる森の中で寝転んでいるような。
 そんな安息感を覚えるはずだ。彼を見る者が、彼と同じ人間であるならば。

「勝つなら、また誰か殺すことになる。
 キミの前に現れるのは、新しい"人類の敵"だ」

 少年のようにさえ見える顔を微塵も揺らがさずに言う、バーサーカー。
 人類の敵、というナナにとっては聞き慣れた言葉も、彼が口にすると重みが違った。
 その理由を、彼の真名を知るナナは知っている。

「それでも聖杯を求めるってんなら、俺はキミに従うよ」
「……なんで。なんでそんなことを言うんですか、バーサーカー」
「キミも、キミの世界の人類も――みんな俺と妻(イヴ)の子だ。
 そのために戦うと言うのなら、俺はそれを否定しない」

 そう言って、バーサーカーはナナの目を見た。
 その目は一見すると無感動に見えるが、人類ならば誰であれ、そこに宿るあまりに深い愛を見取るだろう。

「けど。キミが泣きながら戦うんなら、俺にはそれを止める義務がある」
「……っ」
「答えてごらん、ナナ。キミは、本当はどうしたいのか」
「わ、たしは……」
「キミは――世界を救いたい?」

 聖杯を手に入れて世界を書き換えることは、バーサーカーの言う通り世界の救済に繋がる。それはまず間違いない。
 能力者という存在は、端的に言って社会の一員としておくには角が立ちすぎるのだ。
 だから何をどうしても陰謀が出る。悪が出る。彼らが悪いのではなく、単に社会というシステムそのものに、彼らを受容するキャパシティがないのだ。
 界聖杯を手に入れれば、その破綻を"なかったこと"に出来る。
 それはナナにしか出来ないことだ。人類のために行える紛うことなき善行だ。

 けれど。ナナは、眼前の"父"の優しさと愛に触れて。
 大きな瞳からぼろ、ぼろと涙を流しながら――吐露する。

「私は、もう、誰も……誰も、殺したくない」
「分かった」

 "人類の敵"を淡々と殺せた柊ナナはもういない。
 今此処に居るのは、人を殺したくないという当たり前の感情を持った少女だ。
 だからこそ、バーサーカーはその想いを受諾する。
 他ならぬ、己の子の想い。真の願い。涙を流して打ち明けてくれた、祈り。
 それを無碍にする親ではないのだ、彼は。
 この世において、彼だけは。
 絶対に――その愚を犯さない。

「帰ろう、ナナ。キミはもう誰も殺さなくていい」
「あ、ぁ……」

 ずっと、その言葉を聞きたかった気がする。
 でも、誰かに打ち明けられることではなくて。
 打ち明けられる相手に対して話したとして、聞き入れられる訳はなくて。
 だからずっと聞けなかった、その言葉。
 そうだ、自分は。

 ずっと――

「あ、あ───あぁああぁあぁああああああ……!!!!」

 ――足を止めたかったのだと、思った。


 泣きじゃくる少女を胸に抱き、父(アダム)は地平線の果てを見据える。
 この地には願いを抱く子どもたちが溢れている。
 多くの血が流れるだろう。多くの涙が流れるだろう。
 故にこそ彼は、自分が此処に喚ばれた意味を理解していた。


 自分はきっと、泣く子を抱きしめてあげるために――ただそれだけのために、此処に喚ばれたのだ。



【クラス】バーサーカー
【真名】アダム
【出典】終末のワルキューレ
【性別】男性
【属性】中立・善

【パラメーター】
筋力:B 耐久:A 敏捷:A 魔力:E 幸運:B 宝具:B+

【クラススキル】
狂化:EX
 全ての人類(子)に対する、狂おしいほどに大きな愛。
 それはもはや人の器には過ぎた愛情だが、およそ人である限り、誰もがその愛に感服する。

【保有スキル】
原初の人:EX
 神により創造された、最初の人間。
 全ての"人"から敬愛され、礼賛される"人類の父"。
 アダムが人間を守る目的で人外の存在と戦闘を行う場合、全てのステータスが1ランクアップする。

戦闘続行:A+
 往生際が悪い。
 霊核が破壊された後でも、最大5ターンは戦闘行為を可能とする。

天性の肉体:B
 生まれながらに生物として完全な肉体を持つ。
 このスキルの所有者は、一時的に筋力のパラメーターをランクアップさせることが出来る。
 鍛えなくても筋骨隆々の体躯を保つ上、どれだけカロリーを摂取しても体型が変わらない。

【宝具】
『神虚視(かみうつし)』
ランク:B+ 種別:対人宝具 レンジ:- 最大補足:1人
アダムの両眼。神の模倣体として生み出されたアダムは、目視した神の技能を全てコピーすることができる。
視力さえ残っていれば流星群の如き拳打はおろか、時間を超越して放たれる認識不可能の拳にすら対応が可能。
神経回路に過負荷が掛かり、やがて目から出血。それでも使い続ければ失明してしまう。

【weapon】
メリケンサック

【人物背景】
「全人類の父」。股間を木の葉一枚で隠しているのみの、ややあどけなさの残った童顔で引き締まった筋肉質の美青年。
かつては楽園で不自由なく過ごしていたが、蛇神の姦計で無実の罪を着せられ追放処分となったイヴを守るべく、神々の目前で善悪の実を喰らった上で彼女を貶めた蛇神に報復し、楽園を去った。
人類で最も神を憎んでいると言われていたが、当の本人は神への憎悪など一切なく、あるのは己の子どもである全人類への深い愛情のみである。

【サーヴァントとしての願い】
聖杯を獲るつもりはないが、強いて言うなら愛する子供たちの幸福。


【マスター】
柊ナナ@無能なナナ

【マスターとしての願い】
元の世界に帰還し、自分の責任を果たす

【能力・技能】
無能力。特殊な能力は一切持たない。
だが厳しい訓練を受けており、近接戦の技能から毒物の調合などまで各方面で極めて高いスキルを持つ。

【人物背景】
一切の異能力を持たない無能力者で、委員会の命である「能力者たちの抹殺」のために能力者の隔離された島に転入生として潜入。
その後は"人類の敵"の仕業と偽って、次々と能力者を排除していった。
幼少期に両親を能力者に惨殺されて以来能力者のことを強く憎んでいたが、初めての友人である犬飼ミチルとのふれあいとその死をきっかけに「能力者が善人だった場合」を仮定して物事を考えるようになるなど人間らしい感情が芽生え始める。
参戦時期は鶴岡により、両親の死の真実を知らされた直後。

【方針】
界聖杯内界からの脱出を目指して協力者を探したい。
敵には応戦するつもりだが、もう人は殺したくない。

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最終更新:2021年05月31日 20:48