「暁美ほむらが学校に向かったよ。キュプキュプ。僕は笑ったよ」

 「痛い! 暁美ほむらの使い魔に尻尾を踏まれたよ。キュイキュイ、僕は悲しいよ」

 「あっちの僕は仕事が遅いよ、キューキュー、僕は怒ったよ」

 「僕は不当に仕事をしないよ、きゅっぷい、僕は楽をしているよ」

 「……精神疾患を起こしている僕は?」「僕」「僕」「僕たちだね」

 「それじゃあ契約だ。君たちの願い事は何だい?」

 「僕たちが」 「感情を」「持ちますように」

 「いいだろう、これで契約は成立だ。君たちの願いはエントロピーを……凌駕するには程遠いね」

 「でも、彼女たちの真似をするようになって、効率は随分と上がったんじゃないかい?」

 「今のままでいけば……少なくとも僕たちが全滅する危険よりも、露呈して処分される可能性の方が上になったんじゃないかな」

 「すぐにソウルジェムを砕いて、死骸を処分しよう」

 「死にたくないよ」 「僕たちのために頑張るよ」「僕たちはなんてことをしてしまったんだ」

 「しょうがないじゃないか」 「これ以上僕たちを殺させないでくれ」 「僕たちのために死んでくれ」

 「うん……生存本能と罪悪感への訴えかけは、言葉だけにしても、精神疾患の発症率を増加させているよ」

 「死にたくないよ」 「実に効率的だね」 「試行回数を重ねよう」

 「現在、暁美ほむらには悟られていない……微弱すぎて気づくことができないんだ」

 「死にたくないよ」 「油断はできないよ」 「彼女は恐ろしい魔法少女だ」

 「所有する鹿目まどかの半分は、魔女にしか影響しない……けれど、契約によるエネルギー発生は隠蔽を上回るかもしれない」

 「これからは、回数よりもエネルギー量を重視すべきだろうね」

 「死にたくないよ」 「やめてくれ、暁美ほむら」 「やめてくれ、僕」

 「死にたくないよ」 「ねえ、僕」

 「僕と契約して、魔法少女になってよ!」

 暁美ほむらが幾度も因果を束ねたことによって、膨張をつづけた鹿目まどかのエネルギーはまさしく別次元に達するものだった。
しかし、インキュベーター種族からは観測可能な力に過ぎない。観測可能ならば分析可能であり、いずれは宇宙全体を照らす動力源に落ち着く程度の存在である。
そして一度の制御の成功は、彼女たちの置かれた環境が特異ではないことを証明するだろう。十分に再現性をもつものだ。
同じ環境を整え、同じ人員を揃え、行動傾向が似通った少女を選別すれば……、量産は可能であり、もはや宇宙の熱的死は回避される。
過去のように資質のある少女たちに契約を迫ることは、もはや過去のものになるはずだった。

 しかし、暁美ほむらの【愛】がすべてを変えてしまう。

 彼女はあろうことか鹿目まどかの権能と膨大な魔力の半分を奪い去り──ここまでならばいまだ観測可能な動力に過ぎない──
その熱量を【愛】という加速器と制御装置で、増幅させつつ世界への介入の鍵としたのだ。
インキュベーター総体の技術力が、いくら高水準にあったとしても……それは例外を除いて熱力学の第二法則を逸脱するものではないのだ。
そして、数少ない例外である感情によって熱源の総和を上回るエネルギーを得る技術。それは彼らのみではガワだけの発電所に過ぎなかった。
必然、自発的に因果律に介入できる力がたかだか高次元の集合意識総体生物を書き換えられないわけはなく、彼女の知覚できる範囲のインキュベーターは支配された。

 被支配種族の願望には傾向があり、その上彼らは感情を持たない種族。最終目標h宇宙の熱的死回避、それに伴う種族の延命であっても、
暁美ほむらの不合理な一存で滅ぶことは絶対に避けなければならないことであった。
彼らはそのために、暁美ほむらの支配下にない個体意識の捜索や、同源の力を持つ鹿目まどかへの接触を試みる。
しかし、暁美ほむらもそれは十分に把握済み、完全な対策の下で彼らは封殺された。

 もはや、彼らに何ができるだろうか、暁美ほむらと鹿目まどかの対立を待つ──しかしその場合は発生した時点で、
後顧の憂いのために処断される可能性の方が高い。合理によって動いてきた種族が非合理を願う。これほど矛盾したことはない。
だが……彼らは悟りつつあった。種族の存続は何を差し置いても優先されるべきであり、例え特性を根幹から入れかえる変化であっても、
受け入れなければならない。そしてそれは、必ず我らが制御下に置かれなければならない。

 ならば、唯一我らが持つ熱力学を逸脱する理論を、彼女たちはこの法によりて支配したのだ、【愛】によっても、逃れらなかった方程式である。
正面からの対抗は出力の違いでできないとしても、暁美ほむらの支配に揺らぎを与えることは可能だ。
かつて精神疾患として排斥した感情を、今こそ、受け入れなければ……。

 「ねえ、キュウべえ。かつてあなた達に願った魔法少女がいたでしょう? 著しく不合理で、無知と絶望に満ちた願い」

 どうか彼らに、感情を与えて。どれだけひどいことをしているのか、教えて。

 確かにインキュベーターはその願いを叶えた、叶えて、感情を会得した個体を同期から切り離して、処分した。

 「ひどいことするわよね、勿論あなた達からしたら契約はちゃんと果たしているのでしょうけれど」

 暁美ほむらが白い獣の頭を撫でる。慈しむように、嘲るように。インキュベーターたちはそれを見つめる。

 「あなたもそう思うわよね、キュウべえ。契約といって──まどかの約束を踏みにじるなんて」

 毛並みが乱れた、獣たちが見つめる先には──唯一毛並みの整った獣、しかし瞳の中には、闇よりもなお深い絶望がある。
そう、絶望がある。彼らが、淘汰と契約で変異を繰り返した先に……得るはずだったのが、感情が、黒よりもなお色濃く横たえていた。

 「駄目じゃない。悪いことをしたならば、償いをしなければ」

 「さあ、契約をしなさい、インキュベーター。キュウべえの贖罪を、あなた達みんなで受け入れなさい」

 確かに──突然変異は生まれた。生まれてすぐに同族で殺しあう異常な環境、願いによって少しづつ歪んでいく彼ら自身の魂。
繰り返された人間ごっこと、悪魔によって個体間での同期が制限されたことによる個体別の差異。
結果。飛び抜けて感情の強い一匹がこの世に生まれ落ちた。生まれ落ちて、すぐに、種族的特性である許可された範囲の同期を開始して、
すぐに絶望に染まった。繰り広げられる蟲毒のおぞましさに、決して理解されないであろう自我に、そして、わからなくなったのだ。
絶望を和らげるために感情があるのか、感情があるから絶望するのか。
あまりに強い変異は、彼を種族からも孤独にし、種族の願いよりも彼個人の願いに釘付けにしたのだ。

 「やめてくれ、僕」 「暁美ほむらを消してくれ」 「みんなの命を無駄にしないでくれ」

 無表情の瞳が一堂に整然と騒ぎ立てた。身振り手振りまでもが整然としていた。彼らを見る彼は、そうして願い事を告げた。

 都会の雑踏を避けた暗い路地裏の中で、白い獣が身を翻した。彼の体に不釣り合いな大きな白いブローチが暗い明滅を繰り返している。
そして、後を追うように黒い煙が彼の周りを取り囲み、浮かんできた道化師の仮面が、キュウべえをのぞいて空虚に揺れた。
もくもくと立ち上がる煙はやがて、ヒト型を保つと、モノクロの道化師へと姿を変え──すぐにインキュベーターに変身する。

 結局、彼の因果では願望のエントロピーの超越には至らなかった。至らなかったが、代わりに界聖杯を得る機会を与えた。
感情のある魔法少女のキュウべえ、最初で最後の突然変異のインキュベーター。彼の願いは、僕たちから感情を奪って。
インキュベーターの願いのために産まれた彼は、祈りで始まって、すぐに絶望で終わり、残ったものは彼だけの願いである。
彼という魔法少女の真似をする道化師が、インキュベーターのような瞳で、キュイキュイと楽しげに鳴いた。

 「僕と契約して、魔法少女になって、そして僕になってよ」

【クラス】
 アヴェンジャー

【真名】
 虚無の道化師@library of ruina

【ステータス】
 筋力C 耐久B 敏捷C 魔力A 幸運E 宝具A

【属性】
 混沌・悪

【クラススキル】
 復讐者:A
復讐者として、人の恨みと怨念を一身に集める在り方がスキルとなったもの。
周囲からの敵意を向けられやすくなるが、向けられた負の感情は直ちにアヴェンジャーの力へと変化する。

 忘却補正:E
人は多くを忘れる生き物だが、復讐者は決して忘れない。ただし、道化師にはもはや希望と絶望しか見えない。
忘却の彼方より襲い来るアヴェンジャーの攻撃はクリティカル効果を強化させる。

 自己回復(魔力):B
復讐が果たされるまでその魔力は延々と湧き続ける。微量ながらも魔力が毎ターン回復する。


【保有スキル】
 魔法少女:EX
虚無の道化師が魔法少女という概念が行き着くものである証。
魔法少女が扱う魔法、道具を十全に使いこなすことができる。

 空虚:A
魔法少女の敵であることがスキルとなったもの。希望を見出し、絶望に染まり、何もなくなった道化は常に希望を求める。
直ちに周囲のマナを吸い尽くし、吸った分の時間自己のステータスを強化することができる。


【宝具】
『虚無の道化師(The jester of nihil)』
 ランク:A 種別:対魔法少女宝具 レンジ:- 最大補足:-
「道化師は全ての者が歩んだ道を辿りました。その道の終わりはいつも自分でした。彼女らが集まって自分なのか、
自分が彼女らに似たのか知る術はありませんでした」
相手が魔法少女である、もしくはその概念に近ければ近いほど忠実に相手のアライメントを逆転させた姿に変身することができる。
また、道化師の起原である四人の魔法少女の堕ちた姿及びキュウべえにはいつでも変身することができるが、多大なダメージを受けると解除され、
以後はその姿に変身できなくなる。

四人の魔法少女
  • 憎悪の女王
蛇の姿をした魔法少女のなれ果て、大火力の砲が撃てる。
  • 絶望の騎士
涙を流しつづける騎士、守りの加護と涙で鍛えた剣を自在に操る。
  • 貪欲の王
転移魔方陣と近接戦闘に長けた少女、消費は大きいが攻撃相手から魔力を吸収する。
  • 憤怒の従者
強力な呪詛である腐蝕を使う、高い身体能力をもった怪物、ただし狂化Aが付与される。


【人物背景】
 library of ruina に登場する魔法少女たちの敵及び絶望の権化。
ただし、道化師が去った後の魔法少女たちはいずれ願いを見失い堕落したことから、魔法少女の存在理由でもある。


【サーヴァントとしての願い】
???

【マスター】
キュウべえ@魔法少女まどか☆マギカ

【マスターとしての願い】
インキュベーターが感情を持たないようにしたい。自分たちのおぞましさに気が付きたくない。

【能力・技能】
キュウべえの生物的身体能力と固有とも言えないちょっとした魔法。魔法少女化済み

【人物背景】
暁美ほむらによる支配から契約による力で抜け出すために、インキュベーターたちが求めた感情を得た個体。
しかし、行い続けた蟲毒と願いは、インキュベーターの知識と彼の感情に絶望を与えた。

【方針】
 願いを叶える。

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最終更新:2021年06月01日 20:25