その気配を感じた瞬間、英霊達は言葉を失った。
 何かが、視ている。空の向こう、否々もっと遠くからか。
 何か途方もなく大きなモノが、此方を、視ている。
 気勢も吐いた覇もすべて虚仮威しではない本物だからこそ、彼らは瞬時に悟っていた。

 自分達は今此処で、決断を下さなければならないと。
 英雄の誉れも戦士の誇りも捨てて、匹夫の野盗のように逃げ出すか。
 それともすべてを御破算にする覚悟を決めて、この場に残った戦力のすべてを以って突撃するか。

 矜持を捨て切れなければ死ぬ。
 覚悟を決め切れなければ死ぬ。
 今は敵も味方も関係なく、全員で一丸となって動かなければ死ぬ。
 英霊に死はない。ただ英霊の座に帰り、次の召喚を待つだけだ。
 しかしそれでも。この場に居合わせた――居合わせてしまった三騎の英霊は、皆一様に存在しない筈の"死"を幻視していた。

 やるしか、ないのか。

 誰かがそう呟いた――けれど誰もそれを責めない、その弱気を責められない。
 こんなものを前にして日頃の威勢を保てる者は余程の傑物か、もしくは力の差というものの分からない阿呆の両極端に違いあるまい。
 それほどまでに、今彼らが見上げている存在は頭抜けていた。


 始まりは空だった。
 渦潮か竜巻か、或いはその両方を思わせる――渦動する雲。
 地の底から響くような音と共に、"それ"は渦の中から現れた。
 青い鱗を持つ、一匹の龍。思わず言葉を失ってしまうほど大きく雄々しく、荒ぶる神のように大胆不敵。
 神秘隠匿の原則など弱者の戯言だと言わんばかりにまろび出た龍は、そのまま人の姿へと変じたが。
 天空から大地へと墜ちてきた"それ"を人と呼んでいいのかは、甚だ疑問であった。

「脆弱(よえ)ェな」

 角があった。背丈が異常に高かった。
 巨人の如き骨格を覆う筋肉を形容するには、巌、山岳、否々それでもまだ足りない。
 金棒を握り、失望したような言葉と共に地へ立ったその男。
 彼の威容はこの国に伝わる、とある空想存在のそれに酷似していた。

「肩慣らしだ。少しは保てよ? 英雄なんだろお前ら」

 ――鬼、である。

 酒の匂いを漂わせ、歩く度に地面を軋ませ。
 眼光は歴戦の勇士の心胆をも寒からしめる。
 そんな鬼が、理不尽という言葉を体現するような怪物が。
 この日初めて、界聖杯内界。東京という名の都に、降り立った。


◆◆


「派手にやったな。まだ初戦だぞ?」
「だからこそだ。サーヴァントってのが一体どの程度"やれる"のか、確かめておきたくてな」

 その後のことを語る意味は特にない。
 見応えなど何もない、ただただ順当な虐殺が行われただけだ。
 彼は、カイドウは、ただ得物を振るって敵を殴っただけ。
 それだけで敵は簡単に総崩れになり、一度殴る度にどんどん弱っていった。
 少し力を込めれば一騎消えた。またもう一度力を込めれば、同じことが起きた。
 臆病風に吹かれた最後の一騎に事もなく追いついて、また殴って、それでお終い。

 さながら、象が逃げる鼠を淡々と踏み潰すような。
 英雄、偉人、怪物犇めく聖杯戦争の舞台にはあるまじき――虐殺劇。
 故にこそ、その始終を記すことはしない。
 そんなことをしたとて、それは"断末魔の書き写し"以上のものにはならないのだから。

「予想通りだ、悪い意味でな。
 あの程度の連中なんざ、新世界の海にはゴロゴロ居た」
「手厳しいな~、総督殿は。
 けどなぁ、流石に酷ってもんだろそれ。アンタを基準に考えられたら、皆堪ったもんじゃないと思うぜ」
「だったら、ハナから人類史をひっくり返した大戦争なんてでけェ言葉を使うんじゃねェよ」

 不機嫌そうにそう告げて、カイドウは片手に握った巨大な徳利を傾ける。
 限りなく百パーセントに近い度数の酒をこの勢いで呑むのは、しかし彼の日常だ。
 彼は英霊となる前から、既に無謬の肉体を持っていた。
 病に罹らないなんてチンケな話ではない。彼には炎も効かなければ、ギロチンの刃も通らなかった。
 さも、それが不変の"理屈(ルール)"だとでもいうかのように。
 彼は、カイドウは――あるがままに、最強であり続けた。

「せめてリンリンくらいの奴が居なきゃ話にならねェ」
「それ、話に聞く限り災害の擬人化みたいなイカレ婆さんだろ?
 もうちょっと人間に寄り添った期待をしようぜ、カイドウさんよ」
「あ? おれがいつリンリンのことをお前に話した」
「おいおい、あんた酒に酔うと聞いてもないこと延々喋るだろ~?
 あんたマジで酒止めろって。医者からのアドバイス兼、マスターからのお願いだ」
「ウォロロロロ……なら令呪でも使うか? 皮下」
「ははは、禁酒させる対価にそのでけー金棒でぶん殴られるのが見えてんな。忘れてくれ~」

 そして、その怪物を引き当てた男はと言えば。
 一見すると、人畜無害にしか見えない優男だった。
 白衣は似合っているが、医者にしては何処か軽薄な印象を受ける。
 されど、侮るなかれ。この男はカイドウのような"強者"のベクトルでこそないものの、しかし紛うことなき怪物なのだ。

「まあ、それはさておきだ。
 あんたがあの程度のサーヴァントなら無傷で瞬殺出来る化け物だって分かったのは収穫だったよ。
 認めるさ、最強の名に偽りなしだ。何かと運に恵まれない俺にしちゃ珍しく、一等賞の当たりクジを引けたらしい」

 ――皮下真
 社会の裏側で暗躍する機密組織、《タンポポ》の幹部。
 その見た目は何処をどう見ても二十そこそこの青年だが、実年齢は百を優に超えている。
 大戦期から今に至るまで、自然の道理を飛び越えて生き永らえ続け。
 人の身には余る理想を抱き、それを実現するため、大勢の命を犠牲にしてきた"怪物"。

 怪物と怪物が轡を並べて聖杯を目指すという、悪夢のような現実。
 それが今、界聖杯内界……もとい。
 そこに接続された、カイドウの宝具たる"異界"の内側に広がっていた。

 『明王鬼界・鬼ヶ島(みょうおうきかい・おにがしま)』。
 明王と呼ばれた最強生物、カイドウが数十年に渡って根城とした文字通りの"鬼ヶ島"。
 固有結界とは似て非なる、しかし負けずとも劣らない怪物の住処。
 此処こそが、カイドウの居城。そして外道・皮下真のラボラトリー。

「ま、これからもビジネスパートナーとして宜しく頼むぜカイドウ。
 俺も精々あんたの機嫌を損ねないように頑張るさ。
 あんたは俺の胃に潰瘍ができない程度に好き勝手暴れてくれりゃそれでいい」
「言われずともそのつもりだけどよ……そういえば、お前の願いを聞いたことがねェな」

 ぐび、ぐび、と。
 そんな音を立てながら酒を呑み、カイドウは問う。

「お前は何を願うつもりなんだ、皮下。
 富か? 名声か? それとも無限の命か?」
「おいおい、そんなもの。もう全部持ってるぜ、聖杯に頼るまでもない」

 はぐらかしてもいいと言えばいいのだが、この怪物は何かと怒らせると怖い相手だ。
 それに、そもそも隠し立てするようなことじゃない。
 皮下はカイドウへと、やや逡巡してから口を開いた。

「種をまきたいんだよ。うんと綺麗な桜の種をな」
「あァ? 何だそりゃ」
「それさえあれば全人類が等しく横並びになれる。
 桜の種は福音なんだ。あらゆる人間の身体から、満開の花を咲かせてくれる」

 皮下真という人間は、端的に言って外道である。
 人の命の重みを理解しない。駒のように切り捨て、泣くでもなくただ笑う。
 それでも、皮下の理想は紛うことなき人類のためを想ってのそれであり。
 だからこそ、異様すぎた。なまじ才を持ってしまったからこそ到達出来た思想、ひとつの極致。
 それを、彼はこう呼んだ――"種まき計画"、と。

「ま、要するに世界平和さ。
 格差のない、真に平等で平和な世の中を作りたいんだ」
「物好きな野郎だな。そんなつまらねェことのために聖杯を使うのか」
「価値観は人それぞれだよ、カイドウ。
 俺に言わせれば、戦争をしたいっていうあんたの願いも大概理解出来ないぜ。
 放っておいても蛆みたいに涌いてくるだろ、戦争なんか」
「ウォロロロロ! ……ああ、そうかもな。こいつは一本取られたぜ」

 彼らの望みは、真逆だ。
 皮下はどれだけ歪なれども、救済の下りた世の中を願う。
 一方でカイドウは、混沌の吹き荒れる戦乱の世を願う。
 彼らの道は決して交わらないが――それを交差させるのが、界聖杯という"神"だ。

 タンポポの大幹部、百年に渡り歴史の闇で暗躍を重ねた怪物はこの世における最強の生物を引いた。
 四皇。明王。最強生物。鬼。龍。百獣の、カイドウ。
 それがどれだけの破壊を生み得る存在かを理解しながら、しかし皮下は止まらない。

 死に逝く時を待つだけの灰色の生涯で、初めて見れた夢なのだ。
 彼女が。あの麗しい桜が、見せてくれた夢なのだ。
 ならば叶えねばなるまいと、皮下は思う。
 たとえ、どれほどの悲劇と血を生もうとも――種をまく。

 すべては、満開の桜が満たす理想の社会を実現するために。
 それだけのために、今あらゆる悲劇が是認された。
 界聖杯はすべての願いを受容する。すべての手段を受容する。
 願いを叶える、その道程には――善も悪も、嘘も真も。ありはしないのだから。


【クラス】ライダー
【真名】カイドウ
【出典】ONE PIECE
【性別】男性
【属性】混沌・悪

【パラメーター】
筋力:A++ 耐久:A+++ 敏捷:B+ 魔力:B 幸運:D 宝具:A

【クラススキル】
対魔力:B
 魔術発動における詠唱が三節以下のものを無効化する。
 大魔術、儀礼呪法等を以ってしても、傷つけるのは難しい。

騎乗:A
 幻獣・神獣ランクを除く全ての獣、乗り物を自在に操れる。

【保有スキル】
悪魔の実:EX
 ウオウオの実幻獣種、モデル"青龍"。
 これを食べたカイドウは伝説上の生物・青龍に変化することができる。
 熱息や鎌鼬など龍の生態通りの攻撃を放てる他、雲を生み出し物体を浮遊させる、天候を自在に操作するなどその権能は多岐に渡る。
 特に熱息の威力は絶大で、山頂諸共城跡を粉々に消し飛ばすほどの威力を誇る。

覇気使い:A+
 全ての人間に潜在する"意志の力"。
 気配や気合、威圧、殺気と呼ばれるものと同じ概念で、目に見えない感覚を操ることを言う。
 カイドウは最高レベルの覇気使いであり、覇王色を"まとう"ことも可能である。

嵐の航海者:A
 船と認識されるものを駆る才能。
 集団のリーダーとしての能力も必要となるため、軍略、カリスマの効果も兼ね備えた特殊スキル。

酒乱:B
 デメリットスキル。
 カイドウは非常に酒癖が悪く、深酒をして暴れることも多い。
 飲酒時にLUCK判定を行い、失敗した場合は酔いが冷めるまではマスターの指示が通じにくくなる。

【宝具】
『最強生物・百獣之皇(ストロンゲスト・ワン)』
ランク:A 種別:対人宝具 レンジ:- 最大補足:-
カイドウの肉体。この世における最強の生物と謳われた"皇帝"の全て。
体表の全てが極めて堅牢で、元の世界では内部に衝撃を直接流し込む特殊な技術がなければ攻撃を通すことはほぼ不可能とされていた。
無論それだけではなく、パワー、スピード、そしてタフネスさと全能力値が異常に飛び抜けた領域に達している。
そこに彼自身の武技が加わることにより真っ向からの打倒は極めて困難であり、最強の名に違わない圧倒的な強さを実現している。
一定以下の威力の攻撃を無効化し、その篩いを超えたとしても固定値分被ダメージを軽減する。
この性質は魔術的な攻撃に対しても同様に働くため、如何なるクラスの英霊であってもカイドウを討つことは平等に至難の業。

『明王鬼界・鬼ヶ島(みょうおうきかい・おにがしま)』
ランク:B++ 種別:対軍宝具 レンジ:- 最大補足:-
カイドウの居城・鬼ヶ島。彼自身の能力により大地を離れた逸話から、聖杯戦争においては平時は異空間に展開されている。
鬼ヶ島の内部にはカイドウが率いた"百獣海賊団"の船員達が再現されており、その数は世界一の兵力と謳われるだけあり非常に膨大。
中でも"大看板""飛び六胞"の肩書を持つ者は強力でサーヴァント級の力を持つが、軍勢使役形宝具の常として魔力の消費が凄まじく悪い。
異空間に展開している分には消耗は軽微だが、界聖杯内界の主戦場に鬼ヶ島を移動させ、兵力の多さを活用して戦うにはマスターが殺人的な魔力消費に耐えられるよう何らかの手を講じて備えておく必要がある。

【weapon】
金棒

【人物背景】
百獣海賊団総督。大海賊時代のハイエンド、"四皇"の一角。
この世における最強生物と称されるに相応しい、怪物の中の怪物。

鎖国国家・ワノ国の将軍黒炭オロチと手を組み、かの国を支配下に置いた。
二十年以上に渡ってワノ国の"明王"として君臨し、最終的には協力関係にあったオロチをも殺害。
世界規模の大戦争を引き起こす念願を叶えるべく、"新鬼ヶ島計画"の発動を宣言した。

【サーヴァントとしての願い】
界聖杯を獲得する。
だがそれ以上に、聖杯戦争という未曾有の戦に興味がある。


【マスター】
皮下真@夜桜さんちの大作戦

【マスターとしての願い】
"種まき計画"の成就。

【能力・技能】
異能と呼んで差し支えないほどの才能の血、夜桜家の権能を持つ。
司る開花は"再生"。彼が今までに消費してきた実験体、その全ての能力を再現できる。
更に身体に埋め込んだ"葉桜"の恩恵として、首を斬られた程度では死なない。
通常の手段で彼を滅ぼすことは、極めて至難の業である。

【人物背景】
社会の裏側で暗躍する非合法組織、《タンポポ》の幹部。
既に百年以上の時間を生きており、化物と称された。

【方針】
カイドウの力に驕らず、あらゆる手を尽くして聖杯戦争に勝利する。
いつも通り、手段を選ぶつもりはない。
全ての命は、いつだって平等に軽いんだから。

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最終更新:2021年06月05日 20:10