なぜか耳当てをした眼鏡の中年男性。帽子を被った精悍な中年男性。
ふたりの男はビルの一室で立っていた。
どちらも外見そのものはどこにでも居る(片方の耳当てを除けば)ただの企業人のようなものだが、立っている場所はにつかわしくない。
そこは東京でも屈指の暴力団事務所の中だった。
なんらかの陰謀か脅迫で拉致されたのかと思いきや、どちらも一切うろたえるでもなく周囲を観察している。
むしろ、集結した組員の方がどこか緊張しているくらいだった。
彼らは穏やかな口調で、暴力団と交渉らしきトークをしていた。
「ふむ。ではどうしても君たちのボスには会わせられないと?」
「当然だろうが! なんの権利があって……」
凄みながら集まる面々。なぜたかがふらっと入ってきた男ふたりに対して組員が総出で集まって脅しをかけているのか。
当の組事務所のメンツも不可解な感情を覚えていた。
いや、そもそもどうやってこいつらは入ってきたのか。
組員たちは彼らが事務所の中に来た瞬間を誰も知覚てきていなかった。
気付いたら、このふたりはすぐそこに居て「君たちのボスに会わせろ」と言ってきたのだ。
「組長はお前らみてえなやつらと会う暇は」
「誰が組長と言ったんだい? 僕たちは「ボス」と言ったんだよ」
耳当てをした男の言葉に、凄んでいた面々の顔色が悪くなる。
「いいから出したまえ。君たちの裏に「キャスター」がひそんでいるのはわかっている……」
その単語を聞いたとたん、事務所の構成員は武器を取り出した。非常事態の仕掛けのような、自動的に制御されたかのような異常な動き。
銃刀法に違反してこそいるが、ただの凶器であるはずのもの。
だが、聖杯戦争に関わるものが見れば、魔術によりなんらかの神秘を帯びているのは明らかだった。
魔術的な強化をされたケダモノの群れに囲まれたような状態。
だが、それらを見る男……マスター、高槻巌。
そしてそのサーヴァント、小須田義一は全く動じず予想通りだと納得するだけだった。
「反社会的組織に術を授け、裏から動かす。なるほどこの様変わりした東京では有効な手段だ。ここまで暴力団の規模が大きかったりするのは、おそらく多数の世界の常識や環境が混ざっているからこその世相のズレか」
「だがギャングの手口なら僕もよく知っている。なにせ説得してボスだったこともあるからねぇ」
「説得……それはまた凄い。私は壊滅させるのが手いっぱいで」
あまりに落ち着いた会話をするその様子を、不気味に思った組員が襲い掛かる。
が、ナイフを振りかざした男、魔術で強化されたチンピラは、マスターである高槻が少し触れただけの動きで跳ね飛ばされ、瞬時に気絶した。
その倒れた男を決戦の幕開けとして、魔術強化組事務所と2名の戦いが始まった。
「ほう。中国拳法……少林拳。それに相撲ですか。小須田さん」
「よくわかりますね。そちらは古武術ですか? 高槻さん」
「ええ、それと忍術を少々」
そういいながらポンポンと互いに組員を吹き飛ばすふたり。
取引先との歓談のようにリラックスした会社員2名という状況に、やられっぱなしのひとりが激怒する。
「ち、ちくしょおおおお!」
隠し持っていたマシンガンが乱射される。だが、
「じゅ、銃弾を避けてやがるっ!」
プン、プンッと消えては弾が空を切る。
ただの銃弾など、このふたりならば目をつぶっても軌道を読んで避けられる。
殺気が。
挙動が。
なにもかもが、露骨。
この程度の相手の銃撃が「彼ら」に当たるわけがない。
(どうなってるんだアイツら!? 真後ろから撃ってるのにどっちもカスリもしねえ!)
耳当てをした一見すると人の好いマヌケそうな方の男、小須田がスッと手をかざしただけで転倒し無力化される、マシンガンを構えた組員。
速いだけじゃない、流れるような無駄のない、それでいて読めない動き。
人間ではなく流水を相手どっているかのような感覚。
約1分後。
事務所の一室はいつの間にかキャスターに仕掛けられていた組員ごと巻き添えにするトラップごとなにもかも解体されていた。
やがて、憔悴しきった若頭らしき上の組員が、瞬殺されてはいても誰も死んではいないことに気付く。
流れ弾で死んだ相手すらいない。おそらくはそこまで含めての手加減だろう。
誰ともなしにうめくように、
「いったいなんなんだ……お前ら」
次元の違う強者に対し恐慌をきたしたための、まともに答えがくると期待したわけでもない言葉なのだが。
ふたりは意外にもその問いにはっきりと答える。
「私たちかね? 私たちは通りすがりの――」
「そう、僕たちは日本の(ジャパニーズ)――」
「「サラリーマンさ」」
ぽかんとする面々を横に置くと、事務所ビルにおけるキャスターの位置を、観察で得た情報で割り出したふたりは猛然と走っていった。
片方はちょっと浮かんでいた。
●
サーヴァントの手先となっていた暴力団を、黒幕のキャスターごと壊滅させひと仕事終えると、小須田と巌はスーツ姿のままバーで酒を酌み交わしていた。
あたかも一般商社のサラリーマンが同僚と飲んでいるだけの光景にしか見えない。
しかしこれは軍隊よりも恐ろしい「個人」が情報を交換している場面なのだった。
「でもサーヴァントとマスターが居ることを加味しても、ニューヨークより全体的な治安は今のところ良いんじゃないですかね。紛争地帯みたいにしょっちゅう弾丸が来ることも無いし」
「ああ……確かあなたもニューヨークに。奇遇ですね、私もハーレムでマフィアを相手にしていましたよ。子供たちに道場で武術を教えていて……」
互いに情報交換で思い返すのは各地の危険な場所での戦歴や助けてきた人々との話。
しかしサーヴァントサラリーマン・小須田義一の仕事の中にはマスターである高槻巌にとってもおかしな物もあるようで、
「高槻さんの度胸なら演劇もできるかもしれませんね。僕も歌劇のアンドレ役で大ヒットしたことがありますよ!」
「いやぁ、そういう華やかな方面はいささか恥ずかしいもので。本当に多才でいらっしゃる……」
などという変な体験談の会話にも行ったりと、お互い刺激的なものがあった。
「しかし……小須田さんは、願いなどはあるのですか?」
少しして、小須田の動向を見極めるように、巌はやや鋭い目で聞いた。
小須田は……困ったように返した。
「……ちょっと、よくわからないですね。自分で何かを願って蹴落とす……と言うのは経験が無いので。ほとんどの人生、誰かに従ってばかりで……」
「だが、あなたは生涯において私を突き放すほどに多種多様な活躍をしているはずだ」
「誰かに言われて、ですがね。あなたほど自分の意志で進んだ経験はない。確固たる意志で自らの道を決めたことなんて……数えるくらいしかありませんよ」
お互い戦ってきた。救ってきた。あがいてきた。一流のサラリーマンとして。だが、やはり違うのだと小須田は言う。
意志が違うと。
「僕も毎回命じられた時は誰かのためになるだろうと思ってがむしゃらに仕事をこなしました。でも、頑張っても色々食い違って家族は離れていった」
「……悔いてますか?」
込み入った家庭の事情だ。あまり否定をすることもできなかったが、マスターとして知った小須田義一の人生。巌の目からも彼の妻や娘、会社がしてきた所業はさすがに度が過ぎていた。
だが、それでもこの男は自らを犠牲にして世界と家族を救ったのだ。
その末路が、話題作りとして家族の食い物に墓すらぞんざいにされるようなものだとしても。
死後の小須田は、霊として一度現世に顕現した経験がある。サーヴァントになる前からその事実を知っていた。
巌の質問に、小須田はいつものコミカルなノリとは違う沈んだ口調で返す。
「かなり。離婚した妻がその後にちゃっかり僕に生命保険を勝手にかけてたのはさすがに後から知ってびっくりしましたよ。離婚したのに僕が死んだ後に「ジャパニーズサラリーマンの妻」って自伝出版で大儲けしてたし」
さすがの何事にも動じない高槻巌もこれにはどう返していいのかわからず、一筋の冷や汗が額に浮かんでいた。
小須田は一連の事実や現状を思い返し、もう絶望と言うより呆れるような顔をして……
「けど」
今までを思い返して、決して嫌な相手だけではなかったと続ける。
「みんなを助けることができた。家族も。仲間も。少林寺の弟子も。ドラキュラ伯爵、アトランティスのご近所さん。ヒラリー。それに今まで部下になってきた人々全員を。それだけは、後悔してませんよ」
わが身を犠牲に巨大隕石から地球を救ったことは間違ってなかったと、小須田は断言した。
あの時だけは、上からの命令に対しての諦観ではなく。自らの意志でやったことなのだと。
「そうですか……」
小須田の生涯を聞いて巌もまた、己自身の人生を振り返って……
私は、家族を守れませんでした。
そう言った。
高槻巌がそのような後悔じみた暗い心境を示すのは、珍しいことだ。いや、皆無と言っていい。
だが、小須田義一という立場の相手にいつしか彼は自らの人生を紐解いていた。
それは小須田という男が腹を割って自らの暗い部分を話してくれたことと、彼の持つ不思議なカリスマもあってのことかもしれない。
「妻と子は今でも元気です。だが、弟だけは……崖は」
力に溺れた弟。怯えていた弟。故郷の村を自ら滅ぼした悪しき弟。自分と戦った弟を思い出す。一族で唯一覚醒した、強大な過ぎた超能力でその身を滅ぼした弟、高槻崖。
倒すべきだと覚悟しての介錯だった。
既に崖は止めなくてはならない邪悪と化していた。戦い、討つべき相手だった。その決断には今でも迷いはない。
だが、弟にトドメを刺す前に。ああなってしまう前に。本当なら、肉親としてもっと救える「なにか」があったかもしれない。
奇しくも小須田と同じく隕石……こちらは珪素生命体からの危機だが、その脅威と取り巻く陰謀から地球は救われ、息子は成長した。
巌と同格の傭兵として戦ってきた妻も元気で主婦をやっている。
だが、実の弟だけは失ってしまったのだ。この、自らの手で。
沈黙が続く。グラスの中で溶ける氷がカラン、と鳴った。
「高槻さん」
と最初に沈黙を破ったのは小須田だった。
「あなたはそれでも帰る場所を残せた。一家の大黒柱として、奥さんも子供も確かに居る。それは僕ができなかったことです。
僕は家庭に亀裂を入れ、家族だった人間すら僕を食い物にするような人間へと変えてしまった」
「…………」
家族は守れたが、家庭を失い死んだサラリーマン、小須田義一。
家庭は守れたが、家族を失い生き延びたサラリーマン、高槻巌。
まるで鏡合わせのような組み合わせだった。
「高槻さん。戦いましょう。サラリーマンとして、誠意ある戦いを。そして帰るべきだ。家族の元へ」
「ええ。サラリーマンとして最後まで諦めず立ち向かうとしましょう。我々の「意志」で」
ふたりは笑い合うとグラスを傾ける。
もう、湿っぽい空気はどこかへ吹き飛んでしまっていた。
「しっかしあの時のキャスターの防衛網はCIAに潜入した時を思い出すなぁ~」
「あぁ、CIA……あそこは確かに結構面倒な場所ですね」
無数のトラップ。魔術。そんな脅威はこのサラリーマンたちからすると児戯に等しい。あらゆる障害を粉砕してこそのサラリーマン。
「それは絶対サラリーマンのやることじゃない」と突っ込める人間は、そこに存在しなかった。
【マスター】
高槻巌@ARMS
【マスターとしての願い】
大人として事態を見極め、責任ある社会人として聖杯戦争で危険な相手に対処する。
【能力・技能】
「水の心」と呼ばれる高度な戦闘技能と体術の持ち主。これにより不可視無音の攻撃をも容易に殺気を読んで避け、人知を超えたパフォーマンスを発揮する。
また忍術の使い手で、あらゆる銃器や道具を使いこなし潜入工作や破壊工作を得意とする。機材さえそろっていれば核ミサイルにも対処が可能。
【人物背景】
「風(ウィンド)」「静かなる狼(サイレントウルフ)」呼ばれる世界各地で活躍する伝説の傭兵。しかし表向きは「単身赴任のサラリーマン」と言っている(妻も同格の伝説の傭兵なのだが、やはり日頃は普通の主婦をしている)
元は役小角の血をひく末裔の、超能力者の力が発現しうる村の出身。だが、彼自身は術や超能力の素養は特に無く、その力が発動したのは弟の高槻崖。
力が発動した弟に対し兄として庇っていたが、結局弟は村との軋轢により感情を暴走させ秘密結社エグリゴリに村の存在を密告。村は壊滅し兄弟の因縁となる過去を持つ。
本編では珪素生命体の実験に用いられるデザイナーズベイビーの赤子を引き取り、息子の高槻涼として愛し育ててきた。
やがてエグリゴリによる珪素生命体の兵器「ARMS」の事件が勃発し、そのARMSの完成体を取り込んだ弟、崖と交戦。
崖の扱う空間断裂にも対処し見事討つことに成功、一連の地球を滅ぼしうる珪素生命体の陰謀からも生還する。
その後も世界中で単身赴任のサラリーマンとして活躍し続けている。
【方針】
危険な因子を見つけた場合介入。特に聖杯をどうこうはしないが、他の組の動向は観察する。
【クラス】
サラリーマン
【真名】
小須田義一@小須田部長(笑う犬番組内コーナー)
【パラメータ】
筋力A 耐久A 敏捷A 魔力C 幸運E 宝具B
【クラス別スキル】
命令遂行:A+
令呪による命令をブーストしてより確実に叶えるエクストラクラス・サラリーマン特有のスキル。
反面、より令呪に逆らいにくく嫌な命令であろうと従わざるを得なくなる。
A+ともなればどんなに理不尽で曖昧な命令であろうと、高い対魔力があろうと令呪に逆らう事はほぼ不可能。
【保有スキル】
カリスマ:B
あらゆる人間、動物や人外などと心を通わせる人心掌握術にして天性の才。
ほぼいかなる初見の存在とでも一定期間あれば自在に指揮し任務を遂行する事が出来、極限の人望と言えるレベルに達している。
が、何故か家族や元の会社の同僚など元々の近しい人物には全く通用しなかったのでランクはBになっている。
専科百般:EX
いかなる無茶振りにも短期間で応えてきたことからくる器用万能の才。
あらゆる言語の活用、格闘技、潜水艦などの操縦、探索から歌劇、スポーツ、メイク、潜入など様々な技法を身に着ける。
また必要とあれば未知の技術でも新たに習得が可能。
中国武術:A++
少林寺1523人の猛者を命がけで全員倒し、指導者と成り得た中華の合理。
また数々の過酷な任務で得てしまった超絶的な肉体と戦闘能力に関する総合的要素が専科百般から独立したスキル。
敵の技を一歩も動かないまま容易く避け、触れずとも気功のみで敵を打破し、振り向きもせず背後から迫る達人の銃弾を交わし、ミサイルを何日も支え続け、空中を走り国家規模の距離を移動する事すら容易い。
【宝具】
『頑張れ負けるな力の限り(ジャパニーズ・サラリーマン)』
ランク:B 種別:対人宝具 レンジ:- 最大補足:-
あらゆる難問に対し行動を続行させる宝具。いかなる状況下でも諦めない限りマスターからの魔力供給なしで半永久的に行動し続ける事が可能。霊核を破壊されても一定時間は活動できる。
ただし相応の苦痛は負う上に、マスターの(小須田当人の目的や願いではなく)戦いに対するテーマ、即ち聖杯戦争ならばそれに対する目的を達成した瞬間この宝具は使用不可能になる。
また自動的に戦況に応じて「いるもの」と書かれた段ボール箱から日用品や工具、乗り物などの道具を出すことができ、全て真名解放などの能力はまるでないが最低限の神秘を持った(Eランク相当)の宝具を備品として使用できる。
特に直接必要ないものも意識すれば「いらないもの」段ボール箱から出すことも可能。
『小須田部長の生涯(ノープライバシー)』
ランク:C 種別:対人宝具 レンジ:∞ 最大補足:∞
自身の経歴や能力、状況を具現化した映像やテレパシーなどで伝える事ができる宝具。戦況や情報を知らない人に説明する必要が有るときは瞬時に伝えられる。
ただし(ある程度までは限定や操作できるが)自身の伝えたくないような生涯の情報、死に様や経歴まで相手に開帳してしまうという欠点がある。
【人物背景】
元は平凡だが優秀なサラリーマンだった。だが社長の物まねをして怒りを買い(何故か楽しんでいた他の同僚は怒られてない)
北の支社に左遷させられたのを皮切りにあらゆる地域、環境で異常な任務を請け負わされた不遇の男。
妻子とは別居しているが、部下の原田に勝手に離婚届を提出され知らぬ間に法的に他人となっていた。
また娘エミリはAV女優を経て小須田の務める会社の会長と結婚し後に遺産と地位を相続、妻の益江も社長と再婚し、両者共に小須田の上司に。
その前後から段々左遷させられる理由が投げやりになっていき、完全に元妻と元娘の暇つぶしや面白半分な理由で過酷な任務を強いられるハメになる。
国防に関わる違法じみた行為まで実行させられ、死ぬのを前提に命令をことづかり、軽い理由で暗殺者を差し向けられるなど完全に人権は無視された。
最後は業を煮やした小須田自ら役員会に干渉し社長に解任を要求、反旗を翻そうとしたがその時地球を滅ぼす隕石が来襲。
地球の危機に対し初めて会社からの命令ではなく自ら決断して隕石を爆破するためロケットに乗る事を自ら志願する。
見事ロケットを着陸させ帰還しようとするが誰も小須田が生きて戻る気がないのだと思い込んでおり帰還用の燃料を入れなかった。
彼は最後、離散してしまった家族の幻影を見ながら自爆スイッチを押し地球を救い死んだのであった。
【サーヴァントとしての願い】
無い。ただ、サラリーマンとして恥じぬ生き方をする。
最終更新:2021年06月03日 21:03