神だの仏だのを信じたことはなかった。
糞みたいな父親の元に生まれて育ち、子供ながらに思ったものだ。
この世はどこまで行っても人間の世の中で、皆が手を合わせてありがたがる尊い存在など所詮妄想の産物でしかないのだと。
そしてその考えに関しては、今この時も決して変わっちゃいない。
だが。それに限りなく近い、人智の及ばない領域が存在することについては、認めざるを得ないというのが本音だった。
黒一色の高級車。その運転席で、窓の外へと紫煙を燻らせながら。
遠くの夜空を見つめて――若琥会若琥一家二代目猪背組、猪背組系列滑皮組組長・滑皮秀信は述懐する。
「出来の悪い漫画だな。梶尾のアホが好きそうだ」
黒のスーツを完璧に着こなしている姿は上流階級の人間を思わせるが、しかして一度対面すればその印象は霧散するに違いない。
彼からは、あまりにも色濃い暴力の臭いが香っていた。
社会の裏側で今も確かに息をしている、道徳や倫理の通じない人種。
即ち、暴力団。ヤクザ。滑皮はひとえに、そういう言葉で呼称できる存在であった。
ヤクザの世界は過酷だ。
暴排法云々を抜きにしても、とてもではないが過ごしやすい世界ではない。
常に上下関係を意識せねばならず、それに逆らおうとした者の寿命は短い。
しかし何より厳しいのは、ただの一度の敗北も許されないことだろう。
ヤクザはメンツを大事にする生き物だ。そしてもちろん、それはただの見栄ではない。
メンツを潰されたヤクザは――舐められるのだ。たとえそいつにどれだけの力があったとしても、どれだけの勢力が付いていたとしても、一度潰されたメンツは決して戻らない。
折り曲げた紙をどんなに頑張って引き伸ばしたところで、刻まれた折れ目が消えることがないのと一緒だ。
そして、滑皮秀信は……無様に敗北し、メンツを潰され、更には再起のチャンスさえもを徹底的に剥奪された敗北者だ。
「まさか、冗談や酔狂以外で死刑って言われる状況が来るとは思わなかったぜ」
滑皮は、ある男を潰そうとした。
その男は滑皮の"オヤジ"の仇であり、そして昔からどうにも目に付くいけ好かない相手だった。
滑皮はありとあらゆる手段を使い、その男を追い詰め、破滅するように仕向けた。
絆を奪い、拠り所を壊し、逃げ場を塞いで服従と死の二者択一を突き付けた。
なのに――負けた。追い詰めた筈の鼠はしかしてただの鼠に非ず、滑皮という猫の喉笛を噛みちぎってのけたのだ。
罠に嵌められて敗けた男の末路は惨めだ。
罪人として警察に囚えられ、言い渡された判決は死刑。
長年苦汁を舐めながら登り詰めた地位も、築いてきた信頼も実績も、ただ一度の敗北によってすべて失墜した。
滑皮は、文字通りすべてを失ったのだ。なのに、どういうわけか。不可思議な奇跡に微笑まれて、此処に居る。
界聖杯内界。
今滑皮が居る"戦場"は、彼にとってはあまりに懐かしいシャバだった。
否、それだけではない。シャバだから懐かしいというわけでは、ない。
此処には、滑皮のせいで死んでいった人間が居た。
彼の覇道を信じて付いてきて、その結果虫けらのように死んでいった部下たちが――さもそれが当然のような顔をして、生きていた。
「……、」
梶尾。鳶田。
馬鹿で、阿呆で、けれど滑皮にとって間違いなく大切な人間だった二人の部下。
滑皮のせいで死んだ二人に、今の彼はいつでも連絡を取ることが出来る。それどころか呼び出して、顔を突き合わせて喋ることもできる。
それがこの界聖杯内界。たった一度の敗北ですべてを失った男に与えられた、最後の機会のフィールドだった。
馬鹿げている。これではまるで狂人の妄想だ。
ややもすれば、本当に全ては滑皮の夢でしかないのかもしれない。
娑婆に生き場所を失い、後は審判の結果と、その先にほぼ確実に待ち受けているだろう刑死の時を待つのみの身だ。
自分自身でも自覚しない内に精神が壊れ、こんな都合のいい夢を見て一人痴れている。
その結果がこの聖杯戦争なのではないかと自問しても、違うと強く断言することはできなかった。
そうだ――これは、夢なのかもしれない。
敗れた惨めな負け犬の自慰が生んだ蜃気楼でしかないのかもしれない。
だが。それでも。
滑皮秀信という人間は、安易な堕落や諦めに身を委ねられる性分をしていなかった。
悶主陀亞連合の頭をやっていた頃から今に至るまで、一度も途絶えたことのない滑皮の中の獣性。
或いは宿痾と、そう呼ぶべきなのかもしれない。少なくともこの性さえなければ、彼がああも悲惨な末路を辿ることはなかった筈だ。
人間の頭に躊躇なく金属バットを振り下ろせる凶暴性がなければ。
抗争相手の唇を切断して尚顔色一つ変えない残忍さがなければ。
そして、舎弟の死に動揺するような人間味がなければ。
滑皮は――こんな"行き止まり"に迷い込むことは、なかった筈なのだ。
その手に握った銃を、窓から出して夜空に翳す。
使い慣れた得物だ。実際にこれで人間を撃ち殺したこともある。
この聖杯戦争においてもそれは変わらない。
滑皮秀信の得物は、銃。そして彼と因果が繋がった存在もまた、銃であった。
滑皮は一度も自分のサーヴァントを見たことはない。
正確に言うならば、出すべき状況に立たされたことがない。
そしてそのことは滑皮にとって実に幸いだった。
もしも出さねばならないような事態になっていたのならば、その存在は十中八九全てのマスター達に知れ渡っていただろうから。
「こんな力があれば梶尾を殺されることも、丑嶋の野郎に嵌められることもなかったか」
滑皮の号令が一つあれば、それだけでこの都市に"災害"が吹くのだ。
魔術師ではない故に魔力のストックが貧弱な彼だが、それでも此処では令呪という便利なブースターがある。
試したことはないが、マスターとして"それ"とパスが繋がっている為だろうか。本能的に、分かるのである。
出せば、それだけで全てが終わると。
数を集めて特攻を掛ける必要もない。
金を積んで暗殺者を雇う必要もない。
令呪を使って魔力を補い、一言命令すればそれで終わる。それだけで、滑皮秀信は勝者になる。
悪魔の如き"銃"が、辺りの全てを射殺してくれるから。
ヤクザとして人脈を作り、金を集め、あの手この手で敵を排除してきたのが途端に馬鹿らしく思えてくるほどの"力"。
感覚的には核爆弾の起爆スイッチを手に入れたのにも近いが、しかし滑皮の心は何処か虚しさを覚えていた。
これ以上ないほど強い武器を持っているというのに、何故だか心が不合理な渇きを覚えている。
「下らねえ。余計な感傷だ」
百の手順を踏んで勝つのと一の行動だけで勝つのとでは、どちらが優れているのかなど瞭然である。
滑皮は脳裏を過ぎった感傷を切って捨て、ベンツの窓を閉じた。
"悪魔"は最強の銃(チャカ)だ。
だが、実際のところは行動一つ起こせば勝てるというほど単純なものでもない。
カードを切れる回数が限定されているのだから、まずはその状況を整えるためのお膳立てをする必要がある。
この界聖杯内界に居る梶尾と鳶田にも、その一助を担って貰うことになるだろう。
やらねばならないことは山積みだ――ひとつでも怠れば、その横着がそっくりそのまま死出の山へのロープウェイになりかねない。
災害の如き、大量殺戮の悪魔。
《銃の悪魔》と呼称されたそれを、世界各国が抑止力にしようとしたそれを、冷たい眼のヤクザは今自分の武器として首輪に繋いでいる。
しかしそれでも、彼の中の虚しい渇きが消えることはなく。
そしてその理由を、滑皮秀信が理解することもない。
彼は――それが分かるような生き方をしてこなかったから。
もしかするとそれが、彼の人生を破滅させた金融屋と彼の一番の違いなのかもしれなかった。
【クラス】アーチャー
【真名】銃の悪魔
【出典】チェンソーマン
【性別】不明
【属性】混沌・悪
【パラメーター】
筋力:C 耐久:B 敏捷:A 魔力:A+ 幸運:E 宝具:B++
【クラススキル】
対魔力:B
魔術発動における詠唱が三節以下のものを無効化する。
大魔術、儀礼呪法等を以ってしても、傷つけるのは難しい。
単独行動:A+
マスター不在でも行動できる能力。
マスターを失った場合、銃の悪魔は荒れ狂う災害となって解き放たれる。
【保有スキル】
悪魔:A++
動植物や概念などあらゆるものの名前を持って生まれてくる、人知を超えた怪物。
人間がその名前を恐怖・嫌悪するほど力を増す。
アーチャーは文字通り世界中から恐れられた悪魔であり、ランクは非常に高い。
広域殺戮:A
広域に渡る殺戮。
不特定多数の標的に向けた攻撃行動時にプラス補正を得る。
逃走行動:B
自身の霊核が破壊され、現界の維持が不可能になった時に発動できるスキル。
周囲に存在するランダムな死体に憑依し、対象を"魔人"と呼ばれる存在に変質させる。
魔人となった人物の自我はほぼ失われ、頭部からは巨大な銃が生え、大元と同様の銃撃能力を得る。
【宝具】
『銃の悪魔(The Gun Devil)』
ランク:B++ 種別:対人宝具 レンジ:1~50 最大補足:1000人
銃の悪魔。人間界において最も恐れられ、出現する度に天災に匹敵する被害を齎してきた存在。
無数の銃弾を用いて、極めて広範囲を対象にした銃撃攻撃を行うことができる。
生まれた月や性別、年齢など条件分けして狙い撃つことも可能であり、その殲滅能力は極めて高い。
が、その霊基の巨大さは常時現界させておけるものではなく、更にマスターである滑皮秀信が魔術の素養を持たない人間であることも相俟って、銃の悪魔を現界させるには都度令呪一画を要する。
【weapon】
銃弾
【人物背景】
世界的に大きな影響力を持つ悪魔。
原作の時代から13年前、紛争などにより世界的に銃への恐怖が高まっていた中、アメリカで銃を用いた大規模なテロが起こった日に出現。
その後世界各地に上陸し、およそ7分間で約110万人を殺害したとされる。
【サーヴァントとしての願い】
???
【マスター】
滑皮秀信@闇金ウシジマくん
【マスターとしての願い】
未定。だが、界聖杯は掌握する。
【能力・技能】
ただの人間だが、敵対者に対して一切の容赦をしない冷酷さと残忍さを併せ持つ。
一介のヤクザ者としては部下からの人望も厚く、本人は腕っ節と知略の両方を高い水準で備えている。
【人物背景】
若琥会若琥一家二代目猪背組、猪背組系列滑皮組組長。
暴走族時代から敵対者の唇を切断するなどの凶行で恐れられ、地元では「絶対に逆らってはいけない人物」と言われていた。
しかし情がない人物というわけではなく、部下を惨殺された際には怒りと喪失感を示すなど、人間味もある。
復讐のために金融屋・丑嶋を追い込み、様々な策で追い詰めるが、あと一歩のところで嵌められ殺人罪で警察に逮捕された。
【方針】
生き残り、聖杯を手に入れるべく動く。
早い内に協力者を手に入れ隷属させたい。
最終更新:2021年06月02日 20:17